俺は工業地帯の道路を、全速力で駆け抜けていた。
「ビリー、後ろだ!」
戦兎の声に、バックミラー代わりの後方センサーを確認する。案の定、ガーディアン部隊が迫ってきていた。それも徒歩じゃない。キャピタルローダーに跨った連中だ。俺と同じバイク形態の敵。数は六台。全員がセーフガードライフルを構え、俺のタイヤを狙って射撃を開始してやがる。
「ちっ、同業者かよ!しかも無愛想な奴らだな!」
「感心してる場合か!早く撒け!」
万丈が俺の車体にしがみつきながら叫ぶ。まったく、元格闘家ってのは声もデカいのか。
「わかってるよ!しっかり掴まってろ、振り落とされるな!」
俺は蒸気を思い切り噴射し、急加速した。赤黒い車体が夕闇を切り裂き、白い蒸気の尾を引く。後方からはガーディアンたちの無機質な警告音声が聞こえてきた。
「対象を捕捉。停車せよ。停車しなければ攻撃を継続する」
「停車したら捕まるんだよ!誰が停まるか!」
俺は交差点を急旋回する。タイヤが路面を削り、火花と蒸気が混ざり合う。そのままジグザグに走行しながら、後方のガーディアンたちを振り切ろうとした。しかし、奴らもなかなか執念深い。キャピタルローダーの性能は通常のバイクよりずっと高く、俺の加速にも食らいついてくる。
「ビリー、次の角を右だ!倉庫街に逃げ込め!」
「了解!」
俺は戦兎の指示に従い、急角度で右折する。荷重が後輪にかかり、一瞬タイヤが悲鳴を上げた。倉庫街の狹い路地へと飛び込む俺。ガーディアンたちも同じように曲がろうとしたが、奴らのキャピタルローダーは俺ほど小回りが利かない。一台がバランスを崩し、壁に激突して派手に転倒した。
「よし、一匹!」
「まだ五台いる!気を抜くな!」
戦兎が叫ぶ。残りのガーディアンたちは、転倒した仲間を無視して追跡を続ける。感情のない機械だけに、仲間の損失など気にも留めないらしい。
「同じ機械として、そういう冷たいとこは嫌いじゃないぜ!」
「お前は感情あるだろ!」
「おっと、そうだった!」
俺は路地を縫うように走りながら、次の手を考える。このまま直線で逃げても、数で押し切られるのは時間の問題だ。だったら――
「戦兎、万丈、舌を噛むなよ!」
「は?」
「ちょっと跳ぶぜ!」
俺は蒸気を下方に噴射し、車体を跳ね上げた。倉庫の壁面を駆け上がり、そのまま屋根の上へと飛び移る。試作機の特権、壁面走行。ガーディアンのキャピタルローダーには真似できない動きだ。
「おいおいおい、バイクで壁を走るとか正気かよ!」
万丈が悲鳴に近い声を上げる。
「うるさいな、俺はバイクじゃなくて機械兵だ!これくらいできて当然だろ!」
屋根の上を跳躍しながら移動する俺。下の道路では、ガーディアンたちが慌てて進路を変えようとしている。でも、奴らのキャピタルローダーは段差を越えるのに時間がかかる。その隙に、俺は次の倉庫の屋根へと跳び移った。
「ビリー、あのガーディアン、二手に分かれたぞ!」
「なに?」
後方センサーを確認すると、確かにガーディアンたちが別行動を取り始めていた。三台は道路から俺を追跡し、もう二台は別のルートで先回りしようとしている。包囲するつもりか。
「くそ、やるじゃねぇか」
「ビリー、次の交差点で左に曲がれ!先回りされる前に抜けるんだ!」
「了解!」
俺は倉庫の屋根から道路へと飛び降り、着地と同時に急旋回。路面を削りながら左折し、先回りしようとしていたガーディアンたちの目の前をすり抜ける。
「対象を見失った。再探索を開始する」
ガーディアンたちの無機質な声が背後に遠ざかっていく。俺はさらに路地を縫って走り、ようやく追跡を完全に撒いた。
「はあ…なんとかなったな」
俺は人気のない廃工場の陰に車体を滑り込ませ、停車した。蒸気が細く漏れ、冷却ファンが高速で回転している。さすがに連続戦闘と長距離走行で、動力炉が少し加熱しすぎた。
「おい、もう終わったのか?」
万丈が俺の車体から降りながら、まだ周囲を警戒している。
「ああ、なんとか撒いた。でも、しばらくはここで息を潛めてた方がいいぜ。ガーディアンの捜索網は広いからな」
戦兎も俺から降り、変身を解除した。彼の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「助かったよ、ビリー。お前の機動力がなかったら、今頃は捕まってた」
「当然だろ。俺は博士の最高傑作だからな」
俺は人型に戻りながら、冗談めかして胸を張った。でも、内心では違うことを考えていた。
nascitaの地下基地に戻ると、俺はまず人型に戻ってから壁にもたれかかった。連続戦闘と長距離走行で、さすがに動力炉が少し加熱している。冷却ファンがいつもより大きな音を立てていた。
「おかえり、戦兎、ビリー。それと…そっちの人は?」
美空が不安そうに万丈を見る。無理もない。脱獄犯で、ニュースでは殺人犯と報道されている男だ。
「万丈龍我だ。話がある」
戦兎は簡潔に言って、万丈を椅子に座らせた。惣一が無言でコーヒーを差し出す。万丈はそれを一気に飲み干し、深いため息をついた。
「それで、何があったんだ」
俺は腕を組みながら万丈に向き直った。識別灯は青。尋問モードだ。でも、さっきまでのような敵意は、もうあまり残っていない。
「話すよ。全部な」
万丈は空になったカップをテーブルに置き、うつむきながら語り始めた。
「俺は元プロ格闘家だった。万丈龍我。まあ、戦績だけは悪くなかった。でもな…」
万丈の声が苦くなる。
「八百長がバレて、永久追放された」
「八百長?」
美空が眉をひそめる。
「ああ。彼女が…小倉香澄って言うんだが、重い病気でな。治療費がバカみたいにかかった。俺のファイトマネーだけじゃ足りなくて、仕方なく…」
万丈は拳を握りしめた。その手は、ガーディアンの装甲をへし折った手と同じものだ。でも今は、怒りよりも悔しさが滲んでいる。
「収入を失って、途方に暮れてた。そんな時に香澄が言ったんだ。『東都先端物質学研究所の葛城っていう科学者の助手の仕事がある』って」
「博士の助手?」
俺の識別灯が、わずかに黄色く点滅する。
「ああ。香澄の知り合いのつてだったらしい。報酬も悪くなかった。だから俺は、その話に乗ったんだ」
万丈は顔を上げ、俺をまっすぐに見た。
「指定された部屋に行った。でもな、そこに葛城巧はいなかった」
「いなかった?」
戦兎が聞き返す。
「ああ。部屋に入ったら、葛城巧は床に倒れてた。もう死んでたんだよ。血塗れでな」
俺の胸部動力炉が、また警報を発し始める。冷却ファンが加速する音が、静かな基地に響いた。
「俺が呆然としてると、突然警察が踏み込んできた。まるで最初から待ってましたって感じでな。俺はそのまま逮捕された。殺人犯として」
万丈は苦々しげに吐き捨てた。
「何を言っても信じてもらえなかった。裁判でも、弁護士もまともに取り合ってくれなかった。証拠は全部、俺が犯人だって示してたんだ。状況証拠も、動機も、全部な」
「動機?」
「葛城巧が人体実験をしてたって話は、さっきしただろ。俺の仲間が何人もスマッシュに変えられた。それで俺が葛城を恨んでるって筋書きだ。復讐のための殺人ってな」
俺は何も言えなかった。万丈の言葉が真実なら、こいつは完全に嵌められたことになる。
「俺は…俺は何もしてない。香澄を助けたかっただけだ。それだけだったんだ」
万丈の声が震えた。感情の昂りだろう。彼の体内のネビュラガスが、わずかに反応して漏れ出す。
「万丈、落ち着け」
戦兎が彼の肩に手を置いた。
「お前の言うことが本当かどうか、まだ確かめられてない。でも、少なくともお前がスマッシュの被害者であることは事実だ。俺はお前を見捨てたりしない」
「戦兎…」
「それに、俺も気になることがある。葛城巧の死に方、警察の踏み込みのタイミング、そしてお前が犯人に仕立て上げられた手際の良さ。あまりにも出来すぎてる」
戦兎は科学者の目で、状況を分析していた。
「誰かが意図的に、お前を犯人に仕立て上げた。そして、その誰かは今も裏で動いている可能性が高い」
俺は腕を組み、天井を見上げた。
「博士が死んだのは事実なんだな」
「ああ。俺は自分の目で見た。間違いない」
万丈の言葉に、俺の動力炉がまた熱を持つ。でも、さっきまでとは違う熱だ。怒りじゃない。もっと深い、喪失の熱。
「なら、俺たちがやることは一つだな」
俺は壁から背を離し、戦兎と万丈の前に立った。
「博士を殺した真犯人を見つける。そして、万丈の冤罪を晴らす。ついでに、俺の封印の謎も解く。やることは山積みだぜ」
「ビリー…」
「俺はまだお前を完全には信じてないぜ、万丈。でも、真実を知るためにはお前が必要だ。だから協力してやる。感謝しろよ」
万丈は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「上等だ。礼は言わねぇぞ」
「それでいいさ」
俺は口元のサーボを動かし、人間でいう笑顔を作った。美空がそれを見て、「不気味だし」と呟いたが、まあいいだろう。
「さて、それじゃあ作戦会議といこうぜ。博士、いや、葛城巧の真実を暴くためのな」
コツ、コツ、コツ。
ハイヒールの音だ。美空はスニーカーだし、惣一は店内にいるはず。戦兎と万丈はここにいる。じゃあ、この足音は——
「こんにちはー。お邪魔しまーす」
現れたのは、見覚えのある女性だった。スーツ姿で、手にはカメラとマイク。そしてもう片方の手には——nascitaのマッチ箱。
「あんたは!」
戦兎が飛び上がる。俺も思わず二丁の銃に手を伸ばしかけた。いや、相手は人間だ。撃っちゃダメだ。
「滝川紗羽です。フリージャーナリストの」
紗羽はこともなげに自己紹介し、勝手に基地の中を見回し始めた。
「へえ、これが仮面ライダーの秘密基地ですか。思ったより本格的ですね」
「ちょ、ちょっと待て!なんでここがわかった!というかなんで入ってこれた!」
戦兎が珍しく慌てている。そりゃそうだ。秘密基地に突然ジャーナリストが入ってきたんだからな。
「簡単なことですよ。あなたが以前、取材の時に落としたマッチ。nascitaって店名が入ってたから、そこから辿りました」
紗羽はマッチ箱を指で弾き、戦兎に投げ返した。
「それで、店に行ったら冷蔵庫の扉が開きっぱなしで。気になったから覗いてみたら、階段があったので」
「マスターのやつ、閉め忘れたな…!」
俺は思わず天井を仰いだ。惣一のそういう抜けたところが、たまに致命的な結果を招く。
「さて、と」
紗羽はカメラを構え、俺たちを順番に眺めた。
紗羽の目が俺に向けられる。
「あなたは…ガーディアン?それとも着ぐるみ?」
「ロボットだ!失礼な!」
「へえ、喋るんですね。面白い」
紗羽は興味津々で俺に近づき、赤いスカーフをつまんだり、識別灯を覗き込んだりし始めた。
「ちょっと、やめろって!くすぐったいわけじゃないけど、なんか落ち着かないんだよ!」
「すみません、つい。で、本題なんですが」
紗羽は一歩下がり、ニコリと笑った。ジャーナリストの笑顔だ。あれは何かを企んでる顔に違いない。
「私、仮面ライダーを密着取材したいんです」
「はあ?」
万丈が素っ頓狂な声を上げる。
「密着取材。仮面ライダーの戦いを間近で撮影し、その真実を報道する。スクープですよ、スクープ」
「断る」
戦兎が即答した。
「俺たちの活動を公にするわけにはいかない。第一、危険すぎる」
「ですよねー。そう言うと思いました」
紗羽は全く動じず、スマホを取り出した。
「じゃあ、この場所を世間に公表します。東都の英雄・仮面ライダービルドの正体と秘密基地、ついでに脱獄犯の潛伏先もセットで」
「おま、それ!」
万丈が立ち上がろうとして、戦兎に押さえられる。
「…条件は?」
戦兎が低い声で尋ねた。
「賢明ですね。条件は三つ。一つ、私の密着取材を許可すること。二つ、正体は絶対に報道しないこと——これは私からも約束します。三つ、撮影した映像の使用許可は事前に相談すること。どうです?」
戦兎はしばらく考え込んだ。俺は識別灯を黄色く点滅させながら、紗羽の表情をスキャンする。嘘をついている様子はない。少なくとも、悪意はなさそうだ。
「…わかった。ただし、俺たちの正体は絶対に隠すこと。それを破ったら、その時は——」
「わかってます。ジャーナリストの端くれとして、約束は守りますよ」
紗羽はそう言って、嬉しそうにカメラを構えた。
「それじゃあ、早速ですが最初の質問です。仮面ライダービルドの動力源は何ですか?あと、そちらのロボットさんのお名前は?」
「ビリーだ。それと、動力源は企業秘密だ」
俺が先回りして答える。紗羽は口を尖らせたが、すぐに別の質問を始めた。その横で、万丈がぼそりと呟く。
「なんか、すげぇ面倒なのが増えたな…」
「同感だ」
俺も小声で返す。でも、まあいい。ジャーナリストが味方につけば、情報収集には役立つかもしれない。
「ところで紗羽、あんたがここに入れたのは本当に偶然か?」
俺の問いに、紗羽は悪戯っぽく笑った。
「さあ、どうでしょうね。偶然…かもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
「やっぱり面倒な女だな…」
俺の呟きは、紗羽の笑い声にかき消された。