魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

47 / 47
第41話『Fortune』

『人員登録票(新規)

 

氏名:(未定)

生年月日:(記録上の該当なし)

出身:(該当様式なし)

続柄:(審査中)』

 

 登録票は、そう述べている。

 

 未定の欄は、これから埋める者のものである。

 

---

 

 条例第二条の適用認可は、審問から六日後に下りた。

 

 三枚の証拠——意見書、議事録、命令にない送信の記録——は、審査官の机の上で、過不足なく仕事をした。ロストロギア級人員、一名。捕捉、済み。管理、済み。保護——開始。

 

 書類の上で、彼女は人になった。

 

 なった途端、書類が、悲鳴を上げ始めた。

 

「……課長。家族登録課から、照会が三件来てます」

 

 エイミィが、うんざりした顔で端末を読み上げた。

 

「一件目。生年月日の欄に記入できる日付がありません、どうしますか。二件目。続柄の様式に『遺伝的同一・別人格』の区分がありません、どうしますか。三件目——これが傑作です」

 

 彼女は、画面を投影した。

 

『自動照会:当該人員の遺伝記録は、既登録人員「フェイト・T・ハラオウン」と一致します。重複登録の疑いがあります。登録を却下しますか?』

 

 様式が、彼女の存在を、もう一度消しにかかっていた。今度は悪意ですらなく、ただの検算で。

 

「私は」

 

 端末を覗き込んだフェイトが、真顔で、機械に向かって言った。

 

「——私は、私です。彼女は、彼女です」

 

「そう入力する欄が、ないんですよねえ」

 

 解決したのは、結局、いつもの一本のペンだった。

 

 リンディ・ハラオウンは照会書を三枚重ね、続柄の欄に手書きで『妹』と記し、備考欄に一行を添えた。

 

『出自に該当様式なし。人が二人いる、という以上の事実は存在しない。疑義のある担当官は、本艦まで確認に来られたし』

 

 決裁印。三枚とも。

 

「……来たら、どうするんですか」

 

「唐揚げを出すわ」

 

---

 

 それからの数週間は、艦全体が、教室になった。

 

 なのはの担当は、挨拶だった。おはよう。おやすみ。ありがとう。いってきます。おかえり。「返事のいらない言葉から教えるんだよ」と彼女は言った。「返事の練習じゃなくて、言う練習だから」

 

 はやての担当は、文字だった。

 

「ここ、まっすぐ。……そう。じょうず」

 

 小さな先生は、自分の絵本を医務室に持ち込んで、一頁ずつ、指でなぞらせた。ふぇいとに、よんでもらって、じぶんでも、よめるようになった——その手順を、そっくりそのまま、次の子に渡した。

 

 フェイトの担当は、朗読だった。消灯前の三十分。彼女が読み、金色の目が、文字と声を照合していく。

 

 《Yes, sir.》の回数は、日ごとに、減っていった。減った分だけ、別の音が増えた。単語。二語文。それから、時々、誰にも教わっていない組み合わせ。

 

 三週目の昼、ゼルベロスの舷門に、一人の男が降り立った。

 

 痩せた、中年の、灰色の外套の男だった。鞄は一つ。中身は、様式の束だけだった。

 

「本局人事部、家族登録課。審査官の、ヘルマン・ドーズです」

 

 彼は、出迎えたリンディに、正確な角度で頭を下げた。

 

「備考欄のご指示に従い、確認に参りました。……正直に申し上げて、この二十年で、備考欄から呼び出されたのは初めてです」

 

「遠いところを、ようこそ」

 

 リンディは、穏やかに微笑んだ。

 

「確認は、夕食のあとでもいいかしら」

 

「……夕食、ですか」

 

「ええ。今夜、ちょうど、出るのよ」

 

---

 

 食堂に、唐揚げの山が着任した。

 

 長卓の端に、灰色の外套の審査官が、居心地悪そうに座っていた。膝の上に様式の束。胸ポケットにペン。人が二人いることを、確認しに来た男の顔だった。

 

 向かいに、金髪の少女が二人、並んでいた。

 

 同じ輪郭。同じ色の目。一人は、真顔で箸を持ち、もう一人は、隣の真顔の手元を、じっと見ていた。

 

 ドーズ審査官は、様式の一行目に、何かを書こうとして——ペンを、止めた。

 

 いつもの再配分が始まる——前に。

 

 金色の目の少女の箸が、静かに伸びて、山のてっぺんの、いちばん大きい一つを取った。

 

 全員の手が、止まった。

 

 少女は、それを、隣のフェイトの小皿に、載せた。

 

 それから、二番目に大きいのを、なのはの皿に。三番目を、はやての皿に。四番目を、リョウの皿に。手順は正確で、順路は最短で、そして、どの様式にも、載っていなかった。

 

 二度、見ただけの家族の儀式を、彼女は、自分から実行した。

 

 そこで、箸が、止まった。

 

 金色の目が、長卓の端を見た。灰色の外套の、知らない男を。

 

 三秒。

 

 箸が、もう一度、山へ伸びた。五番目の——少し形の崩れた、けれど十分に大きい一つを取って、少女は、椅子から立ち上がり、長卓の端まで歩いていった。医務室で三日かけて覚えた歩き方で。

 

 審査官の空の小皿に、それが、載った。

 

「…………」

 

 ドーズ審査官は、自分の皿の上の唐揚げを、長いこと見ていた。

 

 なのはが、俯いて、目元を拭った。はやてが、椅子の上で足をぱたぱたさせた。リョウは黙って、四番目の唐揚げを口に放り込み、ついでに審査官の方へ、塩の小瓶を滑らせた。

 

 フェイトは、皿の上のいちばん大きい一つを見て、それから、言った。

 

「……おぼえたんですね」

 

「————からあげ」

 

 少女の、その日いちばん明瞭な発音だった。

 

 審査官は、様式の束を、膝から卓へ移した。ペンを取った。確認欄に、ゆっくりと、書き込んだ。

 

 書き終えると、彼は、それを、リンディの方へ向けて、差し出した。

 

『確認事項:当該人員と既登録人員の同一性について

 

確認結果:人が二人いる。

——訂正。食卓に、人が七人いる。うち一人は、本官に唐揚げを配った。

 

重複登録の疑い:なし

審査官 ヘルマン・ドーズ』

 

 署名欄には、印字ではなく、手書きの名前があった。

 

「……決裁は、自動ではないのね」

 

「家族登録課ですので」

 

 審査官は、初めて、少しだけ笑った。

 

「家族の欄に、人の名前がないと、困るのです」

 

 それから彼は、唐揚げを、一口で食べた。

 

---

 

 焼却炉の前には、五人と、台車が三つ、並んでいた。

 

 台車の上には、押収された技術データの記録媒体、設計記録の原本、量産工程の一切——そして、狼の巣の資料庫から回収された、ロキの研究記録の写し。あの表紙も、含めて。

 

 完全焼却許可、執行者欄、空欄。

 

 最後の異議は、オーバ老から出ていた。三日前の会議室で、老技師は許可書を睨んで、こう言ったのだ。

 

「図面を全部焼いたら、あの子の体は、誰が診る」

 

 答えを出したのも、オーバ老自身だった。

 

「——ええわい。図面は焼け。整備手引きも焼け。……儂らが、書き直す。物の直し方やのうて、人の診方でな。手引きやのうて——**カルテ**を作る」

 

 医療班と整備班の合同で、新しい記録が、既に書き始められていた。所有者はヴェルンド社でも管理局でもなく、彼女自身の診療記録として。製品の文書は、一冊ずつ、人の文書に翻訳されていった。

 

 フェイトの手帳の、あの夜の書き写しも、その最初の頁に、写し直された。胸骨の下、左に二つ。今度は、止めるための印ではなく、診るための印として。

 

 残りは、燃やすだけだった。

 

「三十六の空の筐体は、溶かして材料じゃ」オーバ老が、帳面を閉じた。「……こっちは、ほんまもんの材料での。誰も、入っとらんかったから」

 

 傷一つない三十六の顔を、溶かす前に、なのはは一度だけ見に行った。見て、何も言わずに、戻ってきた。回廊で、一つも撃たなかった顔だった。

 

 リョウは、台車のいちばん上の一枚——あの表紙——を、最後にもう一度、見た。

 

 几帳面な執行官に感謝を。作者の死は、かねてより、出版の条件である。続きを書くのは、拾った者の仕事だ。

 

「…………」

 

 彼は、何も書き込まなかった。何も、言い返さなかった。反論は対話で、対話は続きだ。この男に続きをくれてやる気は、もう、なかった。

 

「——返事は、無しだ」

 

 それだけ言って、表紙を、台車に戻した。

 

 フェイトが、執行者欄に署名した。

 

「私の図面は、私が閉じます」

 

 ボタンは、彼女が押した。

 

 炉の窓の向こうで、一年あまりしゃべり続けた刊行物が、頁の順番も、欄外の注も、削られた三つの名前も、区別なく、ただの熱になった。

 

 トライ・アルカンシェルは、作者を消した。

 

 焼却炉は、著作を消した。

 

 ロキという物語は、この日、最終頁を——読者の手で、閉じられた。

 

---

 

 命名は、その夜だった。

 

 観測ラウンジの窓の外を、星の海が流れていた。フェイトと、金色の目の少女が、並んで座っていた。膝の上には、登録票。氏名の欄は、まだ、未定のままだった。

 

「あなたには、名前の候補が、二つありました」

 

 フェイトは、順番に、話した。

 

「一つは、TB-01。……これは、番号です。在庫の数え方です。あなたのものにしては、いけない」

 

「一つは、ウルド。設計した人が付けた名前で——『過去』という意味です。……これも、あなたのものにしては、いけない。あなたは、誰かの物語の登場人物では、ないので」

 

 少女は、黙って、聞いていた。聞く、ということを、この数週間で覚えた顔で。

 

「だから、三つ目を、持ってきました」

 

 フェイトは、一度、窓の外を見た。

 

「……あなたと、私の違いが、何だったか。ずっと、考えていました。設計図は、同じ。工程も、ほとんど同じ。違ったのは——私は、拾われたことです。正しい書類を書いてくれる人に。大きい唐揚げをくれる人たちに。それだけでした」

 

 声は、静かだった。

 

「価値の差では、ありません。順番と、場所と、数十秒。……籤(くじ)です。私は、それを、ごまかしたくない」

 

 彼女は、少女の手を取った。

 

「だから、その籤に、名前をつけて、あなたに渡します。——フォルトゥナ。『幸運』という意味です。あなたを生き残らせたものの、名前です」

 

 金色の目が、まばたきを、一つ。

 

「幸運は、今日から、あなたの名前です。……もう二度と、誰かの生存の、条件にはさせません。次の子には、運が要らないように、様式で守る。——それが、私たちの、部署なので」

 

 運命(フェイト)という名の少女が、幸運(フォルトゥナ)という名前を、贈った。

 

 登録票が、膝から卓へ、移された。はやてが、いつの間にか、鉛筆を持って隣に座っていた。

 

「ゆっくり、で、いいよ」

 

 子供の手が、鉛筆を握り、手本の字を、一画ずつ、なぞるように書いた。線はよろけて、二文字目は少し大きすぎて、最後の「ナ」は誇らしげに、はねていた。

 

『フォルトゥナ』

 

 姓の続きは、リンディの整った字が、引き受けた。

 

『——・T・ハラオウン』

 

 一つの名前が、二つの手で、書き上がった。

 

---

 

 第68管理外世界の空からは、油の色が、もうほとんど抜けていた。

 

 復興区の外れの、小さな丘に、標(しるべ)が二つ、並んで立てられた。銘板は、どちらも、空欄だった。

 

「……なまえ」

 

 フォルトゥナが、標を指して、フェイトを見上げた。

 

「ええ。……まだ、ないの」

 

 フェイトは、膝を折って、目の高さを合わせた。

 

「あの子たちの名前は、私たちがつけては、いけない気がして。——いつか、あなたが、つけてあげて。あなたは、お姉ちゃんたちの記録を、全部、持っているから」

 

 少女は、標を、長いこと見ていた。それから、自分の胸に手を当てて、頷いた。預かった、という動作だった。

 

 委託先は、復興区で食堂を営む、年配の夫婦だった。管理局の保護監督付き、ゼロイチの定期訪問付き、そして厨房長からの、揚げ油の温度に関する三頁の申し送り付き。

 

「賑やかなのは、慣れとるよ」と夫婦は笑った。「うちの店、係の人らの溜まり場やから」

 

 別れ際、リョウが、しゃがんで、拳を握ってみせた。新しく付け直した二本の指も、ちゃんと握りに加わっていた。

 

「うちの隊の、規則だ。全員無事で帰ったら——これを、やる」

 

 彼は、小さな拳に、自分のを、こつんと合わせた。

 

「あんたはこれから、長い任務に出る。……子供でいる、って任務だ。焦らなくていい。終わったら、帰ってこい。席は、空けとく」

 

 フォルトゥナは、合わせた拳を、しばらく見つめた。

 

 それから、この数週間で教わった言葉の中から、いちばん新しく、いちばん正しい一つを、選び出した。

 

「——いって、きます」

 

 なのはが、堤防が決壊したみたいに泣き出したので、出発は五分、遅れた。

 

---

 

 帰りの街道で、彼らは、新聞売りの声とすれ違った。

 

「ごうがーい! ごうがい! かんりきょくが、わるいかいしゃを、リコール! しんぶん、よんでって!」

 

 人混みの向こうで、小さな売り子が、刷りたての束を振り回している。フォルトゥナの足が、一瞬、止まった。声のした方を、金色の目が、探した。

 

 人の波が、二人の間を、流れていった。

 

 見つかる前に、夫婦が手を引き、売り子は次の角へ駆けていって、それで、終わりだった。

 

 金色の目の少女と、新聞売りの少女が、同じ日に、同じ艦へ上がってくるのは——まだ、先の話である。

 

---

 

 その夜、ゼルベロスの工房の隅で、帳面が、久しぶりに開かれた。

 

 新しい頁の見出しは、こうだった。

 

『フォルトゥナが、はじめて「ただいま」を言う日は、いつか』

 

 いちばん大きい札は、今回も、オーバ老が預かった。

 

 締め切り間際に、一枚、艦外からの札が届いた。本局人事部の封筒に入っていて、賭け金の欄には、唐揚げ一個、と書かれていた。

 

 署名は、手書きだった。

 

---

 

『人員登録票(確定)

 

氏名:フォルトゥナ・T・ハラオウン

(付記:氏名欄の最初の六文字は、本人の手による)

続柄:妹

保護担当:第01ロストロギア事件課

確認審査官:ヘルマン・ドーズ』

 

 登録票は、そう述べている。

 

 未定の欄は、もう、一つもない。

 

 ——まだ、誰も知らない未来の欄だけが、白いまま、次の頁で待っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

リリカルAnswer(作者:四脚好き)(原作:魔法少女リリカルなのは)

突然の転生。幸福だった人生、好きな物語、好きな家族、そのすべてがない世界に放り出された少年。少年はわずかな前世の思い出を胸に飛翔する。


総合評価:1296/評価:8.36/連載:19話/更新日時:2026年09月22日(火) 13:29 小説情報

紐になりたいといったな。あれは冗談だった。(作者:紺南)(原作:魔法少女リリカルなのは)

将来は紐になりたいと冗談を言った主人公。▼それを真に受け、受け入れる準備を始めたフェイト。▼そこから始まるドタバタコメディ。


総合評価:10485/評価:8.11/完結:44話/更新日時:2026年09月06日(日) 21:35 小説情報

距離を置きたいだけなんだけど(作者:ろしでれ)(原作:時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん)

▼転生した先は、異世界ではなかった。▼慣れ親しんだ現代日本――そして、中学三年の春に思い出した。▼ここは、前世で読んだ事のある『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』の世界だと。▼ハーレム系な主人公が苦手な僕、真田伊織は、原作主人公・久世政近と少しずつ距離を置くことを決意するはず、だったんだけど………


総合評価:3838/評価:7.9/連載:23話/更新日時:2026年09月20日(日) 16:04 小説情報

特異現象はダメ!死刑!!(作者:最推しはアツコ)(原作:ブルーアーカイブ)

主人公「え、異世界転移も特異現象? そんなぁ」▼厄ネタの塊みたいなオリ主がどうにか死を免れるべく頑張る話。▼なお、その過程で生徒たちの脳も焼いていくものとする。▼


総合評価:9000/評価:8.99/連載:20話/更新日時:2026年09月19日(土) 17:39 小説情報

上司が猫耳軍師な件について(作者:はごろもんフース)(原作:恋姫†無双)

上司が猫耳の男嫌いな人になりました。毎回毎回仕事の度に罵倒されます。これってパワハラですよね? え? そんな制度ない……? ▼


総合評価:18414/評価:8.42/連載:20話/更新日時:2026年06月22日(月) 20:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>