「ふぅ…なんとかなったな」
俺は装甲の煤を払いながら、へたり込んでいる戦兎に声をかけた。港の夜風が、汗と蒸気の匂いを運んでいく。一件落着だぜ。立弥も無事に元のアフロに戻ったし、成分も回収した。あとは美空の待つnascitaに帰って、惣一特製のコーヒー(俺は飲めないけど匂いだけは楽しめる)でも嗅ぎながらマッタリとするだけだ。
「ああ、まったく。コミックの擬音、あんなに派手に出るとは思ってなかったぜ」
戦兎が苦笑しながら、回収したばかりのフルボトルを掲げた。中には紫色の成分が揺らめいている。
「でもよ戦兎、あの『ドカン』って文字、ちょっとダサかっ……」
言い終わる前に、何かが弾けた。
パキンッ!
乾いた音が響き、戦兎の手からフルボトルが弾き飛ばされたのだ。
「え!?」
アスファルトの上を転がるボトル。蓋がどこかへ飛び、中から紫色の煙がシュルシュルと噴き出し始めた。
「おいおい、まさか!」
俺の識別灯が危険色の赤に点滅する。あの煙はただのガスじゃない。さっきまで立弥の中にあった、ネビュラガスの成分だ!
紫色の煙が意思を持った蛇のように立ち上がり、倒れている立弥の元へと凄まじい勢いで流れ込んでいく。
「う、うああぁぁっ!」
立弥が苦悶の声を上げる。その肌が再び灰色に変色し、筋肉が異常な膨らみを見せ始めた。アフロが縮み、代わりに無骨な装甲が皮膚の下から隆起する。
「嘘だろ! 再スマッシュ化!?」
戦兎が慌てて立ち上がろうとする。だが、もう遅い。
プレススマッシュが完全に蘇った。いや、さっきよりも凶暴な感じがする。奴は咆哮を上げると、その巨大な圧力腕を振り回し、俺たちに襲いかかってきた。
「うわあっ!」
「おわっ!」
不意を突かれた俺たちは、まともにその一撃を食らってしまった。まるでトランポリンで跳ね飛ばされたみたいに、俺と戦兎は宙を舞い、ごろごろとアスファルトの上を転がった。装甲が擦れる嫌な音が響く。いてぇ! 摩擦で塗装が剥げたじゃねぇか!
「くそっ、なんだよ今の!」
俺はすぐに体勢を立て直し、二丁のプロトトランスチームガンを構えた。
「待てビリー!」
戦兎が俺を止める。その視線の先、さっきまでプレススマッシュがいた場所には、もう誰もいなかった。ただ、破壊されたコンテナと、紫色のガスの残り香だけが残っている。
「逃げられた…!」
俺は呆然と立ち尽くした。まさかの展開だぜ。クリアしたはずのゲームが、いきなりバグって続きが出てきたみたいだ。
「戦兎、あの煙…誰かがボトルを撃ったのか?」
「ああ。間違いない。何者かが俺たちを監視してて、隙を見てボトルを狙い撃ったんだ」
戦兎が転がったボトルを拾い上げた。ひび割れたボトルには、何かの衝撃を受けた跡がくっきりと残っていた。
「ブラッドスタークか? それともナイトローグか?」
「わからない。でも、一つだけ言えることがある」
戦兎の顔が曇る。
「立弥は、またファウストの手に落ちたってことだ」
俺は赤いスカーフを握りしめた。せっかく助けたのに。せっかく「兄貴」って呼んでくれたのに。またあいつを助けに行かなきゃならねぇのか。
「…行くぜ戦兎。追うぞ」
「ああ。でもその前に」
戦兎はひび割れたボトルを見つめ、静かに言った。
「犯人が誰か突き止める。絶対にだ」
夜の港に、俺たちの決意だけが重くのしかかっていた。