鍋島家の奥様とお嬢さんを、無事にnascitaへ送り届けたのは昼前のことだった。
万丈が「香澄に報告しなきゃな」と焦る友恵さんをなだめつつ、俺たちの任務は一応完了だ。あの非日常的な西都の脱出劇から一転、平和な東都の昼下がり。日差しがちょっと眩しすぎるぜ、俺の光学センサーにはな。
「ふぅ、これで一件落着…ってわけにはいかねぇか」
俺がコーヒーの香り(嗅げないけど雰囲気で)漂う店内でストレッチしていると、ポケットの中の端末が震えた。美空からの緊急通信だ。
『ビリー! 戦兎が公園でスマッシュと戦ってる! 一人で抑えてるけど、厳しいみたい!』
「やれやれ、天才様は世話が焼けるな。場所は?」
『第三区の中央公園! 人が多いから派手にやれないみたい!』
「了解! すぐ行くぜ!」
俺は店を飛び出し、路地裏で装甲を展開した。
「蒸着! ライドモード!」
肩のタイヤが前輪へ、脚部のホイールが後輪へ。蒸気の爆発と共に、俺は愛機の赤黒いバイクへと姿を変えた。エンジン…じゃなくて、動力炉を暖機運転させて、いざ出陣!
…と思ったら、背中にドスンと重みがかかった。
「おい万丈! なんのおつもりだ?」
「決まってんだろ! 戦兎を助けに行くんだよ!」
万丈が、俺の座席にまたがってきやがった。しかもヘルメットなし。素顔でバイクに乗るなんて、逮捕されますよ旦那。
「お前ねぇ、俺はタクシーじゃないんだぜ? 自分の足で走れよ!」
「間に合わねぇだろ! お前のスチームブーストなら三分で着ける! 頼む!」
万丈が俺のハンドル(というかフロントカウル)にしがみついて叫ぶ。あーあ、この甘えん坊め。でも、あいつの焦る気持ちもわかる。戦兎は今、俺たちのために時間を稼いでくれてるんだ。
「ちっ、仕方ねぇな! つまらない真似はすんなよ、スマッシュの餌食になっても知らねぇからな!」
「へっ、俺はよりによってロボットの後ろに乗るくらいだ、度胸はバッチリだぜ!」
「うるせぇ! 掴まってろ、急加速するぞ!」
俺はスチームブーストを全開にした。ドォォッ! という轟音と共に蒸気が噴き出し、俺たちは路地裏を弾丸のように飛び出した。
昼間の街中を、爆走だ。信号待ちのサラリーマンがコーヒーを吹き出し、散歩中のワンちゃんが追いかけてくる。ごめんよおじさん、わんこ! 俺たちは急いでるんだ!
「ビリー! 前の交差点、右だ!」
「わかってる! ナビは俺の得意分野だぜ!」
俺は車体を傾け、地面すれすれに曲がった。万丈が「うおぉっ!」と悲鳴を上げるが、落ちるわけがない。俺の演算は完璧だ。
「さあ、天才物理学者のお出ましだ! 助太刀に参るぜ、戦兎!」
公園の入り口が見えてきた。平和な噴水広場で、何かが爆発したような煙が上がっている。あそこだな。
「万丈、着いたぞ! 降りる準備はいいか?」
「ああ! いつでも!」
俺は公園の柵を飛び越え、芝生の上に着地した。土埃と蒸気が舞い上がり、俺たちは戦場の真ん中へと滑り込んだ!
公園の平和な芝生は、すでに戦場と化していた。
噴水は水を止められ、代わりにネビュラガスの蒸気が吹き出している。ベンチは木っ端微塵、花壇は掘り返され、その中心にはでかいのがいた。
「なんだありゃあ!?」
俺がフロントカウルのライトをハイビームに切り替えると、目の前で暴れ回っていたのは、さっき港で見た新型ガーディアンなんかよりずっとタチの悪い代物だった。通常の二倍はあるんじゃないか? ストロングスマッシュの強化版ってところか。筋肉の鎧がさらに分厚くなり、腕なんて丸太みたいになってやがる。
そんな巨腕を振り回して、赤と青の装甲——仮面ライダービルドを狙っている。戦兎はラビットの跳躍力で攻撃をかわしながら反撃の機会を窺っているが、巨大化したパワーは伊達じゃない。公園の遊具が次々と破壊されていく。
「おいビリー! 見てねぇのかよ!」
背中の万丈が、俺の装甲(ボディ)をバンバン叩いて叫ぶ。痛くはないが、塗装が剥げるぞコラ。
「わかってるよ! どう見てもアンタはでかすぎるんだよ!」
「なら、やることは一つだろ!」
万丈の声に、妙な弾みがあった。まるで、リングに上がる前の格闘家のような高揚感。
「アクセル全開だ、ビリー! あいつの顔面まで飛ばせ!」
「無茶言うなよ! この人混着で…いや、人なんかもう逃げてるか」
俺は一瞬で状況を判断した。市民はすでに避難済み。障害物なし。距離、約三十メートル。加速距離は十分。
「よしきた! 首輪は外したぜ、飛べ!」
俺は脚部のホイールをロックし、背中のタンクユニットから圧縮蒸気を一気に放出した。
『スチーム・ブースト!マックス出力!』
「ドォォォォッ!!」
俺のボディがロケットみたいに加速する。芝生がむしり取られ、土が舞い上がる。風圧で俺のスカーフが煽られ、背中の万丈の服がバタバタと音を立てた。
「うおおおおおっ!!」
万丈が雄叫びを上げる。
巨大スマッシュが、いきなり正面から迫ってきた赤黒い弾丸に気づいた。だが、遅い!
「いっけええええ!!」
俺はスマッシュの目前で急制動をかけ、車体を滑り込ませるようにして止まった。まるで闘牛士のオーレだ。
その瞬間、俺の背中から「弾丸」が発射された。
「食らえええっ!!」
万丈が俺のタンデムシートを蹴って飛び出した。かなりの助走と、俺の加速の慣性。そして、彼自身の怪しい身体能力。
空中で体を捻り、渾身の右ストレートを叩き込む構えになる。
「お前の相手は、この万丈龍我だぁ!!」
ドゴォォォッ!!
重い打撃音が公園に響き渡った。万丈の拳が、巨大スマッシュの顔面にめり込む。質量と速度の乗った一撃だ。巨人はよろめき、後ずさりする。
「効いたか!?」
「まだだ! まだ足りねぇ!」
万丈は着地する間もなく、再び踏み込んだ。
「たく…あのバカ、本当に減速もなしに突っ込むとはな…」
俺が人型に戻りながら見上げる空の下、万丈は地面に転がって右拳を振り回し、さっきの感触に「いてぇ!」と叫んでいる。だが、そのおかげで巨大スマッシュは大きく怯み、膝をついた。 戦兎も変身を解除せずに、その光景を呆然と見つめていたが、すぐに小さく笑った。
「えぇ、馬鹿だろ…けど、本当に助かったぜ」
その聲音には、呆れと感謝が混ざっている。 戦兎は腰のドライバーから素早くボトルを交換する。さっきまでラビットタンクを構成していた二本を抜き取り、新たに取り出したのは、まるで大空を思わせる橙色のタカと、灰色のガトリング。
「さあ、実験を始めようか」
『タカ! ガトリング! ベストマッチ!』
ドライバーの軽快な電子音が、破壊された公園に響き渡る。
『Are you ready?』 「ビルドアップ!」
赤と青の装甲が粒子となって砕け散り、タカの方の装甲が彼を包み込んだ。翼が大きく広がり、背中を覆う。ガトリングの装甲が重なり、腕に無骨な銃口を構築する。空の覇者と陸の支配者の力が融合し、左右非対称の翼持つ戦士がそこに立った。
『天空の暴れん坊! ホークガトリング! イェーイ!』
「すげぇ…戦兎、お前、またとんでもないベストマッチを引いたな!」
俺が叫ぶと、ホークガトリングは翼をはためかせて宙に浮いた。その動きは、さっき戦ったフライングスマッシュよりもずっと速く、ずっと鋭い。
「 行くぜ!」
戦兎は翼を翻し、一直線に巨大スマッシュへと急降下した。 スマッシュが迎撃に振り上げた巨腕を、彼は空中で急旋回して軽々とかわすと、腕のガトリング砲を乱射しながら相手の周囲をぐるりと旋回する。無数の弾丸の帯が、スマッシュの装甲を削り、動きを完全に封じていく。
『10…20…30…40…50…60…70…80…90…100! Full Bullet!』
瞬間、ホークガトリンガーの銃口が唸りを上げ、まるで百発の流星群のような弾丸の嵐が巨大スマッシュを四方八方から貫いた。爆発の連鎖が空気を震わせ、スマッシュの巨体が塵となって弾け飛ぶ。
「勝利の法則は、決まった!」
戦兎は噴水の縁に静かに着地し、変身を解除した。 俺は倒れている被害者の確保に向かいながら、興奮冷めやらぬ声を上げた。
「上出来だぜ、戦兎!!」
「まあな。俺は天才だからな」
戦兎は得意げに髪をかき上げ、それから地面に座り込んでいる万丈を見下ろした。
「それにしても、バイクごと突っ込むとか、お前の頭の中どうなってるんだよ」 「うるせぇ! 結果オーライだろ!」
万丈が右手を真っ赤に腫らしながら怒鳴る。 俺は小さくため息をつき、壊れたベンチに腰掛けた。
「ま、どっちもどっちだ。だが、ベストマッチはお前らのコンビの方かもしれねぇな」