「スクープよ、戦兎君! あなたの過去を知る人物が見つかったわ!」
紗羽がnascitaの地下基地に飛び込んで来た時、俺はちょうど惣一のコーヒーの味(飲めないけど成分分析はできる)を分析していたところだった。
石動惣一の重い告白から数日。空気の読めないジャーナリストの登場は、ある意味救いだったぜ。シリアス一辺取りじゃ、俺の冷却ファンが過労でイカれちまうからな。
「過去を知る人物?」
戦兎がコーヒーカップを置いた。彼の失われた記憶。それが少しでも戻るなら、俺だって乗り気だ。
「ええ。今夜、橋の上で待ち合わせよ。名前は立弥(タチヤ)って言うんだけど…ちょっと変わった男でね」
「変わった? どれくらいだ?」
「会えばわかるわ。それじゃあ夜に!」
定された橋の上には、冷たい川風が吹き抜けていた。
俺たちは人目を避けて欄干に寄りかかっている……はずだった。
「なあ、戦兎。俺の変装、完璧だろ?」
俺はロングジャケットの襟を立て、巨大なサングラスをかけ、つばの広い帽子で頭部装甲を隠していた。さらにマスクで口元のサーボを覆い、極めつけは首に巻いた分厚いマフラーだ。赤いスカーフの代わりだぜ。これで誰も俺を試作型機械兵だとは思うまい!
「…お前、目立ちすぎだろ。むしろ普段より目立ってるぞ」
戦兎が頭を抱える。隣の紗羽に至っては、俺を見るたびに吹き出している始末だ。
「ふふっ…だって、肩のタイヤがコートの上から隆起してるし、足元から蒸気出てるし」
「うるさいな! これはスタイリングだ! ファッションの範疇だぜ!」
俺たちがくだらない言い合いをしていると、橋の向こうから人影が現れた。
「おおぉぉーっ! 兄貴ーーっ!!」
地響きのような声と共に、その人影は走ってきた。いや、跳ねてきた?
ピンク色の極太メガネ。頭頂部から爆発するように広がる巨大なアフロヘア。そして体には「ツナ義ーズ」とプリントされたタンクトップ、その上から鮮やかなオレンジのつなぎを着ている。
俺のファッションセンサーが「警告:視覚的暴力を検知」と告警を鳴らすレベルの奇抜さだ。
「お前が…立弥か?」
戦兎が引き気味に聞く。そりゃそうだ。いきなりアフロの男が「兄貴」って叫びながら抱きついて来たら、誰だって退くわな。
「そうとも! あんたのバンド仲間、立弥様だぜ! …って、あれ? 兄貴、俺のこと忘れちまったのか?」
立弥と名乗ったアフロ男は、極太メガネの奥で悲しげな目をした。いや、その目はメガネの色でよく見えないけどな。
「…悪い。俺は記憶を失っててさ。お前のことも、自分のこともほとんど覚えてないんだ」
戦兎が頭をかく。
「やっぱりな…紗羽さんから聞いた時、予感はしてたぜ。あんた、昔の名前は佐藤太郎って言うんだよ」
「佐藤…太郎?」
戦兎がその名を反芻する。俺のデータベースにも「佐藤太郎」の項目はない。全くの白紙だ。
「俺と兄貴は、古ぼけたアパートで同居してたんだ。生活費を稼ぐためにバンド活動してたのさ! 俺はベース、兄貴はギターとボーカル!」
「俺が…ギターボーカル?」
「ああ! でも…あの日、兄貴は言ったんだ。『高収入の新薬テストのバイトに行ってくる』って。それっきり…それっきり帰ってこなかったんだよ!」
俺の識別灯が、激しく点滅した。
新薬テストのバイト。戦兎が石動惣一に拾われたのと同じ日。そしてその日から消息を絶った佐藤太郎。
(おいおい、新薬のバイトって、それまんま人体実験の被験者ってことじゃねぇかよ!?)
俺の心の叫びが届いたかのように、戦兎の顔が強張った。
「新薬のバイト…それが俺の正体なのか?」
「俺は探したぜ、兄貴! でも警察は『行方不明』のまま。あんたが石動っておっさんに拾われたって聞いた時は、マジで涙が出たのさ!」
立弥はアフロを揺らしながら、戦兎の両手を握りしめた。
「兄貴! 俺たちのバンド『ツナ義ーズ』を再結成しようぜ! あんたの歌声、ファンは待ってるんだ!」
「いや、俺は今は物理学者で…」
「物理学? なにそれ食えるの? バンドこそがロックだろ!」
このアフロ男、勢いだけはあるぜ。でも、この「佐藤太郎」って名前と新薬のバイト。これが戦兎の失われた記憶の鍵なのか? 俺の親友、葛城巧博士の記録にはなかった名前だ。
「戦兎、どうする? このアフロ…いや、立弥の話」
俺が小声で聞くと、戦兎は困り果てた顔でアフロとメガネを見つめていた。
「とりあえず…話を聞くしかないな。俺の過去が、また一つ繋がりそうだ」
俺はマスクの下でため息をついた。新しい相棒の過去は、どうもロックとは程遠い危険な匂いがプンプンするぜ。