マンションが見えた瞬間、俺のセンサーはすでに最悪の事態を検知していた。
「戦兎、ネビュラガスの反応が急上昇してる!これは——」
言い終わる前に、爆発した。
轟音。マンションの五階部分から炎と煙が噴き出し、窓ガラスが粉々になって路上に降り注ぐ。悲鳴が上がり、通行人が逃げ惑う。俺はとっさに戦兎を車体から降ろし、人型に戻った。
「香澄さんは五階だって言ってたな!?」
「ああ!間に合わなかったか…!」
俺の識別灯が赤く点滅する。でも、悔やんでいる暇はない。爆発で崩れた壁の向こうから、異形の影が飛び出してきた。
全身が炎に包まれた人型の怪人、スマッシュだ。
「ビリー、行くぞ!」
「了解!」
俺は二丁のプロトトランスチームガンを構え、戦兎はビルドドライバーを腰に装備した。
「変身!」
「蒸着!」
蒸気が吹き荒れる中、赤と青の装甲が戦兎を包み、俺の全身がスチームバディの戦闘形態へと変わる。二人同時に構えを取るその動きは、もはや呼吸を知らぬ機械と人間のコンビネーションとは思えないほど、完璧にシンクロしていた。
「さあ、実験を始めようか」
ビルドの声に、俺は口元のサーボを動かして笑った。
「ああ、いつも通りにな!」
俺は二丁のプロトトランスチームガンを構え、スマッシュと対峙していた。全身から吹き出す炎が廃マンションの壁を焦がし、熱気が陽炎となって揺らめく。
「ビリー、正面からは危険だ。一旦距離を取るぞ」
ビルドが警告を発した、その時だった。
「そうそう。その女が大事なら、乱暴はやめておくんだな」
闇の中から、声が響いた。低く、重く、聞く者の神経を逆撫でするような声。煙の向こうから現れたのは、漆黒の装甲と金色の蝙蝠を思わせる装甲を身にまとった戦士。背中には巨大な翼が折り畳まれ、頭部の煙突状ユニットからは毒々しい蒸気が漏れ出している。
「ナイトローグ…!」
戦兎の声が硬くなる。俺も識別灯を危険色の赤に切り替えた。こいつは、俺のデータベースにも記録されている。
「久しぶりだな、仮面ライダービルド。それに、そっちの玩具も」
「玩具だと?俺は試作型機械兵のビリー様だ。覚えとけ」
「ほう、喋るのか。ますます玩具らしいな」
俺は銃を構えたまま、いつでも撃てる状態を保つ。でも、スマッシュの動きが気になった。先程まで暴れ回っていた怪人が、ナイトローグの登場と同時に大人しくなっている。まるで、彼の命令を待っているかのように。
「お前がここにいるということは、あのスマッシュは…」
戦兎の言葉に、ナイトローグは嘲るような笑い声を上げた。
「察しがいいな、桐生戦兎。そうだ。そいつは小倉香澄。万丈龍我の大切な恋人が、この通り美しい姿に変わった」
俺の胸部動力炉が、一気に加熱した。
「なに…!」
「香澄さんが、スマッシュに…!」
俺たちの動揺を見て、ナイトローグは満足そうに翼を広げた。
「人体実験の成果としては上々だ。彼女のハザードレベルは決して高くはなかったが、それでもここまでのスマッシュへと変貌した。ネビュラガスの可能性をまた一つ証明できたな」
「ふざけるなよ…!」
俺は思わず叫んでいた。口元のサーボが激しく動き、声が歪む。
「お前らは人間を何だと思ってるんだ!実験材料か!?データの一つか!?博士は…葛城巧は、そんなことのために研究してたんじゃない!」
「葛城巧?」
ナイトローグが初めて興味を示したように、俺をじっと見つめた。
「そうか、お前は葛城の作った機械兵か。道理で見覚えのある設計だ。だが、お前の知っている葛城巧は、もういない。彼は死んだ。自らの研究の果てにな」
「うるさい!」
俺は引き金を引いた。蒸気弾がナイトローグに向かって放たれる。でも、彼は翼を広げて舞い上がり、あっさりとかわした。
「ビリー、落ち着け!」
戦兎が俺の腕を掴む。
「落ち着いてられるかよ!あいつは博士を…それに香澄さんまで…!」
「だからだ。怒りに任せて撃っても、何も解決しない。今は香澄さんを助けることが先決だ」
戦兎の声には、冷静さの中にも確かな怒りが込められていた。彼だって、目の前で行われている非道を許せるはずがない。でも、科学者として、ヒーローとして、感情より理性を優先しているんだ。
「賢明だな、桐生戦兎。だが、彼女を助けるのは難しいだろう。ハザードレベルが低すぎる。スマッシュ成分を抜き取れば、彼女の身体は耐えられずに死に至る」
「なに…!」
「これもまた、科学の真実だ。全てを救うことはできない。誰かを救えば、誰かが死ぬ。お前たちの正義も、結局はそういうことだ」
ナイトローグはそう言い残し、翼を広げて夜の闇へと消えていった。
俺は歯ぎしりしながら、スマッシュ――いや、香澄さんを見つめた。炎に包まれた怪人の奥に、確かに人間の影がある。救えるのか?それとも、もう手遅れなのか?
「戦兎…どうする?」
俺の問いに、戦兎はビルドの仮面の奥で、静かに決意を固めたようだった。
戦兎の声が、燃え盛るマンションの前で響いた。
「現在の問題点を整理するぞ。香澄さんのハザードレベルは低い。このままスマッシュの成分を抜き取れば、彼女の身体は耐えられずに死に至る。かといって放置すれば、彼女は完全にスマッシュ化して自我を失う。どちらを選んでも、万丈の恋人を救うことはできない」
「そんな…!」
万丈がどこかで叫んでいるような気がした。いや、ここにはいない。でも、きっと同じことを思っているはずだ。
俺は戦兎の言葉を聞きながら、胸部動力炉の熱が上がっていくのを感じていた。冷却ファンが高速で回転し、蒸気が肩の排気口から細く漏れる。
「なあ、戦兎」
「なんだ、ビリー」
「博士はな、俺を封印する時に言ったんだ。『一か八かの賭けに出る』って」
戦兎が俺を見た。ビルドの仮面の奥で、彼の目がわずかに見開かれる。
「ビリー、まさか——」
「科学者らしくないのはわかってる。理屈でも理論でもなく、根拠のない賭けだ。でもな」
俺は二丁のプロトトランスチームガンをくるりと回し、ホルスターに収めた。
「博士がそう言って、本当に賭けに出たなら。俺も、ここで賭けてみる価値はあるだろ」
「何を言っているんだ、機械兵風情が」
ナイトローグが嘲笑うように言った。でも、俺は気にしない。
「万丈はまだ、あんたのことを完全には信じてない。博士を殺したかどうかも、まだわかってない。でも、あいつは香澄さんのために必死だった。自分の身体がどうなろうと、恋人のために一人で飛び出した。それだけで、信じる価値はある」
俺は一歩、前に出た。
「だから、俺も賭ける。香澄さんを救う方法が、きっとあるはずだってな!」
俺は地面を蹴り、バーンスマッシュに向かって一直線に駆け出した。
「させるか!」
ナイトローグが翼を広げ、俺の進路を塞ごうとする。その手にはスチームブレードが握られ、蒸気の刃が俺を切り裂こうと振り下ろされた。
「させるかよ!」
ビルドが跳躍し、ナイトローグの前に立ちはだかった。ラビットの脚力で加速し、タンクの装甲でスチームブレードを受け止める。
「ビリー、行け!こいつは俺が止める!」
「悪いな、戦兎!借りは後で返す!」
俺は二人の横をすり抜け、バーンスマッシュ——いや、香澄さんの元へと走った。
「お前たち、何をする気だ!」
ナイトローグが叫ぶ。でも、戦兎は彼を逃がさない。
「俺にもわからない。でも、ビリーが賭けに出るって言うなら、俺はそれを信じる。あいつは俺の仲間だからな!」
戦兎の声が、燃え盛る廃墟に響いた。俺はその言葉を背に受けながら、香澄さんに手を伸ばす。
「香澄さん!聞こえるか!あんたは万丈の恋人なんだろ!あいつ、今でもあんたのことを想ってる!だから——」
俺は香澄さんの前に立ち、胸部装甲の封印ボルトに手をかけた。
「博士が俺に組み込んだ、最後の切り札だ。見せてやるぜ」
ボルトを外す。瞬間、俺の胸部装甲が左右に展開し、内部に格納された動力炉が剥き出しになった。普段は決して見せることのない、俺の核心部。ネビュラガスが渦巻き、青白い光が脈動する。
「なんだ、その動力炉は…!」
ナイトローグが初めて動揺の声を上げた。それもそうだ。これは、博士が隠していた禁断の装置。
本来ならば、ナイトローグ等と同じトランスチームシステムを使い、ガーディアンである俺が、ハザードレベルを上げられる最大の要因。
「俺は博士の最高傑作で、最初の相棒だ。そして、道具は使い方次第でヒーローになれる。それが、博士が俺に教えてくれたことだ」
俺は右手を香澄さんに向け、左手で動力炉のリミッターを握った。
「ビリー、まさかそれ以上は——」
戦兎の声が聞こえる。でも、俺は止まらない。
「香澄さん!あんたは万丈にとって、たった一人の大切な人なんだ!だから、絶対に助ける!」
リミッターを解除した。
轟音。俺の動力炉からネビュラガスが爆発的に放出され、周囲一帯を青白い光が包み込む。制御不能のエネルギーが渦を巻き、俺の身体が悲鳴を上げる。装甲の隙間から蒸気が吹き出し、関節部から火花が散った。
「うおおおおっ!」
俺は叫びながら、放出したネビュラガスを香澄さんへと直接注入した。彼女のハザードレベルが、強制的に引き上げられていく。
「なにを…!無理やりハザードレベルを上げるだと!?」
ナイトローグの声はもはや驚愕に満ちていた。
「そんな乱暴な方法、人体への負荷が——」
「わかってる!でも、これしか方法がないんだよ!」
俺のセンサーが香澄さんのハザードレベルを計測する。上がっていく。もっと上がる。そして——。
「グオオオオッ!」
バーンスマッシュが咆哮を上げた。全身の炎が倍以上の勢いで燃え上がり、熱波が俺の装甲を焦がす。強化された。ハザードレベルは確かに上がった。でも、その代償は——。
「うわっ!」
巨大な炎の腕が俺を薙ぎ払った。吹き飛ばされる俺の身体が、廃マンションの壁を突き破り、瓦礫の山に叩きつけられる。胸部装甲は半壊し、識別灯がチカチカと不規則に点滅する。動力炉はまだ露出したままだ。
「ビリー!」
戦兎が叫ぶ。でも、俺は口元のサーボを動かして、なんとか笑った。
「はは…成功だぜ、戦兎…」
「何が成功だ!お前、自分の身体を——」
「ハザードレベルは上がった。今なら…成分を抜いても、香澄さんは死なない…」
俺の視界センサーがノイズに覆われる。動力炉の熱で内部システムがダウンし始めている。でも、これでいい。これで、万丈の恋人を救えるなら——。
「バカ野郎…!」
戦兎の声が遠くに聞こえる。
「お前が壊れたら、意味がないだろ!」
「俺は道具だ…道具は、誰かを守るために使われて、初めて意味がある。それに、俺はこの程度じゃ壊れない!俺は、ヒーローだからな!」
瓦礫に埋もれた俺の視界センサーに、戦兎の姿が映る。彼は不敵な笑みを浮かべて、ビルドドライバーのレバーを回した。
「お前のその無茶、嫌いじゃないぜ、ビリー。だったら俺も、相棒に負けてられないな」
『ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!』
金色の輝きが廃墟を包む。戦兎の装甲が再構成され、右半身がゴリラの剛力、左半身がダイヤモンドの硬度へと変化する。完成したゴリラモンドが、両腕を打ち鳴らして咆哮を上げた。
『輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!イェーイ!』
「俺も賭けるぜ、戦兎!」
俺は瓦礫を押しのけて立ち上がり、両手にプロトトランスチームガンを構えた。胸部装甲は半壊し、識別灯の点滅は不規則だけど、まだ戦える。
「お前がトドメを刺すまでの時間くらい、十分に稼いでやる!」
「無茶を言うな!その身体で——」
「俺は道具だ。道具は使い方次第でヒーローになれる。博士に教わったんだ。そして今は、お前が俺の使い手だ!」
俺は地面を蹴り、ナイトローグに向かって蒸気の弾丸を連射した。同時にバーンスマッシュの足元にも牽制射撃。二つの標的を同時に相手取る。さすがに無茶だ。でも、戦兎が必殺技を準備するまでの時間稼ぎなら、これで十分。
「ふん、半壊の機械に何ができる!」
ナイトローグが翼を広げて俺の射撃をかわす。でも、その動きは俺の計算通り。
「今だ、戦兎!」
「勝利の法則は決まった!」
ゴリラモンドが叫び、地面を蹴って跳躍した。その拳が周囲の瓦礫に触れた瞬間、コンクリートの破片がキラキラと輝き始める。ダイヤモンドへと変化していく瓦礫の数々。それらがまるで生きているかのようにバーンスマッシュへと殺到し、彼女の身体を拘束していく。
「グオオッ!」
バーンスマッシュが炎を吹き出して抵抗するが、ダイヤモンドの拘束は解けない。ゴリラモンドは空中で体勢を整え、右腕を大きく振りかぶった。
「これで終わりだ!はああっ!」
渾身のライダーパンチ。ゴリラの剛力とダイヤモンドの硬度を兼ね備えた一撃が、バーンスマッシュの中心を貫いた。ダイヤモンドの檻が粉砕され、怪人の身体からネビュラガスが噴き出す。炎が消え、異形の身体がゆっくりと人の形へと戻っていく。
「香澄さん…!」
俺は駆け寄ろうとした。でも、脚部のアクチュエータが限界を超えて、膝から崩れ落ちる。胸部の動力炉がまだ露出したままだ。冷却ファンが甲高い悲鳴を上げ、蒸気が止めどなく漏れ出している。
「ビリー!」
戦兎が変身を解除し、俺の元へ走ってくる。その手には空のフルボトル。彼はまず、倒れた香澄さんからスマッシュの成分を回収した。
「大丈夫か、ビリー!」
「ああ…なんとかな。それより香澄さんは…」
「意識はないが、息はある。ハザードレベルは…まだ不安定だが、命に別状はない。お前のおかげだ」
戦兎はそう言って、俺の肩を支えた。人間の手の温かさが、冷えた装甲越しに伝わってくる。
「よくやった」
その言葉に、俺の口元のサーボがかすかに動いた。