魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第39話『Lot』

『起動転写・工程表(改訂第二版)

 

原盤機:TB-01、TB-02

転写対象:量産筐体三十六基

所要時間:百四十分

転写完了後:原盤機は供給契約第八項に基づき処理のこと

改訂事項:全工程を七十二時間、前倒しとする

改訂理由:(記載なし)』

 

 工程表は、そう述べている。

 

 理由は、述べられていない。理由を書く欄に、書く者が、いないからである。

 

---

 

 異変を拾ったのは、はやてだった。

 

「かんちょう。……うごいてる」

 

 深夜の艦橋。小さな管制官見習いは、傍受した更新記録を投影した。

 

「こうていひょう、かきかわった。……のうにゅう、はやく、なってる」

 

 グレアが、その差分を引き取って、数字にした。

 

『——七十二時間の、前倒しです。おそらく、こちらの照会の足跡を、踏まれました』

 

「南方倉庫の臨検が、効きすぎたかもしれません」エイミィが、後を継いだ。「原盤の転写が終われば、三十六基が起きます。そして原盤機二機は——契約第八項で、処理」

 

 用済みの原盤は、廃棄される。量産品の均一性のために。試作機の癖は、商品には要らないから。

 

 工程表は、二つの命の残り時間を、百四十分と見積もっていた。

 

「買い手の裏も、取れました」

 

 エイミィは、三層目の信託の殻を、画面上で剥いだ。

 

「資金環の実質支配者——リバーサーズ残党系です。指定敵性組織への装備供給。これで、強制調査の要件は満たします。……ぎりぎり、ですけど」

 

「ぎりぎりで結構」

 

 リンディ・ハラオウンは、緊急執行の申請書に、決裁印を捺した。捺しながら、静かに言った。

 

「今日は救助よ。裁判は——明後日からやるわ」

 

---

 

 製造拠点『第三製造センター』は、荒れた管理外世界の開発特区に、白く、清潔に、建っていた。

 

 隠れ家ではなかった。塀は低く、届出番号は正面に掲示され、非常口の位置は法定通りに緑色に光っていた。適法な建物である。適法な建物の中で、これから、適法な廃棄が行われようとしていた。

 

『外殻に防護式。——セイフティ、見えるか』

 

『……みえる』

 

 回線の向こうで、小さな声がした。

 

『この、じ。……ろきの、さんばんの、じ』

 

『三番の応用ですね。逆位相で解けます』グレアの指が、即座に係数を叩き出した。『ヴァレル2、座標を送ります。——五、四、三——』

 

 金色の指が、はやての詠み上げる座標を、寸分違わずなぞった。白い外壁の術式が、音もなく、ほどけた。

 

 突入。

 

 フェイトは、最短経路を走った。手帳に写した図面が、頭の中で、現実の通路と重なっていく。第三隔壁、右。昇降路、二本目。その先が——

 

 扉が開いて、三人は、足を止めた。

 

 ラックの回廊だった。

 

 白い照明の下、整然と並んだ三十六の筐体。三十六の、フェイトの顔。どの目も閉じられ、どの胸にも灯はなく、型式番号だけが几帳面に振られて、出荷を待っていた。

 

『……ヴァレル2。いきてる、はんのう、ぜんぶ、ぜろ。なかみ、ぜんぶ、まだ、うつしてない』

 

 はやての声が、小さく続いた。

 

『——からっぽ。……まだ、だれも、はいってない』

 

 空の器。まだ、誰でもない三十六。

 

 その回廊の奥で、赤い灯が、一斉に点いた。

 

---

 

 警備自律機の群れが、ラックの陰から湧いた。

 

 無人の、量産の、番犬たち。低い胴、二本の腕、腕の先に短い砲。南方倉庫の護衛機と、同じ系統の顔をしていた。

 

 一斉射が来た。

 

 リョウは、フェイトの襟首を掴んで、手近な柱の陰へ引きずり込んだ。柱の縁が、白く削れて飛び散った。

 

「フェイト、先に行け」

 

「ですが——」

 

「砂時計は、向こうにあんだろ。ここは、俺らで持つ」

 

 フェイトは、一瞬だけ、回廊を見た。自分の顔の列を。その間を縫って、赤い灯が動いているのを。

 

「……了解しました。先行します」

 

 金色の尾が、ラックの間を抜けていった。警備機の砲口が、一斉にそちらを追い——

 

「こっちだよ!」

 

 なのはが、柱の陰から、半身を出した。

 

 セブンスウィルの砲身が、回廊の奥を向いた。桜色の光が、砲口に集まる。面制圧。通路ごと洗い流す、いつもの一撃。

 

 撃たなかった。

 

 照準の中に、顔があった。

 

 警備機は、ラックの陰にいた。筐体と筐体の間に、胴を潜り込ませていた。砲口の先には、機械の番犬と——その向こうに、目を閉じたフェイトの顔が、二つ、三つ、並んでいた。

 

「……っ」

 

 空っぽだと、分かっていた。はやてが、そう言った。誰も、入っていない。撃っても、誰も、死なない。

 

 分かっていて、指が、動かなかった。

 

『ヴァレル1、どうしました』

 

「……撃てません」

 

 なのはの声は、平らだった。平らにしていないと、崩れそうだった。

 

「警備機が、筐体を盾にしてます。わたしの砲だと、全部、巻き込みます」

 

『盾に——』

 

『……あのこたち、たまを、よけて、ないの』

 

 はやてが、構文の流れを読んでいた。

 

『じぶんの、かいしゃの、しさんの、かげは、うたれない。……そう、かいてある。けいびの、きまり』

 

 資産の陰は、撃たれない。

 

 侵入者が撃てば、それは器物損壊の記録になる。番犬たちは、その記録の上に、立っていた。

 

 二発目の斉射が、柱を削った。三発目で、柱の角が落ちた。

 

「なのは」

 

 リョウが、隣で、弾帯を詰め直しながら言った。

 

「一発ずつだ」

 

「……はい」

 

「全部は、撃たなくていい。一機ずつ、あいつらの腕の付け根だけ。顔の横を、通す」

 

 なのはは、息を吸った。

 

 砲身の出力を、落とした。落として、落として、細く絞った。面ではなく、線に。この一年半、この人の横で、何百発も練習した太さに。

 

「リョウさん、右から数えて三機目」

 

「おう。——四機目は、俺が取る」

 

 撃った。

 

 桜色の細い光が、目を閉じたフェイトの頬の横、指一本ぶんの隙間を抜けて、警備機の肩の付け根を射抜いた。

 

 筐体には、傷一つ、なかった。

 

 二発目。三発目。なのはは、顔を一つずつ避けながら、番犬を一機ずつ、剥がしていった。一発撃つたびに、照準の中の顔を、一度だけ、見た。見て、避けて、撃った。

 

 リョウの精密射撃が、その隙間を、埋めた。

 

 十二機目が倒れたとき、回廊には、換気の音と、三十六の閉じた目だけが、残っていた。

 

 なのはは、砲を下ろし、一番手前の筐体の前で、少しだけ、足を止めた。

 

「……ごめんね。うるさかったね」

 

 それから、走り出した。

 

---

 

 転写室の手前、最終区画で、金色の雷が、フェイトを迎え撃った。

 

 TB-02。

 

 契約業務:施設防衛。起動済み。交戦状態。

 

 初撃は、読めた。

 

「右上、斬り下ろし」

 

 言葉の〇・四秒後、その通りの軌道が来た。フェイトは半身で流し、返しの縛鎖を放った。

 

 鎖が、空を搦めた。

 

 TB-02は、そこにいなかった。〇・四秒、手前で、止まっていた。

 

 (——止まった?)

 

 鎌の石突が、鳩尾に入った。

 

 息が、潰れた。背中から隔壁に叩きつけられ、視界の端で、非常灯が二重にぶれた。

 

『ヴァレル2!』

 

『……てすとの、でーた』

 

 はやての声が、震えていた。

 

『さんのこが、さいごに、おくってた。……ふぇいとの、とまりかた。……このこ、もう、しってる』

 

 二つに分かれた宛先の、片方。

 

 サントレアの広場で、フェイトが写しを出し抜いた一手。その一手を、写しの方が、先に覚えていた。

 

 二合目。三合目。TB-02は、正確に〇・四秒ずつ、止まった。止まって、読んで、撃った。

 

 四合目で、左の肩当てが飛んだ。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはの声が、背後の通路から飛び込んできた。その隣に、リョウの足音。

 

「下がって! わたしが——」

 

「撃たないでください」

 

 砲口を上げかけたなのはを、フェイトは片手で制した。この狭さで桜色を撒けば、隔壁の向こうの転写台ごと、揺れる。

 

 五合目。切っ先が、頬を掠めた。温かいものが、顎を伝った。

 

 (……同じ、〇・四秒)

 

 同じ長さ。毎回、寸分違わず、同じ長さ。

 

 フェイトは、息を一つ、吐いた。

 

「——確認、しました」

 

 TB-02の〇・四秒は、計時だった。

 

 彼女の〇・四秒は、確認だった。見るべきものがあれば長くなり、なければ短くなる。見取りの長さは、見たものが決める。

 

 写せたのは、長さだけだった。

 

「リョウさん。三拍、ください」

 

『おう。——クリア』

 

 返事の代わりに、天井の照明が一基、撃ち抜かれた。

 

 闇が落ちた。TB-02の光学系が補正に移る。その間も、計時は止まらない。律儀に〇・四秒止まった機体の、止まった場所を、フェイトはもう見ていた。

 

「右、鎖。なのはちゃん、左に障壁を一枚」

 

「——了解です!」

 

 桜色の障壁が、逃げ道の左を塞いだ。右から、金色の縛鎖。背後は、リョウの二射目が床を穿って塞いだ。

 

 三方を閉じられた〇・四秒の中で、TB-02は、止まったまま、捕まった。

 

 七合目で、四肢が極まった。

 

「一人の読みは、写せます」

 

 フェイトは、肩で息をしながら、言った。

 

「……三人の読みは、写させません」

 

「確保——」

 

 言い終わる前に、施設の照明が、赤に変わった。

 

『資産の強制奪取を検知。知的財産保護規程に基づき——』

 

 天井の、誰でもない声が、告げた。

 

『——原盤機二基、供給契約第八項へ、移行します』

 

 二つ。

 

 制圧されたTB-02と——隔壁二枚向こうの転写台の、TB-01。

 

 同時に。

 

---

 

 壁面の系統時計に、二つの数字が、灯った。

 

『〇二:完了まで 百八十秒』

『〇一:完了まで 百八十秒』

 

「リョウさん、中継!」

 

「分かってる!」

 

 リョウは、もう走っていた。管制区画は、一階上。昇降路は封鎖。非常階段を、三段飛ばしで駆け上がった。

 

 フェイトは、TB-02の前にいた。処置の手順は、頭に入っている。胸骨の下、左に二つ。継ぎ目の開き方、三行。だが手順には時間が要り、体は一つしかなく、隔壁は二枚あった。

 

 数式は、単純で、残酷だった。

 

 両方には、届かない。

 

 なのはが、TB-02の傍らに滑り込んだ。桜色の障壁で機体を包む。だが障壁は外からの力を防ぐもので、内側で進む手順には、指一本、届かない。

 

「フェイトちゃん、行って! 〇一へ!」

 

 なのはは、腕の中の機体を、抱え直した。

 

「——ヴェルダンディちゃんは、わたしが」

 

 名前が、出た。

 

 番号ではなく、初めて、名前が。

 

 フェイトは、一瞬だけTB-02を見た。金色の目と、目が合った——気がした。

 

 彼女は、隔壁へ走った。

 

---

 

 管制区画の扉は、開いていた。

 

 開いた扉の内側に、警備機が一機、残っていた。制御卓の前に、番犬のように、腰を落として。

 

「——だよな。一番大事なとこに、一番いいのを置くわな」

 

 砲口が、こちらを向いた。

 

 一秒目。そこに、何がある。

 

 砲が一つ。卓が一つ。その卓の中に、二つの砂時計の、命令の中継がある。

 

 二秒目。それは、何だ。

 

 (撃ち合ってる暇は、ねえ)

 

『〇二:完了まで 百四十秒』

 

 リョウは、撃たなかった。

 

 走った。砲口の正面へ、まっすぐに。

 

 警備機の砲撃が、左肩を掠めた。制服が焼け、皮膚が焼けた。構わなかった。距離を詰めきって、銀色の右手で、砲身を鷲掴みにした。

 

 義手の掌の中で、再装填の熱が膨らんだ。

 

「——熱っちいな、この野郎」

 

 捻った。

 

 砲身が、根元から、曲がった。暴発の火花が、義手の指を二本、黒く焼いた。警備機が、壁まで吹き飛んで、動かなくなった。

 

 制御卓が、目の前にあった。

 

 狼の巣の神殿と同じ構図だった。卓と、手順と、彼。あの日は、規定通りに掌を押し当てて、世界に設計図をばら撒いた。

 

 今日は。

 

「——手続きは、もうやった」

 

 彼は、動かなくなった二本の指のまま、椅子を掴んだ。

 

「今日は、破る方だ!」

 

 認証盤ごと、制御卓の中継部へ、叩き込んだ。

 

 火花。系統の悲鳴。施設全体の命令中継が軋み、壁面の数字が、一瞬、読めない記号に崩れた。

 

『〇二:完了まで 百二十八秒』

『〇一:完了まで 百二十八秒』

 

 ——そして、戻った数字の減り方が、僅かに、鈍った。

 

 止まりはしない。オーバ老の言った通り、止め所は設計されていない。だが、遅らせることは、できた。

 

「……数十秒」

 

 リョウは、焼けた指を見下ろして、呟いた。

 

「それだけかよ。……今日の返済額」

 

---

 

 隔壁一枚目を、フェイトは斬り開いた。

 

『〇一:完了まで 九十秒』

 

 二枚目は、術式錠だった。

 

『ヴァレル2、ロキの二番です! 係数、今——』

 

『……まって。ちがう。これ、にばんじゃ、ない』

 

 はやての声が、グレアの声に、被さった。

 

『にばんに、みせてる。……ほんとは、ごばん。さかさまに、よむの』

 

『——五番の逆読み、了解! 係数、差し替えます!』

 

 フェイトの指が、はやての詠み上げる順に、錠の式をなぞった。

 

 開いた。

 

『〇一:完了まで 七十一秒』

 

---

 

 TB-02の傍らで、なのはは、機体を抱き続けていた。

 

「ヴェルダンディちゃん、聞こえる? 待ってて、いま、フェイトちゃんが——」

 

『——非契約送信を、検知』

 

 はやての声が、回線で跳ねた。

 

『〇二から、〇一へ——でーた、そうしん! めいれいに、ない! かんそくの、きろく。たたかいの、きろく。ぜんぶ——』

 

 声が、小さくなった。

 

『……ぜんぶ、あげてる。じぶんの、きろく。……ぜんぶ、いもうとに』

 

『〇二:完了まで 四十秒』

 

 なのはは、腕の中の顔を見下ろした。

 

 TB-02は、なのはを見ていなかった。金色の目は、ただ、天井を映していた。映したまま、送り続けていた。

 

「……そっか」

 

 なのはの声が、揺れた。

 

「お姉ちゃん、なんだね」

 

『〇二:完了まで 十秒』

 

《Yes, sir.》

 

 それは、なのはへの返事ではなかった。最後の送信を完了した自分の系統への、律儀な復唱だった。

 

 灯が、外周から順に、消えていく。閉店の順番で。慌てずに。

 

 ただ、最後の一つが消える前に——金色の目が、隔壁の方角へ、ほんの数度、動いた。

 

 命令に、ない角度だった。

 

 そして、消えた。

 

 なのはは、動かなくなった機体を抱いたまま、顔を上げなかった。

 

 顔を上げないまま、回線を開いた。

 

 泣いている暇は、あと、六十秒ぶん、なかった。

 

---

 

 転写台の上で、TB-01の内側の駆動音が、一段ずつ速くなっていた。

 

『〇一:完了まで 五十八秒』

 

 フェイトは台に飛びつき、手帳ごと頭に叩き込んだ頁を、開いた。

 

「防護式、展開順序——逆から踏みます。第七、第五、第三」

 

『かうんと、とる!』

 

 はやての声。そして、もう一つ。

 

『——第七、閉鎖まで、四、三、二』

 

 なのはの声だった。隔壁の向こうから、涙声のまま、回線で、数えていた。あの夜、工房で朝まで数えた通りの拍で。

 

「第七、閉鎖」

 

『第五まで、六、五、四』

 

「第五、閉鎖」

 

 指が、図面の通りに動く。自分の体の図面。どこに何があって、どの順で封じれば、砂が落ちきる前に器を横倒しにできるか——一晩かけて、二人で覚えた地図。

 

『〇一:完了まで 二十一秒』

 

『第三——ここ、ロキの式です! 逆位相、係数送ります——三・一四、〇・八八、二・二!』

 

『……ふぇいと』

 

 小さな声が、割り込んだ。

 

『そこ、いたいところ。……きをつけて』

 

「入力——第三、閉鎖!」

 

『〇一:完了まで 六秒』

 

 最後の一手は、素手だった。

 

 胸骨の下、左に二つ。

 

 継ぎ目の開き方は、三行だった。一行目で爪を掛け、二行目で捻り、三行目で起こす。サントレアの夜、〇・八秒かけて探した場所が、今日は、最初から、指の下にあった。

 

 開いた。

 

 展開した防護式の隙間に、フェイトは右腕を——稼働中の、あたたかい方の腕を——差し入れて、手順の芯を、掌で包んだ。

 

 駆動音が。

 

 止まった。

 

 施設の赤い照明の下、転写室に、換気の音だけが残った。

 

 フェイトは、腕を差し入れた姿勢のまま、壁面の系統時計を見た。

 

『〇一:完了まで 〇・四秒』

 

 数字は、そこで、止まっていた。

 

「……〇・四秒」

 

 彼女は、笑うのに失敗したような顔で、呟いた。

 

「——残しました」

 

---

 

 TB-01が目を開けたのは、三分後だった。

 

 金色の目が、天井を映し、それから、覗き込む顔を映した。自分と同じ輪郭の、自分と同じ色の目の、しかし表情という機能を使っている顔を。頬に、乾きかけた血の筋がある顔を。

 

「……おはよう、ございます」

 

 フェイトは、言った。

 

《Yes, sir.》

 

「あなたの、名前は」

 

《Yes, sir.》

 

「……どこか、痛いところは」

 

《Yes, sir.》

 

 全ての問いに、同じ音が返った。彼女の声で。了解の語彙しか積まれていない、彼女の声で。

 

 なのはが、隔壁を抜けて、駆け込んできた。目は赤かったが、足は止まらなかった。彼女は転写台の傍らに膝をつき、機体の——少女の、手を、両手で包んだ。

 

「……もう、大丈夫だからね」

 

《Yes, sir.》

 

 遅れて、リョウが、焼けた左肩を押さえながら、扉枠に寄りかかった。黒く焦げた義手の指を、二本、ぶら下げたまま。

 

「……間に合ったか」

 

「〇・四秒、残しました」

 

「そりゃ、ずいぶん貯め込んだな」

 

 その時。

 

 部屋の隅で、二つの音が、鳴いた。

 

《Ready.》

 

《Yes, sir.》

 

 リョウの弾帯の罅割れた結晶と、フェイトの背のレギンレイヴⅡが、いつも通りの、点呼を交わしただけだった。

 

 だがTB-01の首が、初めて——誰の問いに答えるのでもなく、自分から——その音の方へ、動いた。

 

 母語を、聞いた者の動き方だった。

 

---

 

 撤収は、夜明け前に完了した。

 

 三十六の空の筐体と、転写設備と、技術記録の一切が、緊急執行の目録に載せられ、封印された。筐体には、一つの傷もなかった。封印係は、その無傷ぶりを、少しだけ不思議そうに記録した。

 

 オーバ老は、艦から降りてきて、動かなくなったTB-02を自ら担架に載せた。棚から持ってきた白布を広げ、頭から順に、掛けた。

 

 二度目である。

 

 二度、同じ手順が行われれば、それはこの部隊では、もう慣習だった。管理局のどの様式にも載っていない、第01ロストロギア事件課の、正式な手順。

 

 同じ図面。同じ工程。同じ契約。

 

 二機を分けたものに名前をつけるなら、隔壁二枚と、数十秒——籤(ロット)としか、呼びようのないものだった。

 

 ゼルベロスへの帰艦針路上で、通信が一件、追いついてきた。

 

 発信者、ヴェルンド総合防装・法務部。決裁:自動。

 

『物品返還請求、および審問召喚状

 

貴局が緊急執行により占有した当社資産(型式TB-01、ほか)について、返還を請求する。

審問期日:四十八時間後

なお、当該物品の滅失・毀損・改変は、契約に基づき——』

 

 リンディ・ハラオウンは、最後まで読まずに、画面を伏せた。

 

「……早いわね」

 

 それから彼女は、医務室の方角——初めての検査に、なのはとフェイトに両側から手を握られたまま向かった、金色の目の少女の方角を、一度だけ見た。

 

「いいわ。書類の喧嘩なら——うちの庭よ」

 

 審問まで、四十八時間。

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