魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第10話「Ghost(02/02)」

 代わりに、応えた声があった。

 

『——ああ、いい声で啼くね、砲の君は』

 

 周囲に展開した天翼兵たちの機体が、一斉に、スピーカーと化した。あの、加工された、うっとりと歌う声。

 

『紹介しよう。我が最高傑作にして、我らが天翼の指揮官。虚数の海が四年かけて漬け込み、私が仕上げた——完成品だ。ファーヴニルとは比べてくれるなよ、あれは習作だからね』

 

「……てめえ」

 

『得物の名は"レギンレイヴ"。神々の宴で杯を運ぶ、ワルキューレの名だ。亡き相棒とやらの戦闘記録を、余さず継承させてある。太刀筋も、機動の癖も、何もかも——器はそのままに、うるさい意思だけを取り除いた、理想の道具だよ。ねえ、砲の君。君のその黒い長物と、よく似ているとは思わないかい?』

 

 なのはの息が、止まった。

 

 リョウの頭に、血が昇った。セブンスウィル——意思なき器。レイジングハートの残骸を編み込まれた、砲撃だけの道具。それと、レギンレイヴ。バルディッシュの記録だけを継いだ、鎌の形の墓標。

 

 この男は、知っている。俺たちの装備の意味を。彼女の傷の形を。知った上で、韻を踏むように、揃えてみせている。

 

『さあ——続きを見せてくれ。旧友との再会だ、積もる話もあるだろう』

 

 声が、笑った。

 

『レギンレイヴ・ワン。——交戦を再開せよ』

 

 金色が、爆ぜた。

 

 そこからの数分間を、リョウは断片でしか覚えていない。

 

 雷光の連撃。躱す。躱しきれない分を、桜色の障壁が拾う。なのはは撃たない。撃てない。天翼兵の群れが射線に混ざれば、リョウのクリアと同時に薙ぎ払う——白い量産機は全機、生体なしの「物」だと確認済みだった——が、金色にだけは、銃口が向かない。向けられるわけがない。彼女の砲は、物を消す砲だ。あの六割の機械の下には、四割の、微弱な、それでも確かな命が——四年間探し続けた命が、灯っている。

 

 防ぐだけの戦いは、削られるだけの戦いだった。

 

 なのはの障壁は雷を受けるたび、彼女の内側の何かを費目に計上していく。リョウの回避は一合ごとに余白を失っていく。相手の太刀筋は——腹立たしいほどに、綺麗だった。無駄がなく、迷いがなく、そして時折、リョウの記憶の中の映像と、寸分違わず重なった。画面の中で何百回も見た、あの剣技の型。体は、覚えているのだ。四年間の暗闇も、六割の機械化も、体に刻まれたものまでは消せていない。

 

 (消えてねえ……なら)

 

 なら、あの目の奥のものだって——

 

 思考は、雷鳴に千切られた。回避が、ついに半歩、破綻した。金色の魔力刃が、リョウの障壁を紙のように裂き、脇腹の装備ごとバリアジャケットを浅く咬んだ。熱。衝撃。視界が回る。

 

「リョウさん!!」

 

 なのはが割り込む。斬撃と障壁の激突。押し込まれる。金色の少女の左手が持ち上がり、砲撃型の魔力光が、至近距離で充填を始め——

 

 二人とも、防げない。そう計算が立ってしまう、完璧な位置取りだった。

 

 その、瞬間。

 

 充填光が——消えた。

 

 金色の少女は、何の余韻もなく反転し、天翼兵の陣列を従え、霊峰の方角へと引き返していった。振り返りもしなかった。仕留め損ねた獲物を惜しむ素振りすら、なかった。

 

 残されたのは、裂けた雲と、雷の残り香と、呆然と浮かぶ二人だけだった。

 

『……フェイト、ちゃん……』

 

 なのはの掠れた声だけが、通信に残った。

 

 リョウは、脇腹を押さえながら、遠ざかる金色を睨んでいた。分かってしまった。分かりたくなかったが、分かってしまった。

 

 あれは、見逃しじゃない。慈悲でも、気まぐれでもない。

 

 牙の防衛序列が、俺たちの排除より上に更新された——それだけだ。遠隔の指令一つで、彼女は殺意ごと反転した。俺たちは、殺す価値すら、あの男の采配一つで取り消される程度の、盤上の駒で。

 

 そして彼女は——フェイト・テスタロッサは、その采配を受信するだけの、駒ですらない、駒を動かす手の、延長で。

 

「……帰るぞ、ヴァレル」

 

 自分の声が、ひどく遠くで聞こえた。

 

「態勢を立て直す。……このままじゃ、勝てねえ。何も、助けられねえ」

 

 帰投艇の中は、静かだった。

 

 残り時限、六十八時間。艦隊は上空の回廊を維持し、地上の退避行は続いている。第一次接敵の戦訓データは、既にゼルベロスの分析班へ転送済みだった。機械化率六割。外部制御の兆候。レギンレイヴ。あの男の声。全部。

 

 リョウは応急処置の済んだ脇腹を庇いながら、向かいの席の少女を見た。

 

 なのは・T・ハラオウンは、俯いていなかった。

 

 窓の外——霊峰の方角を、まっすぐに見ていた。膝の上の拳は固く握られていたが、震えてはいなかった。その横顔に、リョウは五ヶ月前の「罰を受けに行く目」を探した。

 

 なかった。

 

 あったのは、別のものだった。

 

「……リョウさん」

 

 少女が、窓の外を見たまま、口を開いた。

 

「わたし、四年間、ずっと考えてました。もし見つかったら、どうしよう。もし、生きてなかったら、どうしよう。もし生きてて……わたしのこと、恨んでたら、どうしようって。毎晩、観測データを見ながら、怖くて、怖くて」

 

 少女は、振り向いた。

 

「でも、いました。生きてました。……見つけた」

 

 その目には涙の膜が張っていて、その膜の奥で、しかし、何かが静かに燃えていた。四年間の罰の色ではなかった。九話の谷で見た、係の人の目の、さらに奥の温度だった。

 

「四年前は、間に合いませんでした。手を、伸ばせませんでした。……今度は」

 

 握った拳が、膝の上で、一度だけ強く震えた。

 

「今度は、間に合わせます。絶対に」

 

 リョウは、少しの間、その目を見ていた。それから、座席に深く背を預けて、天井に向かって言った。

 

「……おう。なら、作戦会議だ。艦に戻ったら、まず分析班をとっ捕まえる。あの野郎、ご丁寧に手の内を晒しまくってくれたからな。制御の線がどこかにあるなら——切る方法も、どこかにある」

 

《Ready.》

 

 ミニットマンが、律儀に鳴いた。

 

 今回ばかりは、その定型応答が、宣誓のように聞こえた。

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