「マスター…あんた、もしやファウストの仲間だったのかよ!?」
俺の口から出たのは、驚きよりも先に疑念だった。だってそうだろ? パンドラボックスのパネルが、俺たちの隠れ家の壁に埋まってるなんて、スパイ映画のクリシェすぎるだろ!
戦兎が、マスターである石動惣一を壁際に追い詰める。その目は、いつもの天才物理学者のそれじゃない。疑惑と怒りが入り混じった、鋭い刃のような目だ。
「説明してもらおうか、石動惣一。なぜここにパネルがある? あんた、最初からファウストの人間だったのか?」
惣一は追い詰められながらも、いつもの飄々とした態度を崩さなかった。コーヒーカップを手に持ったまま、ふう、と息を吐く。この状況でその冷静さは、逆に怖いぜ。
「落ち着け、戦兎。暴れるのは結構だが、聞く耳は持ってるか?」
「正直に答えるならな!」
惣一はカップをテーブルに置き、視線を少しだけ落とした。その瞳の奥に、俺のセンサーが読み取れない暗い光が揺れる。
「…あれは、美空を取り戻した時だ」
「美空を?」
俺は思わず聞き返した。美空自身も、ソファで膝を抱えて小さくなっている。
「ああ。美空は昔、ファウストに捕まっていた。奴らは美空の持つ特殊な力…スマッシュの成分を浄化し、フルボトルへと精製する能力を利用しようとしていたんだ」
「じゃあ、あいつがスマッシュボトルを浄化してたのは、俺と出会う前からってことかよ…」
戦兎の声が低くなる。
「俺は娘を取り戻すために、奴らのアジトに潛入した。そして、美空を助け出すついでに、パンドラボックスのパネルと、ファウストが持っていたボトルを頂戴してきたってわけだ」
惣一はニヤリと笑った。まるで、ただの果物泥棒の話でもするみたいに軽く。
「なるほどね。だからファウストはしつこくスマッシュをけしかけてくるわけか。奪われたお宝と、連れ帰られた美空ちゃん、両方とも欲しいってわけだ」
万丈が、納得したようにポンと手を打つ。お前、状況呑み込むの早いな。
「だけど、それならもっと早く言ってくれれば…」
俺が言いかけると、惣一は首を横に振った。
「言えなかったのさ。美空が、あの時のことを思い出したくなかったからな」
美空の肩が、小さく震えた。俺は無意識に彼女の傍に歩み寄り、金属の大きな手をそっと彼女の頭の上に置いた。冷たいか? でも、これが俺にできる精一杯の慰めだ。
「大丈夫だぜ、美空。俺がいる。戦兎もいる。万丈も…まあ、一応いる」
「…ビリーの、バカ」
美空が小さく呟き、俺の手の下で少しだけ笑った気がした。
「それにしても、ファウストの連中も往生際が悪いな。美空ちゃん一人のために、ここまで粘るなんてさ」
万丈が伸びをする。確かに、美空の能力はレアだ。でも、ここまで執着する理由が他にもありそうな気がする。
「奴らはまだ諦めていない。美空の力を、再び手に入れるためにな」
惣一の言葉に、部屋の空気が再び張り詰めた。ファウストは外にいる。スマッシュを使って、また美空を狙ってくる。
俺は赤いスカーフを直し、プロトトランスチームガンをホルスターに叩き込んだ。
「上等じゃねぇか。俺は美空のマネージャー兼ボディガードだ。ファウストだろうがナイトローグだろうが、俺の雇い主に手を出そうってんなら、全身パーツに分解してやるぜ」
戦兎が顔を上げ、不敵に笑った。
「ビリー、いい度胸だ。万丈、お前も覚悟しとけよ。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ」
「言われなくてもわかってら! 香澄のためにも、ファウストをぶっ潰す!」
三人の声が重なる。美空が俺の装甲を見上げ、小さくうなずいた。
「…疲れたし、眠いし、寝るし。でも、あんたたちがいるなら、ちょっとだけ頑張るし」
それが彼女なりの信頼の証だ。俺は口元のサーボを歪めて、ニカっと笑った。
「しかもだ。石動惣一…お前は、あのスカイウォールの惨劇を引き起こした宇宙飛行士でもあるんだろ?」
戦兎の声は、冷静さを装いながらも、奥底に押し殺した炎が燻っているようだった。
俺はというと、もう何が何だかわからなくて、頭部の冷却ファンがフル回転だ。ちょっと待てよ。マスターはファウストの秘密をちょろまかしただけじゃなくて、俺たちの国を三つに引き裂いた張本人でもあるってのか? 冗談きついぜ、全く!
「ああ、そうだ。すべては俺が火星からパンドラボックスを持ち帰ったことから始まった。スカイウォールも、スマッシュも、この狂ってしまった世界も、俺のせいだ」
惣一は、いつもの飄々とした『マスター』の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。そこに立っていたのは、計り知れない罪を背負った一人の男だった。
「な、なんで…なんで今まで黙ってやがったんだよ! 俺は、お前のことを…!」
万丈が掴みかかろうとするのを、戦兎が片手で制す。
「…なぜ俺に話した。なぜ今なんだ」
戦兎の問いに、惣一は静かに、しかしはっきりとした口調で答えた。
「俺は、犯してしまった罪を償わなければならないと思っていた。だが、俺一人の力ではダメだった。そこで俺は見つけたんだ、俺の作ったものなんかよりずっと可能性に満ちた力をな。それがお前だ、戦兎。お前は、ただの科学者じゃない。ビルドシステムを使いこなし、ボトルの力を『正しく』使える男だ」
「俺を…試していたのか?」
「俺の罪を知り、それでもなお『愛と平和のために』戦うかどうか、見極めたかった。俺が隠したパネルを、お前自身の手で見つけ出し、真実を掴む。それが、俺がお前に託したかった最後のチャンスだったんだ」
研究所の仕事を用意したのも、すべてはこの告白のための伏線だったというのか。あの天才物理学者のプライドを、こんな風に利用するとはな。でも、逆に言えばそれだけ、この人は戦兎を信じていたってことだ。
「…なあ、マスター。あんた、ズルいぜ」
俺は壁にもたれかかりながら、小さく呟いた。
「自分の罪を背負いながら、自分の代わりに世界を頼むって、それは最高に重たいパスだ。サッカーで言うなら、ゴール前で味方にボールを預けるどころか、自分はレッドカードで退場しますって言ってるようなもんだぜ」
「ビリー…」
「でもな、俺は道具だ。道具は使い方次第で善にも悪にもなる。あんたは、パンドラボックスで世界を壊した。でも、その壊れた世界を直すための最高のスペアパーツとして、戦兎を選んだんだろ?」
俺は惣一を真っ直ぐに見据えた。このセンサーが嘘発見器にならないのが悔しいが、俺の直感は言っている。この人の目は、本物だと。
「なら、俺はその選択に乗ってやるぜ。俺は戦兎の道具だ。博士…いや、戦兎がファウストをぶっ壊すって言うなら、俺はそのために動く」
戦兎は俺の言葉を聞くと、深く息を吸い込み、それからいつもの不敵な笑みを浮かべた。