魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
支給品の受領は、翌朝だった。
「デミインテリジェントデバイス、ミッドチルダ式汎用機『ミニットマン051』。カートリッジシステム搭載。あんたの登録魔力に調律済みだ」
整備班のドワーフみたいな老技師が、無骨な短杖を放って寄越した。受け取ると、掌の中で起動音が一つ鳴った。
《Standby. Ready.》
「お、喋った」
「定型応答だけだぞ。そいつに載ってるのは簡易知能だ。世間話の相手にはならん」
「……そうすか。よろしくな、相棒。返事はいらねえよ」
《Ready.》
「いや、返事すんのかよ」
定型応答である。分かってはいるが、リョウは少し笑った。四年ぶりに、独り言に返事があった。それだけのことが、少しだけ、胸に効いた。
午後、リョウは端末で部隊編成表を開いた。着任者の義務として目を通しておくべき書類だったが、読み進めるうち、笑いは消えた。
第01ロストロギア事件課。司令部要員、艦務要員、整備班、医療班、分析班——後方要員は充実している。むしろ過剰なほどに。医療班の規模は艦の定員に対して明らかに大きく、分析班には魔力生理学の専門家が三名も名を連ねていた。
そして、前線実働要員の欄。
名前が、一つしかなかった。
『なのは・T・ハオラウン。十四歳。魔導師ランク——』
ランクの欄には、数値の代わりに一行の注記があった。
『既存の評価基準による測定は不能。詳細は別紙資料01を参照のこと』
リョウは別紙資料01を開こうとした。閲覧権限が足りません、と端末は言った。
(……なあ、おい)
精鋭部隊。管理局最大の火力を持つ旗艦。過剰な医療班。魔力生理学者。そして、たった一人の前線要員。
この部隊は、ロストロギアと戦うための組織じゃない。
この部隊は——たった一人の何かを、運用するための組織だ。
その「何か」と、リョウは同じ日の夕刻に会った。
場所は艦尾の射撃訓練区画だった。案内も紹介もない、ただの偶然だった。開けっ放しのハッチの奥から、断続的な砲声が聞こえていて、リョウは足を向けた。
区画の照明は半分落ちていた。薄闇の中に、小柄な人影が立っていた。
少女だった。桜色がかった髪を左側で結び、管理局の隊員服を着て、そして——自分の背丈ほどもある、無骨な対物ライフルを構えていた。装飾のない、黒い、ただ撃つためだけの形をした長物。
少女が引き金を引いた。
桜色の砲火が射線を灼き、五百メートル先の標的——戦車の装甲板を模した複合材のブロック——が、蒸発した。破壊された、ではない。蒸発した。着弾音より先に、質量が光に変わって消えた。
残心も、確認もなかった。少女は次弾を装填し、次の標的を撃った。蒸発。装填。蒸発。装填。単調な、工作機械のような反復だった。
リョウは声も出せずに立っていた。魔力の余波が肌を刺した。訓練校の教導隊長の全力砲撃を間近で見たことがあるが、比較にならない。桁が、二つか三つ違う。
やがて弾倉が尽き、少女が振り返った。
リョウは、その顔を知っていた。
知っているはずだった。九歳の秋、テレビの前で応援すると決めた顔。名鑑の一ページ目に載っている顔。押しも押されもせぬ、この物語の主人公の顔。
高町なのは。
だが——違った。輪郭は確かに、彼が知る少女の五年後のものだった。それなのに、決定的に違う。何が違うのかを理解するのに、リョウは数秒を要した。
目だ。
彼が知る高町なのはの目は、いつだって相手を見ていた。敵でさえ、まっすぐに見ていた。
この少女の目は、リョウを見て、そしてリョウを映していなかった。標的との距離を測るのと同じ目が、彼の上を通過しただけだった。
「……新任の方、ですか」
声は、丁寧で、静かで、平坦だった。
「あ……ああ。クルス・リョウ。今日からここに——」
「なのは・T・ハオラウンです」
少女は正確な角度で一礼した。
「配属、聞いています。……ごめんなさい」
「は?」
脈絡のない謝罪に、リョウは間の抜けた声を出した。少女は対物ライフル——後にセブンスウィルという名を知る——を肩に担ぎ直し、目を伏せたまま言った。
「この部隊に呼ばれたということは、たぶん、わたしのせいなので。……巻き込んで、ごめんなさい」
それだけ言うと、少女はリョウの脇を通り抜け、ハッチの向こうへ消えた。足音は最後まで乱れなかった。
薄闇の射撃区画に一人残されて、リョウは長く、長く息を吐いた。
(……おかしいだろ)
何かがおかしい。この世界がおかしいのは、四年前から知っている。だが、これは。
あれは高町なのはじゃない。高町なのはの形をした、別の——
そこまで考えて、リョウは思考を止めた。止めなければ、その先の言葉を口の中で作ってしまいそうだった。兵器、という二文字を。
夜、リョウは正式な着任面談で、再びリンディの執務室にいた。
手続きは事務的に進んだ。宣誓、認証、権限付与。最後にリンディは、一枚の電子カードをリョウに滑らせた。
「実働要員には、作戦時のコールネームが与えられます。あなたのはこれ」
カードには、一語だけ記されていた。
『TRIGGER』
「……トリガー? 引き金?」
「ええ」
「回避特化の空戦屋に、ずいぶん物騒な名前をくれますね。ちなみに、もう一人の実働の……ハオラウン三等空尉のコールネームは?」
訊いてから、半分は答えを予感していた。リンディは静かに答えた。
「『ヴァレル』よ」
ヴァレル。——砲身。
方向を持たない、撃ち出すだけの、砲身。
沈黙が落ちた。艦の空調の低い唸りだけが、執務室を満たした。リンディは何も付け加えなかった。砲身に対する引き金が何を意味するのか、説明する気はないらしかった。あるいは、説明するには早すぎると判じたのか。
(……おいおい。冗談だろ)
リョウは電子カードを見下ろした。TRIGGER の七文字が、証明写真の下で発光していた。
撃つのは、あの子だ。ならば引き金の仕事は何だ。撃たせることか。それとも——撃たせないことか。
どちらにせよ、と、リョウは胸の内で毒づいた。
(平凡な事務職の夢、ここに完全終了、と)
「クルス二等陸士」
リンディの声に、顔を上げる。彼女は例の、丁寧に補修された笑顔に戻っていた。ただ、その亀裂の奥から覗くものの正体が、今のリョウには少しだけ分かる気がした。
「初任務は近いわ。……あの子を、よく見ていてあげて」
「……了解、であります」
おどけた敬礼を返しながら、リョウは思った。
よく見ていろ、と来たか。監視しろ、でもなく。守れ、でもなく。
その言い方の正確な意味を知るのは——最初の実戦の、そのあとのことになる。