守護者はヒーローになれるか?   作:ボルメテウスさん

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彼の誇りは

病室の窓から差し込む午後の陽射しが、白いシーツを柔らかく照らしていた。

 

香澄さんが目を覚ましたのは、あの戦いから三日後のことだ。まだ体力は戻っていないけれど、ベッドの上で静かに微笑む彼女の顔には、もうネビュラガスの影はなかった。

 

「よかった…本当によかった…」

 

万丈は香澄さんの手を握りしめたまま、何度も同じ言葉を繰り返していた。普段はあんなに強気で乱暴なのに、今はまるで迷子の子供みたいに震えている。

 

「龍我、そんな顔しないで。あなたが悪いわけじゃないんだから」

 

香澄さんは空いている方の手で、そっと万丈の頭を撫でた。その指先はまだ少し痩せていて、点滴の跡が痛々しい。

 

「でも…俺がもっと早く気づいてれば…」

 

「龍我」

 

香澄さんの声は静かだけど、確かな強さがあった。

 

「私は大丈夫。それより、あなたを助けてくれた人たちに、ちゃんとお礼を言わないとね」

 

彼女の視線が、病室の隅で様子を見守っていた俺と戦兎に向けられる。戦兎は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、軽く会釈した。

 

「お礼なんていいですよ。俺はやるべきことをしただけです」

 

「そうはいかない。あんたたちには、本当に世話になった」

 

万丈が立ち上がり、俺たちに向かって深々と頭を下げた。あの万丈が、だ。俺の識別灯が驚きで黄色く点滅する。

 

「おいおい、やめろよ万丈。水くさいぜ」

 

「うるせぇ。これくらいさせろ」

 

「素直じゃねぇなあ、お前は」

 

俺が笑うと、万丈は少しだけ照れたように顔を背けた。香澄さんがそれを見て、くすくすと笑う。

 

「あの、ビリーさん、でしたよね」

 

「ビリーでいいぜ。さん付けはむず痒い」

 

「ふふ、ビリー。私のために、自分の身体を壊してまで戦ってくれたって聞きました。ありがとうございます」

 

「気にすんな。俺は道具だ。道具は使われてなんぼだろ」

 

「道具なんかじゃないよ」

 

香澄さんは首を振った。その目はまっすぐで、嘘のない瞳だった。

 

「龍我を助けてくれた。私を助けてくれた。それは道具じゃなくて、仲間のすることだと思う」

 

俺は何も言えなかった。胸部の動力炉が、少しだけ温かくなる。修理したばかりの新品の装甲の下で、それは確かに熱を持っていた。

 

数日後。

 

nascitaの地下基地で、俺は最終調整を終えたばかりの自分の身体をチェックしていた。

 

「よし、全システム正常。装甲の歪みもなし。識別灯の輝きもバッチリだぜ」

 

「ふーん、直ったんだ。よかったね」

 

美空が気だるげにソファに寝転びながら、スマホをいじっている。

 

「おいおい、もうちょっと嬉しそうに言えないのかよ。俺が直ったんだぜ?相棒が復活したんだぜ?」

 

「はいはい、よかったよかった」

 

「全然思ってないだろ、その言い方!」

 

俺が抗議していると、戦兎が端末を手に近づいてきた。

 

「ビリー、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

「なんだ?」

 

「香澄さんから聞いた話なんだが、彼女に葛城巧の仕事を紹介したのは、鍋島正弘という男らしい」

 

「鍋島?」

 

俺のデータベースにはその名前は登録されていない。初めて聞く名前だ。

 

「ああ。東都政府の関係者で、ファウストとも繋がりがある可能性がある。香澄さんを人体実験に巻き込んだ張本人かもしれない」

 

「なるほどな」

 

俺は腕を組み、しばし考え込む。鍋島正弘。その男が、博士の死に関わっているのかどうかはまだわからない。でも、少なくとも香澄さんを実験台にしたことは間違いない。

 

「で、どうするんだ?」

 

「決まってる。鍋島を探し出す」

 

戦兎の声には、もう迷いはなかった。

 

「でも、東都政府の関係者ってことは、表向きは普通の役人ってことだろ?簡単には尻尾を出さないんじゃないか?」

 

「そこで美空の出番だ」

 

「え、私?」

 

美空が顔を上げる。戦兎は端末を操作しながら説明を始めた。

 

地下基地の一角で、俺は美空と並んで端末に向き合っていた。画面には、みーたんの配信ページが表示されている。

 

「よし、準備完了だぜ、美空。いつでも始められる」

「うん、わかった。でも、鍋島って男の情報、そんなに簡単に集まるかな」

「任せとけ。俺たちのネットワークを舐めちゃいけないぜ」

 

俺たちが打ち合わせをしていると、後ろから万丈の声が飛んできた。

「おい、ちょっと待てよ」

万丈が怪訝な顔で俺たちを見ている。香澄さんの退院が近づいて、少し余裕が出てきたらしい。

「なんだよ、万丈」

「なんで美空が情報集めなんてできるんだよ。こいつ、ずっと地下に引きこもってるじゃねぇか」

 

その瞬間、カウンターの奥でコーヒーを淹れていた惣一が、にやりと笑った。

「万丈くん、うちの美空ちゃんを舐めないで欲しいね」

「は?」

「美空はな、ただの引きこもりじゃない。れっきとしたネットアイドルなんだよ」

「ネットアイドル!?」

 

万丈が素っ頓狂な声を上げる。美空は気だるげに髪をかき上げながら、面倒くさそうに言った。

「みーたんって名前で活動してるし。疲れるし、眠いし、正直面倒だし」

「マジかよ…」

 

万丈がまだ半信半疑の顔をしていると、俺は胸を張って付け加えた。

「そして、そのみーたんのプロデューサーを務めているのが、この俺、ビリー様だ!」

「お前、いつの間にそんな仕事を…」

「マスター直々の任命だぜ。美空のマネージャー兼ボディガード。ついでに宣伝戦略とデータ分析も俺の担当だ」

 

万丈はしばらく口を開けて呆然としていたが、やがて深いため息をついた。

「わかった。もう何も言わねぇ」

「よし、それじゃあ配信を始めるぜ。美空、準備はいいか?」

「うん、まあ。疲れたけど、やるしかないし」

 

美空は気だるげに言いながらも、配信機材の前に座ると、パッと表情を切り替えた。その変わり身の早さは、さすがプロのネットアイドルだ。

「みんなのみーたんだよー!今日は緊急配信!実はね、最近スマッシュの事件が増えてて、みーたんも心配なんだ。みんなの周りで変なこと起きてない?何か知ってたら、こっそり教えてね!」

 

画面の向こうから、次々とコメントが流れ込んでくる。美空は手慣れた様子でそれに返事をしながら、巧みに情報を引き出していく。俺も裏方として、コメントの分析と不審な情報のピックアップを同時進行で処理する。

「美空、第三区の廃工場で不審な光を見たってコメントがある。これは怪しいぜ」

「了解。みんな、第三区で何か見た人、もっと詳しく教えて!」

 

配信が進むにつれて、鍋島に関する情報はなかなか出てこなかった。でも、その代わりに別の重要な情報が集まってきた。

「美空、第二区の倉庫街でスマッシュらしき目撃情報が複数。これはたぶん本物だ」

「わかった」

 

配信を終えた美空が、疲れた顔でソファに倒れ込む。

「疲れたし、眠いし、もう寝るし…」

「お疲れ、美空。収穫はあったぜ」

俺は集めた情報を端末にまとめ、戦兎のところへ持っていく。

「戦兎、第二区の倉庫街でスマッシュの目撃情報だ。複数の証言があるから、信憑性は高い」

「わかった。すぐに行こう」

戦兎は立ち上がり、ビルドドライバーを手に取った。

 

俺はすでに全身の装甲を展開させ、蒸気を噴き出しながらライドモードへと変形する。

「乗れ、戦兎!」

「ああ!」

戦兎が俺の車体に飛び乗る。その時、万丈が後ろから声をかけた。

「なあ、戦兎。お前、自分の記憶とビルド、どっちが大事なんだよ」

万丈の問いに、戦兎は一瞬だけ考えるような間を置いた。でも、すぐにいつもの調子で笑う。

「そんなの、ビルドに決まっているだろ」

「お前…」

「俺の記憶は、確かに大事だ。でも、それ以上に、今この瞬間に誰かを守れるかどうかの方がずっと大事だ。それが俺の選んだ答えだ」

戦兎はそう言って、俺のハンドルを握り直した。

「行くぞ、ビリー!」

「了解!しっかり掴まってろよ!」

 

俺は蒸気を噴射し、地下基地を飛び出した。冷蔵庫の扉を開け、nascitaの店内を一瞬で通過し、夜の街へと躍り出る。

「戦兎、到着まで五分だ。作戦はいつも通りでいいな?」

「ああ。俺が前に出る。お前は援護と状況分析を頼む」

「了解!」

 

夜風を切り裂きながら、俺は思う。戦兎は巧じゃない。顔も、記憶も、何もかも違う。でも、今の言葉で確信した。こいつは自分の意志でヒーローを選んだんだ。誰かのために戦うことを、自分の答えとして選んだんだ。

「なあ、戦兎」

「なんだ?」

「お前、やっぱりいい相棒だぜ」

戦兎は少しだけ照れたように笑った気がした。

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