魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
第68管理外世界の戦いから、三ヶ月が過ぎた。
ゼルベロスの艦内は、いつもの、静かな喧騒の中にあった。整備班の槌音。分析班の演算音。食堂から漂う、揚げ物の匂い。
そして執務室では、クルス・リョウが、書類の山と格闘していた。
銀色の右腕で。
管理局製の魔導義手は、悔しいほど良くできていた。ペンも握れる。敬礼もできる。指を鳴らすことすらできる。再生治療という選択肢もあったが、完治まで二年と聞いて、リョウは三日で義手を選んだ。曰く、「二年も左手で報告書を書いてたら、俺の字が軍記文学になっちまう」。
「——おうい、トリガーの。できたぞい」
整備班のオーバ老が、工房から顔を出した。作業台の上に、見慣れた輪郭の短杖が、鎮座していた。
ミニットマン051改。
新造のボディは以前より一回り頑丈で、砲架への展開機構が正式に組み込まれ、そして——グリップの中枢部には、小さな覗き窓が設けられていた。窓の奥で、罅の入った演算結晶が、静かに明滅している。
「罅、直さなかったのか」
「直せたがの。……勲章じゃろ、それは」
オーバ老は、にっと笑った。リョウは051改を義手で握り、軽く振った。掌に馴染む重さが、返ってくる。
「よお、相棒。新居の住み心地はどうだ」
《Ready.》
「……だな。俺も同感だ」
その日の午後、ゼルベロスの乗降デッキに、一人の少女が降り立った。
金色の長い髪を二本に結わえ、真新しい管理局の隊員服を着て、背には漆黒の——しかし以前とは細部の違う——長柄の得物を負っている。左半面の肌の下には、今も装甲の継ぎ目の線が走っている。それはもう、隠されていなかった。
少女は、出迎えの一同の前で、深く、正確に、しかし温かく、一礼した。
「本日付で第01ロストロギア事件課に配属となりました、フェイト・テスタロッサ、です。……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「はい、よろしくね」
リンディが、にこにこと、一枚の電子カードを差し出した。
「実働要員には、コールネームが与えられます。あなたのは、これ」
カードには、こう記されていた。
『BARREL II』
「……ヴァレル、2?」
「そ。ヴァレル2」隣で、なのはが胸を張った。「1は、私!」
「……つまり、だ」リョウが、頭を掻いた。「引き金一つに、砲身が二本。うちの火力が倍になった。……俺の胃薬も倍になるってことだな」
「あら、頼もしいじゃない」リンディはお茶を啜り、それから、こともなげに付け加えた。「そうそう、フェイトさん。例の書類、受理されたわ。——来月からは、書類の上でも『フェイト・T・ハラオウン』よ」
「「えっ」」
なのはとフェイトの声が、綺麗に揃った。一拍おいて、なのはが跳び上がった。
「い、妹!? お姉ちゃん!? どっち!? 誕生日いつ!? わ、私、お姉ちゃんやりたい——」
「な、なのはちゃん、落ち着いて……」
デッキの隅で、オーバ老が、レギンレイヴの再建機——レギンレイヴⅡをフェイトに手渡した。刃も砲も組み直され、フレームは磨き上げられている。だが、その機体は、まだ一言も発していなかった。
「継承データの奥に、人格中枢の残骸(コア)があってな。移し替えはした。……じゃが、起きるかどうかは、わしらには分からん。機械の眠りを覚ますのは、機械いじりの仕事じゃない」
老技師は、フェイトの目を見て、言った。
「——お前さんの仕事じゃ」
初任務の招集は、着任から四日目に掛かった。
「案件を伝えます。第83管理世界、旧工業区画。リバーサーズを自称する三人組が、発掘した古代の自動清掃機構——識別名『スイーパー』を起動させ、暴走させました」
ブリーフィングルームの投影図に映ったのは、巨大な甲虫型の親機と、街路を埋め尽くす数百の掃除用子機だった。子機たちは律儀に、猛烈な勢いで、街を「清掃」していた。すなわち——建物を分解し、部品ごとに仕分け、道端に綺麗に積み上げていた。
「人的被害は、ゼロです。住民の避難は完了。ただしこのままでは、三日で市街地が一つ、几帳面な瓦礫の山に整頓されます。……なお、起動させた犯人三名ですが」
投影図の隅が、拡大された。道端に、三人の男が——埃一つなく磨き上げられ、丁寧に梱包紐で束ねられ、「可燃物」の札を付けられて、整然と陳列されていた。全員、無傷で、涙目だった。
「……回収済み、とのことです」
「相変わらずだなあ、麻疹ども……」
リョウは天を仰いだ。世界の終わりから三ヶ月。この宇宙の犯罪者の質は、何一つ変わっていなかった。そして、それを平和と呼ぶことを、リョウはもう知っていた。
「作戦はいつも通り、俺が観測とクリア。ヴァレル1は子機の群れの面制圧。ヴァレル2は高速の逸れ子機の迎撃を頼む。親機の炉心は精密目標だ、最後にまとめて仕留める。——三秒のルールは、昨日教えた通りな」
「はい!」
「はい。……あの、トリガー一尉。確認ですが、クリアの発令は交戦規定第——」
「堅ぇよ。あと俺は一尉じゃねえ、まだ二等陸士だ」
「特進、二回も断ったんですもんね」なのはがくすくす笑った。
「現場が回りゃ階級なんかどうでもいいんだよ。ほれ、行くぞ、ヴァレルズ」
三つの光が、第83管理世界の空へ、躍り出た。
戦況は、終始、賑やかだった。
『クリア、正面の子機群、全部物だ! ヴァレル1、面で薙げ!』
『了解っ! ——いっけええ!』
桜色の砲火が、清掃子機の群れを、光の粒に変えていく。三ヶ月ぶりの全力射撃を、なのはは、実にのびのびと撃っていた。撃つ価値のある、いい標的だった。
『クリア、十時方向! 逸れ子機三、廃校舎へ直行——ヴァレル2、迎撃!』
『——行きます!』
金色が、翔けた。
そして、迎撃コースの半ば、照準の直前で——フェイトの指が、一瞬、止まった。
撃つ。自分の意志で、撃つ。三ヶ月前まで、この手は、他人の指令で引き金を引き続けていた。天翼兵を率いて、街を、人を——脳裏を、白い量産機の残像が掠め、雷光の照準が、微かに、揺れた。
その、時だった。
手の中の漆黒の機体が——三ヶ月間、一度も鳴らなかったその機体が——静かな駆動音とともに、目を、覚ました。
《——Yes, sir.》
聞き間違えようのない、低く、穏やかな、電子音声だった。
四年と三ヶ月ぶりに聞く、相棒の声だった。
『……っ、……ばる、でぃっしゅ……?』
《Reginleiv II. ——data inheritance complete. All green.》
名前は、変わっていた。器も、変わっていた。それでも、その声の主が、四年間の暗闇の中でずっと、太刀筋と一緒に彼女の中に残り続けていた「何か」であることを、フェイト・テスタロッサは、一音で理解した。
照準の揺れが、止まった。
視界が涙で滲むのは、高速機動では、少し、困るのだけれど。
『——モードチェンジ。行くよ、レギンレイヴ!』
《Yes, sir!》
金色の雷が、三条に分かれて奔り、逸れ子機三機を、廃校舎の手前で、正確に、鮮やかに、撃ち落とした。
通信の向こうで、なのはが泣きながら歓声を上げ、リョウが「前見ろ前ぇ!」と怒鳴り、ゼルベロスの艦橋で艦員たちが拍手をしているのが、回線越しに聞こえた。
残るは、親機一機。
『よし——締めだ。マーカー入れる』
リョウは、銀色の義手で051改を構えた。義手は反動に軋みもしない。撃ち込まれた翡翠の光点が、甲虫の炉心の直上に灯る。
『ヴァレル1、ヴァレル2——初仕事だ。二人で、綺麗に頼む』
『『——了解っ!!』』
桜色と、金色。
二条の砲火が空中で螺旋を描いて絡み合い、一つの光となって、翡翠の一点を、撃ち抜いた。
巨大な甲虫は、自らが整頓した瓦礫の山の隣に、行儀よく、崩れ落ちた。