魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
翌日の昼、ゼルベロスの食堂で、ささやかな祝宴があった。
メインディッシュは、山盛りの唐揚げだった。正確には、リョウのトレーにだけ、皿から溢れんばかりの唐揚げが、十個、几帳面に数えて積まれていた。
「約束の、十個です。……生きて、帰ってきたので」
「おう。確かに受領した。……多いなおい。誰だこの基準決めたの」
「リョウさんです」
車椅子で初めて食堂に出てきたフェイトが、その山と、二人の顔を、交互に、不思議そうに見た。
「……あの。この、唐揚げは……何の、儀式?」
「あ、えっとね、フェイトちゃん。この部隊はね、笑った人と、頑張った人と、生きて帰ってきた人に、唐揚げが出るの。——うちの部隊の、風習です」
嘘である。もとは前世の誰かの職場の風習で、五ヶ月前に一人の男が捏造し、一人の少女が真顔で継承し、今やこの艦の公式風習になりつつある、出来たての伝統だった。
「……そう、なんだ。……ふ、ふふ。変なの」
フェイト・テスタロッサが、笑った。
小さな、炭酸の最後の一粒みたいな音だった。食堂中の艦員たちが、一斉に聞こえなかったふりの下手な芝居を始め、整備班のオーバ老は今回も工具を落とし、そしてなのはが、間髪入れずに自分のトレーから唐揚げを一個、フェイトの皿に移した。
「はい。笑ったので、一個」
「……え? え?」
「風習です」
嘘の伝統が、また一人に、感染した瞬間だった。
その夜、リョウは一人で、観測窓の前に立っていた。
癒えかけの世界の空に、この世界の星々が瞬いている。あの油色はもうどこにもなくて、名前も知らない星座が、素知らぬ顔で夜を飾っていた。
ポケットの中で、罅の入った演算結晶が、微かに明滅している。整備班曰く、新しいボディの設計はもう始まっているらしい。051改。名前だけは先に決まっていた。
「……なあ、相棒。ちょっと、報告な」
リョウは、窓の外に向かって、誰にともなく、話し始めた。
地球は、死んだままだ。取り戻す方法は、多分、ない。リバーサーズの麻疹は、いつかまたどこかで熱を出す。あの牙が「量産品」だった可能性を、分析班はまだ捨てていない。なのはの折れ線グラフには、四年分の下り坂が、消えないまま刻まれている。フェイトの体は、六割が機械のままだ。俺の右腕は、当分、報告書一枚書けやしない。
巨悪は、いなかった。倒して終わる敵は、いなかった。世界は、相変わらず、出来の悪い露悪系二次創作のままで——絶対的な解決なんてものは、この世界の、どこを探しても、売っていない。
(……でもな)
でも、今日、食堂で、三人分の笑い声がした。
四年間泣けなかった少女が、声を上げて泣いて、笑った。四年間探し続けた手が、届いて、握り返された。滅ぶはずだった世界で、新聞売りの少女が、明日も新聞を売る。
解決じゃない。ただの、続きだ。
それで、いいんだと思う。
(この世界に、絶対的な解決はない。……それでも、生きている限り、道は見つけられるはずだ)
(それがきっと——俺がこの世界に来た、意味だと思う)
原作知識を抱えて絶望した、あの収容艦の窓を思い出す。生き延びてやる、とだけ決めた、十二歳の夜を。あれから四年。決めたことは一個増えて、二個になって——今夜、また少し、増えた気がする。
生き延びる。生き延びさせる。そして——
「……歩くぞ、相棒。この、どうしようもなくて」
リョウは、窓の中の自分に、にやりと笑いかけた。
「——それでも、好きなこの世界(ものがたり)を、な」
《Ready.》
罅の入った芯が、いつもどおり、律儀に鳴いた。
準備万端。まったく、その通りだった。