兎の手が止まった。
「ビリー、これを見ろ」
モニターを指差す。波形が安定した弧を描いている。俺の光学センサーが数値を読み取った。反応値がさっきまでとは桁違いだ。
「何だこれ。今までのと全然違う」
「ああ。この成分…エンプティボトルに吸収されていた残留物質だ」
「エンプティボトル? あの空のボトルか?」
「そうだ。スタークにパンドラボックスの光を浴びせた時、あの光の一部がエンプティボトルに吸収されていた。俺はてっきり空になったと思ってた。だが違ったんだ。微量だが成分が残っていた」
戦兎がエンプティボトルを持ち上げる。透明なボトル。中に何かが入っているようには見えない。だが戦兎の解析によれば、微量の物質が残っているらしい。
「これとフルボトルの成分を組み合わせれば、新しいベストマッチが見つかるかもしれない」
「ベストマッチって、お前が計算で出すもんじゃないのか」
「通常はな。だがこの残留物質はパンドラボックスの光由来だ。俺の計算式には入ってないパラメータが含まれてる可能性がある。だから——」
戦兎が振り返った。
「万丈。ちょっと来てくれ」
ソファで寝転がっていた龍我が顔を上げた。いびきをかいていたわけじゃない。目は開いていた。
「何だよ」
「お前の第六感を借りたい」
「第六感?」
龍我が眉をひそめる。
「お前、これまで何度かベストマッチの組み合わせを勘で見つけたことがあるだろ。ラビットタンクもそうだ」
「まあ…なんとなくだけどな」
「そのなんとなくが欲しい。この残留物質と相性のいいフルボトルの組み合わせを、勘で選んでくれ」
「勘で選べって言われてもな…」
龍我が頭を掻きながら実験台に近づく。戦兎がフルボトルを並べた。ラビット、タンク、ゴリラダイヤモンド、タカ、ガトリング忍者、コミック、パンダロケット…ずらりと並んでいる。
「適当に選べばいいのか?」
「ああ。直感でいい」
龍我が腕を組んで唸る。しばらくフルボトルを眺めていたが、やがて手を伸ばした。
「これと…これだ」
龍我が選んだのは、ラビットフルボトルとタンクフルボトルだった。
「ラビットとタンク?」
戦兎が目を丸くする。
「ああ。なんとなく、こいつらがしっくりくる」
「だがこの組み合わせは既にベストマッチとして確立されてる。新しい発見には——」
「待て戦兎」
俺は口を挟んだ。
「もう一回解析してみろ。残留物質を加えた上で、ラビットタンクの反応を調べるんだ」
戦兎が首を傾げながらもキーボードを叩く。モニターに数値が流れる。しばらくして、戦兎の手が止まった。
「…これは」
「どうした」
「ラビットタンクの反応値が上がってる。残留物質を加えることで、ベストマッチの安定性が向上してる」
戦兎が振り返る。髪がピンと跳ねた。
「つまり、ラビットタンクは元々ベストマッチだったが、残留物質によってさらに強化される可能性があるってことだ」
「強化?」
「ああ。今のラビットタンクより高い出力が出せるかもしれない」
俺は戦兎の手元を見た。ラビットフルボトルとタンクフルボトル。赤と青のボトル。こいつらが更に強くなる?
(待てよ。ラビットタンクは戦兎の基本フォームだ。それが強化されるってことは——)
俺の処理回路が別のことを考え始めた。ラビットタンクの組み合わせ。赤と青。跳躍と装甲。スピードとパワー。相反する二つの力が組み合わさることで生まれるバランス。
(博士はなぜこの組み合わせを最初に選んだんだ? 六十本のフルボトルがある中で、なぜラビットとタンクだったんだ?)
俺の記憶領域の奥で、何かが引っかかった。
(プロトビルドドライバー…)
その時だ。
「ビリー?」
戦兎が俺を見た。
「どうした。ぼうっとして」
「あ、いや。何でもない」
俺は首を振った。だが処理回路の片隅で、まだ何かが引っかかっていた。