魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第38話『Catalog』

『序文

 

管理局は、すべての空を守らない。

第68管理外世界の危機を救ったのは、艦隊ではなく、特異な適性を持つ一個小隊であった。これは公知の事実である。

特異性は、量産できない。

当社は、それを量産する。

本カタログは、貴組織の空に「奇跡」を常備するための、最初の頁である。』

 

 カタログは、そう述べている。

 

 誰に向けて書かれたのかは、述べられていない。買う者になら、誰にでも、である。

 

---

 

 狩りは、三本の糸から始まった。

 

 一本目は、通信の糸。

 

「TB-03の中枢には触れません。防護式が生きてます。……でも、通信系は防護の外です」

 

 工房の隅の端末で、エイミィ・リミエッタは、焼け残った送信モジュールから経路情報を吸い出していた。

 

「試験データの送信先。中継が三段。名義の殻が三枚。——『第七資材信託』、その上に『ミラルダ運輸』、その上に『第二十次元物流組合』。全部、実体なし」

 

「行き止まりか」

 

「行き止まりに見せたい、ってことです。管制官はね、トリガーくん。回数と、時刻と、経路。数えるものがあるなら、数えるの」

 

 二本目は、部品の糸。

 

 TB-03の外装部品には、製造ロット番号が几帳面に刻印されていた。几帳面さは、追跡の敵ではない。味方である。エイミィは番号を四つの管理世界の部品市場に照会し、同一ロットの出荷記録を洗い、納入先の名義をまた三枚剥いだ。

 

 三本目は、医療の糸。

 

「生体部の維持には、特殊な培養液が要ります。定期交換前提の、消耗品です」

 

 医療班と整備班の合同所見は、一行で足りた。消耗品には、補給線がある。補給線には、定期出荷の記録がある。

 

 三日目の夜。

 

 三本の糸は、艦橋の投影図の上で、一点で交わった。

 

「——『ヴェルンド総合防装』」

 

 エイミィが、その名を読み上げた。

 

「第12管理世界籍。届出業種、自律警備装備の製造販売。設立六年。納税記録、清潔。労働記録、清潔。……届出上は、どこからどう見ても」

 

 彼女は、そこで一度、言葉を切った。

 

「——適法です」

 

 沈黙が、艦橋に落ちた。

 

「照会は」

 

「必要ありません」

 

 エイミィは、次の画面を開いた。

 

「装備公示台帳に、載ってます。第七類・自律戦術装備。届出済み。……課長、これ、隠されてたんじゃないんです。**公示**されてたんです。最初から、誰でも読める棚に」

 

 リンディ・ハラオウンは、湯呑みを置いた。

 

 置いた手が、いつもより、三秒だけ長く、湯呑みの縁に残った。

 

「……台帳の添付資料を、開きなさい」

 

 添付資料の表題は、こうだった。

 

『総合カタログ(第三版)』

 

---

 

 翌朝のブリーフィングルームで、その資料を読み上げる役を、フェイト・T・ハラオウンは自分から引き受けた。

 

「私が読みます」

 

 誰も、反対しなかった。反対できる者が、いなかった。

 

 彼女は卓の中央に立ち、手元に投影された頁を、整備記録を読み上げるときと同じ声で、順番に読んでいった。

 

「型式一覧。TB-01、TB-02、TB-03。三機。原案名の記載は——ありません。欄そのものが、削除されています」

 

 頁が、繰られる。

 

「標準仕様。骨格、複合装甲。駆動、魔力直結型。中枢防護、第八項連動式。……情緒応答——抑制、標準装備」

 

 声は、揺れなかった。

 

「注記。情緒応答の抑制解除は、運用上——『推奨されない』」

 

 なのはの手が、卓の下で、握られた。

 

「オプション一覧。武装換装、三種。索敵拡張、二種。音声パッケージ——二種。標準合成音声、および……『原型準拠音声』。原型準拠は、別料金です」

 

 リョウは、天井を見た。見ていないと、頁を撃ち抜きそうだった。

 

「保守条項。生体部は『定期交換部品』に分類。交換周期は別紙。……保証条項。回収不能時の廃棄手順——供給契約第八項——の実施費用は、販売価格に、含まれます」

 

 頁が、繰られる。

 

 最後の頁だった。

 

「単価」

 

 フェイトは、一拍だけ、置いた。誰にも分からないほどの、〇・四秒だけ。

 

「——八億四千万。通貨単位の記載は、ありません」

 

 彼女は資料を閉じ、いつもの声で、言った。

 

「以上です」

 

 長い沈黙のあと、最初に口を開いたのは、座布団二枚の上の、一番小さな課員だった。

 

「ねえ、かんちょう」

 

 はやては、閉じられた頁の残像を見つめたまま、聞いた。

 

「これ……ひとの、ねだん?」

 

 リンディは、すぐには答えなかった。

 

 答える代わりに、彼女は資料をもう一度開き、全頁を、ゆっくりと繰り直した。序文から、単価まで。それから、静かに言った。

 

「……気づいたかしら。この書類、最初から最後まで——**人の名前が、一つもないの**」

 

 署名欄には『決裁:自動』。問い合わせ先は名義だけの信託。作った者も、売る者も、承認した者も、書面の上には存在しない。

 

「装備だと言い張るなら、人の法律は使えない。……いいわ」

 

 リンディ・ハラオウンは、湯呑みを取り上げた。

 

「——製品には、製品の法律があるもの」

 

 その意味を訊き返す前に、エイミィが、公示台帳の更新欄を投影した。

 

『受注公示:第一次量産ロット(筐体三十六基・未起動)

納入予定日:本日より十二日後

発注名義:(信託三層・追跡中)』

 

「量産筐体は、もう完成しています。ただし——未起動。カタログの生産体制の頁に、ありました。『中枢の起動には、原盤機よりの転写を要す』」

 

 エイミィは、赤い印を二つ、投影図に打った。

 

「原盤機。……TB-01と、TB-02です。あの子たち二機が、三十六基ぶんの、鍵なんです」

 

 残り、十二日。

 

 時計が、動き始めた。

 

---

 

 同じ日の夜、資料室。

 

 もう一つの糸を手繰っていたのは、はやてだった。

 

 卓の上には、第二部の『再調査』で回収された、狼の巣の資料庫の写し。彼女はこの三ヶ月、ロキの記録を読み解く作業を続けている。七番の帳面も、祭壇の式も、あの男の癖字も、艦の誰より読める。

 

「かんちょう。とりがーも、きて」

 

 呼ばれた二人が資料室に入ると、はやては、一枚のログを投影していた。

 

「かけてた、ぺーじのこと。ずっと、へんだと、おもってたの」

 

 小さな指が、ログの余白をなぞった。

 

「かけかたが、きれい、すぎる。……むしくいじゃ、ないの。——きりとり、なの」

 

 小さな指が、ログの一行を指した。

 

『外部送信:実行。対象:指定七十二頁。宛先:設定なし(広域)。原本:焼却。——トリガー条件:所有者権限の強制移譲を検知』

 

「しかけ、なの。……ろきの、けんげんが、だれかに、うつされたら。きめてあった、ぺーじだけ、そとに、おくって。……もとを、もやす」

 

 彼女は、宛先の欄を、指した。空欄だった。

 

「うったんじゃ、ないの。……あてさき、ない。これ——」

 

 はやては、その言葉を、少しためらってから、口にした。

 

「——**しゅっぱん**、なの」

 

 リョウは、ログの末尾の時刻印を、見た。

 

 五年前の、あの日。あの神殿。分析班の遠隔誘導に従って、気絶したロキの掌を、認証盤に押し当てた——規定通りの、教本通りの、差し押さえ手順。

 

 時刻印は、その瞬間の、〇・三秒後だった。

 

「…………俺だ」

 

 声が、掠れた。

 

「俺の手続きが——引き金だ」

 

 誰も、違うとは言わなかった。リンディは何かを言いかけて、やめた。慰めが役に立つ顔を、部下がしていなかったからである。

 

 はやてが、次のファイルを開いた。

 

「おくった、ぺーじは、のこってない。……でも」

 

 小さな指が、ログの末尾を指した。

 

「たばの、**ひょうし**だけ。……のこってた」

 

 表紙には、あの男の癖字で、こう書かれていた。

 

『これを拾った読者へ

 

まず、几帳面な執行官に感謝を。君の正しい手続きが、この頁をめくった。作者の死は、かねてより、出版の条件である。

 

次に、これを買った諸君へ。諸君が手に入れたのは設定資料だ。だが言っておく。諸君に読めるのは、仕様までだ。主題は、読めまい。

 

三人の娘に、それぞれ名を置いた。過去、現在、未来。続きを書くのは、拾った者の仕事だ。

 

——精々、正しく、回収したまえ』

 

 リョウは、その一枚を、長いこと見ていた。

 

 感謝を。几帳面な執行官に。

 

 五年前に消滅した男が、五年後の今日、正確に彼へ宛てて書いた一行だった。殴りたかった。だが脚注は、殴れない。トライ・アルカンシェルは作者を消した。刊行物は——まだ、こうして、しゃべっている。

 

「……とりがー」

 

 はやてが、袖を、小さく引いた。

 

「……なまえの、はなし。しても、いい?」

 

「……おう」

 

「送信の目録に、設計書の題が三つ、あったの」

 

 彼女は、三行を投影した。

 

『TB規格原案・一:ウルド』

『TB規格原案・二:ヴェルダンディ』

『TB規格原案・三:スクルド』

 

「おにいちゃんの、えほんに、あった。……うんめいの、さんしまい」

 

 彼女は、一つずつ、指を折った。

 

「ウルドは、きのう。ヴェルダンディは、きょう。スクルドは——」

 

 はやての声が、少しだけ、小さくなった。

 

「——あした」

 

 資料室が、静まった。

 

「……あしたの子が」

 

 銀色の髪の少女は、膝の上で、両手をぎゅっと握った。

 

「……いちばんさきに、しんじゃったんだね」

 

---

 

 消灯後の工房に、灯りが一つ、残っていた。

 

 フェイトは作業台に、カタログの付属技術概要を広げていた。整備班向けの、簡易な構造図。中枢の位置、動力系統、防護式の展開順序。三十七話の広場で、オーバ老が「止め所が設計されとらん」と吼えた、その盤面の、表側だけの地図。

 

 それを、彼女は、書き写していた。手帳に、自分の手で、一本ずつ線を引いて。

 

「……フェイトちゃん」

 

 振り向くと、なのはが、湯気の立つマグを二つ持って立っていた。

 

「眠れないの?」

 

 いつか、どこかで、逆向きに交わされた問いだった。

 

「……眠らないんです。今夜は」

 

 フェイトは、手帳から顔を上げずに、言った。

 

「力ずくは、砂時計を速めるだけでした。なら、次は——知っていればいい。私の体の図面です。誰よりも早く、覚えられます」

 

 ペンが、止まった。

 

「サントレアで、私は、〇・八秒、届きませんでした。……次は、届きます。手順ごと、覚えますから」

 

 なのはは、何も言わずに、マグを一つ、図面の邪魔にならない位置に置いた。

 

 それから、隣の丸椅子を引き寄せて、座った。

 

「二人で覚えれば、半分の時間だよ」

 

「……なのはちゃん、構造図、読めましたっけ」

 

「読めないから、フェイトちゃんが読んで。私が数える。——数えてもらうとね、覚えられるんだよ、人は」

 

 工房の灯りは、朝まで消えなかった。

 

---

 

 自室に戻ったのは、明け方だった。

 

 リョウは帳面を開き、鉛筆を舐め、しばらく、何も書けずにいた。

 

 それから、一行ずつ、書いた。

 

『借り:一件。貸し主:死人。内容:引き金。——五年前、俺の手続きが、あの設計図を世に出した』

 

『返済方法:金では返せない。頁でも返せない』

 

『——生きてる二機に、返す』

 

 鉛筆を置き、彼は窓の外の星の海を見た。

 

 納入予定日まで、あと十二日。

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