おれはドラゴン。人間はしぬべき 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「ぐるぅん…」
のそのそと、無理に早起きして億劫なゴミ出しを敢行する主婦の心持ちで雑木林の近くの街道に身を乗り出してみれば、そこには臭そうな襤褸を纏った無頼漢が数人と、彼らに簀巻きにされた明らかに高慢ちきそうに見えるいけ好かない女が1人、往来のド真ん中でわちゃわちゃと戯れていた。
ドラゴンってそんな高速道路沿いの草が生えているところに住んでる鳥みたいなノリで居ていいんだという茶化しは一旦無視することにして、吾輩は彼らに威厳たっぷりに歩み寄る。
意味もなく肩を左右にちょっと揺らしてみたり、しなやかな尻尾をふりふりくるりと扇情的に振ってみたり、君たちに興味はないけどうるさいから騒ぐのをやめて欲しいなと思っているドラゴンの素振りをしっかりと行うことで、自らの意志を明確に指し示した。
彼らまで残すところ10m程度まで接近すれば、流石の連中も吾輩のオーラを感じ取ることに成功し、一斉に騒ぐ口を閉じて姿勢をそのままにこちらを見つめて全身を硬直させる。
ま、当然であろう。
吾輩ドラゴンだし。
「!くわ…っ」
…ううん、しかし。
ああ…めっちゃ臭い。
思わず顔を顰めてしまう。
この獣どもに殺されたであろう従者らしき者達の死体から、やぶれた臓腑の中身の臭いと、血生臭い黒い鉄分の微粒子が立ち上っているのだ。
それに加えて発汗と腐敗と乾燥を繰り返して極限まで煮詰まったような人間の皮脂汚れと、雄臭さと、女の汚れを上から塗り潰すような甘ったるい香水の香りもあることで、周囲は異様な悪臭に包まれている。
空間に臭いの色がついているかのようである。
吾輩はもう面倒事に首を突っ込んだことを後悔し始めていた。
尻尾の先を扇子よろしく口元に当てたところで消えるような臭いでもなく、フラストレーション蓄積速度の加速はやむを得ない。
「…しッ、神威は我にあります!
見よ!神が私のために下僕を使わしたもうたのです!
早く消え去りなさい!下郎!」
「「「おお」」」
ちょっと待て、ウェイトアミニッツ。
このランダムな芝居がかり聖女風ガール、もしかして吾輩のことをなんか物語の都合上ちょうどよく現れたお助けキャラだと思ってない?
少なくとも下僕でないことは確かなのだが、山賊っぽいならず者達は女の夜寝る前にかっこいい決めゼリフとしてウキウキで考えた上で用意してそうな芝居がかった発言を鵜呑みにしているらしく、すごすごと彼女の縄を解き、辺りに散らばった剣や盾を拾いだした。
えっ、そんなフランクに退散しちゃっていいの
神様の威光凄すぎない?
「…ぐる!?」
ヘイヘイヘイヘイヘイ、ちょっと待て。
これこの後吾輩が何故かヤレヤレ系な雰囲気でこの女の我儘を聞いてあっちゃこっちゃ振り回され、壮大な冒険パーティ物語が始まり、次第にインフレが進むにつれて吾輩主人公なのに出番が減って、最終的にほぼ勇者パーティの空飛ぶタクシーみたいな扱いを受けることになるありがちな展開の始まりじゃないのこれ。
「くわんぬ」
吾輩は集団に見せつけるように前足を持ち上げ、5本の指の中の1本だけをピンと立てると、それに視線を集めたまま土を踏み固めた道路にぶすりと突き刺し、スラスラと文字を書き始める。
だって吾輩ドラゴンだし。
字ぐらい書けてもおかしくないだろう。
おかしいと思うなら今すぐ家の外に出て花壇の土に人差し指を突っ込んでみるがいい。
必ず文明的行為の片鱗をチューリップに見せつけることができるはずである。
まあとにかく、吾輩は威厳たっぷりに。
体育館でやる書道の時間にバカでかい紙に向かって四つん這いになる小学生男児のような動きで、華麗に誤解を解くための文字列を大地に刻み込んだ。
" 我が輩い吾輩はドラゴンである。神様のたぐいとちが、違が違う。うるさい。くさい。今すぐ帰るように。"
…内容からして少々簡素な文体に見えたかもしれない。そこは吾輩も承知の上なので、あまり気にしないで欲しい。
実の所、吾輩だってこんな初めての読書感想文みたいな調子にするつもりはなかった。
書き出しを見てもらえば理解に容易いと思うが、本当はもっとしっかりかっこよく長ったらしい文を認めるつもりだったのだ。
しかし、諸君も今すぐ庭の花壇の土に指先を突っ込んでもらえれば理解できると思うが、爪の中に土が入ったら嫌だなという気持ちと、単純に土に漢字を刻み込むのが難しいなという気持ちと、普通にかっこいい文を即興で思いつかなかった気持ちと、吾輩はドラゴンである。まで書いたところでちょっと腕が疲れて面倒になってしまった気持ちが合わさってしまい、それによりこういうシンプルかつ直線的な理解を期待できる内容にて納得の上記述を終えた次第である。
「はぁ…?
ちょっと、下郎達!何と書いてあるか読みなさい!」
「!…くわ……」
彼女は吾輩の啓示を読み取ることができないことに成功したらしく、さっきまで自分を襲っていた男達の背中に声をかけた。
既に結構歩き去っており、多分30メートルぐらいは離れていたというのに、きゃつらはテコテコとこちらに戻ってくる。
宗教の威光ありすぎじゃない…?
吾輩は訝しんだ。
「!ハッ、これはエンシェント漢字スタイル…」
「漢字!?まさかそんなはずは…おかしいわ。内容を説明しなさい!」
いや山賊の方が読めるんかい!
なにわ仕込みのオールドスクールノリツッコミが自動的に発動し、吾輩はふわふわの草が生えた道路脇の地面に向かって勢いよく横転する。
ではなぜ口語は通じているんだ…
吾輩は更に訝しんだが、突如として脳に直接響き出したシステマチックな声が、その理由を長々と説明し始めた。
言語翻訳スキルがあるらしい。吾輩には。
その声をわざわざ本文に転記する意味がよく分からないので吾輩は文字起こしすることを怠るが、まあとにかくありがちなご都合主義である。
ちなみにまたまたありがちな今気付いたばかりの鑑定スキルとやらをこれまたなんの説明もなく使用方法すらも未説明のまま目の前の漢字が分かる山賊に向けてぽんと使ってみると、この山賊は普通に地元が漢字圏だったらしい。
ありがちな異世界っぽい世界観なのに漢字とか普通にあるんだ…
吾輩は訝しんだ。
「ハッ、察するに…私は神様のたぐいではない。クサイから早く帰れと言っ「なるほど!!神は私に使命を与えたもうたのですね!帰る…なるほど。まつろわぬ者達に奪われ、汚されている我らが約束の地に帰れと!奪還せよと仰るのですね…!」
突然発言を遮られた上に言わんとすることを何やらヤバげな宗教戦争の始まりに変換されてしまった形の漢字の分かる山賊は、驚き慄くと同時に、本当に危ない人を見てしまった目で吾輩を見やる。
"助けて"
飼い主の裏切りを目の当たりにして全信頼を失ったばかりの3歳の柴犬のような瞳は、吾輩に圧倒的な憐憫感を生じさせた。
多分、なんだかよく分からないがものすごく良くないことが起きようとしているのは確かである。
「こっ、こうしてはいられません…早く邪教徒を皆殺しにして砦の門に吊るさなければ…」
あーそういう感じねハイハイ…と、吾輩はこの女についての理解を確信レベルに引き上げる。
たぶん、実は悪者だった系味方側王国の狂信者キャラなのだろう。
…なんかわかんないけど、いいよ、やっちゃって。吾輩の言ってること分かったろ…
吾輩は山賊に向け、なんかこいつヤバそうだから今ここでやっちゃった方がいいんじゃない?という意思を込めた目線と首振りを送る。
「…!」
しかし、それに対して山賊たちは怯えながらフルフルと首を振り返した。
バレなきゃ犯罪じゃないの心持ちで変な女の隊列を襲っていたは良いもののガチの神様っぽいドラゴンが突然現れたので流石にヤバいと思い急に心を入れ替えたポーズをして言うこと全部聞いていただけの哀れな山賊たちにとって、もう下手なことをするべきではないという思考回路は当然のものであった。
い、いやっ…ドラゴンさんやっちゃってくださいよ…嫌っすよ…
正しくそういう感じの捨てられた犬のような表情は本当に可哀想だったので、やむを得ず吾輩は一肌脱ぐことにした。
「さあ!そこな神のしもべよ!私を聖都へ連れてゆくのです!!!」
「くわん………」
ちょうどよく女の号令がかかったので、吾輩は飛翔し、魚を捕らえたワシのようにその肩を掴む。
「ぐっへえっ、あだだだったっ!!?」
「…!!」
重ったい………
吾輩は無駄のない必要最低限の機能美を誇る賢げうすほそしなやかドラゴンなので、人一人持ち上げるだけでもだいぶしんどいのだが、ここは人類という隣人達の幸せの為に奮起する。
眼下に見える小さくなった山賊たちは吾輩に向かって敬礼していた。
フッ、任せろよ。
アギトの端をニヒルに歪め、吾輩は近所の洞窟に繋がる滝壺に向かい、そこを目掛けてポトリと女を投下する。
「!"?"!"!?どわああ"ああ"ああ"なんでえ"え"え"え"え"ぇ"ぇぇぇぇぇぇぇぇ………………!!!!!!!???」
すぐに女の声は小さくなり、そして小学生が闇雲にクリアを目指すゴルフゲームの池ポチャシーンのように静かな着水音を立てて水流のうずの中へと消えていった。
これで脅威は消えた。
人々や動物達は幸せに暮らせるようになることだろう。
吾輩は得意げに鼻をすすり、野球漫画の夕暮れシーンのようにさわやかに明日に向かって翼を広げる、
久しぶりにいいこと、しちゃったな。
あの滝壺の先はめっちゃ広いダンジョンなので、万が一にもあのソーシャルメナスが這い上がってくることはない。
このありがちな経験値システムが反応していないのはちょっと気になるが、きっと水場の魚やアメンボにちくりと啄まれ、そいつらにでも経験値が吸われたと考えるべきか。
ともあれ、ひと仕事終えて爽やかな心持ちの吾輩は、頬に感じる初夏の風のことを想いつつ悠々と自宅へ帰ったのだった………
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