魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
『人員登録票(新規)
氏名:(未定)
生年月日:(記録上の該当なし)
出身:(該当様式なし)
続柄:(審査中)』
登録票は、そう述べている。
未定の欄は、これから埋める者のものである。
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条例第二条の適用認可は、審問から六日後に下りた。
三枚の証拠——意見書、議事録、命令にない送信の記録——は、審査官の机の上で、過不足なく仕事をした。ロストロギア級人員、一名。捕捉、済み。管理、済み。保護——開始。
書類の上で、彼女は人になった。
なった途端、書類が、悲鳴を上げ始めた。
「……課長。家族登録課から、照会が三件来てます」
エイミィが、うんざりした顔で端末を読み上げた。
「一件目。生年月日の欄に記入できる日付がありません、どうしますか。二件目。続柄の様式に『遺伝的同一・別人格』の区分がありません、どうしますか。三件目——これが傑作です」
彼女は、画面を投影した。
『自動照会:当該人員の遺伝記録は、既登録人員「フェイト・T・ハラオウン」と一致します。重複登録の疑いがあります。登録を却下しますか?』
様式が、彼女の存在を、もう一度消しにかかっていた。今度は悪意ですらなく、ただの検算で。
「私は」
端末を覗き込んだフェイトが、真顔で、機械に向かって言った。
「——私は、私です。彼女は、彼女です」
「そう入力する欄が、ないんですよねえ」
解決したのは、結局、いつもの一本のペンだった。
リンディ・ハラオウンは照会書を三枚重ね、続柄の欄に手書きで『妹』と記し、備考欄に一行を添えた。
『出自に該当様式なし。人が二人いる、という以上の事実は存在しない。疑義のある担当官は、本艦まで確認に来られたし』
決裁印。三枚とも。
「……来たら、どうするんですか」
「唐揚げを出すわ」
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それからの数週間は、艦全体が、教室になった。
なのはの担当は、挨拶だった。おはよう。おやすみ。ありがとう。いってきます。おかえり。「返事のいらない言葉から教えるんだよ」と彼女は言った。「返事の練習じゃなくて、言う練習だから」
はやての担当は、文字だった。
「ここ、まっすぐ。……そう。じょうず」
小さな先生は、自分の絵本を医務室に持ち込んで、一頁ずつ、指でなぞらせた。ふぇいとに、よんでもらって、じぶんでも、よめるようになった——その手順を、そっくりそのまま、次の子に渡した。
フェイトの担当は、朗読だった。消灯前の三十分。彼女が読み、金色の目が、文字と声を照合していく。
《Yes, sir.》の回数は、日ごとに、減っていった。減った分だけ、別の音が増えた。単語。二語文。それから、時々、誰にも教わっていない組み合わせ。
三週目の昼、ゼルベロスの舷門に、一人の男が降り立った。
痩せた、中年の、灰色の外套の男だった。鞄は一つ。中身は、様式の束だけだった。
「本局人事部、家族登録課。審査官の、ヘルマン・ドーズです」
彼は、出迎えたリンディに、正確な角度で頭を下げた。
「備考欄のご指示に従い、確認に参りました。……正直に申し上げて、この二十年で、備考欄から呼び出されたのは初めてです」
「遠いところを、ようこそ」
リンディは、穏やかに微笑んだ。
「確認は、夕食のあとでもいいかしら」
「……夕食、ですか」
「ええ。今夜、ちょうど、出るのよ」
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食堂に、唐揚げの山が着任した。
長卓の端に、灰色の外套の審査官が、居心地悪そうに座っていた。膝の上に様式の束。胸ポケットにペン。人が二人いることを、確認しに来た男の顔だった。
向かいに、金髪の少女が二人、並んでいた。
同じ輪郭。同じ色の目。一人は、真顔で箸を持ち、もう一人は、隣の真顔の手元を、じっと見ていた。
ドーズ審査官は、様式の一行目に、何かを書こうとして——ペンを、止めた。
いつもの再配分が始まる——前に。
金色の目の少女の箸が、静かに伸びて、山のてっぺんの、いちばん大きい一つを取った。
全員の手が、止まった。
少女は、それを、隣のフェイトの小皿に、載せた。
それから、二番目に大きいのを、なのはの皿に。三番目を、はやての皿に。四番目を、リョウの皿に。手順は正確で、順路は最短で、そして、どの様式にも、載っていなかった。
二度、見ただけの家族の儀式を、彼女は、自分から実行した。
そこで、箸が、止まった。
金色の目が、長卓の端を見た。灰色の外套の、知らない男を。
三秒。
箸が、もう一度、山へ伸びた。五番目の——少し形の崩れた、けれど十分に大きい一つを取って、少女は、椅子から立ち上がり、長卓の端まで歩いていった。医務室で三日かけて覚えた歩き方で。
審査官の空の小皿に、それが、載った。
「…………」
ドーズ審査官は、自分の皿の上の唐揚げを、長いこと見ていた。
なのはが、俯いて、目元を拭った。はやてが、椅子の上で足をぱたぱたさせた。リョウは黙って、四番目の唐揚げを口に放り込み、ついでに審査官の方へ、塩の小瓶を滑らせた。
フェイトは、皿の上のいちばん大きい一つを見て、それから、言った。
「……おぼえたんですね」
「————からあげ」
少女の、その日いちばん明瞭な発音だった。
審査官は、様式の束を、膝から卓へ移した。ペンを取った。確認欄に、ゆっくりと、書き込んだ。
書き終えると、彼は、それを、リンディの方へ向けて、差し出した。
『確認事項:当該人員と既登録人員の同一性について
確認結果:人が二人いる。
——訂正。食卓に、人が七人いる。うち一人は、本官に唐揚げを配った。
重複登録の疑い:なし
審査官 ヘルマン・ドーズ』
署名欄には、印字ではなく、手書きの名前があった。
「……決裁は、自動ではないのね」
「家族登録課ですので」
審査官は、初めて、少しだけ笑った。
「家族の欄に、人の名前がないと、困るのです」
それから彼は、唐揚げを、一口で食べた。
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焼却炉の前には、五人と、台車が三つ、並んでいた。
台車の上には、押収された技術データの記録媒体、設計記録の原本、量産工程の一切——そして、狼の巣の資料庫から回収された、ロキの研究記録の写し。あの表紙も、含めて。
完全焼却許可、執行者欄、空欄。
最後の異議は、オーバ老から出ていた。三日前の会議室で、老技師は許可書を睨んで、こう言ったのだ。
「図面を全部焼いたら、あの子の体は、誰が診る」
答えを出したのも、オーバ老自身だった。
「——ええわい。図面は焼け。整備手引きも焼け。……儂らが、書き直す。物の直し方やのうて、人の診方でな。手引きやのうて——**カルテ**を作る」
医療班と整備班の合同で、新しい記録が、既に書き始められていた。所有者はヴェルンド社でも管理局でもなく、彼女自身の診療記録として。製品の文書は、一冊ずつ、人の文書に翻訳されていった。
フェイトの手帳の、あの夜の書き写しも、その最初の頁に、写し直された。胸骨の下、左に二つ。今度は、止めるための印ではなく、診るための印として。
残りは、燃やすだけだった。
「三十六の空の筐体は、溶かして材料じゃ」オーバ老が、帳面を閉じた。「……こっちは、ほんまもんの材料での。誰も、入っとらんかったから」
傷一つない三十六の顔を、溶かす前に、なのはは一度だけ見に行った。見て、何も言わずに、戻ってきた。回廊で、一つも撃たなかった顔だった。
リョウは、台車のいちばん上の一枚——あの表紙——を、最後にもう一度、見た。
几帳面な執行官に感謝を。作者の死は、かねてより、出版の条件である。続きを書くのは、拾った者の仕事だ。
「…………」
彼は、何も書き込まなかった。何も、言い返さなかった。反論は対話で、対話は続きだ。この男に続きをくれてやる気は、もう、なかった。
「——返事は、無しだ」
それだけ言って、表紙を、台車に戻した。
フェイトが、執行者欄に署名した。
「私の図面は、私が閉じます」
ボタンは、彼女が押した。
炉の窓の向こうで、一年あまりしゃべり続けた刊行物が、頁の順番も、欄外の注も、削られた三つの名前も、区別なく、ただの熱になった。
トライ・アルカンシェルは、作者を消した。
焼却炉は、著作を消した。
ロキという物語は、この日、最終頁を——読者の手で、閉じられた。
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命名は、その夜だった。
観測ラウンジの窓の外を、星の海が流れていた。フェイトと、金色の目の少女が、並んで座っていた。膝の上には、登録票。氏名の欄は、まだ、未定のままだった。
「あなたには、名前の候補が、二つありました」
フェイトは、順番に、話した。
「一つは、TB-01。……これは、番号です。在庫の数え方です。あなたのものにしては、いけない」
「一つは、ウルド。設計した人が付けた名前で——『過去』という意味です。……これも、あなたのものにしては、いけない。あなたは、誰かの物語の登場人物では、ないので」
少女は、黙って、聞いていた。聞く、ということを、この数週間で覚えた顔で。
「だから、三つ目を、持ってきました」
フェイトは、一度、窓の外を見た。
「……あなたと、私の違いが、何だったか。ずっと、考えていました。設計図は、同じ。工程も、ほとんど同じ。違ったのは——私は、拾われたことです。正しい書類を書いてくれる人に。大きい唐揚げをくれる人たちに。それだけでした」
声は、静かだった。
「価値の差では、ありません。順番と、場所と、数十秒。……籤(くじ)です。私は、それを、ごまかしたくない」
彼女は、少女の手を取った。
「だから、その籤に、名前をつけて、あなたに渡します。——フォルトゥナ。『幸運』という意味です。あなたを生き残らせたものの、名前です」
金色の目が、まばたきを、一つ。
「幸運は、今日から、あなたの名前です。……もう二度と、誰かの生存の、条件にはさせません。次の子には、運が要らないように、様式で守る。——それが、私たちの、部署なので」
運命(フェイト)という名の少女が、幸運(フォルトゥナ)という名前を、贈った。
登録票が、膝から卓へ、移された。はやてが、いつの間にか、鉛筆を持って隣に座っていた。
「ゆっくり、で、いいよ」
子供の手が、鉛筆を握り、手本の字を、一画ずつ、なぞるように書いた。線はよろけて、二文字目は少し大きすぎて、最後の「ナ」は誇らしげに、はねていた。
『フォルトゥナ』
姓の続きは、リンディの整った字が、引き受けた。
『——・T・ハラオウン』
一つの名前が、二つの手で、書き上がった。
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第68管理外世界の空からは、油の色が、もうほとんど抜けていた。
復興区の外れの、小さな丘に、標(しるべ)が二つ、並んで立てられた。銘板は、どちらも、空欄だった。
「……なまえ」
フォルトゥナが、標を指して、フェイトを見上げた。
「ええ。……まだ、ないの」
フェイトは、膝を折って、目の高さを合わせた。
「あの子たちの名前は、私たちがつけては、いけない気がして。——いつか、あなたが、つけてあげて。あなたは、お姉ちゃんたちの記録を、全部、持っているから」
少女は、標を、長いこと見ていた。それから、自分の胸に手を当てて、頷いた。預かった、という動作だった。
委託先は、復興区で食堂を営む、年配の夫婦だった。管理局の保護監督付き、ゼロイチの定期訪問付き、そして厨房長からの、揚げ油の温度に関する三頁の申し送り付き。
「賑やかなのは、慣れとるよ」と夫婦は笑った。「うちの店、係の人らの溜まり場やから」
別れ際、リョウが、しゃがんで、拳を握ってみせた。新しく付け直した二本の指も、ちゃんと握りに加わっていた。
「うちの隊の、規則だ。全員無事で帰ったら——これを、やる」
彼は、小さな拳に、自分のを、こつんと合わせた。
「あんたはこれから、長い任務に出る。……子供でいる、って任務だ。焦らなくていい。終わったら、帰ってこい。席は、空けとく」
フォルトゥナは、合わせた拳を、しばらく見つめた。
それから、この数週間で教わった言葉の中から、いちばん新しく、いちばん正しい一つを、選び出した。
「——いって、きます」
なのはが、堤防が決壊したみたいに泣き出したので、出発は五分、遅れた。
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帰りの街道で、彼らは、新聞売りの声とすれ違った。
「ごうがーい! ごうがい! かんりきょくが、わるいかいしゃを、リコール! しんぶん、よんでって!」
人混みの向こうで、小さな売り子が、刷りたての束を振り回している。フォルトゥナの足が、一瞬、止まった。声のした方を、金色の目が、探した。
人の波が、二人の間を、流れていった。
見つかる前に、夫婦が手を引き、売り子は次の角へ駆けていって、それで、終わりだった。
金色の目の少女と、新聞売りの少女が、同じ日に、同じ艦へ上がってくるのは——まだ、先の話である。
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その夜、ゼルベロスの工房の隅で、帳面が、久しぶりに開かれた。
新しい頁の見出しは、こうだった。
『フォルトゥナが、はじめて「ただいま」を言う日は、いつか』
いちばん大きい札は、今回も、オーバ老が預かった。
締め切り間際に、一枚、艦外からの札が届いた。本局人事部の封筒に入っていて、賭け金の欄には、唐揚げ一個、と書かれていた。
署名は、手書きだった。
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『人員登録票(確定)
氏名:フォルトゥナ・T・ハラオウン
(付記:氏名欄の最初の六文字は、本人の手による)
続柄:妹
保護担当:第01ロストロギア事件課
確認審査官:ヘルマン・ドーズ』
登録票は、そう述べている。
未定の欄は、もう、一つもない。
——まだ、誰も知らない未来の欄だけが、白いまま、次の頁で待っている。