魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
『起動転写・工程表(改訂第二版)
原盤機:TB-01、TB-02
転写対象:量産筐体三十六基
所要時間:百四十分
転写完了後:原盤機は供給契約第八項に基づき処理のこと
改訂事項:全工程を七十二時間、前倒しとする
改訂理由:(記載なし)』
工程表は、そう述べている。
理由は、述べられていない。理由を書く欄に、書く者が、いないからである。
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異変を拾ったのは、はやてだった。
「かんちょう。……うごいてる」
深夜の艦橋。小さな管制官見習いは、傍受した更新記録を投影した。
「こうていひょう、かきかわった。……のうにゅう、はやく、なってる」
グレアが、その差分を引き取って、数字にした。
『——七十二時間の、前倒しです。おそらく、こちらの照会の足跡を、踏まれました』
「原盤の転写が終われば」エイミィが、後を継いだ。「三十六基が起きます。そして原盤機二機は——契約第八項で、処理」
用済みの原盤は、廃棄される。量産品の均一性のために。試作機の癖は、商品には要らないから。
工程表は、二つの命の残り時間を、百四十分と見積もっていた。
「買い手の裏も、取れました」
エイミィは、三層目の信託の殻を、画面上で剥いだ。
「資金環の実質支配者——リバーサーズ残党系です。指定敵性組織への装備供給。これで、強制調査の要件は満たします。……ぎりぎり、ですけど」
「ぎりぎりで結構」
リンディ・ハラオウンは、緊急執行の申請書に、決裁印を捺した。捺しながら、静かに言った。
「今日は救助よ。裁判は——明後日からやるわ」
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製造拠点『第三製造センター』は、荒れた管理外世界の開発特区に、白く、清潔に、建っていた。
隠れ家ではなかった。塀は低く、届出番号は正面に掲示され、非常口の位置は法定通りに緑色に光っていた。適法な建物である。適法な建物の中で、これから、適法な廃棄が行われようとしていた。
『外殻に防護式。——セイフティ、見えるか』
『……みえる』
回線の向こうで、小さな声がした。
『この、じ。……ろきの、さんばんの、じ』
『三番の応用ですね。逆位相で解けます』グレアの指が、即座に係数を叩き出した。『ヴァレル2、座標を送ります。——五、四、三——』
金色の指が、はやての詠み上げる座標を、寸分違わずなぞった。白い外壁の術式が、音もなく、ほどけた。
突入。
警備自律機の群れが、通路の奥から湧いた。無人の、量産の、番犬たち。
「こっちは任せて!」
桜色の面制圧が通路を洗い、リョウの精密射撃が駆動部だけを拾って落としていく。二人は足を止めなかった。止めないための、五年間だった。
フェイトは、最短経路を走った。手帳に写した図面が、頭の中で、現実の通路と重なっていく。第三隔壁、右。昇降路、二本目。その先が——
扉が開いて、彼女は、立ち尽くした。
ラックの回廊だった。
白い照明の下、整然と並んだ三十六の筐体。三十六の、自分の顔。どの目も閉じられ、どの胸にも灯はなく、型式番号だけが几帳面に振られて、出荷を待っていた。
『……ヴァレル2。生体反応、全基ゼロ。中枢、全基未転写。——空っぽや。まだ、誰も入っとらん』
はやての声が、彼女を回廊の呪縛から引き剥がした。
空の器。まだ、誰でもない三十六。
「……転写台へ、急ぎます」
フェイトは、三十六人の眠る自分の顔の間を、振り返らずに走り抜けた。
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転写室の手前、最終区画で、金色の雷が、彼女を迎え撃った。
TB-02。
契約業務:施設防衛。起動済み。交戦状態。
鎌が唸り、縛鎖が走る。四年前の彼女の全速が、通路いっぱいに展開された。
だが、今度のフェイトは、下がらなかった。
「右上、斬り下ろし」
言葉が、先に出た。〇・四秒後、その通りの軌道が来た。
「左、鎖。三・二メートル」
その通りに、来た。
「フェイント。本命は下——もう、見ました」
彼女は自分の癖のすべてを、口に出しながら、past形で潰していった。読めるのだ。全部。それは彼女自身の四年間だから。三合目で武装を弾き、五合目で四肢の縛鎖を極め、七合目で——TB-02は、機能を残したまま、完全に制圧された。
誰も傷つけない、教科書のような無力化。五年前、この娘がサントレアでやった通りの。
「確保——」
言い終わる前に、施設の照明が、赤に変わった。
『資産の強制奪取を検知。知的財産保護規程に基づき——』
天井の、誰でもない声が、告げた。
『——原盤機二基、供給契約第八項へ、移行します』
二つ。
制圧されたTB-02と——隔壁二枚向こうの転写台の、TB-01。
同時に。
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「リョウさん、中継!」
『分かってる!』
リョウは管制区画の制御卓の前にいた。五年前と同じ構図だった。卓と、手順と、彼。あの日は、規定通りに掌を押し当てて、世界に設計図をばら撒いた。
今日は。
「——手続きは、もうやった」
彼は椅子を掴み、認証盤ごと、制御卓の中継部へ叩き込んだ。
「今日は、破る方だ!」
火花。系統の悲鳴。施設全体の命令中継が軋み、二つの砂時計の落下速度が——僅かに、鈍った。止まりはしない。オーバ老の言った通り、止め所は設計されていない。だが、遅らせることは、できた。数十秒。それだけ。それだけが、彼の返せる借りの、今日の分だった。
フェイトは、走っていた。
目の前のTB-02と、隔壁の向こうのTB-01。処置の手順は頭に入っている。だが手順には時間が要り、体は一つしかなく、隔壁は二枚あった。
数式は、単純で、残酷だった。
両方には、届かない。
「〇二は私が——」
なのはが追いつき、TB-02の傍らに滑り込んだ。桜色の障壁で機体を包む。だが障壁は外からの力を防ぐもので、内側で進む手順には、指一本、届かない。
「フェイトちゃん、行って! 〇一へ! ——ヴェルダンディちゃんは、私が」
名前が、出た。
番号ではなく、初めて、名前が。
フェイトは、一瞬だけTB-02を見た。金色の目と、目が合った——気がした。
彼女は、隔壁へ走った。走りながら、背中で、聞いた。
『——非契約送信を、検知』
はやての声が、回線で跳ねた。
『〇二から、〇一へ——データ送信! 命令系統に、ありません! 観測記録、戦闘記録、全部——』
『……ぜんぶ、あげてる』
はやての声は、小さかった。
『じぶんの、きろく。……ぜんぶ、いもうとに』
なのはは、腕の中の機体に、必死に呼びかけていた。
「ヴェルダンディちゃん、聞こえる? 待ってて、いま、フェイトちゃんが——」
《Yes, sir.》
それは、なのはへの返事ではなかった。最後の送信を完了した自分の系統への、律儀な復唱だった。
灯が、外周から順に、消えていく。閉店の順番で。慌てずに。
ただ、最後の一つが消える前に——金色の目が、隔壁の方角へ、ほんの数度、動いた。
命令に、ない角度だった。
そして、消えた。
なのはは、動かなくなった機体を抱いたまま、しばらく、顔を上げなかった。
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転写台の上で、TB-01の内側の駆動音が、一段ずつ速くなっていた。
フェイトは台に飛びつき、手帳ごと頭に叩き込んだ頁を、開いた。
「防護式、展開順序——逆から踏みます。第七、第五、第三」
『かうんと、とる!』
はやての声。そして、もう一つ。
『——第七、閉鎖まで、四、三、二』
なのはの声だった。隔壁の向こうから、涙声のまま、回線で、数えていた。あの夜、工房で朝まで数えた通りの拍で。
「第七、閉鎖」
『第五まで、六、五、四』
「第五、閉鎖」
指が、図面の通りに動く。自分の体の図面。どこに何があって、どの順で封じれば、砂が落ちきる前に器を横倒しにできるか——一晩かけて、二人で覚えた地図。
『第三——ここ、ロキの式です! 逆位相、係数送ります——三・一四、〇・八八、二・二!』
『……ふぇいと』
小さな声が、割り込んだ。
『そこ、いたいところ。……きをつけて』
「入力——第三、閉鎖!」
最後の一手は、素手だった。
中枢保持。展開した防護式の隙間に、フェイトは右腕を——稼働中の、あたたかい方の腕を——差し入れて、手順の芯を、掌で包んだ。
駆動音が。
止まった。
施設の赤い照明の下、転写室に、換気の音だけが残った。
フェイトは、腕を差し入れた姿勢のまま、掲示された系統時計を見た。
第八項の見積もり完了時刻まで——残り、〇・四秒。
「……〇・四秒」
彼女は、笑うのに失敗したような顔で、呟いた。
「——残しました」
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TB-01が目を開けたのは、三分後だった。
金色の目が、天井を映し、それから、覗き込む顔を映した。自分と同じ輪郭の、自分と同じ色の目の、しかし表情という機能を使っている顔を。
「……おはよう、ございます」
フェイトは、言った。
《Yes, sir.》
「あなたの、名前は」
《Yes, sir.》
「……どこか、痛いところは」
《Yes, sir.》
全ての問いに、同じ音が返った。彼女の声で。了解の語彙しか積まれていない、彼女の声で。
なのはが、隔壁を抜けて、駆け込んできた。目は赤かったが、足は止まらなかった。彼女は転写台の傍らに膝をつき、機体の——少女の、手を、両手で包んだ。
「……もう、大丈夫だからね」
《Yes, sir.》
その時。
部屋の隅で、二つの音が、鳴いた。
《Ready.》
《Yes, sir.》
リョウの弾帯の罅割れた結晶と、フェイトの背のレギンレイヴⅡが、いつも通りの、点呼を交わしただけだった。
だがTB-01の首が、初めて——誰の問いに答えるのでもなく、自分から——その音の方へ、動いた。
母語を、聞いた者の動き方だった。
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撤収は、夜明け前に完了した。
三十六の空の筐体と、転写設備と、技術記録の一切が、緊急執行の目録に載せられ、封印された。オーバ老は動かなくなったTB-02を自ら担架に載せ、棚から白布を取り、頭から順に、掛けた。
二度目である。
二度、同じ手順が行われれば、それはこの部隊では、もう慣習だった。管理局のどの様式にも載っていない、第01ロストロギア事件課の、正式な手順。
同じ図面。同じ工程。同じ契約。
二機を分けたものに名前をつけるなら、隔壁二枚と、数十秒——籤(ロット)としか、呼びようのないものだった。
ゼルベロスへの帰艦針路上で、通信が一件、追いついてきた。
発信者、ヴェルンド総合防装・法務部。決裁:自動。
『物品返還請求、および審問召喚状
貴局が緊急執行により占有した当社資産(型式TB-01、ほか)について、返還を請求する。
審問期日:四十八時間後
なお、当該物品の滅失・毀損・改変は、契約に基づき——』
リンディ・ハラオウンは、最後まで読まずに、画面を伏せた。
「……早いわね」
それから彼女は、医務室の方角——初めての検査に、なのはとフェイトに両側から手を握られたまま向かった、金色の目の少女の方角を、一度だけ見た。
「いいわ。書類の喧嘩なら——うちの庭よ」
審問まで、四十八時間。