「スマッシュが東都先端物質学研究所に向かってる? あそこに何があるってんだよ」
俺はnascitaの地下基地で美空の端末に映し出された警戒情報を睨みつけていた。画面上の赤い反応点が研究所の位置を示すマーカーへとじりじり接近している。
「パンドラボックスだろ。あの箱に共鳴してる可能性がある」
戦兎が白衣の袖をまくりながら答える。もう慣れたもんだ。あいつはこういう時、決まって白衣を羽織る。
「じゃあ行くぞ。すぐに出る」
「ちょっと待ってよ戦兎」
美空がソファから半分だけ体を起こして呟く。
「スマッシュの成分、採取しないで放置したらどうなるの」
戦兎が手を止める。俺もホルスターの手入れを止めて美空を見た。
「えどうなるって…成分抜かないと元に戻らないだろ」
「抜かないまま戻ったらどうなるかって聞いてるの」
「戻るのかよ」
俺が眉をひそめると美空は薄く笑った。
「生きたままアジトに戻ってくるかもね」
その一言で、俺の識別灯が不気味にカチカチと輝き始めた。なんだそれ。怖いぞ。生きたままスマッシュが基地に帰ってきたら、それはもう怪人退治じゃなくてホームステイの受け入れだぞ。
「…美空今すごく嫌なこと考えたろ」
「別に。ただの仮説だし」
仮説が一番怖いよ。
「で、戦兎はどうするんだよ。万丈の無実の証明はどうなった」
俺が聞くと戦兎は少し気まずそうに顔を背けた。
「とりあえず様子を見てくる。研究所なら俺の職場だしスマッシュの原因も調べられる」
「様子を見てくるだと? おい戦兎!」
地下基地の入り口から、万丈の怒鳴り声が降ってきた。
「俺の無実はどーなったんだよ! お前、鍋島の家族助けに行く時はあんなに張り切ってたじゃねぇか!」
万丈が階段を降りてくる。その顔には怒りと呆れが半々に混ざっている。
「落ち着け万丈。スマッシュが研究所に向かってるんだ。放っておけばパンドラボックスに何されるかわからないだろ」
「それはわかってるけどよ!」
万丈は壁に拳を軽くぶつけた。コンクリートに小さなひびが入る。相変わらず厄介な握力だ。
「戻ってきたら真っ先に鍋島の尻尾を捕まえてやるからな。お前も手伝えよ」
「言われなくてもやるよ。俺は試作型機械兵だぜ、暇じゃないんだ」
「喧嘩売ってんのか」
「売ってねぇよ日常だろ」
俺たちは軽口を叩き合いながら、地下基地の出口へ向かった。
* * *
研究所の正門前に着いた時、俺のセンサーはすでに異常を検知していた。
「戦兎ネビュラガス反応。中だ。それも強い」
「ああ感じる。それに…」
戦兎が足を止めた。其の目が、研究所の通用口に立つ人影を捉える。
「あいつ…」
黒いコート。ワインレッドの装甲。コブラのゴーグル。頭頂部の煙突ユニットからはいつものように蒸気が漏れ出している。
「ブラッドスターク!」
俺は即座にプロトトランスチームガンを抜いた。二丁の銃が、月光の下で鈍く光る。
「やぁプロトタイプ君。今日も元気そうだな」
ブラッドスタークは相変わらずの飄々とした態度で、片手をひらひらと振った。まるで近所のコンビニで偶然会ったみたいな軽さだ。ふざけるなよ今コンビニの帰りか。
「研究所に何しに来た。スマッシュをけしかけたのか」
戦兎が低い声で問う。其の手は、腰のビルドドライバーに伸びている。
「スマッシュをけしかけた? 誤解だな。俺はただ見に来たのさ」
「見に来ただと?」
「ああ。ある実験の成り行きをね。君たちがどう動くか、興味があって」
「実験だと?」
其の時だった。研究所の壁が内側から爆砕した。コンクリートの破片が雨のように降り注ぎ、硝子が粉々に砕け散る。
「うおっ!」
俺はとっさに戦兎の前に出て、降り注ぐ破片を装甲で防いだ。
「出てきたぞ!」
粉塵の中から、蠢くように現れたのは、全身が圧力機のような装甲に覆われた巨体のスマッシュ。プレススマッシュ。其の全身からは、油圧シリンダーのような腕が何本も生え、一歩ごとに地面を陥没させていく。
「プレススマッシュ…っておい、あれは…」
俺のセンサーがスマッシュの内部に人間の生体反応を検知した。そしてその反応が誰のものかを照合した瞬間俺の動力炉が凍りついた。
「嘘だろ…あいつ、あの中に…」
「どうしたビリー」
戦兎が俺の異変に気づいて声をかける。
「戦兎、あのスマッシュの中にいる人間の生体反応。俺のデータと照合した。あれは…」
ブラッドスタークが、低く笑った。
「そうだ。プレススマッシュの中にいるのは、君の古い仲間だよ、佐藤太郎君」
其の声はまるで舞台の幕が上がるように言った。
「立弥だと!?」
戦兎の目が見開かれた。俺の識別灯が、赤く激しく点滅する。
「まさかあのアフロ…いやまさかな。なんであいつがここに」
「新薬のバイト、覚えているかね? あのアフロの男も、同じ募集に応じたのさ」
ブラッドスタークは楽しそうに語る。まるで、他人の不幸を楽しむ暇人が、テレビの前で爆米をかじるみたいに。
「あの立弥が…人体実験を?」
俺の動力炉が、熱を帯びる。怒りだ。あんなに馬鹿げた格好をして、「兄貴」と笑って飛びついてきたあの男が、今は怪物の中で苦しんでいる。
「やるかプロトタイプ君。それとも今回は大人しく帰るか?」
「うるせぇ…」
俺は歯を食いしばり二丁の銃を構えた。
「戦兎あの中にいるのは立弥だ。さっきのアフロの男だ。俺が…俺たちが助けなきゃならねぇ」
戦兎は何も言わず、ビルドドライバーを腰に装着した。
「ああわかってる。だが、あのスマッシュを暴走させずに保護する。俺がやる」
「任せる。俺はブラッドスタークを抑える」
「話が早いな」
戦兎がニヤリと笑う。其の目はもう、科学者から戦士のそれへと切り替わっていた。
「変身!」
ビルドドライバーが唸りを上げラビットとタンクのボトルが装填される。
「ラビット!タンク!ベストマッチ!」
赤と青の光が交錯し、仮面ライダービルドが姿を現す。
「スチームバディ蒸着!」
俺も蒸気を爆発させ、スチームバディの戦闘形態へと変身する。
「さあ佐藤太郎君。君の古い友人を助けられるかな?」
ブラッドスタークが楽しそうに笑う。
「ふざけた口利いてんじゃねぇ!」
俺は真っ先にブラッドスタークに飛びついた。二丁の銃が蒸気弾を連射し、奴の進路を塞ぐ。
「プロトタイプ君相変わらず短気だな」
「短気じゃねぇ正当な怒りだ!」
ブラッドスタークはスチームブレードを抜き、俺の射撃を弾きながら笑う。だが、今回は前とは違う。俺の射撃はただの牽制じゃない。
「戦兎! 今だ!」
ビルドがプレススマッシュの側面に回り込む。ラビットの脚力で跳躍し、スマッシュの巨腕をかわして背面に着地。其の手が、スマッシュの装甲の隙間に差し込まれた。
「暴れるな! 助けてやるんだよ!」
ビルドが叫ぶ。スマッシュが暴れ圧力腕を振り回すがビルドはタンクの装甲で其れを受け止める。
「ビリー、もう少し抑えてくれ! ブラッドスタークを近づけるな!」
「わかってるよ! っておい近づいてきてんじゃねぇか!」
ブラッドスタークが、プレススマッシュの背後に回ろうとしている。俺は二丁の銃を横に薙ぎ、蒸気の壁を作って奴の進路を遮った。
「悪いが近づきすぎると蒸気が熱くてかなわないぜ」
「面白い。だが、相手が悪いな」
ブラッドスタークがスチームブレードを閃かせ俺の蒸気の壁を切り裂こうとする。其の隙にプレススマッシュが咆哮を上げ暴れ始めた。
「くそ、暴れるなよ!」
ビルドがスマッシュの背中にしがみつく。其の手がスマッシュの装甲の継ぎ目を探り内部のパイプラインを特定する。
「見つけた。ここだ」
ビルドの手がスマッシュの頸部にあるガス注入ポートを捉える。其処からネビュラガスを抜き取れば立弥を助けられる。
「ブラッドスターク! 行かせねぇって言ってんだろ!」
俺は二丁の銃を連射しブラッドスタークの進路を塞ぎ続けた。奴のスチームブレードが俺の装甲をかすめ火花が散る。だが構わない。
「ビリー!ここで成分を取ったら、マズイ!」
「っ」
其の時、ブラッドスタークが口笛を吹いた。
「ふむ。まあまあかな。だが、もう少し成長してから来てくれないとね」
「逃がすか!」
俺が叫びプロトトランスチームガンを構え直す。
「ビリー!」
地下基地の入り口から聞き慣れた声が響いた。
「万丈!」
龍我がバイクを停めて駆けつけてきた。其の顔は汗と怒りで滲んでいる。
「お前ら無茶しやがって! 美空から聞いたぞ、研究所にスマッシュが出たって!」
「遅いぞ万丈! でも丁度いい立弥を連れて帰るぞ!」
戦兎が立弥を背負い俺に目配せをする。
「ビリー、バイクモードだ。速く」
「了解! 蒸着ライドモード!」
俺は即座に変形し、赤黒い車体を路面に叩きつける。
「万丈俺の背中に乗れ! 立弥を連れて戦兎が前に!」
「はあ? お前の背中って Aires の Aires かよ」
「うるせぇ! 早くしろ!」
万丈が俺の後輪の上に跨り、戦兎が俺のハンドルを握る。立弥は戦兎の背中に担がれた。
「しっかり掴まってろ! スチームブースト全開だ!」
俺は蒸気を爆発させ、研究所を飛び出した。背後で、ブラッドスタークの笑い声が響く。
「じゃあなプロトタイプ君。次会う時はもっと面白いと良いな」
「次はねぇよ、コブラ野郎!」
俺は舌打ちし、夜の街へと蒸気の弾丸となって飛び出した。