魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第9話「Pack(01/02)」

 第68管理外世界は、石炭の匂いのする世界だった。

 

 自前の魔法文明を持たない、前次元航行文明。蒸気機関と電信と、走り始めたばかりの鉄道網。夜になれば街々にガス灯が点り、人々は空に神を見る。人口、推定八百万。

 

 そして、その八百万人には、逃げ場がなかった。

 

「——次元航行手段を持たない世界です。九十六時間……残り七十九時間での全住民退避は、管理局の全輸送艦を注ぎ込んでも、物理的に不可能。百万人も運べません」

 

 ゼルベロス作戦室のブリーフィングで、オペレーターの声は硬かった。投影された世界儀の上、大陸の中央部に、赤い光点が明滅している。

 

「敵拠点はここ。ヴェルデン市北方三十キロ、旧霊峰と呼ばれる山塊です。分析班の見立てでは、この世界の魔力龍脈の最大結節点——『終末の牙』を打ち込むなら、ここしかないという場所に、フェンリルは既に橋頭堡を築いています」

 

 打ち込む、という言葉に、リョウは眉を動かした。

 

「分析班の推定を共有します」リンディが引き取った。

 

「牙の起動には、対象世界の龍脈への直接接続——物理的な"打ち込み"が必要と見られる。そして起動後に何が起きるかは……第97管理外世界の観測記録と、酷似すると予測されます」

 

 作戦室が、静まった。

 

 投影図が切り替わる。四年前の観測データ。青い星の上に開いた、色という概念を受け付けない「何もない」。虚数空間の侵食。

 

「牙の権能は、人為的な虚数空間侵食の展開——つまり」

 

 リンディは、一拍置いて、言った。

 

「ファースト・ショックの、人工的な再現です」

 

 リョウは、隣の席の少女を見なかった。見なくても分かった。膝の上で組まれた小さな手が、白くなるほど握り込まれているのが、視界の端に映っていた。

 

 (……あの野郎。第97を"証明"って言ったな、声明で)

 

 証明じゃない。あれは実験台だ。あるいは教科書だ。フェンリルは四年前の地球の死を観測し、研究し、再現手順に起こした。俺たちの故郷の死に方を、量産品にした。リョウは誰より先に、そう断定した。

 

「作戦区分を伝えます。管理局は三個艦隊を投入、敵の次元干渉域外周で艦載戦力と交戦し、制空と補給線を維持します。ただし干渉域の内側——地表および低空域には、艦隊戦力は入れません。転送も通信も、中では断続的にしか通じない」

 

 六時間前に見た戦場と、同じ構造だった。ただし今度は、罠ではない。最初から分かっている構造だ。

 

「干渉域内の作戦行動は、ゼロイチが担当します。任務は二つ。第一に、侵食起点予測域からの住民退避支援。第二に——期限までに敵橋頭堡を突破し、『終末の牙』の起動を阻止すること」

 

 リンディの目が、実働の二人を順に見た。

 

「名指しの招待よ。……行ってもらいます。ヴァレル、トリガー」

 

「「了解」」

 

 声が、綺麗に揃った。揃ったことに、リョウ自身が少し驚いた。

 

 降下したヴェルデン市は、世界の終わりを知らされたばかりの街だった。

 

 管理局の先遣隊が「空からの災厄」を告げてから一日。ガス灯の街は、荷馬車と蒸気トラックの洪水と化していた。市外へ、南へ、少しでも霊峰から遠くへ。予測侵食起点から半径百キロ——初動でまず呑まれる範囲——の退避だけが、現実的に可能な人命対策だった。八百万は救えない。だがこの百二十万は、初日を生き延びさせられる。

 

 その退避行の誘導と、落伍者の捜索が、突入前のゼロイチに課された仕事だった。

 

「——いた。三番倉庫街、熱源一つ。ちっこいのが一人だ」

 

 崩れかけた煉瓦倉庫の隙間に、その子供はいた。九つか、十か。すすけた前掛けの、新聞売りらしい少女だった。腕に、配達鞄を抱え込んでいる。

 

 なのはが先に降りた。魔導師の降下を目の当たりにした少女は、悲鳴を上げる代わりに、腰を抜かしたまま、まじまじと空から降りてきた相手を見上げた。

 

「……天使さま?」

 

「……ううん。違うよ」

 

 なのはは膝を突き、視線の高さを合わせた。

 

「どうして逃げないの? みんな、南に行ったよ」

 

「しんぶんが、まだのこってるの。くばらないと、おとうさんにおこられる。……おとうさん、さきに、はこびやさんのてつだいにいっちゃって、あたし、まいごになって……」

 

 少女の目に、みるみる涙が盛り上がる。なのはは少しだけ黙って、それから、少女の抱えた配達鞄を、そっと指差した。

 

「……一部、もらっていい? お代は払うから」

 

 差し出された新聞の一面には、この世界の文字で、大きな見出しが躍っていた。翻訳魔法が読み上げる。『空ノ軍勢、北ノ霊峰ニ集ウ——世界ノ終ワリカ、神々ノ戦カ』。

 

「ねえ。……空の人は、神さまなの? 世界を、おわらせにきたの?」

 

 少女の問いに、なのはは、首を振った。

 

「終わらせに来たのは、別の人たち。わたしたちは——」

 

 なのはは言葉を探した。神さまでも、天使さまでもなくて。リョウは口を挟まず、上空の警戒に立ったまま、聞いていた。

 

「——わたしたちは、終わらせない係、かな」

 

「……おわらせない、かかり」

 

「うん。だから、あなたは逃げる係。お父さんのところまで、ちゃんと逃げて、ちゃんと生きてて。……新聞は、係の人が責任持って読むから」

 

 少女は、洟を啜って、頷いた。退避車列への引き渡しの間際、少女は振り返って叫んだ。

 

「かかりのひと! おしごと、がんばって!」

 

 車列が土煙の向こうに消えてから、なのはは、手の中の新聞を丁寧に畳み、バリアジャケットの内側に仕舞った。

 

「……リョウさん。わたし、四年前は、逃げる係でした」

 

「……おう」

 

「逃げて、生き延びて、それをずっと、罪だと思ってました。……でも、あの子が生きてたら、罪じゃない。絶対に、罪じゃない。——だから」

 

 少女は顔を上げた。その目に、リョウは初めて見る色を見た。罰でも、諦観でもない。ただ、まっすぐに燃える、係の人の目だった。

 

「今日は、終わらせない係を、やります」

 

「……上等だ」

 

 リョウは、そんな係の人の1人として、力強く頷いた。

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