夜の港は、潮の匂いとコンテナの錆びた鉄の匂いが混ざり合う俺のお気に入りの場所だ。でも今日は、その空気にさらにネビュラガスの甘ったるい刺激臭が混じってやがる。
「グギャアアッ!」
俺たちが連れてきたスマッシュが、広場の真ん中で暴れ出した。巨大な鉄塊のような腕を振り回し、積み上げられたコンテナをまるで牛乳パックみたいに薙ぎ倒していく。威圧感は抜群だ。普通の人間なら足がすくむところだぜ。
「ビリー、左右に散開! 奴の動きを封じるぞ!」
戦兎が叫び、ビルドドライバーを腰に装着する。でも、その手にはラビットとタンクのボトルはなかった。代わりに取り出したのは、なんとも言えない色合いの二本のボトル。
片や紫色。手裏剣のマークが施された、何やら怪しげな気配を漂わせるボトル。片や原色カラー。漫画の効果線のような模様が描かれた、ポップすぎるボトル。
「おいおい戦兎、そりゃあ何だ? また随分とマニアックなもんを出してきたな!」
俺が二丁のプロトトランスチームガンを構えながらツッコミを入れると、戦兎は不敵に笑った。
「見てのお楽しみだ。さあ、実験を始めようか!」
彼は二本のボトルをドライバーに装填した。
『忍者!コミック!ベストマッチ!』
軽快な電子音声が夜の港に響き渡る。ベストマッチだと? 忍者と漫画? 天才物理学者の頭の中を覗いたら、きっと白い部屋に閉じ込められそうだぜ。
『Are you ready?』
戦兎がレバーを回す。
「変身!」
その瞬間、世界がポップになった。
ドカーン! という漫画の擬音が目に見えるような黄色い衝撃波と、シュポッ! という紫色の煙幕が同時に噴き出した。白い煙の中から現れたのは、赤と青の物理学者じゃない。
右半身は紫色の忍装束。左半身はコミックのように白い装甲に太い黒い輪郭線が描かれ、肩にはペン先のような武器「カブトラスターBLD」が装備されている。複眼に至っては、片方が星型で片方が漫画的な目玉みたいなデザインだ。
『忍びのエンターテイナー!ニンニンコミック!イェーイ!』
「…なんだこれ」
俺は思わず呆気にとられた。かっこいいのか、ふざけてるのか、判断がつかない。まさに「忍びのエンターテイナー」。ギャグとシリアスの境界線を消し去るような姿だ。
「どうだビリー! この新フォーム、絵になるだろ?」
ニンニンコミックフォームとなったビルドは、カブトラスターを構えてキメポーズを決めた。その背後には、漫画の効果線のようなエネルギーが浮かび上がっている。
「絵になりすぎて目が痛いぜ…でもまあ、やることは一緒だな!」
俺は赤いスカーフを翻し、スマッシュに向かって構えた。
「あいつを止める。行くぜ戦兎!」
「おいおい戦兎! そのフォーム地味に動きやすいのかよ!」
俺の叫びは、残念ながら夜風にさらわれて戦兎には届かなかったらしい。いや、届いてたとしても、今の戦兎に返事する余裕はない。
スマッシュの猛攻が止まらない。
コンテナを叩き潰した巨大な腕が、まるで暴れ牛みたいに振り回される。ニンニンコミックフォームは煙幕と漫画的ギミックで翻弄はできるが、地上での直接戦闘だと防御力が心もとない。タンクフォームみたいな頑丈さはないからな。
「ビリー! くそっこいつパワーが強すぎる!」
戦兎が煙幕を張って距離を取ろうとするが、スマッシュが腕を横薙ぎにして煙ごと吹き飛ばす。ドゴォッ! という重い音と共に、ビルドがコンテナの壁に叩きつけられた。
「戦兎!」
俺は二丁のプロトトランスチームガンを連射しながらスマッシュの注意を引こうとした。蒸気弾が奴の肩に命中し、火花が散る。でも、効いてない。こいつの装甲、さっきのタップスマッシュとはまた違う硬さだ。
「ビリー、援護だけじゃ追いつかねぇ。空中から制圧するぞ!」
戦兎が煙の中から飛び出し、俺の方へ向かって何かを投げた。
キラリと光る放物線。俺の視覚センサーが即座に追尾し、右手でキャッチした。
「タカフルボトル!? おいこれ使うのか?」
「使う! 俺の背中にお前がいないと機能しないんだよ!」
「機能ってなんだよ!」
文句を言ってる暇はない。俺は左手のプロトトランスチームガンのスロットにタカフルボトルを装填した。
『タカ!』
電子音声と同時にガンが重く変形を始める。銃身が展開し、翼が形成される。グリップが回転し、接続ジョイントが露出する。背中のバイクタンクユニットとリンクするための dockportだ。
「ビリーフライター、装着!」
俺は背中を少し屈め、変形したプロトトランスチームガンを背部の接続ポートにカチリとはめた。
シュポォォッ!
背中から蒸気が爆発的に噴き出した。翼が展開し、俺の身体がふわりと浮き上がる。おおっ! 浮いた! 俺、飛んでる! 飛行機能なんてちゃんと使ったことなかったけど、博士が組み込んでたのか!
「ビリー空から奴の動きを止めろ! 俺が隙を作る!」
「了解! 道具の使い方、教えてやるぜ!」
俺は上空へ急上昇した。地上の景色が一気に遠ざかる。港の夜景が足元に広がり、コンテナの山がおもちゃみたいに小さく見える。その中心で、スマッシュが暴れ回り、ビルドが苦戦しているのが見えた。
(いいアングルだ。まるで俺のために作られたフィールドじゃねぇか)
俺の照準システムが地上のスマッシュをロックオンする。上空からの視点は、地上の死角を全て晒け出す。スマッシュの攻撃パターン、関節の隙間、装甲の薄い部位、全部が見える。
「食らえ! ビリーフライター・シューティング!」
背中のユニットから蒸気弾が連射される。上空からの正確無比な射撃。弾丸はスマッシュの肩関節、膝裏、首の付け根といった急所を正確に狙い撃つ。
「グギャッ!」
スマッシュが上を向こうとするが、その隙に戦兎が煙幕を張って姿を消す。上を向いたスマッシュの腹を、俺の蒸気弾が正確に撃ち抜く。
「今だ戦兎! 奴の右腕が止まってる!」
「見えてる!」
ビルドが煙の中から飛び出し、スマッシュの右腕をカブトラスターで打ち上げた。バランスを崩したスマッシュがよろめき、その背中が完全にがら空きになる。
俺は高度を落とし、さらに精密射撃を続けた。蒸気弾がスマッシュの足元を撃ち抜き、逃げ道を塞ぐ。左にステップしようとすれば左を撃ち、右に動こうとすれば右を撃つ。
「逃がさねぇぜ。俺の弾幕の中でのダンスだ!」
スマッシュの動きが完全に封じられた。奴はその場で立ち尽くし、腕を振り回すこともできなくなっている。
「戦兎、今ならいける! 反撃のチャンスだぜ!」
俺は上空でホバリングしながら叫んだ。地上では、ニンニンコミックフォームのビルドが、その機を逃さずと構えを変えた。紫色の忍装束の腕が、何かを構え始めている。
さあ、次は戦兎の番だ。俺の援護はここまで。あとは相棒に花を持たせてやろうじゃねぇか。
「効いてるぜ! 俺の弾幕から逃げられると思ったら大間違いだ!」
俺の連射がスマッシュの肩と膝を撃ち抜くたび、巨体がのけぞる。まるで見えない壁に押し込まれているみたいだ。奴は自分の攻撃範囲に誰もいないことに苛立ち、空を向いて咆哮を上げた。
その時、地上で白い霧が弾けた。
戦兎だ。忍者側の能力を発動させたんだ。
シュポポポポッ! という軽快な音と共に、濃密な煙幕が一瞬にして港を白く染め上げる。俺の赤外線センサー以外は何も見えないほどの白濁だ。スマッシュは完全に標的を見失った。奴が左右に首を振り、虚しく腕を振り回す。その背中が、がら空きになっている。
「見えたぜ、死角だ」
煙の中から音もなく滑り込む影がある。紫色の忍装束。ビルドだ。まるで最初からそこにいたかのように、スマッシュの真後ろに回り込んでいる。足音も殺気もない。完璧な「忍び」の動きだ。
そして戦兎の手に、巨大な紫色の手裏剣が現れた。4本の刃が鋭く輝き、その重厚感は遠く上空にいる俺のセンサーにまで響いてくるようだ。あれはただの切り札じゃない、決定打だ。
戦兎が手裏剣を振りかぶる。その動きに合わせて、俺は空中でホバリングの位置を微調整した。万が一、奴が反撃に転じようとしても、俺の照準が戦兎の背中を守るように。
風が止んだ。煙も静かに漂うだけ。投擲の直前の、張り詰めた静寂が港を支配した。
「いっけええぇっ!」
戦兎が叫び、紫色の巨大手裏剣を投擲した。同時に、コミック側の肩に装備されたペン先のような武器「カブトラスターBLD」が空を走る!
空中に黄色い軌跡が描かれ、そこから目に見える文字が飛び出した。「ドカン!」という擬音が、まるで実体を持ったかのように光り輝きながらスマッシュへと突き進む。
手裏剣と擬音。物理とギャグの二重攻撃だ!
「グギャアアッ!」
二つの攻撃がスマッシュの背中に同時に炸裂した。その瞬間、視界が一瞬白黒の漫画のコマ割りのように分割され、バゴォォン!という耳をつんざく衝撃音が港を揺るがす。
スマッシュの巨体が宙に浮き上がり、コンテナの壁を突き破って吹き飛んでいく。ネビュラガスが紫色の煙となって噴き出し、異形の装甲がボロボロと剥がれ落ちていく。あの派手なエフェクトの余韻が、夜の空気をビリビリと震わせていた。
「よしっ!」
俺はビリーフライターの推力をカットし、ゆっくりと地上へ降下した。脚部のホイールが路面を捉え、着地と同時に背中のユニットから蒸気がプシューっと漏れ出す。ふう、やっぱり空を飛ぶのは心地いいぜ。でもやっぱり地に足をつけてる方が落ち着くか。
変身を解除した戦兎が、倒れた被害者の元へ歩み寄る。手には空のフルボトル。手際よくスマッシュの成分を吸収し、浄化していく。あの毒々しいガスが消え、中から一人の男性が現れた。意識はないが、呼吸はある。助かったようだ。
「ふぅ…なんとかなったな」