魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第8話「Howl(02/02)」

 その夜、リョウは観測窓の前で、少女に捕まった。

 

 捕まった、というのが正確だった。通路の角から半分だけ顔を出して待ち伏せていたのだから。回避訓練の成果が、妙な方向に出ている。

 

「リョウさん。……少し、いいですか」

 

「おう。どうした、改まって」

 

 少女は窓の前に立ち、しばらく星を見て、それから、意を決したように口を開いた。

 

「四ヶ月前……ここで、言いかけて、やめたことがあります」

 

 リョウは、覚えていた。サントレアの夜。ごめんなさい、じゃなくて——と言いかけて、首を振って、おやすみなさい、と消えた小さな背中。

 

「あのとき言いたかったのは……ありがとうございました、でした。怒ってくれて。……でも、言えなかった。ありがとうって言ったら、その、認めることになる気がして。わたしが、罰のために撃ってたって認めることに。……認めるのが、怖かったんです」

 

 少女は、窓の中の自分と、その向こうの星を、順に見た。

 

「工廠の、あの一発。……あれは、初めて、罰じゃない一発でした。リョウさんが確かめてくれて、示してくれて、撃てって言ってくれて。……あの一発だけは、誰かを罰するためでも、わたしを罰するためでもなくて。ただ、助けるための一発だった。四年間で、初めて」

 

 だから、と少女は言って、リョウに向き直り、頭を下げた。正確な角度の、儀式の礼ではなかった。ぎこちない、深すぎる、不器用な礼だった。

 

「ありがとうございました。……四ヶ月、遅れましたけど」

 

 リョウは、頭を掻いた。掻く以外に、手の置き場がなかった。

 

 勘定の合わなかった帳簿の、一番深い赤字の欄に、たった今、誰かが黙って伝票を差し込んでいった。全額ではない。全額のわけがない。それでも、帳尻というものは、こういう風にしか合っていかないのかもしれなかった。生きている限り、少しずつ。

 

「……おう」

 

 と、リョウは言った。それから、付け足した。

 

「利子つけて返せよ。唐揚げ三個な」

 

「基準が、本当に不明瞭です」

 

 少女が、ふ、と笑った。

 

 ——その音を掻き消すように、艦内警報が、鳴った。

 

 艦橋は、既に凍りついていた。

 

 正面の主モニターに、映像が流れていた。管理局の公共次元通信網——本局の広報回線を乗っ取った、海賊放送だった。ミッドチルダの街頭モニターにも、各管理世界の受信局にも、同じ映像が流れているという。

 

 画面に映るのは、一本の、牙だった。

 

 黒曜石のような光沢の、長さ一メートルはあろうかという、巨大な獣の牙。祭壇めいた台座に据えられ、ゆっくりと明滅している。まるで、呼吸のように。

 

 そして、声が流れた。

 

 加工された、若いのか老いているのかも分からない、あの声が。

 

『——管理局、並びに、管理されることに慣れきった全ての世界の諸君。初めまして。我々は"フェンリル"』

 

 リョウの心臓が、一拍、跳ねた。

 

 忘れるはずがない。工廠のスピーカーで、うっとりと歌っていた声。彼らは同意したよ、と嘘を塗装した声。次は完成品で会おう、と言い残した声。

 

『諸君は誤解している。世界の終わりとは、防ぐべき事故ではない。迎えるべき満期だ。ジュエルシードが示した。闇の書が示した。第97管理外世界——諸君が"地球"と呼んだあの墓標が、証明した。世界は、終わる。終わるべくして、終わる。我々はただ、その満期を、正しく執行するだけだ』

 

 台座の牙が、ひときわ強く、明滅した。

 

『手始めに、一つ頂く。——第68管理外世界。九十六時間後、あの世界の満期を執行する。止めたければ、来るといい。管理局の総力でも、精鋭の一個部隊でも、好きにするといい』

 

 声が、笑った。加工音声の下で、確かに、笑った。

 

『特に——第01ロストロギア事件課。いい引き金と、いい砲の諸君。招待状は、これで届いたかな。……我らが牙は、目覚めている。世界の終わる場所で、待っているよ』

 

 映像が、砂嵐に変わった。

 

 艦橋の沈黙を破ったのは、通信士の震え声だった。

 

「ほ、本局より入電——全艦隊に一級警報。第68管理外世界の観測データ、転送されてきます。同世界の周辺次元に……大規模な、魔力反応。座標、多数……!」

 

 リンディが司令席で、静かに立ち上がった。母親の顔は、どこにもなかった。艦長の声が、艦橋を貫いた。

 

「入渠整備を中断。全区画、出撃準備。本局に打電——ゼルベロス、抜錨準備完了まで六時間」

 

 了解の声が飛び交う中、リョウは主モニターの砂嵐を見つめていた。

 

 名指しだった。ゼロイチを——引き金と砲を、名指しで呼んだ。工廠は前哨戦ですらなかったのだ。あれは採寸だ。俺たちの戦い方を測り、その上で、招待状を寄越した。

 

 罠か。宣戦布告か。おそらくは、両方だ。

 

 肌が、粟立っていた。四年前、空が割れた日の朝と、同じ種類の予感だった。何か途方もないものが、始まる。もう、始まっている。

 

「……リョウさん」

 

 隣に、いつの間にか、少女が立っていた。セブンスウィルを、既に肩に担いで。その横顔に、罰を待つ色はなかった。ただ、静かな、戦う者の目があった。

 

「行くんですよね。わたしたち」

 

「……おう」

 

 リョウは、ミニットマン051を握り直した。

 

「行くさ。——招待されちまったからな、二人でな」

 

《Ready.》

 

「……だな。準備万端だ」

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