魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
残り時限、六十六時間。
ゼルベロス分析室の空気は、徹夜の熱と、抑えた興奮で煮詰まっていた。
「——結論から言います。あの指揮官機は、外部から制御されています。完全に」
分析班長のグレア三佐が、投影板に解析図を展開した。第一次接敵で持ち帰った観測データ。金色の機動の軌跡に、細く、規則的な脈動が重ねられていく。
「戦闘中の全機動に、この脈動が同期しています。周期二百ミリ秒の指令波——霊峰方向からの、次元位相通信です。彼女は自分で戦っていない。二百ミリ秒ごとに、戦わされている」
「……受信してる場所は、分かるんですか」
リョウの問いに、グレアは解析図を拡大した。人体の輪郭。頸椎から胸椎にかけて走る、人工系のライン。その最上部——首の後ろ、頭蓋の付け根に、ひときわ密度の高い構造体が赤く明滅した。
「ここです。頸部制御中枢。神経系統の置換部と生体部の結節点に、受信機構が埋まっている。レギンレイヴとの直結桁も、ここから出ています。……戦闘記録との照合で、装甲も確認しました。この一点だけ、機体のどこよりも防護が薄い。整備用のアクセスを確保するためでしょう。作った側の都合です」
「そこを、壊せば」
「制御は、切れます」
分析室が、ざわめいた。グレアは手を上げて制し、続けた。
「もう一つ。こちらの方が、重要かもしれません。——彼女の人格は、消されていません」
投影が切り替わる。太刀筋の解析。四年前の管理局の戦闘記録——ジュエルシード事件当時の、フェイト・テスタロッサの剣技データとの、重ね合わせ。二本の軌跡は、薄気味悪いほどに一致していた。
「技の癖、機動の選択、間合いの好み。全て四年前と同一です。もし人格データを消去して機体制御だけ残したなら、こうはならない。動きはもっと、最適化されて、無個性になるはずです。つまり彼女の中身は——消去ではなく、遮断されている。分厚い扉の向こうに、閉じ込められているだけです」
なのはが、腰を浮かせた。
「じゃあ……扉を、開ければ」
「理論上は。受信機構の破壊は、遮断の解除に直結する可能性が高い」
グレアは、そこで初めて、言い淀んだ。
「……ただし。内部構造の完全解析には至っていません。干渉域越しの観測データだけでは、受信機構が他の系統と、どこまで絡んでいるかまでは……。可能性の議論しか、できません」
その但し書きを、その場の誰もが、聞いた。
聞いて——期限と、希望の前に、棚に上げた。リョウも、含めて。
「もう一点。……気が重い報告ですが」
グレアが、最後の解析を投影した。虚数空間の観測記録。四年分——なのはが毎晩漁り続けたのと、同じ海のデータだった。
「フェンリルの母体は、虚数空間の研究集団と見て間違いありません。『終末の牙』の権能も、トゥーサーズの鋳造も、技術基盤は全て虚数空間の位相操作です。そして……彼らは、虚数の海への"潜行"技術を持っている。沈んだものを、引き揚げる技術を」
だから見つからなかったのだ、とリョウは悟った。四年間、なのはが見続けた観測データのどこにも、フェイトはいなかった。いるはずがない。管理局が海面から覗き込んでいる間に、あの連中は、海に潜っていた。
「……虚数空間内の時間流は、不定です。実時間の四年が、内部で何年に相当したかは、誰にも分かりません。あの男の言った『四年漬け込んだ』が、彼女の主観で何年だったのかも」
分析室が、静まり返った。
なのはは、膝の上の拳を見つめたまま、動かなかった。リョウは、それ以上その想像を進めないよう、自分の思考に鍵をかけた。今かけなければ、戦う前に折れる類の想像だった。
その静寂を破ったのは、艦内通信だった。
『艦長より分析室。実働要員と分析班長は、至急、通信室へ。……本局から、入電よ』
リンディの声は、嵐の前の色をしていた。