魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
通信室の主モニターに、本局統合幕僚部の紋章と、三人の提督の顔が並んでいた。
『——ハラオウン一佐。貴艦より提出された敵指揮官機の解析報告は、確認した』
中央の老提督が、事務的に告げた。
『統合幕僚部の決定を伝える。当該指揮官機は、敵戦力の中核として脅威度を最上位に再指定。第01ロストロギア事件課は、次回接敵時、当該機の——排除を最優先とせよ』
排除。
その二文字に、なのはの体が、目に見えて強張った。
「意見具申を」リンディの声は、静かだった。「当該機は誘拐・改造された民間人——旧管理局協力者、フェイト・テスタロッサです。受信機構の破壊により無力化と鹵獲が可能と、分析班は……」
『「可能性が高い」だろう、一佐。報告書は読んだ』
左の提督が、遮った。
『残り六十五時間だ。八百万の命の期限に、"可能性"へ割く戦力の余裕はない。次の接敵が最後の機会かもしれん。確実な排除が、最も多くの命を救う。……冷たいことを言っているのは分かる。だが我々は四年前、感傷で判断を誤って、故郷を一つ失った側だ』
その一言は、卑怯だった。この部屋の誰よりも、その「故郷」の重さを知る二人の前で使うには、あまりに。
リョウは、口を開きかけた。開きかけて——リンディの手が、卓の下で小さく制した。
「では、条例に基づいて具申を変更します」
リンディは、一枚の文書を通信に載せた。
「第01ロストロギア事件課、設立規程第二条。——本課は、ロストロギア級の力を有する人員の捕捉、管理、および保護を任務とする。……フェイト・テスタロッサは、アルハザード系技術による機械化六割、虚数空間への長期適応、および高位リンカーコアの複合体です。定義上、彼女は"ロストロギア級の人員"に該当します。であれば、彼女の保護は、本課の設立任務そのものです」
通信の向こうで、提督たちが沈黙した。
「本課がなのは・T・ハラオウンのために作られた部署であることは、皆様がご承知のとおり。……ならば、二人目を保護できずに、この部署に何の意味がありますか」
長い沈黙の後、中央の老提督が、息を吐いた。
『……三十六時間だ、一佐。残り時限が三十時間を切った時点で、鹵獲作戦の権限を取り消し、排除命令に一本化する。それから——鹵獲の試行が本作戦、すなわち牙の起動阻止を危うくすると現場が判断した場合も、同様だ。以上が、譲歩の全てだ』
「……了解しました。感謝します」
通信が切れた後、リンディは長く息を吐き、二人の実働要員に向き直った。母親の顔でも、艦長の顔でもない、その中間の、疲れた顔で。
「聞いたとおりよ。三十六時間。……首輪(リーシュ)を切るわよ。あの子の首の、後ろのやつを」
作戦名は『リーシュカッター』と付けられた。
骨子は、単純だった。単純であることだけが、成功率を担保できる、時間のない作戦だった。
第一段階、分離。次の防衛戦で天翼兵の編隊を叩き、指揮官機を護衛から引き剥がす。誘引役はリョウ。第一次接敵の戦訓から、敵指揮系統はリョウを「高機動・低火力・優先度中」と分類している——泳がせて追わせる余地が、そこにある。
第二段階、標定。リョウが単騎でフェイトの斬撃圏に踏み込み、生存し続けながら、頸部の受信機構に、マーカー弾を直接着弾させる。
第三段階、切断。なのはが長距離狙撃点から、マーカーの一点のみを、収束砲の最小絞りで撃ち抜く。
——四ヶ月前、ファフナーを墜とした方程式の、完全な再演だった。
「一つだけ、確認だ」
ブリーフィングの最後に、リョウは、隣の少女に向き直った。艦橋の全員が見ている前で、あえて、言葉にした。
「撃つのは、おまえだ。的は、フェイト・テスタロッサの首の後ろだ。……撃てるか」
残酷な問いだと、分かっていた。分かっていて、今、艦のみんなの前で確認しておくことが、彼女への誠実だと思った。
なのはは、目を伏せなかった。
「……撃てます」
声は、揺れなかった。
「撃つのは、フェイトちゃんじゃありません。フェイトちゃんに付けられた、機械です。首輪です。……物、です。わたしの砲は、物を撃つ砲です。だから——撃てます」
物です、と言い切るとき、少女が自分の胸の内で何をどう積み上げてその三文字を支えたのか、リョウには想像しかできなかった。それでも、その積み上げは、本物だった。本物である限り、この作戦は回る。
「よし。……なら、行ける」
誰も、グレアの但し書きを、もう一度口にはしなかった。
出撃前の整備時間、リョウは観測窓の前で、なのはに捕まった。もう待ち伏せの気配で分かるようになっていた。
「……少しだけ、話していいですか。フェイトちゃんの、こと」
「おう。聞く」
少女は窓の外の、霊峰の方角に光る戦火を見ながら、ぽつりぽつりと、話した。
ジュエルシードの海の上で、何度も刃を交えたこと。敵同士だったのに、どうしてか、放っておけなかったこと。名前を呼び合ったこと。いつか、ちゃんと話がしたかったこと。——ある日を境に、彼女が「変わって」しまったこと。母親の手で、少しずつ機械にされて、目から色が消えていったこと。最後の戦いで、その母親に引導を渡したのが、彼女自身の手だったこと。
「……最後に見たとき、フェイトちゃん、泣いてました。泣きながら、虚数空間に、落ちていって。わたし、手を伸ばして……ぜんぜん、届かなくて。指の先も、掠らなくて」
少女は、自分の右手を、窓の光に透かした。
「トモダチに、なりたかったんです。ずっと。戦ってる時から、ずっと。……なのに、なる前に、いなくなっちゃった。だからわたし、四年間……トモダチになれなかったことだけが、ずっと」
「——まだ、なれる」
リョウは、言った。断言の形で、言った。
「四年前の続きは、まだ終わってねえ。あいつの体は、太刀筋を覚えてた。なら、扉の向こうの中身は、おまえのことだって覚えてる。……首輪を切って、扉を開けて、それから言えばいい。四年遅れの、『トモダチになろう』をな」
なのはは、リョウを見上げた。それから、窓の外の戦火を見た。
「……はい」
返事は、短かった。短くて、まっすぐだった。
残り時限、六十時間。
首輪切りの猟犬たちは、二度目の谷へ、降りていく。