魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
四年が過ぎた。
クルス・リョウは十六歳になっていた。ミッドチルダの保護施設で一年、管理局の訓練校で三年。履歴書にすればたった二行の月日である。
その二行の間、リョウが一貫して努力したことは、ただ一つだった。
——目立たないこと。
理屈は単純だ。この世界は原作より治安が悪い。時空犯罪は年々激化し、管理局は慢性的な人手不足で、優秀な人材は危険な最前線に吸い込まれていく。ならば優秀でなければいい。座学は中の上。魔力制御は中の中。射撃は、当てられる的をたまに外す程度の調整。地味に、平凡に、後方の安全な事務職へ。それがクルス・リョウの描いた、完璧な生存戦略だった。
完璧な戦略は、たった一科目に破壊された。
空戦。
飛行訓練の初日、教官の合図で浮き上がった瞬間、リョウは自分の失敗を悟った。体が、勝手に最適を選ぶのだ。風の目を読む。死角を消す。被弾円錐から半身をずらす。誰に教わったわけでもない。あの夜——三百六十度の白い光に全周を焼かれた夜——に、彼の魔力と本能が結んだ契約だった。生き延びるための機動だけは、手加減の仕方が分からなかった。
三年次の総合演習で、リョウは教導隊の模擬砲火を十一分間回避し続け、訓練校の記録を塗り替えた。撃墜スコアはゼロ。ただの一発も撃ち返さず、ただの一発も被弾しなかった。
評価表にはこう書かれた。『攻撃性に乏しいが、生存性・空間把握能力は測定上限を超過。空戦適性、S+相当』。
(……やっちまった)
掲示板の前で、リョウは天を仰いだ。
辞令が下りたのは、卒業式の三日後だった。
『第01ロストロギア事件課への配属を命ズ』
電子辞令の文面を、リョウは艦の乗降デッキで五回読み返した。五回読んでも文面は変わらなかった。
第01ロストロギア事件課——通称『ゼロイチ』。暴走ロストロギアの鎮圧・回収を専門とする精鋭部隊。訓練校でもその名は轟いていた。曰く、少数精鋭。曰く、本局航空隊すら出し渋る案件が回される。曰く、旗艦は次元航行戦艦としては規格外の重武装。
要するに、リョウが四年かけて避けようとした場所の、ど真ん中だった。
(平凡計画、完全崩壊。……ま、なるようになるだろ。なるようにしか、ならねえし)
乗艦した戦艦の名は『ゼルベロス』といった。
艦橋へ向かう通路の窓から、ドックに係留された艦の全容が見えた。見た瞬間、リョウは足を止めた。艦首に、砲が三門並んでいた。一門だけでも艦の格に不釣り合いな大口径砲が、三門。
傍らを歩いていた案内役の士官が、リョウの視線に気づいて言った。
「主砲『トライ・アルカンシェル』。質量兵器を除けば、管理局最大の火力よ」
「……何と戦う気なんです、この艦は」
士官は答えなかった。答えなかった、という事実だけが、返答として残った。
艦橋の司令席で、その人は待っていた。
薄い金糸雀色の髪。柔らかい物腰。湯呑みを片手に、緑茶に砂糖を溶かしながら。
「ようこそ、ゼロイチへ。艦長兼、課長のリンディ・ハオラウンです」
リョウは敬礼の姿勢のまま、二秒ほど固まった。
リンディ・ハオラウン。知っている。当然、知っている。前世で何十回も観た顔だ。画面の中の彼女は、いつも泰然と笑っていた。
目の前の彼女も、笑っていた。ただし、その笑顔は上手に補修された古い壁のようだった。近くで見なければ分からない細かい亀裂が、目元に無数に走っていた。当然だ、とリョウは思う。彼女は二度の厄災で部下を失い、故郷を失った少女を引き取り、そして——リョウは着任前に人事記録の閲覧可能範囲を隅々まで読んでいた——実の息子は、四年前から医療施設で眠り続けている。看護のために休職している婚約者と共に。
クロノ・ハオラウン。エイミィ・リミエッタ。名鑑の中では、生きて笑っていた名前だった。
「クルス・リョウ二等陸士、着任いたしました。……であります」
「ふふ。無理に硬くしなくていいわ。うちは小さな所帯だから」
「了解です。じゃ、遠慮なく楽にさせてもらいます。……で、課長殿。一つ質問が」
「どうぞ」
「俺の適性は回避特化の空戦屋です。攻撃演習の成績は下から数えたほうが早い。そんな半端者を、なんで天下のゼロイチが?」
リンディは湯呑みを置いた。艦橋の照明の下で、彼女は初めて、補修されていない素の表情を見せた。それは司令官の顔ではなく、もっと個人的な——切実な、と言ってもいい——何かだった。
「あなたの適性が『生き延びること』だからよ。この部隊にいちばん足りていないものなの」
その言葉の意味を、リョウは翌日、思い知ることになる。