魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
初任務の招集は、着任から九日目の未明に掛かった。
ゼルベロス艦橋後方のブリーフィングルームには、すでに立体投影図が展開されていた。荒れた都市の航空写真。第44管理外世界、旧サントレア市。魔法文明の痕跡を残したまま二十年前に打ち捨てられた、廃棄都市だという。
「六時間前、当該区画で大規模な魔力反応を観測。現地に潜伏していた時空犯罪者の一団が、発掘したロストロギアを起動させたものと見られます」
オペレーターの説明に合わせ、投影図が切り替わる。映し出されたのは、廃墟の大通りを歩く多脚の巨影だった。全高およそ四十メートル。八本の脚部と、装甲に覆われた紡錘形の主胴。周囲には小型の飛行体が羽虫の群れのように付き従っている。
「識別名『オルトロス級・自律都市制圧兵器』。古代ベルカ期の遺物です。厄介なのはこの随伴機——主胴部の炉を核として、周辺の瓦礫から無人機を自己増殖します。観測開始から六時間で、推定三百機。増殖は加速しています」
「起動させた犯人どもは?」
リョウの問いに、オペレーターは投影図の隅を拡大した。焼け焦げた車両の残骸と、複数の人型の熱源反応——すでに冷えかけた熱源反応が映った。
「起動直後に、自分たちの兵器に襲われたようです。生存者なし。犯行声明だけが残されていました。——『リバーサーズ』を名乗る集団です」
リバーサーズ。訓練校の座学で聞いた名だった。時空を股にかける終末思想の犯罪者集団。リーダーはおらず、教義もばらばらで、根絶したと思えばまた別の場所で湧いて出る。
(組織っつーか……あれだな。この世界の犯罪者が一度はかかる、麻疹みたいなもんか)
自前の兵器に食い殺される最期も含めて、ろくなものではなかった。だが今問題なのは死んだ馬鹿どもではなく、彼らが遺した四十メートルの置き土産のほうだ。
「作戦要領を伝えます」
リンディが席を立った。投影図に、青いラインが引かれていく。
「本作戦の目的は制圧、および炉心部の回収です。古代ベルカ期の動力炉は暴走時に次元断層を引き起こした前例があり、無計画な破壊は許可できません。手順は三段階。第一に、封鎖部隊が市外周に次元封鎖結界を展開——完了まで四十分。第二に、トリガーが随伴機群を市の北部へ誘引。第三に、結界完了後、ヴァレルが南方五キロの狙撃点から炉心のみを収束砲で精密破壊。炉は撃ち抜けば安全に鎮火する構造です。以上」
トリガー。ヴァレル。作戦名で呼ばれるのは初めてだった。リョウは横目で、テーブルの端に座る少女を窺った。
なのは・T・ハオラウンは、投影図を見ていなかった。手元の端末に表示された市街図の、ある一点だけを見ていた。
「——質問、いいですか」
少女が口を開いた。九日間で初めて聞く、事務連絡以外の声だった。
「市の南東、旧シェルター街区に生体反応が七つ。避難していない住民です。無人機の増殖圏は、あと何分でそこに届きますか」
ブリーフィングルームが、わずかに静まった。オペレーターが端末を叩く。
「……現在の増殖速度で、推定五十五分後に接触します」
「結界完了が四十分後。狙撃と鎮火の確認に十分。……十五分しか、余裕がないんですね」
「計算上は間に合います」と、リンディが静かに言った。「計算上は、ね。——ヴァレル。手順を守りなさい。いいわね」
「……はい」
少女は目を伏せて頷いた。
その頷き方が妙に引っかかったことを、リョウは降下艇の中で思い出すことになる。
旧サントレア市の空は、鉛色だった。
『トリガーより各局。誘引フェイズ、開始する』
リョウは廃墟の谷間を低空で滑った。ミニットマン051が短い駆動音を刻み、カートリッジが一発、薬室に落ちる。威力ではなく、派手さに全振りした閃光弾頭。撒き餌としては上等な代物だ。
閃光が廃ビルの谷間に咲いた瞬間、羽虫の群れが一斉にこちらを向いた。
(お、来た来た。……うわ、想像の三倍来た)
百は下らない無人機が、廃墟の稜線を越えて雪崩れ込んでくる。リョウは機体——自分の体を翻し、北へ飛んだ。追いすがる射撃の雨を、彼の体は考えるより先に躱していく。被弾円錐の外、射線の狭間、廃墟の陰。四年前に結んだ契約どおり、生き延びる機動だけは絶品だった。
『トリガー、誘引良好。群体の六割が北上中』
『封鎖結界、展開率四十パーセント』
順調だった。計算上は。
その「計算上」が崩れたのは、作戦開始から二十二分後だ。
『——警告。オルトロス主胴部、炉心出力が急上昇。増殖速度、跳ね上がります。新規機体、南東方向へ拡散!』
『南東……シェルター街区の方向です! 接触予測、繰り上がり——十二分後!』
通信の空気が凍った。結界完了まで、まだ十八分ある。狙撃点のヴァレルは、結界が閉じるまで撃てない。封鎖なしで炉心を撃てば、次元断層の危険がある。かといって無人機の群れがシェルターに届けば——
『トリガーより本部。俺が南東へ回って引き剥がす。誘引を——』
『間に合いません。距離が』
距離が。その二文字が宣告のように響いた、その時だった。
『——ヴァレル、狙撃点を離脱』
オペレーターの声が裏返った。
『ヴァレル! 持ち場に戻りなさい! ヴァレル!』
リンディの声にも、応答はなかった。代わりに、通信回線に少女の声が、静かに、恐ろしく静かに乗った。
『大丈夫です。——すぐ、終わらせますから』
南の空が、桜色に発火した。