魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第2話「Assignment(02/02)」

 支給品の受領は、翌朝だった。

 

「デミインテリジェントデバイス、ミッドチルダ式汎用機『ミニットマン051』。カートリッジシステム搭載。あんたの登録魔力に調律済みだ」

 

 整備班のドワーフみたいな老技師が、無骨な短杖を放って寄越した。受け取ると、掌の中で起動音が一つ鳴った。

 

《Standby. Ready.》

 

「お、喋った」

 

「定型応答だけだぞ。そいつに載ってるのは簡易知能だ。世間話の相手にはならん」

 

「……そうすか。よろしくな、相棒。返事はいらねえよ」

 

《Ready.》

 

「いや、返事すんのかよ」

 

 定型応答である。分かってはいるが、リョウは少し笑った。四年ぶりに、独り言に返事があった。それだけのことが、少しだけ、胸に効いた。

 

 午後、リョウは端末で部隊編成表を開いた。着任者の義務として目を通しておくべき書類だったが、読み進めるうち、笑いは消えた。

 

 第01ロストロギア事件課。司令部要員、艦務要員、整備班、医療班、分析班——後方要員は充実している。むしろ過剰なほどに。医療班の規模は艦の定員に対して明らかに大きく、分析班には魔力生理学の専門家が三名も名を連ねていた。

 

 そして、前線実働要員の欄。

 

 名前が、一つしかなかった。

 

『なのは・T・ハオラウン。十四歳。魔導師ランク——』

 

 ランクの欄には、数値の代わりに一行の注記があった。

 

『既存の評価基準による測定は不能。詳細は別紙資料01を参照のこと』

 

 リョウは別紙資料01を開こうとした。閲覧権限が足りません、と端末は言った。

 

 (……なあ、おい)

 

 精鋭部隊。管理局最大の火力を持つ旗艦。過剰な医療班。魔力生理学者。そして、たった一人の前線要員。

 

 この部隊は、ロストロギアと戦うための組織じゃない。

 

 この部隊は——たった一人の何かを、運用するための組織だ。

 

 その「何か」と、リョウは同じ日の夕刻に会った。

 

 場所は艦尾の射撃訓練区画だった。案内も紹介もない、ただの偶然だった。開けっ放しのハッチの奥から、断続的な砲声が聞こえていて、リョウは足を向けた。

 

 区画の照明は半分落ちていた。薄闇の中に、小柄な人影が立っていた。

 

 少女だった。桜色がかった髪を左側で結び、管理局の隊員服を着て、そして——自分の背丈ほどもある、無骨な対物ライフルを構えていた。装飾のない、黒い、ただ撃つためだけの形をした長物。

 

 少女が引き金を引いた。

 

 桜色の砲火が射線を灼き、五百メートル先の標的——戦車の装甲板を模した複合材のブロック——が、蒸発した。破壊された、ではない。蒸発した。着弾音より先に、質量が光に変わって消えた。

 

 残心も、確認もなかった。少女は次弾を装填し、次の標的を撃った。蒸発。装填。蒸発。装填。単調な、工作機械のような反復だった。

 

 リョウは声も出せずに立っていた。魔力の余波が肌を刺した。訓練校の教導隊長の全力砲撃を間近で見たことがあるが、比較にならない。桁が、二つか三つ違う。

 

 やがて弾倉が尽き、少女が振り返った。

 

 リョウは、その顔を知っていた。

 

 知っているはずだった。九歳の秋、テレビの前で応援すると決めた顔。名鑑の一ページ目に載っている顔。押しも押されもせぬ、この物語の主人公の顔。

 

 高町なのは。

 

 だが——違った。輪郭は確かに、彼が知る少女の五年後のものだった。それなのに、決定的に違う。何が違うのかを理解するのに、リョウは数秒を要した。

 

 目だ。

 

 彼が知る高町なのはの目は、いつだって相手を見ていた。敵でさえ、まっすぐに見ていた。

 

 この少女の目は、リョウを見て、そしてリョウを映していなかった。標的との距離を測るのと同じ目が、彼の上を通過しただけだった。

 

「……新任の方、ですか」

 

 声は、丁寧で、静かで、平坦だった。

 

「あ……ああ。クルス・リョウ。今日からここに——」

 

「なのは・T・ハオラウンです」

 

 少女は正確な角度で一礼した。

 

「配属、聞いています。……ごめんなさい」

 

「は?」

 

 脈絡のない謝罪に、リョウは間の抜けた声を出した。少女は対物ライフル——後にセブンスウィルという名を知る——を肩に担ぎ直し、目を伏せたまま言った。

 

「この部隊に呼ばれたということは、たぶん、わたしのせいなので。……巻き込んで、ごめんなさい」

 

 それだけ言うと、少女はリョウの脇を通り抜け、ハッチの向こうへ消えた。足音は最後まで乱れなかった。

 

 薄闇の射撃区画に一人残されて、リョウは長く、長く息を吐いた。

 

 (……おかしいだろ)

 

 何かがおかしい。この世界がおかしいのは、四年前から知っている。だが、これは。

 

 あれは高町なのはじゃない。高町なのはの形をした、別の——

 

 そこまで考えて、リョウは思考を止めた。止めなければ、その先の言葉を口の中で作ってしまいそうだった。兵器、という二文字を。

 

 夜、リョウは正式な着任面談で、再びリンディの執務室にいた。

 

 手続きは事務的に進んだ。宣誓、認証、権限付与。最後にリンディは、一枚の電子カードをリョウに滑らせた。

 

「実働要員には、作戦時のコールネームが与えられます。あなたのはこれ」

 

 カードには、一語だけ記されていた。

 

『TRIGGER』

 

「……トリガー? 引き金?」

 

「ええ」

 

「回避特化の空戦屋に、ずいぶん物騒な名前をくれますね。ちなみに、もう一人の実働の……ハオラウン三等空尉のコールネームは?」

 

 訊いてから、半分は答えを予感していた。リンディは静かに答えた。

 

「『ヴァレル』よ」

 

 ヴァレル。——砲身。

 

 方向を持たない、撃ち出すだけの、砲身。

 

 沈黙が落ちた。艦の空調の低い唸りだけが、執務室を満たした。リンディは何も付け加えなかった。砲身に対する引き金が何を意味するのか、説明する気はないらしかった。あるいは、説明するには早すぎると判じたのか。

 

 (……おいおい。冗談だろ)

 

 リョウは電子カードを見下ろした。TRIGGER の七文字が、証明写真の下で発光していた。

 

 撃つのは、あの子だ。ならば引き金の仕事は何だ。撃たせることか。それとも——撃たせないことか。

 

 どちらにせよ、と、リョウは胸の内で毒づいた。

 

 (平凡な事務職の夢、ここに完全終了、と)

 

「クルス二等陸士」

 

 リンディの声に、顔を上げる。彼女は例の、丁寧に補修された笑顔に戻っていた。ただ、その亀裂の奥から覗くものの正体が、今のリョウには少しだけ分かる気がした。

 

「初任務は近いわ。……あの子を、よく見ていてあげて」

 

「……了解、であります」

 

 おどけた敬礼を返しながら、リョウは思った。

 

 よく見ていろ、と来たか。監視しろ、でもなく。守れ、でもなく。

 

 その言い方の正確な意味を知るのは——最初の実戦の、そのあとのことになる。

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