魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
『管理装備規程・第百十一条(回収命令)
重大な欠陥により、人命への危険を生じさせるおそれのある装備について、局は、所有の帰属にかかわらず、その回収を命じることができる。』
規程は、そう述べている。
「欠陥」が何であるかまでは、述べていない。
述べていない欄は、読む者のものである。
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審問まで、残り三十時間。
ゼルベロスの会議卓は、書類の山に埋まっていた。
「向こうの主張は、三本柱です」
エイミィが、投影図に相手方の申立てを並べた。
「一、緊急執行は過剰だった。二、買い手の敵性は取引時点では未確定で、当社は善意の第三者である。三、よって全資産——TB-01を含む——の返還と、毀損分の賠償を求める」
「毀損分」
「……TB-02の、ことです。『管理局の占有下で滅失した資産』として、請求書が付いてます」
自分の廃棄条項で失われた娘の代金を、請求する。決裁は、例によって、自動だった。
「返還されたら、どうなる」
リョウが、低く聞いた。
答えは、誰もが分かっていて、誰も言いたくなかった。エイミィが、目を伏せて、書類の該当行を読んだ。
「……原盤としての用途は、転写設備の差押で潰れています。用途のない試作機の、帳簿上の処理は——」
「返品された欠陥品は、第八項行きだ」
リョウが、言った。廊下に向かって開いた医務室の扉の、その奥を見ないようにしながら。
「あいつは、返品された瞬間に、廃棄される」
医務室の寝台で、金色の目が、開いていた。
誰も気づかなかったが、その目は、声のする方を、ずっと追っていた。
「——だから、返さないのよ」
リンディ・ハラオウンが、卓の中央に、一枚の規程を置いた。第百十一条。回収命令。
「所有権では、争わない。争えば長引くし、長引けば向こうの土俵よ。だから——所有の帰属にかかわらず、と書いてあるこの条文で、行くわ」
「回収命令……製品の、リコールですか」
「ええ。TB型式全体を、欠陥危険装備として、局の回収管理下に置く。所有者が誰であろうと、危険な製品は市場から回収される。それが、製品の法律」
フェイトが、静かに聞いた。
「……欠陥の、立証は」
「第八項よ」
リンディは、オーバ老の鑑定書を掲げた。
「外部から干渉すると加速する。停止手段が設計されていない。そしてその挙動は——カタログのどこにも、開示されていない。近づく人間を危険に晒す非開示の機構。これを欠陥と呼ばずに、何と呼ぶの」
あの夜、フェイトの腕を〇・四秒差まで追い詰めた仕掛けが、そのまま、相手の喉元への刃になっていた。
「ただし」
リンディは、そこで、湯呑みを置いた。
「この道には、通行料があるの」
彼女は、申立書の束を、卓に置いた。
「回収命令の申立ては、製品の法律。だから書類の中で、あの子はずっと——『物品』と呼ばれ続ける。私たちの署名で、私たちの手で、そう書いて出すの。……一段目は、それでしか通れない」
沈黙が、卓に落ちた。
「二段目は、通ってから。条例第二条——ロストロギア級人員の、捕捉、管理、および保護。……前例なら、あるのよ」
リンディは、少しだけ笑った。
「五年前に、私が作ったわ」
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その夜、フェイトは執務室で、申立書の束と向き合っていた。
品名:TB-01。区分:装備。性質:物品。
三日前、彼女はこの欄を、空欄のまま提出した。空欄は、拒否だった。拒否は、記録に残らない。リンディが黙って受理印を捺してくれたから成立しただけの、届かない抗議だった。
今日は、埋める。
埋めなければ、一段目が通らない。一段目が通らなければ、あの子は返品される。
ペンが、品名の欄に、四文字を書いた。彼女の手は、震えなかった。震える権利は、この書類の役目が終わるまで、預けてある。
署名して、判を捺して——それから彼女は、白紙を一枚、引き寄せた。
『意見書
本申立てにおいて署名者が用いた「物品」「装備」等の語は、申立ての様式上の要件を満たすためにのみ用いたものである。
署名者は、当該――彼女――が、人であることを、ここに付記する。
この付記が本件のいかなる手続にも影響しないことは、承知している。影響しない記録にも、残る意味はあると、署名者は信じる。
第01ロストロギア事件課 フェイト・T・ハラオウン』
申立書の束に、その一枚を綴じて、彼女は艦長執務室へ持っていった。
リンディは、意見書を二度読んだ。
様式には、勝てない。だが様式は——付記を、拒めない。
「……添付書類は、記録の一部よ」
彼女は受理印を捺し、それから、小さく言った。
「その一枚、二段目で、弾になるわ」
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管理装備審判所、第三審判廷。
審問は、定刻に開かれた。
審判官は、灰色の髪の、乾いた声の男だった。敵ではない。味方でもない。手続きが人の形をしていたら、こうなるだろうという顔をしていた。
「冒頭に、本廷の判断範囲を確認する。——本廷は、当該物品が何であるかを、判断しない。占有と処分の適法性のみを、判断する」
彼女が何者かは、争点ではない。
争点から、除外されている。
相手方の代理人は、仕立てのいい制服の、丁寧な男だった。名乗りは正確で、礼は正しく、そして委任状の署名欄には、例の二文字があった。決裁:自動。この男を雇った人間すら、書類の上には存在しなかった。
前半戦は、押し合いだった。
代理人は緊急執行の過剰を突き、リンディは買い手の資金環の敵性を積み、代理人は善意の第三者を主張し、リンディはTB-02の「毀損」請求書を掲げて静かに問うた——「自社の廃棄条項で失われた資産の代金を、条項を止めようとした側に請求する。この計算式を、御社ではなんと呼ぶのかしら」。
そして、彼女は反転した。
「本職は、ここで申立ての性質を切り替えます。——管理装備規程第百十一条に基づく、回収命令の申立て」
廷内の空気が、変わった。
「TB型式には、非開示の危険機構が存在します。外部干渉により加速し、停止手段を持たない、自動廃棄手順。証拠一、旧サントレア市の交戦記録。証拠二、第三製造センターの系統記録。証拠三、整備班主任オーバ技師の鑑定書——読み上げます。『停止手段が、どこにも設計されておらんかった。儂の六十年で、いちばん質の悪い設計である』」
代理人が、立った。
「異議を。当該機構は契約第八項として文書化された仕様であり、欠陥ではありません」
「仕様と書けば、欠陥でなくなるのなら」
リンディは、工程表の写しを掲げた。
「この欄も、仕様かしら。——『改訂理由:記載なし』。理由を書けない製造者に、安全を証明する資格があるとは、本職には思えません」
審判官は、長いこと書類を繰り、それから、乾いた声で言った。
「——回収命令の当否を判断する前に、当該物品の現況を、本廷で検証する」
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TB-01は、二人の局員に付き添われて、入廷した。
歩き方は、もう教わっていた。医務室で、なのはが手を引いて、三日かけて教えた歩き方だった。金色の目が、傍聴席を——なのはと、フェイトと、小さな銀色の頭を、順番に見つけて、それから、正面へ戻った。
検証官が、規定の質問票を開いた。
「応答試験を行う。——型式を述べよ」
《Yes, sir.》
「現在の機能状態を述べよ」
《Yes, sir.》
「所属を述べよ」
《Yes, sir.》
どの問いにも、同じ音が返った。彼女の声で。了解の語彙しか、積まれていない声で。
代理人が、静かに立ち上がった。
「審判官。ご覧の通りです。応答系は規格通り。これは弊社の製品であり、製品として完全です。……検証の終結を」
なのはの手が、傍聴席の手すりを、白くなるまで握った。
彼女の沈黙が、彼女が物である証拠として、使われていた。
「検証を終結する。記録係——」
議事録係の指が、端末の上で、閉じの様式を呼び出した、
その時だった。
《……質問。》
廷内が、止まった。
検証官の手が、質問票の上で止まった。代理人の顔から、丁寧さが一枚、剥がれた。議事録係の指が、宙で固まった。
装備は、質問をしない。
了解の語彙のどこにも、その二文字は、入っていない。
審判官だけが、動いた。乾いた声のまま、手続きの人の形のまま、彼は規則の中から、使える一行を探し出した。
「……発言を、許可する」
金色の目が、まっすぐに、審判官を見た。
それから、彼女は、三日間の廊下と医務室で拾い集めた言葉を、一つずつ、順番に、並べた。
「私は——返品、ですか」
誰も、答えなかった。
答えられる者が、いなかった。この廷は、彼女が何であるかを判断しない場所だった。何であるかを、争点から除外した場所だった。その除外された問いを、除外された本人が、製品の言葉の形にして——返品——正面から、廷の真ん中に置いたのだった。
議事録係が、審判官を見た。
物品の音声出力は、発言として記録されるのか。様式に、該当欄はあるのか。
審判官は、三秒、黙った。
それから、言った。
「——記録に、残せ」
指が、動いた。
記録された瞬間、様式が、彼女を綴じた。発言者として。問いを持つ者として。返答を待つ者として。
物品は、発言をしない。
発言したものは——もう、物品の欄には、収まらない。
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主文の言い渡しは、簡潔だった。
「TB型式の全資産に対し、規程第百十一条に基づく回収命令を発する。回収管理者、時空管理局。所有権その他の争いは、本命令の執行を妨げない。——返還請求は、理由がない」
閉廷後、代理人は、荷物をまとめながら、リンディに一礼した。
「……見事でした。依頼人に、報告書を送ります」
それから彼は、ほんの少しだけ、疲れた顔をした。
「宛先は——無人ですが」
仕立てのいい背中が、扉の向こうに消えた。
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その日の夜、リンディ・ハラオウンは、艦長執務室の卓に、三枚の書類を並べた。
一枚目。フェイトの意見書。彼女が人であると、身内が最初に書面で述べた記録。
二枚目。審問議事録の写し。彼女が問いを発したと、様式が認めた記録。
三枚目。第三製造センターの系統記録。命令にない送信——姉が妹へ、自分の全てを遺したと、機械が残した記録。
「……揃ったわ」
彼女は、四枚目の様式を引き出した。
『条例第二条適用申請書——ロストロギア級人員の、捕捉、管理、および保護』
人員、の二文字を、彼女はペンでなぞった。五年前、幕僚たちの前で、同じ二文字に全てを賭けた夜のことを、思い出しながら。
回収(リコール)という言葉には、もう一つ、意味がある。
——思い出すこと。
局は製品を回収し、そして書類は一枚ずつ、彼女が人であることを、思い出し始めていた。
申請書の末尾に決裁印を捺し、リンディは、もう一件の決裁書を隣に置いた。回収命令の付随処分——押収した技術データ及び設計記録の、完全焼却許可。危険機構の設計図を安全に保管できる者は、どこにもいない、という理由で。
焼却の執行者の欄は、まだ、空欄だった。
誰が押すべきかは、決まっている気がした。
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ゼルベロスの医務室に、報告は、なのはが行った。
難しい言葉は、全部、艦長室に置いてきた。彼女は寝台の脇に座り、金色の目をまっすぐに見て、三行で言った。
「あなたは、返品されません」
「ここにいることが、決まりました」
「——おかえり、って意味だよ」
金色の目が、三秒、なのはを見た。
《Yes, sir.》
いつもの音だった。ただ、今日のそれは、ほんの少しだけ——本当に、ほんの少しだけ——柔らかく聞こえた気がして、なのはは、笑った。
廊下で聞いていたリョウは、頭を掻いた。銀色の方の手で掻いて、また皮膚を赤くした。
「……返品なんて言葉、教えちまったのは、俺だな」
「ううん」
なのはが、出てきて、首を振った。
「あの言葉があったから、あの子は、聞けたんだよ」
リョウの言葉が、また、引き金になった。
今度は——正しい方の。
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『審問議事録・第三審判廷(抄)
発言者:当該物品
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発言者:未登録人員・一名(氏名未定)
(記録係註:上記訂正は、審判官の指示による)』
議事録は、そう述べている。
訂正の線は、手書きである。