蒸気が立ち込める研究室の片隅で、俺はシステムチェックを終えたばかりだった。戦闘後の自己診断では異常なし。装甲の歪みも許容範囲内。問題は――
「ビリー!戦兎!」
突然、基地のモニターに美空の声が響いた。
「港にスマッシュ出現!複数体の反応あり!急いで!」
戦兎が即座に立ち上がる。
「わかった!すぐに向かう!」
彼は腰のビルドドライバーに手を伸ばし、それから俺を見た。
「マシンビルダーを呼ぶ。お前は先に――」
「待て」
俺は戦兎の手を押さえた。いや、押さえようとした。人間の腕に金属の指が触れる感触。冷たいか?でも、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「マシンビルダーを呼ぶ必要はないぜ」
「何を言ってるんだ。港まで距離がある。バイクなしじゃ――」
「だから、俺がいるだろ」
俺は立ち上がり、ロングジャケットを脱ぎ捨てた。赤いスカーフが揺れる。nascitaの店内、夜の静けさの中、俺の駆動音だけが響く。
「博士は俺にバイクの力を組み込んだ。それには理由がある」
「理由?」
「ああ。移動手段と戦闘支援を一体化させるためだ。見てろよ」
俺はプロトトランスチームガンを手に取った。いつもの二丁じゃない。片方だけだ。もう片方は腰のホルスターに収めたまま。
「蒸着!」
俺が引き金を引くと、全身から蒸気が噴き出した。いつもの戦闘形態への移行とは違う。もっと深く、もっと根本的な変形が始まる。
肩のタイヤが回転しながら胸部へと移動する。脚部のホイールが展開し、装甲が割れて内部のフレームが露出する。背中のバイクタンクユニットが前にせり出し、蒸気の中で金属と金属が噛み合う音が響く。
「なんだ、これは……」
戦兎が息を呑むのが聞こえた。
蒸気が晴れる。そこに立っていたのは、俺でもなければ、スチームバディでもない。
赤い車体。銀色のフレーム。前輪は俺の肩タイヤ、後輪は脚部のホイールが再構成されたもの。ハンドル部分には俺の胸部装甲が配置され、ヘッドライトは俺の光学センサーそのものだ。
「これが、博士が俺に組み込んだもう一つの機能だ」
車体の一部となった俺の口元のサーボが動く。声はくぐもって聞こえるだろうが、伝えるには十分だ。
「マシンビルダーより速くはない。でも、俺とお前、二人で戦うなら、これが一番効率的だ。乗れよ、戦兎」
戦兎は一瞬、呆然としていた。でも、すぐにその顔に別の表情が浮かぶ。科学者の顔だ。未知の技術を目の当たりにした、好奇心と興奮を隠せない顔。
「すごいな……バイクフルボトルのエッセンスを単なる武装じゃなく、完全な形態変化にまで応用してる。蒸着の原理をここまで拡張できるとは……」
「おい、感心してる場合か?スマッシュだぞ」
「わかってる。でも、これは後で詳しく調べさせてもらうぞ」
「ああ、約束する。だから今は早く乗れ!」
戦兎はビルドドライバーを腰に装備したまま、俺の車体にまたがった。人間の体重を感じる。軽い。ちゃんと支えられる。
「美空、マスター、行ってくるぜ!」
俺が叫ぶと、カウンターの奥から惣一の声が返ってきた。
「おう、気をつけてな!」
「ビリー、戦兎、無理すんなよ!」
美空の声を背に、俺はエンジンを吹かした。いや、エンジンじゃない。蒸気機関だ。背中のバイクタンクから白い蒸気が噴き出し、車輪が回転を始める。
店内に金属音が響く。冷蔵庫の扉が蒸気で白く曇る。俺たちは夜の街へと飛び出した。
「ビリー、港までどれくらいだ?」
「この速度なら十分で着く。しっかり掴まってろよ!」
俺は加速した。蒸気の尾を引き、アスファルトを蹴り、夜の闇を切り裂く。風が車体を叩く感触。戦兎の手がハンドルを握る熱。
「なあ、戦兎!」
「なんだ!」
「これが俺のもう一つの使い方だ!道具はな、戦い方次第でどんな形にもなれるんだよ!」
戦兎は何も答えなかった。でも、ハンドルを握る手に少しだけ力がこもったのを感じた。
港の灯りが近づいてくる。潮風に混じって、ネビュラガスの匂いがした。
スマッシュは待ってくれない。俺たちは夜の港へと、蒸気の弾丸となって突き進んだ。
蒸気が夜の闇を裂いていく。路面を蹴るたびにタイヤから白い蒸気が吹き出し、赤い尾を引いて俺たちは港へと急ぐ。
「前方五百メートル、交差点!一般車両あり!」
戦兎が俺の車体にまたがったまま叫ぶ。俺はハンドルを切る代わりに、車体全体を傾けた。蒸気を左側にだけ噴射し、急制動をかけずに進路を変える。
「任せろ!車は避ける。だが、速度は落とさないぜ!」
「頼りになるな!」
「当たり前だ!」
夜の街を、赤い影が駆け抜ける。俺のヘッドライトが照らす先で、サラリーマンを乗せたタクシーが交差点を横切ろうとしていた。
「おっと!」
俺は蒸気を下方に噴射し、車体を跳ね上げる。タイヤが路面から離れ、一瞬だけ空中を滑るようにしてタクシーのボンネットを越えた。着地と同時に再加速。後ろからクラクションが聞こえたが、謝ってる暇はない。
「ビリー、今の跳躍、計算してやったのか?」
「当たり前だろ!俺は高性能AI搭載の機械兵だぜ?物理演算は得意分野だ」
「その演算、今度詳しく教えてくれ」
「お前、本当にそういうの好きだな!」
俺は笑った。いや、笑うという表現が正しいかは分からない。でも、口元のサーボが動いて、声が少しだけ軽くなった。
背中に感じる戦兎の重み。ハンドルを握る手の熱。風を切る感覚。
なあ、博士。俺は今、お前じゃない誰かを乗せて走ってるぜ。でも、この感じ、覚えてる。昔もこうやって、お前を乗せて走ったよな。まだバイクフォームが不安定で、何度も転倒したっけ。お前は転ぶたびに「データが取れた」って笑ってて、俺は「笑い事じゃねぇ!」って怒って。
「ビリー、次の交差点を右だ!最短経路は倉庫街を抜けるルートだ!」
戦兎の声で我に返る。
「了解!」
俺は交差点を蒸気噴射で急旋回。タイヤが路面を削り、火花と蒸気が混ざり合う。赤い尾が夜に弧を描いた。
視界の端に、スカイウォールの巨大な壁が浮かび上がる。闇の中で不気味に光るその壁は、この国を三つに裂いた傷跡だ。遠くから聞こえる港の警報音が、徐々に大きくなってくる。
「戦兎、スマッシュの反応は?」
「三体!港の第三倉庫付近だ!それと……」
「なんだ?」
「周辺に人影はない。でも、倉庫の中に人が残ってる可能性がある。警備員か、夜間作業の労働者か」
「わかった。まずは救助、それから撃破だな」
俺は加速する。前方に急な坂道が見えた。港へ続く近道だが、勾配がきつい。
「戦兎、しっかり掴まってろよ!」
「何をする気だ!」
俺は蒸気を思い切り噴射した。背中のバイクタンクから白い蒸気が爆発的に吹き出し、車体が急斜面を駆け上がる。タイヤが地面を噛み、蒸気の勢いが重力を押し返す。
「うおおおっ!」
戦兎が思わず声を上げる。俺たちは坂の頂上を越え、そのまま空中へ飛び出した。
眼下に広がる倉庫街。無数のコンテナが積み上げられ、クレーンの影が月明かりに浮かぶ。その向こうに、港の波止場と、不気味に蠢く三つの影。
「視認したぜ、スマッシュ!」
「ビリー、着地は任せたぞ!」
「任せとけって!」
俺は空中で車体を制御し、蒸気を下方に噴射しながら着地態勢に入る。タイヤがコンテナの屋根を捉え、一度バウンドしてから地面へ。
倉庫街へ飛び込んだ俺たちの前に、異形の影が三つ。港湾作業員だったのだろう、まだ作業服の残骸が異形の身体にまとわりついている。
「さあ、着いたぜ戦兎。実験開始だ!」
「ああ。ビリー、俺が降りたらすぐに戦闘形態に戻れ。二人で片付けるぞ!」
「了解!」
戦兎が俺の車体から飛び降りる。その手には、既にビルドドライバーが握られていた。
「それじゃ、運転は頼むよ」『ラビット!タンク!ベストマッチ!』
俺が動かしている事もあって、彼はそのままドライバーにフルボトルを装填する。
『Are you ready?』
「…」
ビルドドライバーから鳴り響く音声を聞くと、どうしても、思い出してしまう。
あの時、俺が装着していた試作型には、そのような音声はなかった。
だから、これは俺の知らないビルドだろう。
「変身」『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエーイ!』
「えっ、なんだよ、それ!?」
「凄いでしょ、俺がベストマッチを見つける為に追加した機能だぜ」
それと共に、既にビルドへと変身していた戦兎が、再びハンドルを握りながら向かう。
夜の港に、けたたましい警報が鳴り響いていた。
コンテナの山の間を縫って、俺と戦兎は倉庫街の奥深くへと進む。潮風に混じる油と錆の匂い。そして、もっと別の匂い――ネビュラガスの甘ったるい刺激臭だ。
「この先だ!急げ!」
俺たちが最後の角を曲がった時、最悪の光景が目に飛び込んできた。
必死に逃げ惑う一人の女性。フリーのジャーナリストだと思うが、手にはカメラを握りしめている。
ニードルスマッシュ。その名の通り、全身が無数の針で覆われた怪人だ。背中から伸びる触手の先端には、毒々しい紫色に光る鋭い針。それが今まさに、ジャーナリストの女性の背中へと振り下ろされようとしていた。
「させるかよ!」
俺の思考はすでに戦闘モードに入っている。ジャーナリストの女性までの距離、約二十メートル。ニードルスマッシュの針の速度、秒速約十五メートル。通常の移動では間に合わない。
だから、俺は躊躇しなかった。
脚部のホイールが甲高い悲鳴を上げる。蒸気が爆発的に噴き出し、俺の身体は弾丸となってジャーナリストの女性の前に割り込んだ。左腕を盾のように掲げ、右腕のプロトトランスチームガンを正面へ向ける。
「あんたに傷はつけさせない。あんたはもう逃げろ!」
ジャーナリストの女性が目を見開く。その視線の先で、ニードルスマッシュの毒針が俺の装甲をかすめて火花を散らした。
嘴のような形状の針が、俺の右肩を狙って突き出される。俺は身をひねり、ガンの銃身で針の軌道をそらす。金属と金属がぶつかり合い、耳障りな金属音が港に響く。
「ビリー!」
ジャーナリストの女性が叫んだ。恐怖と驚きの混ざった声だ。
「喋ってる場合か!早く逃げろって!」
俺はニードルスマッシュの連続攻撃をかわしながら叫んだ。左にステップ、右にスライド、膝裏のアクチュエータをフル稼働させて、毒針の雨をギリギリで回避する。
だが、針の数が多すぎる。全部は防ぎきれない。一本の針がジャーナリストの女性の方へとそれた。
その瞬間、空から声が降ってきた。
「ビリー!」
戦兎だ。いや、もう戦兎じゃない。
「変身!」
コンテナの上から飛び降りながら、彼はビルドドライバーのレバーを回した。赤と青の光が交錯し、蒸気とともに現れる左右非対称の装甲。跳ねるような赤い複眼と、無骨な青い戦車の肩。
「さぁ、実験を始めようか!」
仮面ライダービルドが、ジャーナリストの女性とニードルスマッシュの間に着地した。その衝撃で地面の粉塵が舞い上がる。
「ジャーナリストの女性さん、下がって!」
ビルドの声は戦兎のものだ。でも、仮面の奥にはもう少し冷徹な響きがある。戦闘中の戦兎は科学者であり、戦士なのだ。
ジャーナリストの女性が弾かれたように走り出す。彼女が安全圏へ逃げたのを確認し、俺はニヤリと笑った。口元のサーボが動く。きっと人間には不気味に見えるんだろうな。でも、それでいい。
「いいぜ、戦兎!二手に分かれるぞ!俺が動きを封じる、お前がトドメを刺せ!」
「了解だ、ビリー!」
俺は二丁のプロトトランスチームガンを構え、ニードルスマッシュの側面へと回り込む。奴の注意を引くために、わざと派手に蒸気を噴き出してやった。
「おらおら!こっちだ、針ネズミ野郎!」
挑発に乗ったニードルスマッシュが、俺に向かって無数の針を放つ。俺は脚部ホイールで急旋回し、針の雨をかわしながら射撃を返す。蒸気弾が針の先端を正確に弾き飛ばし、奴の攻撃を無力化していく。
「一発、二発、三発!お前の針は全部見えてるぜ!」
その間にも、ビルドが動く。ラビットの脚力で跳躍し、コンテナの壁を蹴って高く舞い上がる。ニードルスマッシュが上を向いた瞬間、俺は奴の膝を撃ち抜いた。
「もらった!」
ビルドが急降下する。青いタンクの肩が回転し、渾身のパンチがニードルスマッシュの背中に突き刺さった。怪人の身体がくの字に曲がり、コンテナの壁へと叩きつけられる。
「ビリー、今だ!一緒に決めるぞ!」
「了解!」
俺はビルドの隣に並んだ。二丁のガンを構え、胸部のネビュラガスポートが熱を帯びる。俺たちの息が合う。いや、息なんて俺にはない。でも、タイミングならわかる。
「「はあああっ!」」
俺の蒸気弾とビルドの拳が、同時にニードルスマッシュを捉えた。怪人の身体からネビュラガスが噴き出し、ゆっくりと人の形に戻っていく。
戦闘が終わった。静寂が戻った港で、ビルドが空のフルボトルを取り出す。手際よくスマッシュの成分を回収し、被害者を救出する。いつもの手順だ。
「ほら、さっさとバイクになって、さっさと帰るぞ」
「おぅ、了解!」
俺たちは夜の港を後にした。背後で、ようやくサイレンの音が近づいてくる。
なあ、博士。俺は今、新しい仲間と戦ってるぜ。お前が残してくれた力で、お前が教えてくれた信念で。道具は使い方次第でヒーローになれるって、俺は証明し続けるからな。