魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第1話「Landing(03/03)」

 管理局の捜索艇が涼を発見したのは、それから十七日後のことだった。

 

 生存者の探知反応は、惑星全土でも数えるほどしかなかったという。その中で涼の反応は飛び抜けて明瞭だった。理由は単純で、彼が魔力を灯し続けていたからだ。夜、寒さをしのぐために。獣——生き残りの野犬の群れ——を追い払うために。そして半分は、意地だった。音を出しているのが自分だけなら、せめて光も出していてやる、という意地だった。

 

 降下してきた陸士部隊の隊員は、灰の上に座る少年を見て、まず銃口を下げ、それからゆっくりと近づいてきた。異星の言葉が、翻訳の魔法を通して日本語になった。

 

「時空管理局です。……もう、大丈夫」

 

 大丈夫、という言葉の空虚さに、その隊員自身が顔を歪めていた。惑星一個分の墓地の真ん中で、大丈夫なことなど何一つない。それでも彼はそう言い、毛布を差し出した。

 

 涼は毛布を受け取って、言った。

 

「……どうも。あー……その、お手数かけます」

 

 十七日ぶりに出した、誰かに向けた声だった。我ながら、間の抜けた第一声だと思った。隊員は虚を突かれた顔をして、それから、泣きそうな顔で笑った。

 

 (そうだよな。こういうときは、笑わせたもん勝ちだよな)

 

 凍った湖面みたいな心のどこかで、涼はそう思った。まともに受け止めたら沈む。沈んだら、二度と浮かんでこられない。だったら、軽口の浮き輪にしがみついているほうがいい。

 

 それが、来栖涼という人間の、新しい泳ぎ方になった。

 

 収容艦の観測窓から、地球が見えた。

 

 青い星、という言葉はもう使えなかった。雲の渦の下に覗く大地は一面の灰色で、海の色は濁り、そして北半球の一部は——虚数空間に喰われたままの領域は——観測窓越しにも「見えなかった」。視線がそこだけ滑って、像を結ばない。星の形をした欠損だった。

 

 (……原作知識、と)

 

 窓枠に肘を突いて、涼は胸の内で呟いた。

 

 (ジュエルシードは二十一個。闇の書の守護騎士は四人。管理局の魔導師ランクの上限はSS。なのはさんの必殺技はスターライトブレイカー。……ああ、全部覚えてるぜ。完璧にな)

 

 覚えている。全部。一つ残らず。

 

 そして、その全部が、一円の価値もない。

 

 主人公たちが勝つはずの事件で、世界は二度死んだ。物語の登場人物の名前を知っていることと、彼らが生きていることの間には、何の関係もなかった。手元に残ったのは、滅んだ世界のキャラクター名鑑だけだ。

 

 (なんつーか、あれだな。……原作キャラの名前だけ借りてきて、中身を全部悪趣味に挿げ替えた、露悪系の二次創作。俺が転生したのは、そういう出来の悪い代物だったってわけだ)

 

 笑えない冗談だった。だから涼は、少しだけ笑った。笑い方を忘れないための、リハビリのような笑いだった。

 

 窓の外で、灰色の星が遠ざかっていく。

 

 父が消えた星。母と、二度目の人生の友人たちが眠る星。九歳の秋にテレビの前で胸を躍らせた、物語の舞台だった星。

 

 涼は目を閉じ、開けた。

 

 (——それでも、だ)

 

 それでも、俺は生きている。

 

 死にたくないと思った。両手を突き出した。守れたのは自分一人だった。その事実は一生消えないし、消すつもりもない。だが、あの灰の上で確かめたことが一つだけある。この胸の奥のやつは、あの白い光の中でさえ「死にたくない」と言ったのだ。だったらこの先、何が来ようと言うことは同じだろう。

 

 死にたくない。生き延びる。それだけだ。原作知識が使えないなら、使えないなりに。物語の視聴者席が燃え落ちたなら、燃え跡を歩くだけだ。

 

 (生き延びてやるよ。この、どうしようもねえ世界でな)

 

 やがて涼は窓に背を向け、支給された端末に表示された自分の登録情報を眺めた。管理局の公用文字に変換された名前は、彼の知る漢字ではもう書かれていなかった。

 

 登録名——クルス・リョウ。

 

 性別、男。年齢、十二歳。出身、第九十七管理外世界。魔力資質、ランクA(暫定)。家族構成の欄は、空白だった。

 

「……クルス・リョウ、ねえ」

 

 声に出して読み上げてみる。他人の名前みたいだった。実際、半分は他人の名前なのだろう。来栖涼はあの灰の上に置いてきた。ここから先を生きるのは、この片仮名の男だ。

 

 艦の推進音が、深く、低く変わる。

 

 次元航行の開始を告げる艦内放送を聞きながら、クルス・リョウは毛布を頭から被り直した。

 

 着地(ランディング)は、済んだ。ここが地獄の一丁目だろうと何丁目だろうと、両足はもう地面に着いている。

 

 あとは——歩くだけだ。

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