魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
『序文
管理局は、すべての空を守らない。
第68管理外世界の危機を救ったのは、艦隊ではなく、特異な適性を持つ一個小隊であった。これは公知の事実である。
特異性は、量産できない。
当社は、それを量産する。
本カタログは、貴組織の空に「奇跡」を常備するための、最初の頁である。』
カタログは、そう述べている。
誰に向けて書かれたのかは、述べられていない。買う者になら、誰にでも、である。
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狩りは、三本の糸から始まった。
一本目は、通信の糸。
「TB-03の中枢には触れません。防護式が生きてます。……でも、通信系は防護の外です」
工房の隅の端末で、エイミィ・リミエッタは、焼け残った送信モジュールから経路情報を吸い出していた。
「試験データの送信先。中継が三段。名義の殻が三枚。——『第七資材信託』、その上に『ミラルダ運輸』、その上に『第二十次元物流組合』。全部、実体なし」
「行き止まりか」
「行き止まりに見せたい、ってことです。管制官はね、トリガーくん。回数と、時刻と、経路。数えるものがあるなら、数えるの」
二本目は、部品の糸。
TB-03の外装部品には、製造ロット番号が几帳面に刻印されていた。几帳面さは、追跡の敵ではない。味方である。エイミィは番号を四つの管理世界の部品市場に照会し、同一ロットの出荷記録を洗い、納入先の名義をまた三枚剥いだ。
三本目は、医療の糸。
「生体部の維持には、特殊な培養液が要ります。定期交換前提の、消耗品です」
医療班と整備班の合同所見は、一行で足りた。消耗品には、補給線がある。補給線には、定期出荷の記録がある。
三日目の夜。
三本の糸は、艦橋の投影図の上で、一点で交わった。
「——『ヴェルンド総合防装』」
エイミィが、その名を読み上げた。
「第12管理世界籍。届出業種、自律警備装備の製造販売。設立六年。納税記録、清潔。労働記録、清潔。……届出上は、どこからどう見ても」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。
「——適法です」
沈黙が、艦橋に落ちた。
「照会は」
「必要ありません」
エイミィは、次の画面を開いた。
「装備公示台帳に、載ってます。第七類・自律戦術装備。届出済み。……課長、これ、隠されてたんじゃないんです。**公示**されてたんです。最初から、誰でも読める棚に」
リンディ・ハラオウンは、湯呑みを置いた。
置いた手が、いつもより、三秒だけ長く、湯呑みの縁に残った。
「……台帳の添付資料を、開きなさい」
添付資料の表題は、こうだった。
『総合カタログ(第三版)』
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翌朝のブリーフィングルームで、その資料を読み上げる役を、フェイト・T・ハラオウンは自分から引き受けた。
「私が読みます」
誰も、反対しなかった。反対できる者が、いなかった。
彼女は卓の中央に立ち、手元に投影された頁を、整備記録を読み上げるときと同じ声で、順番に読んでいった。
「型式一覧。TB-01、TB-02、TB-03。三機。原案名の記載は——ありません。欄そのものが、削除されています」
頁が、繰られる。
「標準仕様。骨格、複合装甲。駆動、魔力直結型。中枢防護、第八項連動式。……情緒応答——抑制、標準装備」
声は、揺れなかった。
「注記。情緒応答の抑制解除は、運用上——『推奨されない』」
なのはの手が、卓の下で、握られた。
「オプション一覧。武装換装、三種。索敵拡張、二種。音声パッケージ——二種。標準合成音声、および……『原型準拠音声』。原型準拠は、別料金です」
リョウは、天井を見た。見ていないと、頁を撃ち抜きそうだった。
「保守条項。生体部は『定期交換部品』に分類。交換周期は別紙。……保証条項。回収不能時の廃棄手順——供給契約第八項——の実施費用は、販売価格に、含まれます」
頁が、繰られる。
最後の頁だった。
「単価」
フェイトは、一拍だけ、置いた。誰にも分からないほどの、〇・四秒だけ。
「——八億四千万。通貨単位の記載は、ありません」
彼女は資料を閉じ、いつもの声で、言った。
「以上です」
長い沈黙のあと、最初に口を開いたのは、座布団二枚の上の、一番小さな課員だった。
「ねえ、かんちょう」
はやては、閉じられた頁の残像を見つめたまま、聞いた。
「これ……ひとの、ねだん?」
リンディは、すぐには答えなかった。
答える代わりに、彼女は資料をもう一度開き、全頁を、ゆっくりと繰り直した。序文から、単価まで。それから、静かに言った。
「……気づいたかしら。この書類、最初から最後まで——**人の名前が、一つもないの**」
署名欄には『決裁:自動』。問い合わせ先は名義だけの信託。作った者も、売る者も、承認した者も、書面の上には存在しない。
「装備だと言い張るなら、人の法律は使えない。……いいわ」
リンディ・ハラオウンは、湯呑みを取り上げた。
「——製品には、製品の法律があるもの」
その意味を訊き返す前に、エイミィが、公示台帳の更新欄を投影した。
『受注公示:第一次量産ロット(筐体三十六基・未起動)
納入予定日:本日より十二日後
発注名義:(信託三層・追跡中)』
「量産筐体は、もう完成しています。ただし——未起動。カタログの生産体制の頁に、ありました。『中枢の起動には、原盤機よりの転写を要す』」
エイミィは、赤い印を二つ、投影図に打った。
「原盤機。……TB-01と、TB-02です。あの子たち二機が、三十六基ぶんの、鍵なんです」
残り、十二日。
時計が、動き始めた。
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同じ日の夜、資料室。
もう一つの糸を手繰っていたのは、はやてだった。
卓の上には、第二部の『再調査』で回収された、狼の巣の資料庫の写し。彼女はこの三ヶ月、ロキの記録を読み解く作業を続けている。七番の帳面も、祭壇の式も、あの男の癖字も、艦の誰より読める。
「かんちょう。とりがーも、きて」
呼ばれた二人が資料室に入ると、はやては、一枚のログを投影していた。
「かけてた、ぺーじのこと。ずっと、へんだと、おもってたの」
小さな指が、ログの余白をなぞった。
「かけかたが、きれい、すぎる。……むしくいじゃ、ないの。——きりとり、なの」
小さな指が、ログの一行を指した。
『外部送信:実行。対象:指定七十二頁。宛先:設定なし(広域)。原本:焼却。——トリガー条件:所有者権限の強制移譲を検知』
「しかけ、なの。……ろきの、けんげんが、だれかに、うつされたら。きめてあった、ぺーじだけ、そとに、おくって。……もとを、もやす」
彼女は、宛先の欄を、指した。空欄だった。
「うったんじゃ、ないの。……あてさき、ない。これ——」
はやては、その言葉を、少しためらってから、口にした。
「——**しゅっぱん**、なの」
リョウは、ログの末尾の時刻印を、見た。
五年前の、あの日。あの神殿。分析班の遠隔誘導に従って、気絶したロキの掌を、認証盤に押し当てた——規定通りの、教本通りの、差し押さえ手順。
時刻印は、その瞬間の、〇・三秒後だった。
「…………俺だ」
声が、掠れた。
「俺の手続きが——引き金だ」
誰も、違うとは言わなかった。リンディは何かを言いかけて、やめた。慰めが役に立つ顔を、部下がしていなかったからである。
はやてが、次のファイルを開いた。
「おくった、ぺーじは、のこってない。……でも」
小さな指が、ログの末尾を指した。
「たばの、**ひょうし**だけ。……のこってた」
表紙には、あの男の癖字で、こう書かれていた。
『これを拾った読者へ
まず、几帳面な執行官に感謝を。君の正しい手続きが、この頁をめくった。作者の死は、かねてより、出版の条件である。
次に、これを買った諸君へ。諸君が手に入れたのは設定資料だ。だが言っておく。諸君に読めるのは、仕様までだ。主題は、読めまい。
三人の娘に、それぞれ名を置いた。過去、現在、未来。続きを書くのは、拾った者の仕事だ。
——精々、正しく、回収したまえ』
リョウは、その一枚を、長いこと見ていた。
感謝を。几帳面な執行官に。
五年前に消滅した男が、五年後の今日、正確に彼へ宛てて書いた一行だった。殴りたかった。だが脚注は、殴れない。トライ・アルカンシェルは作者を消した。刊行物は——まだ、こうして、しゃべっている。
「……とりがー」
はやてが、袖を、小さく引いた。
「……なまえの、はなし。しても、いい?」
「……おう」
「送信の目録に、設計書の題が三つ、あったの」
彼女は、三行を投影した。
『TB規格原案・一:ウルド』
『TB規格原案・二:ヴェルダンディ』
『TB規格原案・三:スクルド』
「おにいちゃんの、えほんに、あった。……うんめいの、さんしまい」
彼女は、一つずつ、指を折った。
「ウルドは、きのう。ヴェルダンディは、きょう。スクルドは——」
はやての声が、少しだけ、小さくなった。
「——あした」
資料室が、静まった。
「……あしたの子が」
銀色の髪の少女は、膝の上で、両手をぎゅっと握った。
「……いちばんさきに、しんじゃったんだね」
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消灯後の工房に、灯りが一つ、残っていた。
フェイトは作業台に、カタログの付属技術概要を広げていた。整備班向けの、簡易な構造図。中枢の位置、動力系統、防護式の展開順序。三十七話の広場で、オーバ老が「止め所が設計されとらん」と吼えた、その盤面の、表側だけの地図。
それを、彼女は、書き写していた。手帳に、自分の手で、一本ずつ線を引いて。
「……フェイトちゃん」
振り向くと、なのはが、湯気の立つマグを二つ持って立っていた。
「眠れないの?」
いつか、どこかで、逆向きに交わされた問いだった。
「……眠らないんです。今夜は」
フェイトは、手帳から顔を上げずに、言った。
「力ずくは、砂時計を速めるだけでした。なら、次は——知っていればいい。私の体の図面です。誰よりも早く、覚えられます」
ペンが、止まった。
「サントレアで、私は、〇・八秒、届きませんでした。……次は、届きます。手順ごと、覚えますから」
なのはは、何も言わずに、マグを一つ、図面の邪魔にならない位置に置いた。
それから、隣の丸椅子を引き寄せて、座った。
「二人で覚えれば、半分の時間だよ」
「……なのはちゃん、構造図、読めましたっけ」
「読めないから、フェイトちゃんが読んで。私が数える。——数えてもらうとね、覚えられるんだよ、人は」
工房の灯りは、朝まで消えなかった。
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自室に戻ったのは、明け方だった。
リョウは帳面を開き、鉛筆を舐め、しばらく、何も書けずにいた。
それから、一行ずつ、書いた。
『借り:一件。貸し主:死人。内容:引き金。——五年前、俺の手続きが、あの設計図を世に出した』
『返済方法:金では返せない。頁でも返せない』
『——生きてる二機に、返す』
鉛筆を置き、彼は窓の外の星の海を見た。
納入予定日まで、あと十二日。