翌日。俺たちは港町に来ていた。
潮風が塩の匂いを運んでくる。波止場には漁船が並び、朝の水揚げを終えた漁師たちが忙しなく動いている。のどかな港町の風景。でも、その空気を切り裂くように、悲鳴が響き渡った。
「スマッシュだ!」
「逃げろ!」
波止場の先、倉庫の前にそいつはいた。一見すると大きな独楽に手足が生えたような、妙なシルエット。タップスマッシュ。全身に幾何学模様が浮かび、手足の関節が不気味な音を立てて回転している。
「戦兎、見えたぜ!」
俺はライドモードのまま叫んだ。赤黒い車体が朝日に照らされ、蒸気が細く漏れる。
「ああ。被害が出る前に片付けるぞ!」
戦兎が俺の車体から飛び降り、ビルドドライバーを腰に装備する。すでに両手にはラビットとタンクのフルボトルが握られていた。
「変身!」
赤と青の光が交錯し、仮面ライダービルドが蒸気の中から現れる。俺も人型に戻り、二丁のプロトトランスチームガンを構えた。
「さあ、実験を始めようか!」
ビルドが跳躍し、タップスマッシュへと接近する。俺は側面に回り込み、援護射撃を開始した。
「おらおら、こっちだ!」
蒸気弾がスマッシュの手足を狙う。でも——
キンッ!
甲高い金属音とともに、弾丸が弾かれた。スマッシュの手足が高速回転し、俺の射撃を全て弾き飛ばしている。
「なにっ!」
「ビリー、こいつの回転は厄介だ!普通の射撃じゃ通じない!」
ビルドが警告を発する。彼もまた、ラビットの脚力で接近戦を挑むが、スマッシュの回転する腕に阻まれて有効打を与えられずにいた。
「くそっ、まるで弾丸避けだな!」
俺は連続射撃を試みるが、全ての弾丸が回転する手足に弾かれてしまう。タップスマッシュは独楽のようにその場でくるくると回りながら、こちらの攻撃を嘲笑うかのような動きを見せる。
「ビリー、離れろ!」
ビルドが叫ぶ。俺は反射的に後方へ跳躍した。次の瞬間、タップスマッシュが手足を広げ、全身を高速回転させ始める。さっきまでとは比べ物にならない速度だ。回転するたびに周囲の空気が渦を巻き、倉庫の壁を切り裂いていく。
「こいつ、追い詰められると全身回転かよ!」
「まるで独楽だな。しかもかなり厄介なタイプの」
俺たちは距離を取り、体制を立て直す。タップスマッシュは全身を回転させながら、ゆっくりとこちらに迫ってきていた。
「戦兎、どうする?このままじゃ近づけないぜ」
俺の問いに、ビルドはしばし考え込む。でも、すぐに顔を上げた。
「ビリー、これを使え!」
戦兎がホルスターから一本のフルボトルを取り出し、俺に向かって投げ渡す。俺はそれを受け取り、識別灯を瞬かせた。
蒸気と潮風が入り混じる港町の片隅で、俺は戦兎の投げたフルボトルを受け止めた。手のひらサイズの小さなボトル。でも、その中には深い海のような青色が揺れている。
「これは…クジラ?」
「ああ、それを使え!」
戦兎の声に、俺はすぐさまボトルを確認した。クジラフルボトル。まだ見たことのない新しい力だ。でも、そんなことを考えている暇はない。タップスマッシュの全身回転が、倉庫の壁を削りながらこちらに迫ってきている。
「わかった!試してやるぜ!」
俺は変身に使っていない方のプロトトランスチームガンを取り出し、グリップ部分のスロットにクジラフルボトルを装填した。
「よっと!」
ガンを回転させ、トリガーを引く。蒸気が噴き出し、ガンそのものが変形を始めた。銃身が伸び、装甲が展開し、何か巨大な生物の口のような形状に変わっていく。ジェット機のエンジンを思わせる吸気口が側面に現れ、空気中の水分を吸い込み始めた。
「なんだこれ…すげぇ!」
完成したのは、巨大な水鉄砲だった。いや、水鉄砲なんて可愛いものじゃない。クジラを模した流線型のボディに、航空機のエンジンのような吸気機構。銃口からは青白い光が漏れ、周囲の水蒸気が渦を巻いて吸い込まれていく。
「その名もホエールシューターだ!」
戦兎が誇らしげに叫ぶ。でも、彼もただ見ているだけじゃない。手には二本のフルボトル――海賊とガトリング。それをビルドドライバーに装填し、レバーを回した。
『海賊!ガトリング!』
海賊側の装甲は濃紺を基調とし、肩や胸部に船体や舵輪を思わせる意匠が施される。
ガトリング側は灰色と黒を中心とした重装甲で、肩部や前腕部に回転式銃身を模した円筒状パーツを装備。
複眼は片側が海賊旗や錨、もう片側がガトリング砲の回転弾倉を思わせる形状となる。
全体として左右非対称の海賊船と機関砲を融合した姿を持つ。
「面白いじゃねぇか!」
俺はホエールシューターを構え直し、興奮を隠せずにいた。この武器、ただの水鉄砲じゃない。内部機構が空気中の水蒸気まで吸収し、超高圧で圧縮している。威力は調整可能。シャワーのような拡散から、対象を撃ち抜く一点集中まで。
「ビリー、お前はあいつの回転を止めろ!俺がトドメを刺す!」
「了解!どのくらいの威力で行く?」
「最大だ!ただし狙いは手足だけにしろ。被害者を傷つけるなよ!」
「任せとけ!」
俺はホエールシューターの照準をタップスマッシュに合わせた。吸気口が唸りを上げ、空気中の水分が白い渦となって吸い込まれていく。銃身が青白く発光し、チャージ完了のシグナルが俺のセンサーに届く。
「おらあっ!」
トリガーを引く。轟音とともに、超高圧の水流が放たれた。それはまるで、深海から吹き上がる潮吹きのように真っ直ぐに伸び、タップスマッシュの回転する手足を正確に捉える。
「効いてる!」
水圧がスマッシュの回転速度を鈍らせる。勢いを失った独楽のように、タップスマッシュの動きが徐々に遅くなっていく。
「今だ、戦兎!」
「ああ!」
ビルドが跳躍する。海賊のフックが展開し、ガトリングの銃口が回転を始める。二つの力を同時に解放した必殺技が、タップスマッシュの中心を捉えた。
「よし、まずは足場からだ!」
俺はホエールシューターの照準をタップスマッシュの頭上に向けた。吸気口が唸りを上げ、空気中の潮風までもが白い渦となって吸い込まれていく。銃身が青白く発光し、チャージ完了のシグナルが俺のセンサーに届く。
「食らえっ!」
トリガーを引く。轟音とともに、超高圧の水流が放たれた。それはまるで、深海から吹き上がる潮吹きのように弧を描き、タップスマッシュの周囲一面に降り注ぐ。水しぶきが朝日に照らされて虹を作り、波止場のコンクリートを一瞬で水浸しにした。
「グギャッ!」
タップスマッシュが悲鳴を上げる。全身回転で俺たちに突進しようとした瞬間、足元の水たまりに足を取られた。独楽のように回転する身体がバランスを崩し、勢い余って地面に横倒しになる。手足の回転も空回りし、水しぶきを撒き散らすだけだ。
「今だ、戦兎!」
「ああ、よくやったビリー!」
ビルドが跳躍する。手にはドリルクラッシャー。それをガンモードに切り替え、着水と同時に海賊フルボトルの能力を発動させた。
「海賊の力、見せてやるぜ!」
ビルドの足元に、まるで船が波を切るような白い航跡が現れる。水の上を自在に滑走しながら、ガンモードのドリルクラッシャーを連射する。スピニングビュレットが次々と発射され、タップスマッシュの回転する装甲を削り取っていく。
「すげぇ…まるで海の上を走ってるみたいだ!」
俺が感心していると、ビルドは水の上を滑りながら叫んだ。
「ビリー、まだ終わってないぞ!合わせろ!」
「了解!」
俺はプロトトランスチームガンとホエールシューターを構え直す。そして、二つの銃の底部をカチリと連結させた。蒸気と水流が混ざり合い、新しいエネルギーが銃口に集まっていく。
「こいつで決めるぜ!」
ビルドがドリルクラッシャーにガトリングフルボトルを装填した。
『Ready Go!』
「食らえっ!ボルテックブレイク!」
ガトリングの力が解放され、無数の弾丸が嵐のように放たれる。それはまるで、海賊船の一斉射撃のような圧倒的な火力だった。タップスマッシュの全身を弾丸が打ち据え、回転を完全に停止させる。
「俺も行くぜ!プロトトランスチームガン、ホエールシューター、連結モード!」
俺は二丁の銃を一つの巨大な砲へと組み上げた。クジラフルボトルの力が蒸気と混ざり合い、青白い光が銃口に収束していく。周囲の水分が全て吸い込まれ、空気が乾いていくのがわかる。
『クジラ!スチームアタック!』
俺の必殺技音声が港に響き渡る。銃口から放たれたのは、巨大な水のレーザーだ。蒸気と水流が螺旋を描きながら融合し、一条の光線となってタップスマッシュを貫く。
「グギャアアッ!」
怪人の身体からネビュラガスが噴き出し、ゆっくりと人の形へと戻っていく。水しぶきが晴れ、静寂が戻った港に、被害者の男性が倒れていた。
「ふう…なんとかなったな」
俺は連結を解除し、二丁の銃をくるりと回してホルスターに収めた。ビルドも変身を解除し、戦兎が空のフルボトルを取り出してスマッシュの成分を回収する。
「お疲れ、ビリー。ホエールシューターの調子はどうだった?」
戦兎が被害者を安全な場所に寝かせながら、振り返って聞いてきた。
「最高だぜ、戦兎!この威力、この連携!まさに名コンビだろ?」
「ふふん、当然だ。俺は天才だからな」
戦兎が得意げに髪をかき上げる。その様子を見て、俺は思わず口元のサーボを動かした。
俺は戦闘の余韻が残る波止場で、冷却ファンを回しながら戦兎の様子を見ていた。彼は手際よく空のフルボトルを取り出し、倒れた被害者からスマッシュの成分を回収している。手慣れたものだ。でも、その顔は少しだけ浮かない。
「どうした、戦兎?難しい顔してるぜ」
「ああ…さっきの海賊とガトリングの組み合わせ、悪くなかったんだがな」
戦兎は回収した成分をポケットにしまいながら、考え込むように言った。
「海賊の水上機動力は申し分ない。ガトリングの火力も十分だ。でも、二つを同時に活かしきれてない。海賊で移動しながらガトリングで攻撃するだけなら、別の組み合わせでもできる。これはたぶん、専用の武器が必要なタイプのフォームだな」
「専用の武器?」
「ああ。ドリルクラッシャーじゃなくて、もっと海賊とガトリングの各々に特化した武器があれば、真価を発揮できるはずだ。その為にもベストマッチを見つけないと——」
その時、俺の聴覚センサーが警報を発した。
「戦兎、話は後だ!」
「え?」
「ガーディアンの接近音!数は五、いや六体!距離五百メートル、このままだと二分でここに着く!」
俺は即座に全身の装甲を展開させた。肩のタイヤが回転しながら前輪へと移動し、脚部のホイールが展開して後輪を形成する。胸部装甲が折り畳まれ、フロントカウルへと変形。蒸気の中で金属が噛み合う音が響く。
「蒸着!ライドモード!」
「ちょ、早い早い!」
「うるさい、乗れ!」
戦兎は慌てて俺の車体に飛び乗った。まだフルボトルをしまいきれてないらしく、ポケットから何本かはみ出している。でも、そんなことを気にしている暇はない。
「しっかり掴まったな!出発!」
俺はスチームブーストを起動し、蒸気の弾丸となって波止場を飛び出した。背後からは、ガーディアンたちの無機質な警告音声が聞こえてくる。
「対象を発見。停止せよ。繰り返す、停止せよ」
「停止したら捕まるんだよ!誰が停止するか!」
俺は倉庫の壁面を駆け上がり、屋根の上へと跳躍する。ガーディアンたちのセーフガードライフルが火を吹いたが、弾丸は俺の蒸気の尾をかすめるだけだ。
「ビリー、次の交差点を左!市場の方には行くなよ、人通りが多い!」
「わかってる!倉庫街を抜けて海岸線に出る!」
俺は屋根から屋根へと跳び移りながら、逃走経路を計算する。さっきの戦闘でだいぶ蒸気を使ったから、長距離はきつい。でも、撒くだけなら十分だ。
「なあ、戦兎!」
「なんだ!」
「次の新武器、楽しみにしてるぜ!俺のホエールシューターみたいに、かっこいいやつ頼むぞ!」
「任せとけ!俺は天才だからな!」
戦兎の声に、さっきまでの浮かない感じはなかった。俺は口元のサーボを動かしながら、朝の港町を疾走する。背後ではガーディアンたちがまだ追跡を続けているが、俺の機動力には敵わない。