守護者はヒーローになれるか?   作:ボルメテウスさん

41 / 41
エヴォル

「──ってわけで、二人とも座れ。話はそれからだ」

 

俺の声が地下基地に響いた後、沈黙が降りた。

 

龍我が舌打ちと一緒にソファへ沈み込む。戦兎が握りしめていた拳をゆっくり開いて、息を吐いた。長い息だった。人間の肺ってのは便利だな。俺だったら動力炉の圧を抜くだけなのに、戦兎はあの息一つで肩の力を抜いているように見えた。

 

「…悪かった。声を張り上げた」

戦兎がぼそりと言った。謝るとき、こいつは髪をかき上げない。跳ねた髪がそのまま垂れている。

「俺もだ。…葛城のリストを見て、頭に血が上った」

龍我がソファの背に頭を預ける。

 

(よし。収束した。俺の調停成功率、今ので七割を超えたぞ。交渉担当としての俺、悪くない出来栄えだ)

 

誰も言葉を探せない時間が続いた。

 

京香さんは階段の手前の椅子に座ったまま、暗いモニターを見つめている。息子の声を聞いた母親は、きっとまだあの声の中にいる。俺が声をかけるのは野暮というやつだ。

 

その沈黙を破ったのは、戦兎だった。

 

「…待て」

 

戦兎が急に画面へ向き直った。髪がピンと跳ねる。

 

「PROJECT BUILDのファイル、これで全部じゃない」

 

「は?」

龍我が身を起こす。

 

「昨夜の映像は『研究記録その二』だった。だがフォルダの中身はまだある。再生していない記録が──これだ」

 

戦兎がファイルリストを拡大する。

 

画面に浮かんだ見出しに、俺の光学センサーが勝手にフォーカスした。

 

『PROTOTYPE BUILD』

 

プロトタイプ。ビルドの、前。

 

「…プロトビルド?」

 

戦兎がクリックする。

 

砂嵐。そして博士が現れた。

 

だが、様子が違った。

 

昨日の博士は早口だった。図を切り替える手つきが慌ただしくて、声が弾んでいた。俺を紹介した時の博士は、あれは研究中の博士の素顔だった。

 

今、画面の中の博士は──静かだった。

 

白衣は同じ。ホワイトボードは同じ。だが手にマーカーがない。代わりに、一本のボトルを持っていた。

 

黒いボトルだった。

 

フルボトルだ。だが俺が知る六十本のどれとも違う。黒いボディに、恐竜を思わせる意匠。トゲと牙。光を通さない、深い黒。

 

『──PROTOTYPE BUILD。研究記録、その零』

 

博士の声が低い。

 

『これはビルドシステムに先立つ、最初期のライダーシステムの記録だ。フルボトルの概念自体は、このシステムで初めて実証された。コアとなるのは──』

 

博士が黒いボトルを持ち上げる。

 

『──恐竜フルボトル』

 

(……知ってる)

 

俺の記憶領域の奥で、古いファイルが開いた。

 

夜中の研究室。動力調整を終えた俺がドアを開けると、博士が一人で机に向かっていた。手の中に黒いボトル。振り返った博士は、俺を見て少しだけ驚いた顔をして、それからボトルを引き出しにしまった。

 

『まだ早い』

 

それだけ言って、博士は俺の調整データの話に戻った。俺は聞かなかったことにした。親友にも、言いたくないことがあるのだと、その時は思った。

 

(完成してたのか。あれ)

 

映像が続く。

 

博士の手元に設計図が広げられた。

 

ライダーの設計図。だがビルドじゃない。ビルドのような左右非対称ではない。滑らかで、どこか歪で、見ている俺の回路が嫌な警告を出したくなるようなフォルム。複眼の意匠すら、生物的だ。

 

『このシステムは単体で駆動を完了した。変身にはドライバーではなく、専用のトリガー機関を──』

 

画面の中の博士が、設計図から顔を上げた。

 

まっすぐ、カメラを見る。

 

『──完成体の名称は、仮面ライダーエヴォル』

 

カチッ。

 

戦兎が映像を止めた。

 

静止画。設計図と博士の顔。

 

「…エヴォル」

 

戦兎の声が絞り出したみたいだった。キーボードに手を伸ばし、設計図を拡大する。拡大する。ピクセルが崩れるまで拡大する。

 

「仮面ライダーだ。名前がある。ビルドと同じ形式の──いや、ビルドより古い」

 

「おい、何をそんなに睨んでる」

龍我が画面に顔を寄せる。

 

「これを見ろ。変身機構の中心回路。ビルドドライバーと同じ系譜だが、色々と出力が違う」

 

「どういう意味だよ」

 

「バランスを取る必要がないんだ。抑えるものが、最初からない」

 

戦兎の指が、止まった。

 

「再生する」

 

俺は小さく言った。声が出たのは、たぶん俺の方が先に知りたかったからだ。

 

*  *  *

 

再生。

 

博士が再び動き出す。

 

『──ここからが本題だ』

 

博士の声が、一段低くなった。

 

『このシステムは現在、誰にも取り出せない場所へ封印した』

 

京香さんの息を呑む音が聞こえた。

 

『封印の場所は、この記録には残さない。解除手順も残さない。意図的に残していない』

 

博士が首を振る。

 

『そして、これは頼みではなく警告だ。仮にこのシステムが再び動いた場合──』

 

一瞬、言葉が途切れた。

 

『──絶対に、動かしてはならない』

 

そして映像が切れた。

 

ノイズ。砂嵐。

 

そして黒い画面。

 

「……おい」

 

龍我が立ち上がった。

 

「途中だろこれ! 何だよ『動かしてはならない』って言い捨てて終わりって! 肝心なところで切れてんじゃねえか!」

 

「ファイルはここまでだ」

戦兎がUSBを抜き差しする。何度も。

「破損じゃない。記録そのものがここまでだ。……途中で切れてる。編集されたのか、録音自体が中断したのか」

 

「はあ!? そんな危ねぇもん作ったなら壊せよ! なんで場所まで隠すんだよ!」

 

龍我の声が部屋に跳ね返る。もっともな怒りだ。俺も同じことを聞きたかった。

 

博士は答えない。もう答えられない。

 

「巧……」

 

京香さんが、小さく呟いた。

 

「あなた、まだ何か隠してたの……」

 

その声には責める色より、悲しい色の方が濃かった。息子をもう一度失うみたいな声だ。俺の聴覚センサーが、その声を勝手に保存してしまった。

 

*  *  *

 

「──探すべきだ」

 

戦兎が口を開いた。

 

「封印場所を探す。博士は残さなかったけど、博士の行動記録の中にヒントがあるかもしれない。旧研究所の利用履歴、研究機材の発注先、北都との手紙のやり取り──」

 

「待て待て待て」

 

 

「中身もわからねえのに掘り出して、それで何か起きたら誰が責任取る? 葛城は隠したんだよ。隠したものは隠したままにしておけ」

 

「だがファウストはどうだ」

戦兎が立ち上がる。

「スタークは博士の研究を知り尽くしてた。この記録の存在に気づいていない保証があるか? 俺たちより先にあいつらが封印を見つけたら──『絶対に動かしてはならないもの』が、あいつらの手で動くんだ」

 

「だからって──」

 

「万丈、お前の言うことも正しい。だが『知らない』は『安全』じゃない」

 

二人の視線が、交錯する。

 

昨日と逆だ。昨日は龍我が追い、戦兎が冷静だった。今日は戦兎が追い、龍我が留めている。

 

「……ビリー」

 

龍我が俺を見た。

 

「お前はどうなんだ。お前は葛城の相棒なんだろう? 博士が隠したものをほじるのは、相棒としてどうなんだよ」

 

来た。

 

まっすぐきた。

 

俺は自分の手を見た。鈍鉄色の指先。博士に作られた手。

 

(博士は俺には言わなかった)

 

俺の動力炉にはリミッターがある。自爆の危険があるからだと、博士は自分で教えてくれた。自分の体の危険すら俺に隠さなかった人が、エヴォルの行方だけは隠した。

 

(なぜだ。俺が漏らすのが怖かったのか? 俺に近づいてほしくなかったのか? それとも──)

 

「……俺は、博士の言いつけを守りたい」

 

俺は言った。

 

「博士は『動かすな』と言った。それは守るべきだと思う」

 

龍我が少し頷く。

 

*  *  *

 

議論は朝まで続いた。

 

決着はつかなかった。戦兎は解析を続けると言い張り、龍我は「勝手にしろ。けど勝手に掘れ」と突き放し、京香さんは最後まで何も言わずに画面を見つめていた。

 

みんなが寝静まった後、俺は一人でモニターの前に立っていた。

 

電源の切れた黒い画面に、俺の顔が映っている。赤い識別灯だけが点滅している。

 

(エヴォル)

 

文字が一つ違う。

 

それだけのことに、俺の冷却系が不要な速度で動力炉の熱を逃がしていた。

 

博士、あんたは最後まで隠し事を持っていく奴だ。

 

赤いスカーフの千切れた端が、空調の風にヒラリと揺れた。

 

朝になったら、また動く。

 

答えが出るまで、俺は観測を続けるしかない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生したらゼロだったのでCODEをちゃんと導きます(作者:遺物)(原作:仮面ライダー)

転生したらCODE創設時代のゼロだった俺は、彼の為にCODEを世界平和のために導くことを決意する▼殺人鬼ジーク・まとも枠ツー・裏切り屋スリー・話を聞かないフォー▼皆を正義に導いてCODEを存続させることが出来るのか▼莫と幸せな人生を送ることが出来るのか▼これは▼一人の少年が望んだ▼ありえたかも知れないCODEの物語


総合評価:106/評価:-.--/連載:6話/更新日時:2026年08月18日(火) 19:10 小説情報

夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~(作者:妄想めっちゃ代理人)(原作:仮面ライダー)

一人のライダー好きがダンジョンのある日本に落ちてしまう話▼ライダーがファンタジーで活躍するのが読みたかったので作って貰いました▼作:俺の妄想を形にしてくれたAI様▼校正と編集:自分▼です。AIとインターネットの集合知へ感謝を捧げます▼07/13追記:ちょっとだけタイトル変えました


総合評価:1333/評価:8.92/連載:25話/更新日時:2026年08月07日(金) 00:45 小説情報

ディケイドライバーを携えて(作者:桐生 乱桐(アジフライ))(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

運命通り死んだらちょっとその早すぎる死を憐れんでくれた神に転生させられる話(ネオディケイドライバーをひとつまみ)▼不定期更新シリーズ▼っていうか陰実のやつが思いのほか好評(?)ゆえになんか箸休めみたいなやつ▼向こうが落ち着いたり気分で書いたりすると思います(適当


総合評価:367/評価:7.78/連載:6話/更新日時:2026年09月28日(月) 14:30 小説情報

ヒロアカ世界の烈火に八竜率いた柳が個性として宿った話(作者:琴銀河)(原作:僕のヒーローアカデミア)

炎を操る少年・花菱烈火の個性には、▼八体の炎龍――“八竜”が宿っている。▼その中で、烈火の前に姿を現すのは、▼小さな炎龍の少女・柳。▼忍者に憧れ、静かに鍛錬を積んできた烈火は、▼柳と共にヒーローを目指し、雄英高校の門を叩く。▼炎龍と少年。▼八竜の力と、烈火の戦い方。▼これは、▼“炎龍を従える忍者少年”が歩む、もう一つの雄英譚。


総合評価:385/評価:7/連載:13話/更新日時:2026年07月16日(木) 22:30 小説情報

転生先はストマック家でした(作者:白豆男爵)(原作:仮面ライダー)

主人公が転生したのは仮面ライダーガヴの世界。▼しかも転生先はストマック家の本来存在しない三男,ディル・ストマックであった。▼彼の存在はガヴの世界にどう影響を及ぼすのか...▼注)仮面ライダーガヴの本編視聴推奨です。▼追記(6/5):特別編追加に伴い、レジェンドとディケイドのタグを追加しました。


総合評価:606/評価:8.53/連載:13話/更新日時:2026年07月26日(日) 18:56 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>