魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第3話「Overkill」

 初任務の招集は、着任から九日目の未明に掛かった。

 

 ゼルベロス艦橋後方のブリーフィングルームには、すでに立体投影図が展開されていた。荒れた都市の航空写真。第44管理外世界、旧サントレア市。魔法文明の痕跡を残したまま二十年前に打ち捨てられた、廃棄都市だという。

 

「六時間前、当該区画で大規模な魔力反応を観測。現地に潜伏していた時空犯罪者の一団が、発掘したロストロギアを起動させたものと見られます」

 

 オペレーターの説明に合わせ、投影図が切り替わる。映し出されたのは、廃墟の大通りを歩く多脚の巨影だった。全高およそ四十メートル。八本の脚部と、装甲に覆われた紡錘形の主胴。周囲には小型の飛行体が羽虫の群れのように付き従っている。

 

「識別名『オルトロス級・自律都市制圧兵器』。古代ベルカ期の遺物です。厄介なのはこの随伴機——主胴部の炉を核として、周辺の瓦礫から無人機を自己増殖します。観測開始から六時間で、推定三百機。増殖は加速しています」

 

「起動させた犯人どもは?」

 

 リョウの問いに、オペレーターは投影図の隅を拡大した。焼け焦げた車両の残骸と、複数の人型の熱源反応——すでに冷えかけた熱源反応が映った。

 

「起動直後に、自分たちの兵器に襲われたようです。生存者なし。犯行声明だけが残されていました。——『リバーサーズ』を名乗る集団です」

 

 リバーサーズ。訓練校の座学で聞いた名だった。時空を股にかける終末思想の犯罪者集団。リーダーはおらず、教義もばらばらで、根絶したと思えばまた別の場所で湧いて出る。

 

 (組織っつーか……あれだな。この世界の犯罪者が一度はかかる、麻疹みたいなもんか)

 

 自前の兵器に食い殺される最期も含めて、ろくなものではなかった。だが今問題なのは死んだ馬鹿どもではなく、彼らが遺した四十メートルの置き土産のほうだ。

 

「作戦要領を伝えます」

 

 リンディが席を立った。投影図に、青いラインが引かれていく。

 

「本作戦の目的は制圧、および炉心部の回収です。古代ベルカ期の動力炉は暴走時に次元断層を引き起こした前例があり、無計画な破壊は許可できません。手順は三段階。第一に、封鎖部隊が市外周に次元封鎖結界を展開——完了まで四十分。第二に、トリガーが随伴機群を市の北部へ誘引。第三に、結界完了後、ヴァレルが南方五キロの狙撃点から炉心のみを収束砲で精密破壊。炉は撃ち抜けば安全に鎮火する構造です。以上」

 

 トリガー。ヴァレル。作戦名で呼ばれるのは初めてだった。リョウは横目で、テーブルの端に座る少女を窺った。

 

 なのは・T・ハラオウンは、投影図を見ていなかった。手元の端末に表示された市街図の、ある一点だけを見ていた。

 

「——質問、いいですか」

 

 少女が口を開いた。九日間で初めて聞く、事務連絡以外の声だった。

 

「市の南東、旧シェルター街区に生体反応が七つ。避難していない住民です。無人機の増殖圏は、あと何分でそこに届きますか」

 

 ブリーフィングルームが、わずかに静まった。オペレーターが端末を叩く。

 

「……現在の増殖速度で、推定五十五分後に接触します」

 

「結界完了が四十分後。狙撃と鎮火の確認に十分。……十五分しか、余裕がないんですね」

 

「計算上は間に合います」と、リンディが静かに言った。「計算上は、ね。——ヴァレル。手順を守りなさい。いいわね」

 

「……はい」

 

 少女は目を伏せて頷いた。

 

 その頷き方が妙に引っかかったことを、リョウは降下艇の中で思い出すことになる。

 

 旧サントレア市の空は、鉛色だった。

 

『トリガーより各局。誘引フェイズ、開始する』

 

 リョウは廃墟の谷間を低空で滑った。ミニットマン051が短い駆動音を刻み、カートリッジが一発、薬室に落ちる。威力ではなく、派手さに全振りした閃光弾頭。撒き餌としては上等な代物だ。

 

 閃光が廃ビルの谷間に咲いた瞬間、羽虫の群れが一斉にこちらを向いた。

 

 (お、来た来た。……うわ、想像の三倍来た)

 

 百は下らない無人機が、廃墟の稜線を越えて雪崩れ込んでくる。リョウは機体——自分の体を翻し、北へ飛んだ。追いすがる射撃の雨を、彼の体は考えるより先に躱していく。被弾円錐の外、射線の狭間、廃墟の陰。四年前に結んだ契約どおり、生き延びる機動だけは絶品だった。

 

『トリガー、誘引良好。群体の六割が北上中』

 

『封鎖結界、展開率四十パーセント』

 

 順調だった。計算上は。

 

 その「計算上」が崩れたのは、作戦開始から二十二分後だ。

 

『——警告。オルトロス主胴部、炉心出力が急上昇。増殖速度、跳ね上がります。新規機体、南東方向へ拡散!』

 

『南東……シェルター街区の方向です! 接触予測、繰り上がり——十二分後!』

 

 通信の空気が凍った。結界完了まで、まだ十八分ある。狙撃点のヴァレルは、結界が閉じるまで撃てない。封鎖なしで炉心を撃てば、次元断層の危険がある。かといって無人機の群れがシェルターに届けば——

 

『トリガーより本部。俺が南東へ回って引き剥がす。誘引を——』

 

『間に合いません。距離が』

 

 距離が。その二文字が宣告のように響いた、その時だった。

 

『——ヴァレル、狙撃点を離脱』

 

 オペレーターの声が裏返った。

 

『ヴァレル! 持ち場に戻りなさい! ヴァレル!』

 

 リンディの声にも、応答はなかった。代わりに、通信回線に少女の声が、静かに、恐ろしく静かに乗った。

 

『大丈夫です。——すぐ、終わらせますから』

 

 南の空が、桜色に発火した。

 

 それを「戦闘」と呼んでいいのか、リョウには最後まで分からなかった。

 

 桜色の流星が、鉛色の空を一直線に裂いた。回避機動はなかった。フェイントもなかった。無人機群の対空砲火のただ中を、なのは・T・ハラオウンは直線で飛んだ。着弾は全て桃色の障壁が受け止め——受け止めるというより、踏み潰した。飛来する砲火が障壁面に触れた端から、魔力量の暴力的な格差だけで、砕けて消えた。

 

 (——避けてない)

 

 北の空で群れを引きつけながら、リョウは目を疑った。

 

 (あいつ、一発も避けてない。避ける気がない)

 

 回避は生存のための技術だ。躱すという行為には「自分の体を明日も使う」という前提がある。あの飛び方には、その前提がなかった。あれは自分という機体の耐久を、残弾か何かのように費目計上している飛び方だ。

 

 少女がセブンスウィルを構えた。黒い長物が咆哮し、桜色の砲火が扇状に薙いだ。一射で、二十機が蒸発した。次弾。三十機。次弾。装填。次弾。射撃訓練区画で見た、あの工作機械の反復。ただしスケールが違った。廃墟の谷が一本、射線ごと更地になった。

 

 シェルター街区へ向かっていた無人機群は、九十秒で全滅した。

 

 だが少女は止まらなかった。

 

『ヴァレル、シェルター街区の脅威は排除された! 狙撃点へ戻れ、結界完了まであと九分——』

 

 リョウの通信に、返答はなかった。桜色の流星は反転し、市の中心——オルトロスの主胴へ、まっすぐに向かっていた。

 

『炉心を封鎖前に破壊する気です! 止めて、断層が——』

 

 オペレーターの悲鳴。その上に、初めて、少女の声が被さった。

 

『増殖の核を残したら、また増えます。増えたら、また、誰かのところに行きます』

 

 だから、と少女は言った。合理を説くような、あるいは祈るような、平坦な声で。

 

『全部、なくします』

 

 セブンスウィルが変形した。銃身が展開し、機関部が組み変わり、漆黒の——かつてリョウが画面越しに何百回も見た、あの杖によく似た、しかし喪服のように黒い形が、鉛色の空に浮かんだ。

 

 少女の周囲で、大気が桜色に沸騰し始めた。廃都全体に散った魔力残滓が、戦闘の余燼が、砕けた無人機の残り火が——ありとあらゆる魔力の燃え滓が、一点に吸い上げられていく。

 

 リョウは、その光景を知っていた。名前も知っていた。だが、続く号令は、彼の知るものではなかった。デバイスの快活な電子音声もなかった。意思なき黒い器は沈黙したままで、号令はただ、少女自身の唇から零れた。

 

「——収束砲、最大充填」

 

 撃つ寸前、五キロ離れた空にいたリョウは、確かに見た。

 

 照準の先の巨影を見据える少女の目に、敵意も、使命感も、恐怖も、何一つ浮かんでいないのを。

 

 あの目は、ただ、罰を受けに行く目だった。

 

「発射(シュート)」

 

 白に近い桜色の奔流が、世界を縦に割った。

 

 轟音が引いたあと、旧サントレア市の中心部には、直径六百メートルの、綺麗な円形のクレーターだけが残っていた。

 

 オルトロスは消えていた。主胴も、八本の脚も、炉心も、次元断層を起こし得る燃料残渣の一片に至るまで。断層は起きなかった。起き得る物質ごと、存在の桁で消し飛ばされたからだ。破壊ではなく消去。回収目標は、回収すべき原子ごと、この世から削除されていた。

 

『……せ』

 

 オペレーターの声が、掠れて途切れ、繋ぎ直された。

 

『制圧……確認。反応消失。……作戦、終了です』

 

 艦橋の回線の向こうは、奇妙に静かだった。歓声はなかった。動揺もなかった。あるのは、手順書どおりの淡々とした後処理の声だけだった。医療班、受け入れ準備。分析班、残留魔力の計測開始。回収艇、発進。

 

 (……慣れてやがる)

 

 リョウは悟った。この静けさは規律ではない。慣れだ。この部隊にとって、これは異常事態ではない。これが、通常運転なのだ。

 

 クレーターの縁の上空で、リョウは少女に追いついた。

 

 なのは・T・ハラオウンは、漆黒の杖を握ったまま、自分の作った六百メートルの円を見下ろして浮いていた。

 

「……ヴァレル」

 

 呼びかけに、少女はゆっくりと振り返った。

 

 顔色は、紙のようだった。額に浮いた汗が、鉛色の空の下でも分かった。握った杖の先が、ほんのわずかに——本人は隠しているつもりらしい、ほんのわずかに——揺れていた。

 

「任務完了です、トリガー三尉」

 

「二等陸士だ。……階級なんかどうでもいい。おまえ、命令を——」

 

「シェルターの七人は、無事でした」

 

 少女は、リョウの言葉を静かに遮った。それは反論ですらなかった。ただの、結果報告だった。

 

「結界も、間に合わない可能性がありました。可能性が残るなら、なくすべきだと判断しました。……責任は、わたしが取ります」

 

「責任ってな、おまえ——」

 

「帰投します。お疲れさまでした」

 

 少女は一礼し、桜色の光になって、ゼルベロスの方角へ飛び去った。

 

 その飛跡が、往路よりわずかに低く、わずかに揺れていたことに、たぶん本人以外で気づいたのはリョウだけだった。

 

 一人残されたリョウは、クレーターを見下ろした。

 

 完璧な円だった。七人の命は救われ、脅威は根こそぎ消え、次元断層は起きず、味方の損害はゼロ。結果だけを並べれば、満点の勝利だった。

 

 だから余計に、腹の底が冷えた。

 

 (……なあ、おい。誰か教えてくれよ)

 

 あれのどこが、勝利だ。

 

 命令無視。単独突撃。回避を捨てた機動。回収目標の完全消去。震える手。紙の顔色。そして、罰を受けに行くような、あの目。あの戦い方は、七人を救う戦い方であると同時に——一つずつ、確実に、何かを支払っている戦い方だ。何を支払っているのかは、まだ分からない。分からないが、あれを続ければどうなるかだけは、戦術眼のない新兵にだって分かる。

 

 リンディの言葉が、耳の奥で蘇った。

 

 ——あの子を、よく見ていてあげて。

 

 (見たよ。よーく見た。……見ちまったんだよ、課長殿)

 

 見てしまった以上、知らなかった頃には戻れない。それは四年前、灰の上で学んだことだった。

 

 リョウはミニットマン051を握り直した。

 

「なあ、相棒。俺は平和な事務職に就くはずだったんだ。そうだよな?」

 

《Ready.》

 

「……準備万端って顔すんな」

 

 鉛色の空の下、彼は帰投針路に乗った。

 

 言うべきことは、決まっていた。相手が名鑑の主人公だろうと、部隊の切り札だろうと、関係ない。言うと決めた。それが引き金の仕事かどうかは、知ったことではなかった。

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