スマッシュの出現地点は東都の外れ廃工場地帯だった。
俺たちが現場に着いた時すでに辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
鉄骨がねじ曲がり、コンテナが粉々に砕けている。逃げ惑う作業員たち。追いかける巨大な影。
「うわあああっ!」
悲鳴が上がる。
「逃げろ! こっちだ!」
龍我が真っ先に飛び出した。変装用の帽子を投げ捨て、腕を振り回して作業員たちを安全な方向へ誘導する。その背中にデコピン一つ分の迷いもない。
「万丈、頼む!」
戦兎が叫ぶ。
「言われなくても!」
龍我は作業員を一人抱え上げ、別の一人の手を引き走り抜ける。
俺はその間に敵を見た。
灰色の硬い装甲。全身を岩のような質感で覆われている。特に両腕が異様に太い。拳は握り込まれた岩そのものだ。ゴツゴツとしていて人型だが人間の面影はない。殴打に特化した造形だ。
(ストロング系のスマッシュ…パンチ力特化型か)
俺は光学センサーで敵の挙動を追う。重い拳を振り回し地面を砕きコンテナを粉砕する。その一撃一撃がとんでもない破壊力だ。
(まともに食らったら俺のフレームでも持たないな)
だがそれより先にやることがある。
俺は京香さんの生体情報を呼び出した。脈拍、体温、体格係数。
「照合開始」
敵の生体反応をスキャンする。
脈拍パターン。体温分布。
(数値が…乱れてる)
スマッシュ化の影響だ。人間の生体データが怪人化によって上書きされている。京香さんの基準データと照合しても一致率が安定しない。
(六十二パーセント。六十八。五十九。バラバラだ。断定できない)
「ちっ」
俺は舌打ちした。
(このままじゃ攻撃できない。京香さんかもしれない相手に全力は出せない)
その時だ。
「戦兎!」
龍我の声が飛んだ。
振り返るとスマッシュの拳が戦兎に向かって振り下ろされていた。戦兎はまだ変身していない。ドライバーに手をかけた瞬間だった。
(間に合わない)
俺の右脚が勝手に動いた。
右手側のプロトトランスチームガンを取り出す。サイドポケットからロケットフルボトルを抜く。
装填。
カチッ。
『ロケット!』
ガンが変形する。
バキバキバキッ!
銃身が展開し俺の右腕と接続する。腕全体を覆う巨大なロケットへ変形した。青い装甲。ノズルから青白い炎が噴き出す。
「うおおおッ!」
俺は噴射した。
ドゴォォッ!
急加速。視界が線になる。地面を蹴る必要すらない。推進力が俺の体を弾丸のように前へ運ぶ。
ガギンッ!
俺の右腕のロケットが、スマッシュの拳に横からぶつかった。拳の軌道が逸れる。戦兎の頭上すれすれを拳が通り過ぎ、背後でコンテナを粉砕する。
「ビリー!」
戦兎が叫ぶ。
「相棒、遅かったか」
「いいや、最高のタイミングだ」
戦兎が立ち上がる。俺はその前に出た。右腕のロケットが唸っている。
(さて。問題はここからだ)
スマッシュが体勢を立て直し俺に向き直った。
拳を振り上げる。
俺はロケットの推進力を乗せた一撃を狙った。右腕を突き出す。噴射全開。
(決める——)
その瞬間だった。
スマッシュが、拳を振り上げる前に一瞬だけ手を止めた。
首を傾げるように。
まるで何かを思い出そうとするみたいに。
(今の仕草)
俺の記憶領域が弾けた。京香さんの家。こたつ。湯呑みを両手で包みながら首を傾げた仕草。
(京香さんだ)
確信じゃない。でも否定できない。
俺は噴射方向を変えた。
ドシュゥッ!
右腕の一撃がスマッシュの拳の横を外れる。空を切る。だが勢いを殺しきれず俺の体が前へ流れた。
「しまっ——」
スマッシュの拳が、俺の胴を捉えた。
ズドガァッ!!
「ぐあッ!」
俺の体が弾き飛ばされる。背中の装甲に衝撃が走り、壁に叩きつけられる。瓦礫が崩れ、砂埃が舞う。
(いっててて…装甲耐久度、六十五パーセント。まだ動ける)
「ビリー!」
戦兎が俺の前に立った。
「お前が迷うなら、俺が助ける」
戦兎の声は静かだった。だがその目は燃えている。消防車フルボトルとハリネズミフルボトルをドライバーに装填する。
『ハリネズミ!』
『消防車!』
『ベストマッチ!』
『Are you ready?』
「レスキュー剣山! ファイヤーヘッジホッグ!」
赤と淡い色の装甲が展開する。右肩には鋭い針。左腕には消防車の放水銃。左右非対称の姿。レスキューの名を冠したフォームだ。
「行くぞ、ビリー。お前は援護だ」
「了解」
俺は立ち上がった。右腕のロケットが唸る。
(京香さんなら攻撃はできない。でも戦兎が助けてくれるなら——)
(俺は道を作る)
戦兎が左腕の放水銃を構えた。
ドシュゥゥッ!
高圧水流がスマッシュの足元を襲う。水圧が足場を崩しスマッシュの体勢が揺らぐ。
「今だビリー!」
俺は噴射した。
ドゴォォッ!
スマッシュの横へ回り込む。逃げ道を塞ぐ位置へ。ロケットの推進力で一気に移動しスマッシュの退路を封じる。
「戦兎、いつでもいい!」
「ああ!」
戦兎が左腕のはしご状装備を伸ばした。伸縮ラダーがスマッシュの腕に絡みつく。動きを制御する。
「動くなよ」
戦兎がドライバーのレバーを回した。
『ボルテックフィニッシュ!』
右拳の針が伸びる。巨大な球状のナックルから無数の針が飛び出す。
戦兎が跳んだ。
スマッシュの懐へ飛び込み右拳を叩き込む。
ズガァァン!!
針がスマッシュの装甲を砕く。灰色の装甲に亀裂が走り剥離していく。
「今だ!」
戦兎が成分をスマッシュボトルへ回収する。
緑色のエネルギーが吸い込まれていく。灰色の装甲が崩れ落ちていく。中から——
京香さんが現れた。
「京香さん!」
俺は駆け寄った。変身を解除した京香さんが倒れ込むところを右腕で受け止める。ロケット武装のままじゃ危ないので、素早く解除する。
カシャン!
ロケットが外れプロトトランスチームガンに戻る。俺は両腕で京香さんを支えた。
「京香さん、聞こえますか!」
俺は首元にセンサーを当てる。
(脈拍あり。呼吸あり。意識は…ないが生きてる)
「よかった…」
俺は呟いた。動力炉がほっと熱を吐く。
「京香さん、ごめんなさい…守れなくて…」
謝ろうとして言葉に詰まった。
(何を謝ればいいんだ。車体の下に隠れたことか。照合を確定できなかったことか。それとも)
その時京香さんの指が、微かに動いた。
俺の腕に触れるか触れないかの、かすかな反応。
「…ビリー?」
掠れた声。まだ意識は戻っていない。でも確かに俺の名前を呼んだ。
「はい。ビリーです」
俺は答えた。
戦兎と龍我が駆け寄ってくる。
「京香さん!」
「無事か!」
三人で京香さんを囲む。
だが俺にはわかっていた。京香さんを救出できただけじゃ終わらない。
(誘枴中に何があったのか。京香さんの記憶は無事なのか。ファウストは何をしたのか)
京香さんの意識が完全に戻るまでわからないことが多すぎる。
俺は京香さんを支えながら、静かに呼吸を整えた。
赤いスカーフが、廃工場の風に揺れている。
(今度こそ守り切った。でも本当の戦いはこれからだ)