魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第18話「Restart」

 第68管理外世界の戦いから、三ヶ月が過ぎた。

 

 ゼルベロスの艦内は、いつもの、静かな喧騒の中にあった。整備班の槌音。分析班の演算音。食堂から漂う、揚げ物の匂い。

 

 そして執務室では、クルス・リョウが、書類の山と格闘していた。

 

 銀色の右腕で。

 

 管理局製の魔導義手は、悔しいほど良くできていた。ペンも握れる。敬礼もできる。指を鳴らすことすらできる。再生治療という選択肢もあったが、完治まで二年と聞いて、リョウは三日で義手を選んだ。曰く、「二年も左手で報告書を書いてたら、俺の字が軍記文学になっちまう」。

 

「——おうい、トリガーの。できたぞい」

 

 整備班のオーバ老が、工房から顔を出した。作業台の上に、見慣れた輪郭の短杖が、鎮座していた。

 

 ミニットマン051改。

 

 新造のボディは以前より一回り頑丈で、砲架への展開機構が正式に組み込まれ、そして——グリップの中枢部には、小さな覗き窓が設けられていた。窓の奥で、罅の入った演算結晶が、静かに明滅している。

 

「罅、直さなかったのか」

 

「直せたがの。……勲章じゃろ、それは」

 

 オーバ老は、にっと笑った。リョウは051改を義手で握り、軽く振った。掌に馴染む重さが、返ってくる。

 

「よお、相棒。新居の住み心地はどうだ」

 

《Ready.》

 

「……だな。俺も同感だ」

 

 その日の午後、ゼルベロスの乗降デッキに、一人の少女が降り立った。

 

 金色の長い髪を二本に結わえ、真新しい管理局の隊員服を着て、背には漆黒の——しかし以前とは細部の違う——長柄の得物を負っている。左半面の肌の下には、今も装甲の継ぎ目の線が走っている。それはもう、隠されていなかった。

 

 少女は、出迎えの一同の前で、深く、正確に、しかし温かく、一礼した。

 

「本日付で第01ロストロギア事件課に配属となりました、フェイト・テスタロッサ、です。……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 

「はい、よろしくね」

 

 リンディが、にこにこと、一枚の電子カードを差し出した。

 

「実働要員には、コールネームが与えられます。あなたのは、これ」

 

 カードには、こう記されていた。

 

『BARREL II』

 

「……ヴァレル、2?」

 

「そ。ヴァレル2」隣で、なのはが胸を張った。「1は、私!」

 

「……つまり、だ」リョウが、頭を掻いた。「引き金一つに、砲身が二本。うちの火力が倍になった。……俺の胃薬も倍になるってことだな」

 

「あら、頼もしいじゃない」リンディはお茶を啜り、それから、こともなげに付け加えた。「そうそう、フェイトさん。例の書類、受理されたわ。——来月からは、書類の上でも『フェイト・T・ハラオウン』よ」

 

「「えっ」」

 

 なのはとフェイトの声が、綺麗に揃った。一拍おいて、なのはが跳び上がった。

 

「い、妹!? お姉ちゃん!? どっち!? 誕生日いつ!? わ、私、お姉ちゃんやりたい——」

 

「な、なのはちゃん、落ち着いて……」

 

 デッキの隅で、オーバ老が、レギンレイヴの再建機——レギンレイヴⅡをフェイトに手渡した。刃も砲も組み直され、フレームは磨き上げられている。だが、その機体は、まだ一言も発していなかった。

 

「継承データの奥に、人格中枢の残骸(コア)があってな。移し替えはした。……じゃが、起きるかどうかは、わしらには分からん。機械の眠りを覚ますのは、機械いじりの仕事じゃない」

 

 老技師は、フェイトの目を見て、言った。

 

「——お前さんの仕事じゃ」

 

 初任務の招集は、着任から四日目に掛かった。

 

「案件を伝えます。第83管理世界、旧工業区画。リバーサーズを自称する三人組が、発掘した古代の自動清掃機構——識別名『スイーパー』を起動させ、暴走させました」

 

 ブリーフィングルームの投影図に映ったのは、巨大な甲虫型の親機と、街路を埋め尽くす数百の掃除用子機だった。子機たちは律儀に、猛烈な勢いで、街を「清掃」していた。すなわち——建物を分解し、部品ごとに仕分け、道端に綺麗に積み上げていた。

 

「人的被害は、ゼロです。住民の避難は完了。ただしこのままでは、三日で市街地が一つ、几帳面な瓦礫の山に整頓されます。……なお、起動させた犯人三名ですが」

 

 投影図の隅が、拡大された。道端に、三人の男が——埃一つなく磨き上げられ、丁寧に梱包紐で束ねられ、「可燃物」の札を付けられて、整然と陳列されていた。全員、無傷で、涙目だった。

 

「……回収済み、とのことです」

 

「相変わらずだなあ、麻疹ども……」

 

 リョウは天を仰いだ。世界の終わりから三ヶ月。この宇宙の犯罪者の質は、何一つ変わっていなかった。そして、それを平和と呼ぶことを、リョウはもう知っていた。

 

「作戦はいつも通り、俺が観測とクリア。ヴァレル1は子機の群れの面制圧。ヴァレル2は高速の逸れ子機の迎撃を頼む。親機の炉心は精密目標だ、最後にまとめて仕留める。——三秒のルールは、昨日教えた通りな」

 

「はい!」

 

「はい。……あの、トリガー一尉。確認ですが、クリアの発令は交戦規定第——」

 

「堅ぇよ。あと俺は一尉じゃねえ、まだ二等陸士だ」

 

「特進、二回も断ったんですもんね」なのはがくすくす笑った。

 

「現場が回りゃ階級なんかどうでもいいんだよ。ほれ、行くぞ、ヴァレルズ」

 

 三つの光が、第83管理世界の空へ、躍り出た。

 

 戦況は、終始、賑やかだった。

 

『クリア、正面の子機群、全部物だ! ヴァレル1、面で薙げ!』

 

『了解っ! ——いっけええ!』

 

 桜色の砲火が、清掃子機の群れを、光の粒に変えていく。三ヶ月ぶりの全力射撃を、なのはは、実にのびのびと撃っていた。撃つ価値のある、いい標的だった。

 

『クリア、十時方向! 逸れ子機三、廃校舎へ直行——ヴァレル2、迎撃!』

 

『——行きます!』

 

 金色が、翔けた。

 

 そして、迎撃コースの半ば、照準の直前で——フェイトの指が、一瞬、止まった。

 

 撃つ。自分の意志で、撃つ。三ヶ月前まで、この手は、他人の指令で引き金を引き続けていた。天翼兵を率いて、街を、人を——脳裏を、白い量産機の残像が掠め、雷光の照準が、微かに、揺れた。

 

 その、時だった。

 

 手の中の漆黒の機体が——三ヶ月間、一度も鳴らなかったその機体が——静かな駆動音とともに、目を、覚ました。

 

《——Yes, sir.》

 

 聞き間違えようのない、低く、穏やかな、電子音声だった。

 

 四年と三ヶ月ぶりに聞く、相棒の声だった。

 

『……っ、……ばる、でぃっしゅ……?』

 

《Reginleiv II. ——data inheritance complete. All green.》

 

 名前は、変わっていた。器も、変わっていた。それでも、その声の主が、四年間の暗闇の中でずっと、太刀筋と一緒に彼女の中に残り続けていた「何か」であることを、フェイト・テスタロッサは、一音で理解した。

 

 照準の揺れが、止まった。

 

 視界が涙で滲むのは、高速機動では、少し、困るのだけれど。

 

『——モードチェンジ。行くよ、レギンレイヴ!』

 

《Yes, sir!》

 

 金色の雷が、三条に分かれて奔り、逸れ子機三機を、廃校舎の手前で、正確に、鮮やかに、撃ち落とした。

 

 通信の向こうで、なのはが泣きながら歓声を上げ、リョウが「前見ろ前ぇ!」と怒鳴り、ゼルベロスの艦橋で艦員たちが拍手をしているのが、回線越しに聞こえた。

 

 残るは、親機一機。

 

『よし——締めだ。マーカー入れる』

 

 リョウは、銀色の義手で051改を構えた。義手は反動に軋みもしない。撃ち込まれた翡翠の光点が、甲虫の炉心の直上に灯る。

 

『ヴァレル1、ヴァレル2——初仕事だ。二人で、綺麗に頼む』

 

『『——了解っ!!』』

 

 桜色と、金色。

 

 二条の砲火が空中で螺旋を描いて絡み合い、一つの光となって、翡翠の一点を、撃ち抜いた。

 

 巨大な甲虫は、自らが整頓した瓦礫の山の隣に、行儀よく、崩れ落ちた。

 

「——というわけで、初任務、完了です!」

 

 その夜の食堂は、いつもより騒がしかった。

 

 テーブルの上には、唐揚げの大皿。厨房は今や、ゼロイチの帰艦報告を聞くと自動的に唐揚げを揚げ始める。伝統とは、そういうものである。

 

「フェイトちゃん、初任務完了で三個、レギンレイヴくんが起きたから五個、あと笑ったら一個ずつね」

 

「き、基準が、本当に分からないよ、なのはちゃん……ふ、ふふ」

 

「あ、今笑った。一個追加」

 

「なあ、俺の分が減ってる気がするんだが」

 

「リョウさんは前見てなかったので、一個没収です」

 

「見てたわ! 見た上で怒鳴ったんだわ!」

 

 テーブルの端では、二つのデバイスが並んで置かれ、律儀に鳴き交わしていた。

 

《Ready.》

 

《Yes, sir.》

 

 会話が成立しているのかは、誰にも分からなかった。ただ、整備班の見解によれば、二機の待機時の演算負荷は、並べて置くと、ほんの少しだけ下がるらしかった。

 

 食後、三人は、いつの間にか定着した儀式を交わした。

 

 拳を、三つ。こつん、と。

 

「……この儀式は、何の意味が?」

 

「契約書代わり。うちの部隊の風習だ」

 

 嘘である。だが、五ヶ月と三ヶ月をかけて、嘘は、本物になっていた。

 

 同じ夜、艦長執務室。

 

 リンディ・ハラオウンは、砂糖入りの緑茶を片手に、月次の医療報告書を開いた。

 

 いつもの、あの投影図。四年分の、緩やかな、一度も上を向かなかった右肩下がりの折れ線。三ヶ月前からの、水平の期間。

 

 その、一番先端。

 

 今月の日付の場所に刻まれた最新の一点は——先月の一点よりも、わずかに、しかし、まぎれもなく。

 

 上に、あった。

 

 折れ線が、四年間で初めて、上を向いていた。

 

 添えられた医療班の所見は、いつになく歯切れが悪かった。『回復機構の活性化を確認。ただし要因は魔力生理学的に特定できず。経過観察を継続』。その几帳面な活字の下に、担当医の手書きで、一行だけ、付記があった。

 

『——数値の改善は、本人がよく笑った週に、集中している』

 

 通路の向こうの食堂から、笑い声が聞こえてくる。三人分の声と、二機分の電子音。基準の分からない唐揚げの、配給の音。

 

 リンディは、報告書の上向きの一点を、指の先で、そっと撫でた。

 

 それから、湯呑みを掲げて、誰にともなく、小さく乾杯した。

 

 窓の外には、無数の星々。滅んだ星も、これから滅ぶかもしれない星も、今夜誰かが笑っている星も、等しく同じ光り方で瞬く、この、どうしようもない世界(ものがたり)——

 

 その片隅で、折れ線は、初めて、上を向いた。

 

 再出発(リスタート)の号砲みたいに。

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