魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第4話「Trigger(02/02)」

 通信端末が鳴ったのは、その三十分後だ。発信元は艦長執務室だった。

 

「呼び立ててごめんなさいね。……お茶、飲む? 砂糖入りだけど」

 

「遠慮しときます。緑茶は渋い方が、その……」

 

「あら、もったいない」

 

 リンディは自分の湯呑みに角砂糖を二つ落とし、ゆっくりと掻き混ぜた。執務室の照明は半分に落とされていて、彼女の目元の亀裂は、昼間より深く見えた。

 

「射撃区画の会話、聞いていたわ」

 

「……盗み聞きですか、課長殿」

 

「実働要員の生体反応と音声は、艦内では常時記録されるの。規則よ。——あの子のための規則。そういう部隊なの、ここは」

 

 もう分かってるでしょう、とその目が言っていた。リョウは息を吐き、ソファに深く座り直した。

 

「閲覧権限をあげるわ。別紙資料01。……本当は、もう少し様子を見てからと思っていたのだけど。あなた、思ったより早く踏み込んでくれたから」

 

 卓上の投影板に、資料が展開された。

 

『症例報告:リンカーコア変質事例(通称・オーバードリンカーコア)』

 

 リョウは読んだ。読み進めるほどに、指先が冷えていった。

 

 ——セカンド・ショック時、闇の書の魔力嵐と故郷崩壊の複合ストレスに暴露。リンカーコアが不可逆的に変質。魔力生成量は事実上無尽蔵、既存の測定基準を適用不能。

 

 ——ただし、代償として以下を確認。大規模魔力行使時、生成の不足分を生命力によって補填する機構が発現。行使規模に比例して、生命力が磨耗する。

 

 ——磨耗した生命力の回復は、極めて緩慢。累積的。

 

 資料の末尾には、グラフが一枚添付されていた。縦軸のラベルは伏せられていた。ただ、折れ線が、四年分、緩やかに、しかし一度も上向くことなく、右肩下がりに降りていた。今日の日付の点が、その最新の一点だった。

 

「…………今日の作戦で?」

 

「ええ。また少し、削れたわ」

 

 リンディの声は、恐ろしいほど平静だった。四年かけて平静を装う訓練を積んだ声だった。

 

「もう一つ。あの子はもう、非殺傷設定で人を無力化できない。コアの制御には途方もない集中が要るの。乱戦の中で、殺さない加減を選び取る余裕は、今のあの子にはない。物になら、いくらでも撃てる。でも、人には——殺してはいけない相手には、引き金を引けない。だからこの部隊は、あの子に物しか撃たせない。今日みたいな、物しか」

 

 リョウは、投影板から顔を上げられなかった。

 

 三十分前の自分の声が、頭蓋の内側で反響していた。おまえの体は、その式のどの項に入ってる。消費していい定数か。

 

 ——冗談じゃない。

 

 比喩のつもりだった。修辞のつもりだった。あの子は、文字通りの意味で、自分の命を弾数に数えて飛んでいたのだ。今日も。この四年間、ずっと。

 

「……なんで、飛ばせるんですか」

 

 声が、抑えられなかった。

 

「あんたは、母親なんでしょう。なんで前線に——」

 

「止めたわ」

 

 リンディは湯呑みを置いた。かちり、と小さな音がした。

 

「何度も止めた。部隊ごと解体して、あの子を安全な世界の病室に入れることだって、権限上はできた。……でもね、クルス二等陸士。あの子から戦うことを取り上げたら、何が残ると思う?」

 

「…………」

 

「あの子は、力で家族も友達も守れなかったと思ってる。同時に、力を振るうことでしか誰も守れなかったとも思ってる。矛盾よ。分かってる。その矛盾ごと病室に閉じ込めたら、あの子は静かに、内側から消えていくわ。魔力より先に、心が磨耗して。……だからゼロイチは、あの子の檻じゃなく、あの子の居場所として作られたの。せめて、撃っていい物だけを撃たせるために。せめて、削れていく速度を、医療班が見張れるように」

 

 それが親にできる精一杯よ、とリンディは言った。誇るでもなく、卑下するでもなく、ただの在庫報告のように。

 

「……あの子ね、夜中に一人で、虚数空間の観測データを漁っているの。四年間、ずっと。何を探しているのかは、訊いても答えないけれど」

 

 リンディは目を伏せ、それ以上は言わなかった。言わないことで、何かを言っていた。

 

「あなたを採った理由、着任の日に言ったわね。『生き延びる適性』。……あれは戦術の話じゃないのよ。あなたは、生き延びることを恥じていない人。死なないことを、一番上の項に置ける人。この艦に一人もいなかった人種なの。あの子の隣に、一番必要な人種なの」

 

 リンディは立ち上がり、リョウの正面に来て——司令官ではなく、一人の母親の顔で、頭を下げた。

 

「なのはのこと、よろしくね」

 

 (……退路、完全封鎖と)

 

 執務室を出た通路で、リョウは天井を仰いだ。

 

 ずるい大人だ、と思った。あの頭の下げ方は、断れる種類のものではなかった。断る選択肢を、頭を下げるという行為そのもので焼き払っていった。四年前に世界を焼いたあの白い光より、よほど正確な焼き払い方だった。

 

 (トリガー、ね)

 

 支給された電子カードを、ポケットの上から握る。

 

 引き金の仕事が、ようやく分かった。撃たせることじゃない。あの子は放っておいても撃つ。命を装填して、勝手に撃つ。だったら引き金の仕事は、逆だ。

 

 撃たない、と決めること。撃たせない、と決めること。安全装置のない砲の、外付けの安全装置になること。

 

 (……無茶言うよなあ、ほんと)

 

 通路の先、観測窓の前に、小さな人影があった。

 

 なのは・T・ハラオウンが、窓の外の星々を見ていた。気配に振り向き、リョウを認めて、少しだけ気まずそうに目を逸らした。

 

「……こんな時間に、どうしたんですか」

 

「課長殿に茶ぁ誘われてな。断ったけど。おまえは?」

 

「……眠れなくて。今日は、その」

 

 少女は言葉を探した。探して、探して、ようやく小さな声で言った。

 

「……さっきは……」

 

 少女は何かを言いかけて、首を振った。

 

「……おやすみなさい」

 

「おう。また明日な」

 

 なのははその場を立ち去った。彼女は言いかけた言葉は何だったのかは分からないがリョウは少女と自分の間に、まだ遠い距離を感じざるを得なかった。リョウは、少女がいた隣の窓枠に肘を置いた。

 ガラスの向こうで、名前も知らない星々が瞬いていた。滅んだ星も、これから滅ぶ星も、まだ誰かが生きている星も、等しく同じ光り方で。

 

 (生き延びてやる——って、四年前に決めたんだ、俺は)

 

 去って行く、小さな背中を見守る。命を削って世界を守る、桜色の砲身。誰にも叱られたことのなかった、物語の主人公。

 

 (決めたことに、一個だけ追加だ)

 

 生き延びてやる。

 

 ——おまえも、生き延びさせてやるよ。この、どうしようもねえ世界でな。

 

 引き金は、そう決めた。

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