魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
一年が過ぎた。
残された人類は、残された土地で、それでも暮らしを立て直しつつあった。涼と母親は内陸の集落に落ち着いた。電気は一日四時間。学校はないが、寺子屋のような集まりはあった。母親は笑うことを覚え直しつつあった。涼も、十二歳の子供の顔で笑うことを覚え直しつつあった。
欠けた世界にも、日常は生えてくる。雑草と同じだ。踏まれても生える。
そして『セカンド・ショック』は、その雑草ごと世界を焼いた。
午前三時十一分。
涼は尿意で目を覚ました。それが生死を分けた——と言えるほど劇的な話ですらない。ただ彼は起きていて、集落の外れの、コンクリート造りの給水塔の脇にいた。それだけだった。
地平線が、光った。
一箇所ではない。三百六十度、全周だった。夜の底が白く沸き立ち、遅れて、大気を殴りつける衝撃波が来た。
——暴走した闇の書の転生システムにより、生存人類の約九割が同時多発的に『闇の書の主』として選定される異常事態が発生。各地で顕現した闇の書は魔力過負荷により連鎖的に自壊・爆発。地球人類は事実上の全滅に至る。記録は、そう述べている。
当時の涼が知り得たことは、やはり、もっと少ない。
白い光。迫る衝撃波。熱。集落の方角で膨れ上がる火球。母さん、と思ったこと。動かない足。それでも突き出した両手。
死にたくない、と思ったこと。
その瞬間、彼の内側で何かが破裂するように開いた。使い方など知らない。習ったこともない。ただ、前世で数百時間分見続けた「それ」の映像記憶と、死にたくないという一点だけが、彼の魔力を初めて形にした。
翡翠色の光膜が、少年一人分の球体を描いた。
世界が、白に塗り潰された。
——意識が戻ったとき、朝だった。
涼は灰の上に座っていた。半径数メートルだけ、地面の色が違った。彼の障壁が守った円の内側だけが、昨日までの地面の色をしていた。
円の外は、全部、灰色だった。
給水塔は根本から融けて倒れていた。集落のあった方角には、何もなかった。丘の稜線の形が、昨日と違っていた。
涼は立ち上がり、集落まで歩いた。三十分の道のりを、二時間かけて歩いた。呼んだ。名前を呼んだ。母親の名前を。友達の名前を。寺子屋の先生の名前を。
声は、どこにもぶつからずに、灰色の地平線まで転がっていった。
返事の代わりに理解が来た。ゆっくりと、しかし確実に。
この星の上で、音を出しているのは、もう自分だけかもしれない——という理解が。
涼はその場に座り込んだ。泣いたかどうかは、本人も覚えていない。記憶にあるのは、灰の匂いと、馬鹿みたいに綺麗な青空と、自分の両手だけだ。
翡翠色の光を灯した、自分だけを守った、両手だけだ。