「させるかよ!」
俺は瞬時に懐からプロトトランスチームガンを取り出し、バイクフルボトルを装填する。
カチッ。
『バイク!』
ガンの機関部が唸り、銃身が微振動を始める。バイクフルボトルの成分が展開し、弾丸に加速特性が付与される。直線的な貫通力は上がらないが、連射速度と命中精度が跳ね上がる仕様だ。戦兎が改造してくれた俺の専用装備。
「蒸着!」
プシュウウッ!
蒸気がボディを包み込み、スチームバディが展開する。白銀のフレームが赤い識別灯と共に研ぎ澄まされ、赤いスカーフがヒラリと舞う。
俺はそのまま、人を襲うガーディアンを撃ち抜きながら走る。
パンパンパンパンッ!
光弾がガーディアンの肩アーマーを掠め、続けて膝関節へ直撃する。一機が膝をつき体勢を崩す。
「なっお前は!なんだ?」
倒れかけたガーディアンが俺を見上げた。黄色い発光部が点滅して俺を認識している。東都の量産機だ。緑のセーフティパネル。俺と同じ難波重工製の兄弟機。
「今は良いから!逃げろ!」
俺は警備員に叫ぶ。中年の男が呆然と立ち尽くしている。背中に防弾ベスト、腰に警棒。だが今の彼はただの被害者だ。
(動けよおじさん! 俺が撃ってる間に逃げないと!)
警備員が弾かれたように走り出す。よし。次。
俺は正面のガーディアンを見た。
ここで警備していた奴だから、多少見覚えがある。昨日の出勤時、正面ゲートで立ちんぼうをしてた機体だ。東都の標準仕様。緑パネル。セーフガードライフルを構えて、さっきまで警備員を撃っていた機体。
故に俺は引き金を強く握る。
「…お前等をこれ以上、人殺しの道具にはさせねぇよ」
パンパンッ!
二発。右腕の関節と左脚のアクチュエータを正確に撃ち抜く。ガーディアンがバランスを崩し、セーフガードライフルが手から滑り落ちる。カランと乾いた音が廊下に響く。
(無茶するなよ俺。知ってる機体を撃つってのは、やっぱり嫌なもんだ)
だがやるしかない。こいつらはファウストの信号を受信してパネルを外し、命令を書き換えられた機体だ。俺と同じガーディアン。でも今は人を襲っている。なら止める。それが俺の選んだ使い方だ。
* * *
廊下の角を曲がった時、俺の処理回路がある異常に気づいた。
倒したガーディアンは三機。だが警報は止まない。ビーッ、ビービーッ! という電子音が壁の中から響き続けている。
(三機倒しても警報が鳴り止まない。ってことは、まだ他にいる。いや──)
俺の思考が一瞬凍った。
(ガーディアンへの対処そのものが、侵入者の時間稼ぎになってるんじゃないか?)
俺が廊下でガーディアンを止めている間に、本体は別の場所で目的を遂行している。古典的だが、有効な戦術だ。俺は前線で雑魚を相手にしている。その間に本命は──。
その時、通信回路に戦兎の声が飛び込んできた。
『ビリー! 聞こえるか!』
「戦兎! こっちはガーディアンが暴れてる! 警備員を守ってるが──」
『スマッシュに引き離された! 翼のある個体だ、速い! 研究所の上空へ誘導されてる! すぐには戻れない!』
戦兎の声が苛立っている。空中戦でスマッシュを追っているが、意図的に研究所から遠ざけられているのだ。俺は戦兎の穴を埋めるしかない。
「わかった! 俺が中を守る! パンドラボックスの保管区画へ向かう!」
『頼むビリー! あそこが狙いなら──』
通信がノイズで途切れた。上空の電波干渉か。スマッシュの能力かもしれない。
(頼むって言われなくても行くさ。守護者だからな)
俺は走った。廊下を全速力で。壁面走行機能を使ってカーブをショートカットし、階段を一足飛びに駆け上がる。地下から地上へ。保管区画は研究所の最奥、セキュリティレベルが最も高いエリアだ。
* * *
保管区画の扉の前に着いた時、俺のセンサーが警告を鳴らした。
扉が開いている。
ロックされたはずの電子錠が解除されている。いや、解除じゃない。内側から開けられた。
(内側ってことは、最初から中にいたのか。それとも──)
俺はゆっくりと扉に手をかけ、隙間から中を覗いた。
暗い部屋。保管区画の照明が非常電源に切り替わって赤い光だけが点滅している。中央に台座がある。そこに置かれるはずのものは──ない。
だが代わりに人がいた。
ワインレッドと黒の装甲。半透明のコブラヘッドゴーグル。肩に担いだスチームブレード。
ブラッドスターク。
「よう。試作機くん。お疲れさま」
スタークが振り返りもせずに声をかけてきた。まるで俺が来ることなど最初から知っていたみたいに。
「スターク…! お前か! ガーディアンを暴走させたのは!」
「さあね。ガーディアンは勝手に暴走したんじゃないかな。信号を受信しただけさ」
スタークがようやく振り返る。コブラヘッドゴーグルの奥で目が笑っている。
「どうやって侵入した。保管区画のセキュリティは──」
「難波重工の旧研究所と同じだよ。葛城巧が設計したセキュリティシステムなんて、作った本人の俺には──いや、作った本人の技術を知ってる俺には、鍵の数だけ通り道がある」
(作った本人の技術を知ってる。やっぱりこの奴は博士の研究に深く関わってる。だが今はそれを問い詰めてる暇がない)
俺の視線がスタークの背後へ移った。
保管区画の搬入口が開いている。そこに台座から降ろされたパンドラボックスが置かれていた。金色の装飾。六角形の本体。スカイウォールの惨劇を引き起こした箱だ。
(箱が! まだここに──いや、搬出されようとしてる!)
搬入口の向こうに人影が見える。ファウストの白衣を着た男たちが箱を運び出そうとしている。スタークはその盾だ。
「どこへ運ぶつもりだ!」
「どこへって。俺のところさ」
スタークが肩をすくめる。
「ビリー、お前は賢い道具だ。素直に引き下がれば、傷つかずに済むよ。これはお前の管轄外だ」
「管轄外だと? パンドラボックスが奪われたら東都の平和が──」
「東都の平和? ふふ、相変わらず綺麗事が好きだね」
スタークの声が冷たくなった。
「なぁビリー。その箱は元々火星から来たものだ。誰のものでもない。それを東都が管理してるって、どうして思えるんだ?」
「答えになってない!」
俺は左手のガンを撃った。パンパンッ! 二発。スタークとパンドラボックスの間の床を狙う。牽制だ。
スタークは動かない。弾が床に当たって跳ねる音だけが響く。
「牽制か、優秀だね。本気で俺を撃てない理由は何だ?」
「…お前の背後に研究員がいるからだ」
俺のセンサーが捉えていた。搬入口の陰に隠れている人影。白衣を着た研究員だ。二人。蹲えて震えている。スタークは知ってか知らずか、彼らの射線上に立っている。
「おや。人間もまだいたのか」
スタークが振り返り、搬入口の影をちらりと見た。
「邪魔だな」
スタークがスチームブレードを振る。蒸気が噴き出し、搬入口の方へ流れる。
「させるか!」
俺は右手のガンのボトルを入れ替えた。バイクフルボトルを外し、ポケットからロケットフルボトルを取り出す。
カチッ。カチッ。入れ替え完了。
『ロケット!』
右腕が変形する。バキバキバキッ! 銃身が展開し、青いロケットが右腕を覆う。ノズルが手首に展開し、青白い炎が漏れ始める。
「ロケットか、懐かしいね。葛城巧の設計図通りに動いてるようだ」
スタークが呟く。だが俺は聞かなかった。
ドゴォッ!
噴射。加速。俺の体が弾丸のように横へ滑る。スタークの正面から外れ、搬入口とスタークの間へ割り込む。
(研究員の前に立つ。スタークと箱の間に入る。二つの盾を同時に作る)
「邪魔だと言ったろう」
スタークがスチームブレードを振る。俺は右腕のロケット噴射で横へ回避する。刃が空を切る。
(速い。やっぱりこいつの反応速度は異常だ。それに──)
俺の動力炉に警告が点灯した。リミッターがチカチカと明滅している。ロケットの連続使用が動力炉に負担をかけている。スタークはそれを知っているみたいに攻めてくる。
(こいつ、俺の動力炉の限界を知ってるのか? まるで俺の弱点がわかってるみたいな動きだ)
「ビリー。お前の動力炉、そろそろ安全域が限界じゃないか?」
スタークが楽しそうに言う。
「リミッターを外せばもう少し保つだろうけど。そうしたら自爆の危険が──」
「うるさい!」
俺は左手のガンを連射した。パンパンパンッ! スタークの進路を塞ぐ。だがスタークは弾をスチームブレードで弾きながら、もう一方の手を伸ばした。
伸ばした先は、搬入口の研究員の方だ。
「しまっ──」
俺は体を割り込ませた。スタークの手と研究員の間へ。右腕のロケットを盾にする。
ドガッ!
スタークの掌底がロケット装甲に当たる。衝撃が右腕全体に走る。だが、研究員には届いていない。
「…助かった…」
研究員の声が背後から聞こえる。震えている。
「逃げろ! 廊下へ出て右へ! 警備員がいる!」
俺は叫びながらスタークの次撃を弾く。スチームブレードが右腕の装甲を掠め、火花が散る。
(まずい。研究員を守りながらスタークを止めるのは無理だ。戦兎がいない今、俺一人で両立できない)
スタークが蒸気を噴いた。白い蒸気が視界を覆う。熱源探知が遮断される。
「ビリー、一つ教えてあげよう」
蒸気の向こうからスタークの声が響く。
「道具は使い方次第で善にも悪にもなる。そうだね? だったらお前は今、善い使い方をしてる。でも──」
蒸気が晴れかけて、スタークのシルエットが滲む。
「お前が善い使い方をしてる間に、俺は箱を使う。それも一つの使い方だろ?」
蒸気が完全に晴れた時、搬入口の向こうで白衣の男たちがパンドラボックスを運び出していくのが見えた。スタークの射線上からは外れている。俺が研究員を守るために位置を変えたせいで、箱への進路が開いてしまった。
(くそっ! 研究員を守ったせいで──いや、研究員を犠牲にして箱を止める選択なんてできない。それは俺が選んだ使い方じゃない)
「残念だったね」
スタークが踵を返す。
「じゃあな、ビリー。次会う時まで」
スタークが搬入口から姿を消した。
* * *
俺は残っていた研究員二人を廊下へ誘導した。一人は足を挫いている。もう一人は腰が抜けて立てない。俺が肩を貸して、ガーディアンのいなくなった廊下へ運んだ。
「ありがとうございました…あなたは…」
「ロボットです。今はそれだけ」
俺は短く答えて研究員を安全な場所へ置いた。
次に、倒れた警備用ガーディアンの横を通った。三機。俺が撃った機体だ。関節を破壊され、動けなくなっている。黄色い発光部が弱く点滅している。機能停止ではない。修理すれば直る。
(お前らは命令に従ってただけだ。人を襲いたかったわけじゃない。俺も同じガーディアンだ。命令じゃなくて自分の意思で動くことを選んだ。それだけの違いだ)
俺は三機のガーディアンを見下ろした。
(俺は道具だ。でも使い方を自分で選んだ。お前らが人を襲う道具にされたのも、誰かの選択だ。だったら俺がお前らを止めるのも、俺の選択だ)
「…すまねえ。後で直してやるよ」
俺は小さく呟いて、ガーディアンの横を通り過ぎた。
それから左手のガンを構え直し、残りのガーディアンの追撃を断つために煙幕を張った。プシュウッ! 白い蒸気が廊下を覆い、ガーディアンの視線を遮る。
煙幕の向こうへ走る。スタークが消えた搬入口の先。地下通路だ。
(追う。間に合わなくても追う。守れなかった箱を取り戻す。それが今の俺の仕事だ)
俺は通信回路を開いた。
「戦兎! パンドラボックスが搬出された! スタークが箱を持って逃げた!」
『何だって!?』
戦兎の声が上空から響く。
「侵入経路は地下搬入口から西側地下通路! スタークの進行方向は西! 研究所の西側出口から撤退する可能性が高い!」
『わかった! 万丈と合流して追う! ビリー、お前も──』
「行ってるに決まってんだろ!」
俺は走りながら人型からライドモードへ変形した。
カシャン! カシャン!
フレームが折り畳まれ、ホイールが展開する。赤いスカーフが風に舞う。
(研究員と警備員は守った。箱は奪われた。守れるものと守れないもの。今日はその線が見えた)
俺の動力炉が唸りを上げる。赤い識別灯が暗い地下通路で激しく明滅した。
(でも止まらない。守れなかったら取り戻す。それも守護者の仕事だ)
スタークの気配は西へ遠ざかっている。
俺は追う。