魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
——前線側/残り時限四三時間
なのはの世界は、金色に狭窄していた。
出力制限の解けた雷は、もはや天災だった。躱す。受ける。流す。桜色の障壁が軋み、砕け、張り直される。胸の奥では、あの機構が——生成の不足を、命で埋める機構が、ずっと、開けろ開けろと囁いている。
(……少しだけ)
なのはは、囁きに、指一本分だけ、扉を開けた。
障壁の密度が跳ね上がり、直撃コースの雷光を、正面から弾き返す。代償の目眩を、奥歯で噛み殺す。少しだけ。ほんの少しだけ。リョウさんに叱られない範囲。撃つ価値の、ある範囲——
『ヴァレル、応答! 損耗率が危険域です、一度下がって——』
「——まだ、です! まだ、立てます!」
防衛線の後方には、退避しきれなかった街の灯がある。眼前には、四年間探し続けた金色がいる。下がる床は、この空のどこにもない。
「フェイトちゃん!」
斬光と交錯しながら、なのはは叫び続けた。
「わたし、決めたから! あなたを取り戻して、それで、言うんだから! 四年前に言えなかったこと、ぜんぶ! だから——それまで、絶対、死なせないし、死なないから!!」
金色は、応えない。応えないまま、次の雷を落とす。
二百ミリ秒ごとの、他人の意志で。
―—潜入側/残り時限四二時間
好機は、作るものだった。
リョウは追い込まれるふりをして、神殿の東壁際——鋳造区画へ続く大扉の前まで、殺陣を引きずった。近衛型の斬撃を転がって躱し、その姿勢のまま、残った通常弾二発と閃光弾頭三発、全てを、扉の駆動部と、その向こうの鋳造炉の導管へ、叩き込んだ。
轟音。大扉が内側へ倒れ、鋳造区画の赤黒い熱気が、神殿へ雪崩れ込んだ。
そして、熱気と一緒に——生まれたてのトゥーサーズの群れが、雪崩れ込んだ。
仮説その一。生まれたての個体は、敵味方識別が粗い。
濡れた仔獣たちの赤い眼が、神殿内の「活性の高い魔力反応」を、無差別に敵と判定した。すなわち——展開中の武装を持つ近衛型と、絶対障壁を煌々と灯した、ロキ自身を。
「——なっ」
狼の顎が、主の護衛に喰らいついた。近衛型が迎撃に回る。神殿は一瞬で、同士討ちの坩堝と化した。
「馬鹿な、識別を——おのれ、静まれ! 静まりなさい!」
ロキが、初めて余裕を捨てた。片手で障壁を維持したまま、送信卓へ駆け寄り、制御盤に手を叩きつける。群体への一斉命令——それを打つには、卓に触れ、視線を落とし、意識を割かねばならない。
その、数秒。
三年がかりの盤面の、唯一の、盤外。
リョウは柱の陰で、静かに、相棒に告げた。
「ミニットマン、俺の言った通りに——出来るな?」
《Ready.》
短杖が、応と鳴いて、砕けるように展開した。
外装が割れ、駆動部が組み変わり、フレームが蛇のようにリョウの右前腕へ巻き付いて、喰い込み、固定される。もはや杖ではない。砲架だった。デバイスが、文字通り、リョウの右腕そのものと化していた。人の腕に、人の魔力に、本来通せない口径を、無理やり通すための——一度きりの、砲。
弾帯から、白いカートリッジを抜く。渦を巻く桜色。彼女の、一発。
(——撃つ場所も、撃つ時も、リョウさんが決めていい)
装填。薬室が、悲鳴のような駆動音で閉じた。
(——最初から、ずっと、クリアです)
「……ああ。頂くぜ、相棒(ヴァレル)」
リョウは柱を蹴り、同士討ちの坩堝のただ中へ、躍り出た。照準——送信卓に手をつき、こちらを振り向いたロキの、その絶対障壁のど真ん中。卓には当てない。当てるものか。あれは彼女の命綱だ。だから、狙いは障壁とその主だけ。ゼロ距離まで、あと二十メートル。十五。十。
「無駄だよ引き金の君ィ!! 君の火力では私の障壁は——」
「——てめぇの想定は」
引き金に、指をかけた。
「五ヶ月前の、俺たちだ」
撃った。
白が、爆ぜた。
桜色の奔流が、至近距離からロキの絶対障壁に激突し——三年がかりの盤面が想定しなかった口径が、幾層の障壁を、硝子のように、砕き割った。衝撃波が近衛型の残機とトゥーサーズを纏めて薙ぎ払い、神殿の石柱が二本、折れた。
同時に、リョウの右腕で、世界が白く灼けた。
骨の軋む音を、肉の限界を超える音を、彼は他人事のように聞いた。ミニットマンの砲架が、役目を果たし終えて、砕け散っていく。外装が、駆動部が、フレームが——二ヶ月間、一方通行の漫才に付き合ってくれた相棒のボディが、火花になって、剥がれ落ちていく。
右腕は、もう、上がらなかった。
それでも、足は、まだ動いた。