研究所の駐輪場は、朝から妙に静かだった。
俺はライドモードのまま、隅のスペースでじっとしていた。外見はただのバイク。赤黒い車体に黄色いタンクユニット。誰が見ても、ちょっと派手なカスタムバイクにしか見えないだろう。実際、さっき通りかかった研究員が「おっ、カッコいいバイクだな」と呟いていった。ふふん、わかってるじゃないか。
でも、俺の頭脳は暇じゃない。通信回線を通じてネットに接続し、美空のアイドル活動のデータを解析中だ。
「うーん、前回の配信はコメント数が微増。でも、まだ伸びしろはあるな…」
俺は誰に言うともなく呟く。幸い、周りに人はいない。
「次の企画は何がいい?スやっぱり美空の特技を活かした…いや、あいつ特技あるか?」
俺が真剣に美空のマネージャー業務をこなしていると、研究所の正門から飛び出してくる人影があった。
コートを翻し、全力で走ってくる。桐生戦兎だ。その顔には、普段の余裕がまったくない。
「ビリー!」
「お、戦兎、お疲れ——」
「大変だ!万丈が美空のスマホを持って、どこかに行った!」
「はあ?」
俺は思わずライドモードのままバウンドしそうになった。タイヤが路面を擦って、キッと音を立てる。
「ちょっと待て、どういうことだ?万丈は基地で大人しくしてるはずだろ?」
「それが…美空が目を離した隙に、スマホを持ち出したらしい」
「わかってる!だから急ぐんだ!美空がスマホの位置情報を追跡してる。まだそう遠くには行ってないはずだ」
俺は即座にエンジン——いや、蒸気機関を唸らせた。黄色いタンクユニットから蒸気が噴き出し、車体がわずかに浮き上がる。
「乗れ、戦兎!話は走りながらだ!」
「ああ!」
戦兎が俺の車体に飛び乗る。その手には、すでにビルドドライバーが握られていた。
「美空から位置情報を受信した!第二区の廃工場地帯だ!」
「了解!最短経路を算出…よし、十分で着く!しっかり掴まってろよ!」
俺は蒸気を思い切り噴射し、駐輪場を飛び出した。赤い尾が朝の空気を切り裂き、研究所のゲートを一瞬で通過する。
俺は美空のGPSを頼りに、第二区の廃工場地帯へと急行した。蒸気を噴き出しながら、崩れた門を飛び越え、錆びた機械の残骸が散らばる通路を縫うように走る。
「戦兎、前方に反応あり!数が多いぞ!」
「ああ、見えてきた!あれは…ガーディアンの群れか!」
廃工場の広場で、万丈が戦っていた。素手でガーディアンの装甲を殴りつけ、セーフガードライフルの銃撃を紙一重でかわしながら、次々と敵を投げ飛ばしている。元格闘家の本能と、人体実験で強化された身体能力。その二つが合わさった万丈の戦い方は、まるで野獣のようだった。
でも、数が多すぎる。ガーディアンは少なくとも十体。しかも、さらに増援が来ている気配がある。
「万丈!」
戦兎が俺の車体から飛び降り、ビルドドライバーを腰に装備した。
「変身!」
ラビットとタンクのフルボトルが装填され、レバーが回される。赤と青の光が交錯し、蒸気とともに仮面ライダービルドが現れた。俺も人型に戻り、二丁のプロトトランスチームガンを構える。
「はあっ!」
ビルドが跳躍し、ガーディアンの一団に飛び込む。ラビットの脚力で一体を蹴り飛ばし、着地と同時にタンクの装甲で別の一体を受け止めて投げ飛ばす。俺も側面から射撃で援護し、万丈の周囲を取り囲んでいたガーディアンを一体ずつ撃ち抜いていった。
「万丈、無事か!」
「戦兎!ビリー!遅かったじゃねぇか!」
万丈が叫び返す。その声には、まだ十分な余裕があった。さすがにタフな男だ。
「なんで勝手に抜け出した!」
ビルドがガーディアンの頭部を殴りつけながら問いかける。その声は、怒りというより心配だ。万丈が単独行動を取る理由が、彼にはわからなかったんだろう。
万丈は一体のガーディアンを巴投げで地面に叩きつけ、振り返らずに答えた。
「女が待っているんだよ!」
その言葉に、俺の識別灯が一瞬、黄色く点滅した。
「…は?」
「女だ!女!俺の女だよ!」
万丈は叫びながら、次のガーディアンに飛びかかった。
俺は思わず戦兎——いや、ビルドと顔を見合わせた。
「おい、戦兎。今、なんて言った?」
「…女が待ってる、だそうだ」
「万丈に女?あの万丈に?」
「そうらしい」
「女が待ってる」発言に呆然としていた俺たちだったが、現実は甘くなかった。
ゴゴゴゴゴ…
地響きのような重低音が建物全体を揺らす。俺のセンサーが一斉に警報を発した。
「おいおいおい、なんだこの反応!」
俺が振り返ると、広場の外に展開していたガーディアンたちが次々と変形を始めていた。黒い装甲が展開し、関節が外れ、機体同士が絡み合うように連結していく。
「合体する気かよ!」
万丈が叫ぶ。俺たちの目の前で、十体以上のガーディアンが一つの巨大な塊となっていく。四足の獣のようなシルエット。身長は優に七メートルを超えている。全身に装備された無数のライフルが、一斉に俺たちへと照準を合わせた。
「まずい!散れ!」
ビルドの指示で、俺たちは三方に跳んだ。次の瞬間、さっきまで俺たちが立っていた地面が、集中砲火で蜂の巣にされた。
「くそっ、あんなデカブツ相手にどうすんだよ!」
万丈が廃材の陰に隠れながら叫ぶ。
「火力が違いすぎる!正面からじゃ勝負にならない!」
俺も二丁の銃で応戦するが、蒸気弾は巨大ガーディアンの装甲に弾かれるだけだ。チクチクと刺さる小石程度のダメージしか与えられない。
「戦兎、どうする!」
「…これだ!」
ビルドがビルドドライバーからラビットとタンクのフルボトルを引き抜く。代わりに取り出したのは、金色に輝くダイヤモンドと、獣の力を宿したゴリラのボトル。
「これで行く!」
ビルドが二本のボトルをドライバーに装填した。
『ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!』
ドライバーの電子音声が廃工場に響き渡る。ビルドの装甲が分解され、新たな姿へと再構築されていく。右半身がゴリラの剛力、左半身がダイヤモンドの硬度。拳には巨大なゴリラの腕を模した装甲が装着され、全身が宝石のような輝きに包まれる。
『Are you ready?』
「来たぁぁぁ!」
ビルド——いや、ゴリラモンドが雄叫びを上げる。
『輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!イェーイ!』
変身完了と同時に、ゴリラモンドは地面を蹴って跳躍した。その跳躍力はラビットタンクの比ではない。巨大ガーディアンの頭上まで一気に飛び上がり、右腕のゴリラパンチを振り下ろす。
「うおおおっ!」
轟音。ダイヤモンドの硬度を持った拳が、ガーディアンの装甲を粉砕する。砕けた破片が雨のように降り注ぎ、俺は万丈を庇いながら後退した。
「すげぇ…あれが新しいベストマッチかよ!」
「ああ!ゴリラのパワーとダイヤモンドの防御力!まさに輝く破壊者だ!」
俺は興奮しながら叫んだ。巨大ガーディアンのライフルがゴリラモンドを狙うが、弾丸はダイヤモンドの装甲に弾かれて火花を散らすだけだ。
「効かねぇ!効かねぇぞぉ!」
ゴリラモンドが叫びながら、今度は両腕を組んで巨大なハンマーのように振り下ろす。ガーディアンの頭部がへこみ、四足の巨体がぐらりと傾いだ。
「ビリー!万丈!今だ!脚を狙え!」
「了解!」
俺はプロトトランスチームガンの出力を最大にし、蒸気弾を連射する。万丈も近くに落ちていた鉄パイプを掴み、ガーディアンの脚部関節に叩きつけた。
ゴリラモンドがトドメの一撃を放つ。右腕のゴリラパンチが巨大ガーディアンの中心を貫き、機体が爆発四散する。破片がキラキラと朝日に輝いて、それはまるでダイヤモンドの粉のようだった。
俺たちは廃工場から少し離れた路地に移動し、戦闘の余韻が冷めやらぬうちに万丈を問い詰めていた。
「で、どういうことだよ、万丈。女が待ってるって」
俺は人型に戻ったまま、腕を組んで万丈を見下ろす。識別灯は黄色。警戒モードだ。こいつが単独行動を取った理由によっては、説教の一つも必要かもしれない。
「そのまんまだよ。香澄だ。小倉香澄。俺の恋人だ」
万丈は壁にもたれかかり、荒い息を整えながら言った。
「脱獄してからずっと連絡取れなかったんだ。でも、さっき美空のスマホを借りて電話したら、ようやく繋がった」
「それで、なんて?」
戦兎が変身を解除しながら尋ねる。万丈の顔が、怒りと焦りで歪んだ。
「助けてくれって。人体実験をされそうになってるって。それで…それだけで切れた。場所は香澄の自宅のマンションだ」
俺と戦兎は同時に声を上げた。
「なんで、そういう事を早く言わないんだよ!」
「早く行かないとヤバいじゃないか!」
万丈が驚いたように顔を上げる。俺たちが怒るとは思っていなかったらしい。
「お前ら…」
「なにが『お前ら』だ!香澄さんが危ないんだろ!だったら最初に言え!」
俺はすでに全身の装甲を展開させ始めていた。肩のタイヤが回転しながら前輪へと移動し、脚部のホイールが展開して後輪を形成する。
「蒸着!ライドモード!」
「万丈、場所はどこだ!」
戦兎が叫ぶ。
「第三区の古いマンションだ!住所は——」
「美空に転送しろ!ビリー、ナビを頼む!」
「了解!データ受信…経路計算完了!十分で着く!」
俺は蒸気を噴き出し、戦兎が飛び乗るのを待たずに発進しかけた。
「ちょっと待て!俺も——」
万丈が追いすがろうとする。
「万丈、あんたはここで待ってろ!」
俺は振り返らずに叫んだ。
「はあ!?なんでだよ!」
「あんたはまだ脱獄犯で、顔が割れてる!マンションみたいな人が多い場所に行ったら、通報されるのがオチだ!香澄さんを助ける前に、あんたが捕まったら意味がないだろ!」
「でも——」
「万丈」
戦兎が俺の車体にまたがりながら、静かに言った。
「香澄さんは俺たちが必ず助ける。だから、お前は基地に戻って待っていてくれ。それが一番、香澄さんのためになる」
万丈は一瞬、何かを言いかけた。でも、戦兎の目を見て、ぐっと拳を握りしめる。
「…わかった。頼む。香澄を…香澄を助けてくれ」
「任せろ」
戦兎の短い返事。それだけで十分だった。
「しっかり掴まれよ、戦兎!急ぐぜ!」
「ああ!」
俺はスチームブーストを最大出力で起動し、第三区へと向かって蒸気の弾丸となった。背後で、万丈が小さく「頼む…」と呟くのが聞こえた。
なあ、万丈。あんたが博士を殺したかどうかは、まだわからない。でも、少なくともあんたが大切な人のために必死なのは、今のでよくわかった。だから——絶対に助けてやる。