魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
五百メートル先の空で、なのは・T・ハラオウンの世界から、音が消えた。
照準の中に、二人がいる。四年間探し続けた金色と、五ヶ月間隣を飛び続けた背中が、一つに重なって、いる。
引き金に、指をかける。
——撃つところだった。あの日の震えが、指先に蘇る。引くだけだった。クリアも出ていた。もしあのまま撃っていたら。もし、これを外したら。もし、制御が一瞬でも揺らいだら。わたしの一発は、二人を——
(——撃てない)
四文字が、喉元までせり上がって。
その四文字を。
『——おまえなら、できる』
彼の声が、正面から、撃ち抜いた。
最初から、ずっと、クリアです——五ヶ月前、自分が渡した言葉が、今、そっくりそのまま、返ってきている。信じて、預けて、決めてもらう番が、今度は、わたし。
なのはは、息を、深く、深く、吸った。
胸の奥の扉を——四年間、恐れ続けたその扉を——自分の意志で、全開にした。
無尽蔵が、溢れ出す。ただし今日、その奔流の行き先は、威力ではなかった。一滴残らず、制御に。精度に。柔らかさに。殺さないために。壊さないために。ただ、止めて、抱き留めるためだけに——世界で一番強い砲身が、その全てを、優しさに変換していく。
セブンスウィルの砲口に、これまでの誰も見たことのない色の光が、灯った。桜色よりも淡い、夜明けの色。
(フェイトちゃん。リョウさん)
(——おかえりなさいの、一発です)
「収束砲——非殺傷設定、最大制御」
引き金を。
迷いなく。
「——発射(シュート)‼︎」
夜明け色の奔流が、空を、渡った。
それは轟音ではなく、鐘の音のように響いた。光は二人を呑み込み、貫かず、包み——レギンレイヴの駆動音が、金属の骨格の軋みが、過負荷の白い光が、その内側で、順番に、眠るように、鎮まっていった。
漆黒の鎌が、主の手を離れ、ゆっくりと落ちていく。
金色と、隻腕の男が、絡まり合ったまま、力を失って、落ちていく。
なのはは、飛んだ。誰よりも速く。四年前よりも、速く。
届いた。今度も、届いた。両腕は、二人分には足りなかったから、腕で金色を抱き、障壁の褥で背中を受け止めて——三人分の質量が、縺れ合ったまま、荒野の土の上に、転がった。
静寂が、戦場に降りた。
『……駆動系、完全停止。自壊シークェンス、停止。……両名の生体信号、安定』
グレアの声が、涙声になっているのを、誰も咎めなかった。
『艦隊回線へ。こちらゼルベロス——回収作戦、完了。……鹵獲、完了です』
リンディの声が、鋼の平静さの下で、微かに震えていた。第三艦隊の砲撃管制が、沈黙のうちに、解除されていった。
荒野の土の上で、なのはは、腕の中の二人を見た。
リョウは、白目を剥いて気持ちよさそうに気絶していた。脇腹の傷は障壁と非殺傷光の残滓で塞がりかけている。ひどい顔だった。生きている顔だった。
そして、金色の少女は——
睫毛が、震えた。
深紅の目が、薄く、開いた。四年ぶりに、指令波でも自律データでもない、彼女自身の意志で。焦点の合わない視界が、ゆっくりと、覗き込む顔の上で、結ばれていく。
乾いた唇が、掠れた、小さな、小さな音を、作った。
「………………なの、は……ちゃん……?」
「——うんっ……!!」
涙で、返事は、ほとんど言葉にならなかった。
「うん……! そうだよ……! なのはだよ、フェイトちゃん……!!」
金色の少女は、それだけで力尽きたように、目を閉じた。今度は、ただの眠りだった。呼吸は穏やかで、その寝顔は——十四歳の、ただの女の子のものだった。
残り時限、三八時間。
世界の終わりまでの時計は、まだ止まっていない。霊峰の祭壇では、黒い牙が、嗤うように明滅を速めていたことを——この荒野の三人は、まだ、知らない。
それでも。
四年ぶりに呼ばれた名前を抱きしめて、なのは・T・ハラオウンは、油色の空の下で、声を上げて、泣いた。