おれはドラゴン。人間はしぬべき 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
吾輩はドラゴンである。
名前はまだない。
ないというか、付ける気もない。なぜなら吾輩はドラゴンだから。
そう、誰かに定義されるまでもなく、吾輩は自他ともに認める優良ドラゴンなのである。
「くぁ…」
吾輩は暇な大欠伸をして、胸いっぱいに深い森の香りを吸い込み、気だるげに吐き出した。
むにゃむにゃと舌と顎の位置を整えた後にふと空を見上げると、恒星は既に正午の辺りを浮遊していた。
「くわぁん…」
ううん、早起きをするという暇つぶしにはまた失敗したようだ。
つまり、成功を先延ばしにすることに成功したということ。
実質新たなクエストが発生したと言ってもいい。
明日は早起きをするという目的を孕んだそれを思うと、吾輩は満足気な独り言をこぼしたくなり、ちょっと「くわ〜」と鳴いてみた。
「…」
そういえば、人の言葉を操れなくなってひさしい
…気がする。
どうしてこうなったのか、もう思い出すことも叶わない。
ありがちな交通事故の後に神様のいる変な部屋に呼ばれて肩パンされながらキレ気味に転生させられたような気もするし、別にそんなことなかったような気もするし、そもそも元からドラゴンだったような気もする。
「ぐう…」
ちなみに、今ぐうと鳴いたのは吾輩ではない。
不遜にも主を差し置いて独断専行気味に空腹を訴え始めた胃袋という名の不出来な配下の仕業である。
部下に対する報奨の記録を思い返してみれば、1週間ぐらい前にその辺の池の幸を、おそらくザリガニか何かを数匹与えてやったっきりな気もするし、つい数時間前の人間だった時に高校の部室でコンビニ弁当をコンクリ打設工事のようにドカドカと流し込んでやったっきりのような気もする。
お腹がすいているのか、すいていないのか。
つまりそれすらも定義したくないのが、いや、させたくないのが超独立体たる吾輩なのだ。
まあしかし、そんな揺らぎの中にも確実な答えが2つばかり存在し、現状はその後者、すなわちお腹がすいている可能性に少しばかり針が触れているのは自明であり、今のは自明という言葉を使いたくなったので使っただけで別に自明かどうかは定かではなく、とにかく吾輩はお腹がすいていると表現できる状態にある可能性がすいていないと表現できる可能性よりも高い可能性が高い。
ううん、何を言っているのだろう。
吾輩は吾輩でも自分が何を言っているのか分からなかった。
あまりに高尚な思考を持ちすぎると、これが良くない。
あまりに高尚な吾輩はあまりに高尚すぎて、自分という存在のスケールの大きさにしばしば圧倒されてしまうのだ。
「グゥ……」
スーカラマッダヴァを探しに行くべく、吾輩は重い腰をあげる。
どっこいしょの代わりにちょっとした内蔵の圧迫を由来とする押し出すような呼吸音を残し、幽玄かつ荘厳に、ギリシャ神殿の柱のような4本の足を腐葉土に突き立てると、そこには力強い屈強な神話生物の姿があった。
少なくとも、馬より僅かに小さいぐらいの体躯を見ないこととすれば、それは屈強であると言えた。
「…?」
…軽く両目をつぶり、立ち上がった直後の貧血と立ちくらみと、頭の中にひどく響く血流のザーという音をなんとか受け流していると。
林の向こう側から、何やら金属の棒と金属の棒が雄々しくかち合う音が聴こえる気がする。
かきんかきんと、ああ戦ってるんだろうなと。そういう音が。
それに混じって、テストステロンとコルチゾールの多そうなむさい男の奇声も聞こえる気がするし、キーキーうるさい女の子の悲鳴も聞こえる気がする。
正直に申し上げてしまうと、吾輩にとってその手の音は今1番やめて欲しいものである。
だって、わかるだろう?
ヤであろうが。普通に考えて。
そういう音って。なんか俗というか、ふむ…
「……くわぁん」
吾輩は騒音被害について少しばかり考える姿勢をとったが、ふむとか言いながら考えたところで騒音は騒音だから騒音なのであるという至極真っ当な結論しか出ず、意外に便利な尻尾を使ってコメカミをポリポリとかくことで今の思考の無意味さと時間の浪費を表現することに決着してしまった。
まあ、要するに、とどのつまり?
既存のレール的テンプレートに乗っ取って浅い正義感や薄っぺらな人道主義を標榜することもなく、
その行動ができるのなら前世からもっと幸せになれてたんじゃないの。とか。
ちょっと生来性の優位を獲得した程度で生えてくる博愛主義的倫理観はただ突然与えられた正義の衣を被って道徳的優位に強引に立つことで気持ちよくなりたいという負け犬的暴力性の発露でしかないのでは。
要するにちょっと下駄履いただけで人にやさしくし始めるようなやつキモイよ。
とかのかったるくて陰湿な問題定義は一旦脇において、正々堂々いさぎよく、うるさいから見に行くという別に能動的行動を必ずしも伴わない思考回路によって、存在を認知しながらも無視して特に何もしないことを選択することができるのにも関わらず、
吾輩は、異世界転生漫画にありがちな序章で襲われている馬車を無策かつ万能感に身を任せただけな野蛮な本能の発露のままに助けに行く展開をなぞることを選びとったのだ。
つまり、ドラゴンは寝起きでお家の近くから変な音がしたので、誠に遺憾ながら様子を見に行くことにしたのである………