夜の橋の上は、冷たい川風と別の種類の風――ネビュラガスの混じった湿った風が吹き荒れていた。
俺たちは現場に到着するなり、最悪の光景を目にした。
「キャアアアッ!」
子供の悲鳴だ。橋の欄干の上に、小さな人影が追い詰められている。そしてその頭上には、両腕から醜悪な翼を生やしたスマッシュがホバリングしていた。スマッシュだ。鋭い爪が月光を反射ぎ、今にも子供に襲いかかろうとしている。
「戦兎!」
俺が叫ぶより早く、俺の背中から飛び降りた戦兎が動いた。
「変身!」
ビルドドライバーのレバーが回される。赤と青の光が夜の闇を切り裂き、蒸気と共に仮面ライダービルドが出現する。一秒の迷いもない。ラビットの脚力を活かした跳躍で、ビルドは一直線にスマッシュへと突っ込んだ。
「離れろぉっ!」
ビルドの蹴りが、スマッシュの腹部を捉える。ドガッ!という重い衝撃音が響き、スマッシュの巨体が空中で弾かれた。
だが、その衝撃波とスマッシュが羽ばたかせた強風が、欄干の上の子供を呑み込もうとしていた。子供の足が滑り、小さな身体が宙に浮く。
「しまっ――!」
俺は人型への変形をスキップし、ライドモードのまま急加速した。ブースト全開。蒸気が爆発的に噴き出し、俺の車体が橋の床を削りながらスライドする。
タイヤが悲鳴を上げ、俺は橋の欄干ギリギリで急停車した。同時に蒸気を圧縮放出し、車体を持ち上げて変形を完了させる。人型になった俺は、落ちてきた子供を空中で抱き留め、そのまま腕の中に抱え込んだ。
「大丈夫か!?」
ドスン、と着地する。衝撃吸収用のサスペンションが軋み、脚部の関節が熱を持つ。でも、俺の腕の中の子供は無事だ。目を丸くして、俺の赤い識別灯を見上げている。
「う、うわ…ロボット…」
「よかった、生きてるな。じっとしててね、お兄さんが助けてあげるから」
俺は子供を橋の側溝の影に隠すように下ろし、すぐさま二丁のプロトトランスチームガンを構えた。
その間にも、ビルドとスマッシュの空中戦が始まっている。風を操るスマッシュの攻撃に対し、ビルドはラビットの跳躍力で翻弄されながらも、確実にダメージを与えていく。
「さあて、空の邪魔者は落ちるだけだ。反則技でいかせてもらうぜ!」
俺は走り出し、橋のケーブルを足場にして跳躍。戦兎の背中を守るために、蒸気の弾丸を夜空に向けて放った。
「ちっ、空を飛ばれると狙いづらいんだよ!」
俺は橋のケーブルを足場に跳び移りながら、舌打ちをした。スマッシュは風を操り、ビルドの攻撃をヒラヒラとかわしていく。ラビットの脚力でも、空を自由に飛び回る相手では決定打に欠けるんだ。
「ビリー!援護を頼む!あいつの動きを止めたいんだ!」
「わかってるよ、戦兎!でも、通常の弾じゃあのスピードには追いつけねぇ!」
俺はホルスターから予備のフルボトルを取り出した。銀色に輝くボトル。ガトリングフルボトルだ。これは戦兎が開発中の新装備で、まだテスト段階のはず。でも、こういう時のために持ってきたんだ。
「試作機の威力、見せてやるぜ!」
俺は左手のプロトトランスチームガンのスロットに、ガトリングフルボトルを装填した。
『ガトリング!』
電子音声と同時に、ガンが重々しく変形を始める。装甲が展開し、銃身が延長されて六つの砲身が回転する。まるで小さな風車だ。完成したのは、銀色に輝く片手サイズの機関砲。試作ガトリングシューターだ。
「へへっ、いい響きだ!」
俺は六連の銃身が唸りを上げるのを聞きながら、橋の欄干に足を固定した。反動はかなりキそうだ。でも、俺のサーボ制御ならできるはずだ。
「おらぁぁぁっ!」
引き金を引く。ドドドドドッ!というけたたましい音と共に、無数の弾丸が夜空に向けて放たれた。試作ボトルのエネルギーを消費して生成される実体弾だ。予想通り、凄まじい反動が腕にのしかかる。
「うおっとっと!やっぱり反動がデカいぜ、こいつ!」
俺は金属の腕を無理やり固定し、弾幕をスマッシュに向けて壁のように叩きつけた。弾丸の雨が空を埋め尽くし、スマッシュの進路を塞ぐ。
「逃がさないぜ!ここは俺の弾幕の中だ!」
スマッシュが慌てて羽ばたいて軌道を変えようとするが、どの方向に飛んでも弾丸の雨が待ち受けている。翼に弾丸が掠り、バランスを崩して高度を下げていく。
「今だ、戦兎!落としてやるから、トドメを刺せ!」
「ああ!ナイスアシスト、ビリー!」
ビルドが跳んだ。落ちてきたスマッシュの背中をラビットの脚力で蹴りつけ、地面へと叩きつける。俺も弾幕を止め、プロトトランスチームガンを回してホルスターに収めた。
「ふう、試作機とはいえ、なかなかどうして、使えるじゃねぇか」
俺は熱を持った銃身を冷やすように、夜風に晒しながら不敵に笑った。
『READYGO!ボルテックフィニッシュ!』
ビルドが右足のラビット装甲にエネルギーを充填し、空中で錐揉み回転しながら急降下する。フライングスマッシュは俺の弾幕で逃げ場を失い、地面に叩きつけられたところだった。逃げることも、飛ぶこともできない。
「はあああっ!」
回転する蹴りが、スマッシュの胸元に突き刺さる。ネビュラガスが爆発的に噴き出し、異形の身体が光の中に溶けていく。羽のあった背中がしぼみ、醜く膨れ上がった筋肉が元の柔らかさを取り戻していく。
着地したビルドは、すかさず空のフルボトルを取り出した。手際よくスマッシュの成分を吸収し、浄化する。いつもの手順だ。でも、この手順の向こうには、いつも誰かの命と日常がつながっている。
「ふう、一件落着だな」
ビルドが変身を解除し、戦兎が深く息を吐いた。
俺は橋の欄干からひらりと飛び降り、先ほど守った子供のそばに歩み寄った。子供はまだ少し震えていたが、目の前の光景に釘付けになっていた。
「お母さん…?」
子供の呟きに、俺は視線を向けた。
成分を抜き取られ、元の姿に戻ったスマッシュ——いや、その女性は、ふらりと膝をついた。疲労の色が濃い顔。でも、その目はしっかりと我が子を捉えていた。
「ママ!」
子供が走り出す。女性もまた、震える腕を広げた。
「ああ…よかった、無事だったのね…!」
二人が抱き合う。強く、強く。まるで二度と離さないと誓うように。夜の寒さも、ネビュラガスの恐怖も、今のこの温もりが全てかき消しているようだった。
「……ふん、いい絵だぜ」
俺はそれを見て、少しだけ胸の動力炉が温かくなるのを感じた。科学的な温度じゃない。もっとこう、なんて言えばいいんだ。情熱?愛?いや、そんな大層なもんじゃない。ただ、安心するんだ。
俺は作られた存在だ。血は流れないし、家族もいない。親の顔も知らないし、子供を抱きしめたこともない。でも、こうして誰かが誰かを守り、再会する瞬間に立ち会えるなら、それでもいい気がする。
「ビリー、大丈夫か?」
戦兎が俺の横に来て、空のボトルをしまいながら聞いた。
「ああ、バッチリだぜ。俺の装甲も、あいつらの絆もな」
俺は軽く肩をすくめて見せた。口元のサーボが、いつの間にか緩んでいた。
「さて、感動の再会シーンは邪魔しねぇ方がいいだろ。俺たちの出番は終わりだ。とっとと帰って、美空に報告するか」
「そうだな。あ、でも美空、もう寝てるかもな」
「起こしてやるぜ。これが今の俺の仕事だからな!」
俺は子供と母親に背を向け、赤いスカーフを翻して歩き出した。背後で、二人の泣き声が夜風に溶けていく。それは、どんな勝利のファンファーレよりも、俺にとっては心地よい音だった。