魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
それを「戦闘」と呼んでいいのか、リョウには最後まで分からなかった。
桜色の流星が、鉛色の空を一直線に裂いた。回避機動はなかった。フェイントもなかった。無人機群の対空砲火のただ中を、なのは・T・ハオラウンは直線で飛んだ。着弾は全て桃色の障壁が受け止め——受け止めるというより、踏み潰した。飛来する砲火が障壁面に触れた端から、魔力量の暴力的な格差だけで、砕けて消えた。
(——避けてない)
北の空で群れを引きつけながら、リョウは目を疑った。
(あいつ、一発も避けてない。避ける気がない)
回避は生存のための技術だ。躱すという行為には「自分の体を明日も使う」という前提がある。あの飛び方には、その前提がなかった。あれは自分という機体の耐久を、残弾か何かのように費目計上している飛び方だ。
少女がセブンスウィルを構えた。黒い長物が咆哮し、桜色の砲火が扇状に薙いだ。一射で、二十機が蒸発した。次弾。三十機。次弾。装填。次弾。射撃訓練区画で見た、あの工作機械の反復。ただしスケールが違った。廃墟の谷が一本、射線ごと更地になった。
シェルター街区へ向かっていた無人機群は、九十秒で全滅した。
だが少女は止まらなかった。
『ヴァレル、シェルター街区の脅威は排除された! 狙撃点へ戻れ、結界完了まであと九分——』
リョウの通信に、返答はなかった。桜色の流星は反転し、市の中心——オルトロスの主胴へ、まっすぐに向かっていた。
『炉心を封鎖前に破壊する気です! 止めて、断層が——』
オペレーターの悲鳴。その上に、初めて、少女の声が被さった。
『増殖の核を残したら、また増えます。増えたら、また、誰かのところに行きます』
だから、と少女は言った。合理を説くような、あるいは祈るような、平坦な声で。
『全部、なくします』
セブンスウィルが変形した。銃身が展開し、機関部が組み変わり、漆黒の——かつてリョウが画面越しに何百回も見た、あの杖によく似た、しかし喪服のように黒い形が、鉛色の空に浮かんだ。
少女の周囲で、大気が桜色に沸騰し始めた。廃都全体に散った魔力残滓が、戦闘の余燼が、砕けた無人機の残り火が——ありとあらゆる魔力の燃え滓が、一点に吸い上げられていく。
リョウは、その光景を知っていた。名前も知っていた。だが、続く号令は、彼の知るものではなかった。デバイスの快活な電子音声もなかった。意思なき黒い器は沈黙したままで、号令はただ、少女自身の唇から零れた。
「——収束砲、最大充填」
撃つ寸前、五キロ離れた空にいたリョウは、確かに見た。
照準の先の巨影を見据える少女の目に、敵意も、使命感も、恐怖も、何一つ浮かんでいないのを。
あの目は、ただ、罰を受けに行く目だった。
「発射(シュート)」
白に近い桜色の奔流が、世界を縦に割った。
轟音が引いたあと、旧サントレア市の中心部には、直径六百メートルの、綺麗な円形のクレーターだけが残っていた。
オルトロスは消えていた。主胴も、八本の脚も、炉心も、次元断層を起こし得る燃料残渣の一片に至るまで。断層は起きなかった。起き得る物質ごと、存在の桁で消し飛ばされたからだ。破壊ではなく消去。回収目標は、回収すべき原子ごと、この世から削除されていた。
『……せ』
オペレーターの声が、掠れて途切れ、繋ぎ直された。
『制圧……確認。反応消失。……作戦、終了です』
艦橋の回線の向こうは、奇妙に静かだった。歓声はなかった。動揺もなかった。あるのは、手順書どおりの淡々とした後処理の声だけだった。医療班、受け入れ準備。分析班、残留魔力の計測開始。回収艇、発進。
(……慣れてやがる)
リョウは悟った。この静けさは規律ではない。慣れだ。この部隊にとって、これは異常事態ではない。これが、通常運転なのだ。
クレーターの縁の上空で、リョウは少女に追いついた。
なのは・T・ハオラウンは、漆黒の杖を握ったまま、自分の作った六百メートルの円を見下ろして浮いていた。
「……ヴァレル」
呼びかけに、少女はゆっくりと振り返った。
顔色は、紙のようだった。額に浮いた汗が、鉛色の空の下でも分かった。握った杖の先が、ほんのわずかに——本人は隠しているつもりらしい、ほんのわずかに——揺れていた。
「任務完了です、トリガー三尉」
「二等陸士だ。……階級なんかどうでもいい。おまえ、命令を——」
「シェルターの七人は、無事でした」
少女は、リョウの言葉を静かに遮った。それは反論ですらなかった。ただの、結果報告だった。
「結界も、間に合わない可能性がありました。可能性が残るなら、なくすべきだと判断しました。……責任は、わたしが取ります」
「責任ってな、おまえ——」
「帰投します。お疲れさまでした」
少女は一礼し、桜色の光になって、ゼルベロスの方角へ飛び去った。
その飛跡が、往路よりわずかに低く、わずかに揺れていたことに、たぶん本人以外で気づいたのはリョウだけだった。
一人残されたリョウは、クレーターを見下ろした。
完璧な円だった。七人の命は救われ、脅威は根こそぎ消え、次元断層は起きず、味方の損害はゼロ。結果だけを並べれば、満点の勝利だった。
だから余計に、腹の底が冷えた。
(……なあ、おい。誰か教えてくれよ)
あれのどこが、勝利だ。
命令無視。単独突撃。回避を捨てた機動。回収目標の完全消去。震える手。紙の顔色。そして、罰を受けに行くような、あの目。あの戦い方は、七人を救う戦い方であると同時に——一つずつ、確実に、何かを支払っている戦い方だ。何を支払っているのかは、まだ分からない。分からないが、あれを続ければどうなるかだけは、戦術眼のない新兵にだって分かる。
リンディの言葉が、耳の奥で蘇った。
——あの子を、よく見ていてあげて。
(見たよ。よーく見た。……見ちまったんだよ、課長殿)
見てしまった以上、知らなかった頃には戻れない。それは四年前、灰の上で学んだことだった。
リョウはミニットマン051を握り直した。
「なあ、相棒。俺は平和な事務職に就くはずだったんだ。そうだよな?」
《Ready.》
「……準備万端って顔すんな」
鉛色の空の下、彼は帰投針路に乗った。
言うべきことは、決まっていた。相手が名鑑の主人公だろうと、部隊の切り札だろうと、関係ない。言うと決めた。それが引き金の仕事かどうかは、知ったことではなかった。