魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
煙の中を、リョウは歩いた。
砕けた障壁の破片の中心で、ロキが、へたり込んでいた。黒衣は焼け焦げ、凡庸な顔は煤と鼻血に汚れ、そしてその目は——生まれて初めて台本にない頁をめくった読者の目で、よろめきながら近づいてくる隻腕の男を、見上げていた。
「な……何故だ……」
声が、震えていた。
「その腕……そのデバイス……切り札ごと、自分の体を……何故だ……何故、ただ一遍の世界(ものがたり)に対して、そこまで……!?」
リョウは、答えた。
煙と血の味のする口で、しかし、はっきりと。
「……てめぇ自身が、聞いただろ」
一歩。
「好きだからだよ……——この物語(せかい)が、な!」
残った左腕が、ロキの襟首を、鷲掴みにした。
男が何か言いかけた、その顔面へ——リョウは、渾身の、頭突きを叩き込んだ。
「ぉぐぉぁぁ……!!」
鈍い音がして、自称・紡ぎ手は、白目を剥いて、石畳に沈んだ。
「……執筆ってのはな」
リョウは、額の血を左腕で拭いながら、動かなくなった男を見下ろした。
「机の上でやるもんだ。……人の故郷と、人のトモダチを、原稿用紙にしてんじゃねえよ」
——残り時限四一時間・権限失効まで九時間
そこからは、時間との競争だった。
ロキを拘束具で縛り上げ、送信卓の補助系——次元干渉場の発生源を停止させる。閉ざされていた空に、回線が通った。
『——トリガー!! 応答を確認!! 生体信号——ああもう、ボロボロじゃないの……!』
「課長殿、再会の感動は後だ。グレア三佐を。……卓は無傷で押さえた。寝てるオーナーの生体認証つきでな」
そこからの三十分、リョウは分析班の遠隔誘導に従う、ただの不器用な左手となった。ロキの掌を認証盤に押し当て、権限を移し、グレアの読み上げる手順を、一つずつ、卓に打ち込んでいく。
『——最終確認。停止シークェンス、正規手順で受理されました。生命維持系、全系統独立駆動へ移行——切り離し、実行します』
卓の上で、四年間灯り続けた送信波形が——ゆっくりと、静かに、水平線になった。
「……ヴァレル、聞こえるか」
リョウは、通信に、告げた。
「終わったぞ。——首輪、切れた」
——前線側
金色の雷が、止まった。
振り上げられた漆黒の鎌が、その軌道の途中で、力を失った。レギンレイヴの魔力刃が、砂が零れるように解けて消える。深紅の目から、照準の光が落ち、瞼が、四年ぶりに、自分の重さで閉じた。
小さな体が、油色の空から、落ちる。
「——フェイトちゃん!!」
なのはは、落下点へ、何もかも置き去りにして飛び込んだ。両腕を、伸ばす。四年前、指の先すら掠らなかった、その両腕を——
届いた。
金色の髪ごと、傷だらけの小さな体を、なのはは空中で、抱き止めた。重い。機械の重さだ。それでも、腕の中で、微かな呼吸が、確かに胸を上下させていた。生きている。眠っている。ただの、十四歳の女の子の顔で。
「……つかまえた」
涙が、勝手に零れた。
「つかまえたよ、フェイトちゃん……! 今度は、離さな——」
腕の中で。
漆黒の鎌が——誰の手も触れていないのに——ひとりでに、駆動音を上げた。
フェイトの体が、跳ねた。閉じていた目が見開かれ、しかしその奥に、光は戻っていなかった。空っぽの目のまま、体だけが、なのはの腕を振り解き、宙へ躍り上がる。レギンレイヴの魔力刃が、再点火する。金色——だが、その動き方が、変わっていた。二百ミリ秒の脈動は、もうない。代わりに立ち上がったのは、もっと滑らかで、もっと懐かしい、太刀筋の——
『——各局へ、緊急!!』グレアの絶叫が、回線を裂いた。『レギンレイヴが自律起動しています! フェイルセーフです、外部制御の喪失を検知して、継承戦闘データによる自律戦闘モードが——バルディッシュの記録が、機体を勝手に動かしてる!!』
「そん、な……」
『もっと悪い報せがあります! 自律モードにはリミッターが存在しません! サイボーグ系が全力駆動を続ければ——機体は、酷使で自壊します! 推定残余駆動時間——二時間を、切っています!!』
止めなければ、彼女は戦い続けて、燃え尽きて、死ぬ。
油色の空の下、空っぽの金色と、隻腕の引き金と、涙の乾く間もない砲身だけが、残されていた。