ナイトローグが動いた。
速い。さっきの俺との戦闘でタイミングを掴んでいたのか、スチームブレードを振り上げる軌道が前より鋭い。毒蒸気を纏った刃が、キードラゴンの左肩を狙う。
「堕ちろ!」
ローグの低い声が響く。
だが戦兎は動かなかった。動く必要がなかった。
左腕の錠前が開く。ガチャリ、という金属音と同時に鎖が射出された。太い鎖の先端についた錠前が、ナイトローグのブレードを持つ右腕をガシッと挟み込む。
「なっ…!」
ローグの目が見開かれる。腕が封じられた。ブレードが振れない。鎖がギチギチと音を立ててローグの装甲を締め上げる。
(あの拘束…俺のロック武装と同じ系統だ。さっき俺が使った錠前の射出を、戦兎がキードラゴンの武装として再現してる)
俺は目を見開いた。いや光学センサーを全開にした。戦兎の戦い方は、俺の装備の特性を理解した上で、そこにドラゴンの力を重ねている。
鎖で腕を封じたまま、戦兎が踏み込んだ。
右腕。蒼い炎が纏わりついている。ドラゴンの力だ。
「うおおッ!」
ドゴォォッ!!
右拳がナイトローグの胸部に叩き込まれた。
蒼い炎が爆ぜる。衝撃波が建物全体を揺らし、壁のコンクリートがパラパラと剥がれ落ちる。ローグの体が浮き、数メートル後方へ弾き飛ばされた。
「ぐあッ…!」
ローグが背中から壁に叩きつけられる。錠前が外れ、鎖がシュルリと戻る。
(すごい。鎖で封じて、炎で殴る。拘束と打撃のコンビネーション。俺にはできない戦い方だ)
俺の動力炉がトクリと脈打った。怖いのか嬉しいのか、自分でもわからない。ただ、相棒の新しい力を目に焼き付けていた。
* * *
ナイトローグが壁から体を起こした。胸部の装甲にヒビが走っている。だが倒れない。
「…面白い。キードラゴンか。葛城巧のシステムは、まだまだ奥が深い」
ローグがスチームブレードを構え直す。だがその足元がふらついている。
「もう一発食らうか!」
戦兎が再び間合いを詰める。鎖を振り上げ、錠前を構える。
ローグは応じなかった。
プシュウウッ!!
煙幕だ。黒い蒸気が一瞬で通路を覆い尽くす。視界ゼロ。熱源探知も遮断される。
「ちっ、また煙幕かよ!」
俺は舌打ちした。さっきもこの手で逃げられた。だが今回は——。
(待て。煙幕の向こうで何か音がする)
俺の聴覚センサーが、蒸気のノイズを透過して特定の音を拾った。
ウィィィィン……。
電動機の音。貨物用エレベーターが動いている音だ。
(エレベーター! スタークが箱を運んでる!)
「戦兎! エレベーターが動いてる! スタークが箱を搬出してる!」
俺は叫んだ。煙幕の向こうで戦兎が動く気配がする。
「追う!」
戦兎が煙幕を突っ切る。キードラゴンの鎖を振り払いながら蒸気の中を突進する。
だが——。
その背中に、紫電が走った。
一瞬じゃない。さっき変身時に見えたあの電光が、今度は戦兎の全身に広がっている。蒼い炎の中に紫色の稲妻が走り、装甲がギシギシと音を立てた。
「戦兎!」
俺は叫んだ。
戦兎の体が止まった。いや止まったんじゃない。止まったように見えたのは、変身が解除されたからだ。
パシュウッ。
蒼い炎が散り、金色の錠前が砕け、ドラゴンの鱗が光の粒子となって舞い散る。紺と金の装甲が剥離し、あっけなく消えた。
戦兎の膝が折れる。
「っ…く…」
俺は走った。残りの出力を振り絞って、倒れかけた戦兎の体を支えた。
腕が熱い。
変身解除直後の戦兎の腕が、まだ熱を残している。普段の変身解除ならこんな熱は残らない。キードラゴンの力が戦兎の体に負荷をかけた証拠だ。
「戦兎、大丈夫か」
「ああ…ただ、力が制御しきれなかった。まだあのフォームを使いこなせてない」
戦兎の呼吸が途切れ途切れだ。片膝をついたまま、俺の腕を掴んで体を支えている。その手が震えている。
(無理もない。キードラゴンはベストマッチだ。だがドラゴンフルボトルの力は元々万丈のものだ。戦兎のハザードレベルとの相性が完全じゃない。さっきの電光はその反動だ)
「無理はするな。変身解除されたってことは、今のお前にはまだあの力は早い」
「…わかってる。でも箱を追わないと」
戦兎が立ち上がろうとしたので、俺は腕を貸した。膝が笑っている。だが立ち上がった。
* * *
「おい、二人とも生きてるか」
龍我が搬入口から走ってきた。肩の血が滲んでいる。だが足は止まっていない。さっきのスマッシュを退けたのだ。
「龍我、お前もボロボロじゃねぇか」
「うるせえ。お前こそ動力炉がどうとか言ってたじゃねぇか」
「お互い様だな」
「お互い様だ」
俺たちは顔を見合わせて、短く息を吐いた。
戦兎が壁に手をつきながら立ち上がった。顔色は悪い。だが目は燃えている。
「箱を追う。スタークはエレベーターで地上へ出る。搬出口は西側だ」
「俺も行く」
俺は言った。動力炉の警告灯を確認する。残り出力百分之三十一。リミッターが赤く点滅している。ロケット武装はもう使えない。だが——。
「搬出口までの追跡なら走れる。長距離は無理だが、短距離の高速移動ならなんとか」
「ビリー、お前の動力炉——」
「しつこいぞ相棒。守護者は守る対象のそばにいるもんだ。お前一人でスタークのところへ行かせない」
戦兎が俺を見た。何か言いたそうな顔をしたが、やがて頷いた。
「万丈、研究所側の確認を頼む。ガーディアンの残りがないか、研究員の安否を。それと警察への通報」
「ああ。任せろ」
龍我が頷く。その顔には反発がない。役割を受け入れている。さっきまで口喧嘩していた相手の指示を、素直に聞いている。
(龍我、お前成長したな。俺より早いかもしれない)
「じゃあ行くぞ、ビリー」
戦兎が俺の方を向いた。
俺は頷いて、変形シーケンスを起動した。
カシャン。カシャン。
脚部のフレームが折り畳まれ、車輪が展開する。膝の関節がロックし、サスペンションが展開する。胴体の装甲が前傾し、ハンドルが伸びる。赤いスカーフがタンク部分に巻き付く。
五秒。
俺はバイク形態──ライドモードへと変形した。
(変形完了。各部センサー正常。サスペンション正常。出力……最低限)
戦兎が俺にまたがる。その体重は軽い。いや、軽くないのか。俺の感覚センサーには、戦兎の体が鉛みたいに重く感じられた。変身解除の疲労が体に残っているのだ。
「行くぜ相棒。揺れるぞ」
「揺れるのはいい。止まるな」
「了解」
俺はエンジンを吹かした。
搬出エレベーターをそのまま追うのは得策じゃない。エレベーターの速度は遅いが、俺の動力炉が長時間の走行に耐えられない。なら——。
「戦兎、エレベーターは迂回する。地上の出口へ通じる通路を使って先回りする」
「わかった。ナビしてくれ」
「おうよ」
俺は地下通路を全速力で走り出した。
タイヤがコンクリートを噛む音。排気の熱が車体底部から漏れる。戦兎の体重がサスペンションを沈める。風が赤いスカーフを叩く。
(動力炉の警告灯がまだ点滅してる。でもいい。搬出口まで行けばいい。それだけの出力はある)
通路を曲がり、階段を駆け上がり、地上への搬出口へ向かう。薄暗い地下通路にタイヤの音が反響する。
そして——。
光。
搬出口の向こうに、夕暮れの空が見えた。
俺は搬出口を飛び出した。
風が吹いていた。冷たい東都の風。夕陽がアスファルトを赤く染めている。
その赤い光の中に、スタークの姿があった。
ワインレッドの装甲。コブラヘッドゴーグル。そして片手に抱えた金色の箱。
パンドラボックス。
スタークは地上の搬出エレベーターの前から、西へ向かって歩き始めていた。まだ遠くない。五十メートル。四十メートル。
「戦兎! 見えた! スタークと箱!」
「よし。追うぞ、ビリー」
「ああ」
俺は残りの出力を確認した。百分之二十八。警告灯が激しく点滅している。
(足りるか。足りるだろ。追いつくだけなら)
(でも追いついた後のことは……考えない。今は追う。それが守護者の仕事だ)
俺はアクセルを開けた。
タイヤがアスファルトを噛み、砂煙が舞う。夕暮れの光の中にスタークのシルエットが大きくなっていく。
赤いスカーフが風を切り、赤い識別灯が夕陽と重なって点滅する。
(待ってろスターク。その箱は渡さない)
俺は加速した。