守護者はヒーローになれるか?   作:ボルメテウスさん

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箱を奪い返す理由

地下通路は暗い。

 

非常灯の緑が等間隔に点滅して、まるで深海を歩いているみたいな錯覚を起こさせる。壁は剥き出しのコンクリート。足元にはケーブルが這い回り天井には配管が走っている。

 

俺の赤い識別灯が、その緑に混じって赤く点滅しながら通路を照らす。

 

(前へ。スタークの気配は西。まだ追える)

 

動力炉が不規則な脈動を打っている。リミッターの警告灯がチカチカと点滅し始めていた。さっきのロケット武装の連続使用が響いている。安全域の出力は残り百分之六十三。まだ動ける。だが余裕はない。

 

(消耗してるな俺。博士、あんたがリミッターを付けたのは正解だったかもしれない。でも今は少しでいいから待ってくれ)

 

通路の先に明かりが見えた。

 

搬入口よりさらに奥、地下搬出用の貨物エレベーターがある空間だ。俺は壁面に張り付きながら最後の角を覗き込んだ。

 

いた。

 

白衣の男たちが三人。パンドラボックスを担いで貨物エレベーターへ運び込んでいる。金色の箱が、非常灯の緑に照らされて不気味に光る。その手前に一人。

 

スタークが腕を組んで箱を監視している。

 

(箱は無事だ。だがあいつらがエレベーターに乗せたら終わりだ。地上へ出られたら追跡は困難になる)

 

俺は左手のプロトトランスチームガンを構えた。右手はロケットのまま。でももう噴射には慎重にならないといけない。残り出力が足りない。

 

(箱を傷つけずに搬送隊を止める。右手のロケットはここぞという時のためにとっておく。左手の銃だけでやる)

 

俺は通路を飛び出した。

 

パンパンパンパンッ!

 

左手のガンが連射する。バイクフルボトルの命中精度が光弾に磨きをかける。弾はガーディアンではなく、搬送隊の足元と壁を撃ち抜く。火花が散り、瓦礫が舞う。

 

「うわっ!」

 

白衣の男が箱を落としかける。だが箱は地面にはつかなかった。もう一つの白衣の手が箱を受け止める。プロだ。慣れてる。

 

(ちっ。やっりりっぱ運びは手慣れたもんだな)

 

俺はさらに二発撃ち込んだ。白衣の足元を正確に。今度は足を狙ったのではなく、足元のコンクリートを砕いて足場を崩す。男がバランスを崩し、もう一人が支える。

 

「邪魔が入ったか」

 

スタークが動かない。ただ俺を見ている。コブラヘッドゴーグルの奥の目が、品定めするように細められる。

 

「ビリー。忠告したのにね。管轄外だって言ったのに」

 

「管轄外なわけないだろ! 東都の箱が東都から持ち出されるのを黙って見てどうする!」

 

 

 

俺は搬送隊とスタークの間へ滑り込んだ。左手のガンを白衣たちに向け、右手のロケットをスタークに向ける。

 

「箱は渡さない」

 

「渡さない、か。試作機くんにその権限あるのかい?」

 

「権限なんか関係ない。俺が渡さないって言ってるんだ」

 

スタークが肩をすくめる。だが動かない。

 

(何を待ってる? 搬送隊が遅すぎるから自分でやればいいのに。いや、俺より動力炉を気にかけてるのか? それとも別の何かを待ってるのか?)

 

俺の動力炉がまた不規則に脈打った。リミッターの警告灯が一段強く点滅する。

 

(くそ。残り出力がまだ下がってる。ロケットを連続使用した代償だ。もう一発分も残ってるか怪しい)

 

「ビリー、お前の動力炉、そろそろ安全域の限界じゃないか?」

 

スタークが楽しそうに言う。

 

(またそれか。なんでこいつは俺の動力炉のことをそんなに正確に知ってるんだ?)

 

俺は答えず、左手のガンを白衣たちの方へ少し動かした。射線を意識させる。搬送隊が一歩退く。

 

(一歩でも退けば時間が稼げる。戦兎が戻るまでの時間を稼ぐ。それが今の俺の仕事だ)

 

*  *  *

 

その時、背後から音が届いた。

 

ドガガガッ! という爆発音。それと共に、龍我の声が壁越しに響く。

 

「ちっ、放せよ!」

 

(龍我!?)

 

俺は音源をセンサーで追踪する。地上への搬出口付近。龍我が研究所に駆けつけたのは間違いない。だが——。

 

「グオオオッ!」

 

スマッシュの唸り声が聞こえる。龍我の叫び声と重なる。

 

(龍我がスマッシュと戦ってる? いや、今研究所にスマッシュが——さっき戦兎が追ってた翼のあるスマッシュは上空だったはずだ。別の個体か?)

 

「ビリー!」

 

龍我の声が地下通路の入り口から響いた。壁越しに届く声はくぐもっているが、内容は聞き取れる。

 

「研究所の研究員が——内通者だった! スマッシュにされた!」

 

(内通者がスマッシュ化したのか。最初からファウストの回し者だったのか、それとも捕まってガスを注入されたのか——どっちにしても龍我が道を塞がれた)

 

俺は一瞬、龍我の助けに向かおうとした。右脚のアクチュエータが勝手に一歩動く。だが——目の前にはスタークと搬送隊がいる。

 

(行けない。今離れたら箱が持ち去られる。でも龍我が——)

 

「おい、行け!」

 

 

 

龍我の声が届いた。俺の動揺を見透かしたみたいに。

 

「俺の方はやる! お前は箱を追え!」

 

 

 

その声には、いつもの怒りじゃない何かが混じっていた。仲間に任せる声だ。

 

(龍我…お前、俺を信頼してくれてるのか?)

 

俺は背中で龍我の戦闘音を聞きながら、前を向いた。

 

「おう! 頼む!」

 

俺は叫び返した。それだけだ。それだけで十分だった。

 

(行くぞ。龍我が道を開いてくれてる。俺は箱を止める。それが今の役割分担だ)

 

反発ばかりしていたあいつと、こういう風に息が合うとはな。まあ、認めるのは後だ。

 

*  *  *

 

「さて、ビリー。お前一人で俺を止められるかな」

 

スタークがスチームブレードを構える。

 

(止める。いや、止めなくていい。箱を奪い返せばいい。スタークを倒す必要はない)

 

俺は左手のガンをスタークの足元に撃ち込んだ。パンパンッ! スタークが一歩退く。だが笑っている。

 

「退くよ。箱は置いていく。どうぞ」

 

スタークが搬送隊に目を配る。白衣の男たちが箱を地面に下ろし始めた。

 

(? 下ろす? なんで)

 

その時だ。

 

背後から蒸気が噴き出した。

 

プシュウウッ!

 

黒い蒸気。毒々しい緑が混じった重い蒸気が、地下通路を逆流してくる。

 

「何だ!?」

 

俺は振り返った。蒸気の中から、黒と暗い灰色の装甲が現れる。

 

ナイトローグ。

 

「お前…!」

 

ナイトローグが立ち塞がる。搬入口の方へ。俺の退路を塞ぐ位置だ。

 

(挟み撃ち? いや、違う)

 

俺のセンサーが二人の位置関係を解析する。スタークは搬出エレベーター側。ナイトローグは搬入口側。俺はその中間。

 

だが——二人の立ち位置がおかしい。ナイトローグはスタークの方を向いている。俺じゃなくて。

 

「スターク。何をしている」

 

ナイトローグの声が低い。怒っている。

 

「何をって、箱の回収だよ。依頼通りに」

 

「依頼通り? 私は命令したはずだ。箱は動かさずに待てと」

 

「あら。聞こえなかったかな」

 

スタークが肩をすくめる。明らかに挑発している。

 

「箱は私が管理する。お前は手を引け」

 

「いやだね」

 

二人の間に、緊張が走った。

 

(何だこれ。仲間割れ? スタークとローグは同じファウスト側だろ? なんで箱を奪い合ってるんだ?)

 

俺は隙を伺った。二人が対立している今が好機だ。消耗した動力炉でも、二人が隙を見せれば——。

 

スタークが動いた。スチームブレードを展開し、ナイトローグの進路を塞ぐように箱の方へ回り込む。

 

「ビリー、今のうちに逃げてもいいんだぞ」

 

スタークが俺に向かって言う。余裕だ。

 

「嫌だね。俺は箱を持っていく」

 

俺は左手のガンを箱の方へ向けた。搬送隊が箱を下ろして、二歩退いている。今なら箱に近いのは俺だ。

 

(今だ。箱を回収して龍我のところへ戻る。それが最善——)

 

動力炉が警告を鳴らす。リミッターが赤く明滅する。残り出力百分之五十八。ロケットの加速を使えば箱に届く。だがその後が持つかどうか——。

 

(やるしかない)

 

俺は右脚のアクチュエータを最大まで吹かした。ロケットじゃない。脚力だけで床を蹴る。壁面走行の機能を使って側壁を蹴り、加速する。

 

ドガッ!

 

俺の体が箱に向かって滑り込む。手が届く。あと一米——。

 

ナイトローグの手が俺の腕を掴んだ。

 

「辞めろ」

 

ローグの声が冷たい。

 

「お前のその動力炉、もう限界だ。分かっているんだろう」

 

(こいつも俺の動力炉を知ってるのか? スタークだけじゃなくてローグも?)

 

俺は腕を振り払おうとした。だがローグの握力は異常だ。関節のサーボがキシリと悲鳴を上げる。

 

「離せ!」

 

「離さない。お前は壊れる。そうしたら葛城巧の遺産が消える」

 

(遺産? 博士の遺産って俺のことか? それとも別の何かか?)

 

その隙に、スタークが箱を拾い上げた。

 

「ありがとうナイトローグ。お手柄だ」

 

「待てスターク! 箱は——」

 

「お前のだ。はいこれ」

 

スタークが箱を抱え直す。だがナイトローグの手が伸びる。箱を奪い返そうとする。

 

(二人が箱を取り合ってる。この隙に俺が——いや、動力炉が持たない。二人を同時に抑える出力はない)

 

俺は床に膝をついていた。右脚の関節がキシキシと音を立てている。動力炉の熱がボディ全体に広がり、警告灯が激しく点滅する。

 

(立て。立てビリー。相棒が来るまで持たせろ)

 

*  *  *

 

その時だ。

 

地下通路の入り口から、風が吹いた。

 

物理的な風じゃない。蒸気が一瞬にして吹き飛ぶほどの気圧変化。翼が空気を叩く音が、壁面を伝って震えてくる。

 

「戦兎!」

 

俺は叫んだ。その声に反応して、二人の影が一瞬止まった。

 

「ビリー! 状況は!」

 

戦兎の声が地下通路に響く。変身している。ビルドだ。

 

「箱がスタークの手にある! 龍我は搬入口でスマッシュと戦闘中! スタークは西へ! ローグは搬入口側!」

 

俺は一息で伝えた。状況報告は守護者の基本機能だ。

 

「あと俺の動力炉がやばい。ローグに掴まれてて動けない。戦兎、お前が箱を——」

 

「わかった!」

 

ビルドが通路を駆け抜ける。ホークガトリンガーの翼を広げ、低空で滑空してくる。

 

スタークが箱を抱えたまま跳んだ。ワインレッドの装甲が蒸気を巻き上げながら天井近くへ舞う。

 

「おやおや、レアケースのお帰りか。お疲れ」

 

「スターク! 箱を置け!」

 

戦兎がガトリングを構える。だが撃てない。箱を抱えているスタークを撃てば箱に当たる。

 

(戦兎、撃つな。箱が——)

 

「撃てないね。箱があるから」

 

スタークが笑う。

 

「相棒が来てるな、ビリー。なら、一つ教えてやる」

 

スタークが箱を片手で持ち替える。

 

「葛城巧は死んでない」

 

俺の動力炉が、止まった。

 

(——は?)

 

「巧は死んでない。お前の相棒、そこにいるビルドが知らないだけでね」

 

スタークの声が、妙に楽しそうに響いた。

 

戦兎が止まった。ガトリングを構えたまま、スタークを凝視している。その複眼の奥の目が、見開かれているのが俺にでもわかる。

 

「葛城巧が…生きている…?」

 

戦兎の声が震えている。いつもの軽口が消えた声だ。

 

「おい戦兎、今は——」

 

俺は声を上げようとした。だが戦兎の様子がおかしい。

 

戦兎はさっきまでの冷静な判断が消えている。スタークの言葉に、何か根っこから揺さぶられている。

 

(戦兎! 箱だ! 今は箱を——)

 

ナイトローグが俺の腕を離した。俺はよろめきながら立ち上がる。ローグはスタークの方へ向き直っている。

 

「スターク。お前、何を——」

 

「言っただけだ。事実を。葛城巧は生きている。それだけさ」

 

スタークが箱を抱えたまま、天井近くで浮いている。

 

「さて、ビルド。お前は俺を追うか、それとも箱を追うか、それとも——」

 

スタークの目が、一瞬だけ俺に向いた。

 

「お前自身の正体を追うか。選ぶがいい」

 

戦兎の動きが止まった。完全に。ガトリングを構えたまま、スタークを見上げている。だがその目は、もうスタークを見ていない。

 

(戦兎。お前、何を聞いたんだ。さっきの戦闘で何があったんだ)

 

聞きたい。だが今は——。

 

「戦兎!」

 

 

 

俺は叫んだ。動力炉が唸りを上げる。警告灯がまだ点滅している。だが——。

 

「箱だ! 今は箱だ! 戦兎!」

 

戦兎がハッと顔を上げた。我に返った目だ。

 

「…ああ。そうだな」

 

戦兎の声が戻る。だがいつもの軽さはない。もっと低い声だ。

 

「ビリー、お前の動力炉は」

 

「持つ。お前が箱を止める。俺がローグを抑える。龍我が道を確保する。それでいく」

 

「…お前、まだ動けるのか」

 

「守護者だ。守る相手がいる限りは動けるよ」

 

俺は二丁のガンを構え直した。左手は通常弾。右手のロケットは——もう一度だけ使えるか。動力炉に聞いても答えない。やるしかない。

 

「行くぞ」

 

俺は言った。

 

戦兎が頷く。翼を広げ、スタークへ向かって跳んだ。

 

その時、搬入口の方から龍我の声が響いた。

 

「おい! こっちは片づいたぞ! 入るぞ!」

 

龍我が搬入口から駆け込んでくる。服が破れ、肩に血が滲んでいる。だが足は止まっていない。スマッシュを退けたのだ。

 

(龍我! 間に合った!)

 

三人が揃った。

 

戦兎がスタークへ。龍我が搬入口側から突っ込む。俺がローグの前へ。

 

スタークとローグが、互いを警戒しながら、箱を挟んで向き合う。

 

スタークは箱を抱えたまま浮いている。ナイトローグは箱を奪い返そうとする構え。

 

俺と戦兎と龍我が、その両方を包囲する形で立ちはだかった。

 

全員が、次の一撃で形勢が変わる位置にいる。

 

俺の動力炉が、唸りを上げた。リミッターの警告灯が、赤く点滅し続けている。

 

(動ける。まだ動ける。守るものがある限り——)

 

赤いスカーフが、地下通路の風にヒラリと舞った。

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