この生に、意味があるのなら   作:生姜醤油

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まだ1話しか投稿してないのに、思ったより見られててちょっとビビってます。

ストックがあるわけではないので、投稿ペースはそこまで速くありません。気長にお待ちください。


赤ん坊、襲来

 

「あー……完全に忘れてた」

 帰宅後即ツクヨミにログインし、『KASSEN』に明け暮れ気付けば夜遅く。現在俺は冷蔵庫前で項垂れていた。

 長時間の配信で喉も乾いたため、麦茶を出そうと扉を開けたところで、隙間だらけの光景に元々買い物しつつ帰る予定だったことを思い出した。六限の授業中からずーっと考え事してたから、そっちに意識が全部行ってしまっていたんだろう。

 

(もうこんな時間だし、明日に……いや、それは無いな)

 地球温暖化の影響で、年々気温が上昇している2030年現在。7月前半で既に、日中はうだるような暑さに襲われるほどで、辺りが暗くなり始めても中々涼しくならない。これくらい遅くにならないと、わざわざ外に出るような気にはなれないのだ。

 だが、明日は酒寄に夕食を作ってやる予定だった。確かバイトは昼までだし、その後は家にいるであろうことを考えると、それでは間に合わない。少しでも良いものを食べてほしいし、こんな有り合わせのもので作りたくはない……仕方ない、行くか。

 

 

「皆、ちょっと出かけてくるわ。休憩って言ったけど、ちょうどキリ良いし、帰ってくるのも遅くなるだろうから、続きはまた明日ってことで」

 

:いや今から行くんかい

:何か買い忘れたんか

:もっと見たかったけどしゃーなし

:行ってら

:夜道気ぃつけろよ

 

 コメント欄をある程度チェックしたのち配信を閉じ、身支度を済ませ外へ。少々むわっとした空気が体を包むが、昼間に比べれば遥かにマシである。

 

 

「……は?」

 階段を降りようとしたところで視界に飛び込んできたのは、何やら七色に光る電柱と、その周辺に立ち込めるスモーク、そしてそれらを前に後ずさっている酒寄だった。スマコン外したよな……? と確かめている間に酒寄と目が合い、助けを求める視線を感じ側へ歩いて行った。

 

「……一応聞くが、何かしたのかお前?」

「何もしとらんわ! たった今帰ってきて、この状況に遭遇したところよ……」

 まあそうだよな。こんな……ゲーミング電柱って言ったら良いのか? こんな摩訶不思議なもんを、よりにもよって酒寄なんかが悪戯で生み出すわけがない。

 

「景浦にも見えてるってことは、私の幻覚ってわけじゃないのよね……」

「ああ。『KASSEN』ずっとやってたが、まだまだ目は冴えてるし、多分現実だろ。……どうする?」

「……見なかったことにしようか」

「だな。確実に面倒事の匂いがする。……俺駅前に買い物行ってくるから、じゃあな」

「えっ、この時間から?」

「昼間なんかに出たくねーし。いちいち補導なんてされないから問題ねーよ。……お前はとっとと休めよ。隈濃くなってんぞ」

「あ、うん。分かってる……」

 そうして俺は駅前へ、酒寄はアパートへ。それぞれ向かおうとしたその時――まるで呼び止めるかのごとく、電柱が更にスモークを吐き出した。

 

「うげぇ……」

 見るからにげんなりした顔の酒寄。気持ちは分かる、多分俺も今かなりのしかめっ面をしている。

 

「何でここなのよ……他の場所でなら、光ろうが踊ろうが歌おうがどうでも良いのに……おめでたい電柱もあるもんだで済むのに……何で……」

「いや済まないから。そんなこと起きたら世の中大混乱だから。マジでもっと休めお前、大分思考がおかしくなってるぞ。ほら、さっさと寝るんだ」

「こんなの放置してゆっくり休めるほど図太くないよ私……」

 うーむ、どうしたもんか。誰かに任せようにも、こんなボロアパートに電話一本で来てくれる大家はいないし、他に住人が出てくる気配も無い。

 なら警察でも呼ぶか? いや、今こうして目にしている俺達ですら、幻覚やらスマコンの外し忘れやらを疑うほど現実離れした光景なのだ。通報したところで頭がおかしくなっただけと思われて終わりだろう。

 

 酒寄の安眠のためには、俺が何とかするしか無いのか……? と色々思考を巡らせていると、酒寄は意を決したような顔つきで電柱に一歩一歩踏み出していった。流石に一人で行かせるわけにもいかず、俺も隣を歩いていく。

 

 そうして近付いていくと、いつの間にやらゲーミング電柱の真ん中には扉のような切れ目と、竹のような取っ手が生えていた。それは、徐々に観音開きに開いて――

 

 

 ――バタン。

 

 

 心を無にした顔の酒寄が即閉じた。そして一息つき、アパートの階段へ体を向けようとすると再び開き始め、慌てて閉じたのだが……それでも開こうとする扉を見て、俺も加勢。二人がかりで扉を押さえつけるものの、

 

「ぬぐ……」

「ぐおっ、うっ、力づくかい」

 押し返される。酒寄一人ならともかく、ある程度は筋トレだって真面目にやってる俺がいてもダメって、どんな力してやがんだこいつ。

 

 抵抗を諦め、目の前の光景を二人して成すすべなく見つめる。そうして開いた扉の中には――

 

「ん?????」

「はぁ?」

 赤ん坊がいた。ふりふりのクッションとピンクのガラガラ、クルクルと回る小さなメリーゴーランドの玩具、それらに囲まれベビーベッドに寝そべる赤ん坊は、表情をころころ変えながら俺達を交互に見つめてくる。まるで、何かを訴えかけるように。

 

「すまん! しかし、私手一杯ですので、失礼いたします!」

 やがて限界が来たのか、酒寄がダッシュでその場を去ろうとする。おい、俺を置いていくな。俺だってこんなの――

 

 

 ――もう、どうなってもいいんだあ! ひっく。

 ――ガシャーン。

 ――あおーん。

 ――キキ―ッ。

 

 

 とその時、酔っ払いの叫び声とガラスの割れる音と野良犬の遠吠えと車の乱暴なブレーキ音が矢継ぎ早に聞こえてきた。

 おかしいな、さっきまで周りに気配なんて全然無かったのに、急に治安が悪くなってきた。この赤ん坊が何かしたのか? いや、それは考え過ぎか?

 

「酒寄。流石にこのままにしておくのはマズい気がする。野良犬の餌にでもなりかねん。もう遅いし、とりあえず一旦保護して、後々考えよう」

「……そうだね」

 男の俺よりも酒寄が持った方が赤ん坊も安心するだろうということで、運ぶのは任せることに。「どう持つんだ、これ」と恐る恐る電柱の中から抱き上げていた。

 

 

「えっ、ちょ」

 赤ん坊の体が完全に出た途端に、ゲーミング電柱は消灯。取っ手も扉も消え失せ、あっという間に元の物言わぬ電柱に戻ってしまった。触ってみても継ぎ目のような物は無く、叩いても固い感触が返ってくるのみ。

 

 しかし、酒寄の胸に抱かれた赤ん坊の存在が、先程までの出来事が夢でなくれっきとした現実だということを突き付けてくる。一体何がどうなっているのか。

 

「……ねえ。これ端から見たら、私達が攫ったみたいに思われない?」

「捨て子拾いました、とでも言うしかないんじゃね? それで適切に保護されるなら、それはそれで構わんし」

 と会話を交わしていると、急に赤ん坊が大声で泣き始めた。深夜の住宅街に容赦なく響き渡る状況に、酒寄は大慌てで自室へと駆けていく。つられて俺も後を追い、部屋へ入り鍵をかける。

 

「ふええええええん!」

「ああ、怖くない怖くないよー。ほら、べろべろべろ~~」

 振り返ると、ひたすら泣き続ける赤ん坊を、酒寄が必死にあやしていた。……今まで見たことも無いような顔に、一瞬思考が止まったのは黙っておこう。

 

「どうしよう、全然泣き止まない……私赤ん坊あやしたことなんて無いよ」

「同じく。……子守歌でも歌ってみるか? 俺全然覚えてないけど、酒寄は?」

「記憶にございません」

「……スゥー……」

 思わず天井を見上げた。どうする、適当に検索して流してみるか? いや、赤ん坊から見れば目の前の良く分からん板から音が流れ続ける謎の状況でしかない。平時ならともかく、こんな泣き続けてる状態で通用するのか? 俺達が即興で直接歌った方がまだ――

 

(いや、待て)

 部屋の奥の神棚に鎮座する、ヤチヨのアクリルスタンドが目に入る。初めて見た時は若干引いたが――って、今はそんなことどうでもいい。

 酒寄が普段良く口ずさんでる曲、あれなら赤ん坊を落ち着けるのにちょうど良いんじゃないか? 曲名は確か……。

 

 

「あれだ、Rememberで良いんじゃないか。あれアカペラで歌ったらちょっと子守歌っぽいだろ」

「分かった。……大切なメロディは――流れてるよ――あなたのハートに――」

 

 

 そうしてみると、一番も歌い終わらない間に赤ん坊は寝息を立てていた。あれだけ振り回しておいて、実に見事な熟睡だこと。

 

「ヤチヨパワー、すげー」

 そう言いながら、酒寄は慎重に慎重に赤ん坊を布団に横たえる。手を引き抜いてしばらくしても目を覚ます気配は無く、「……よかったぁ」と安心しきったのか床に体を投げ出していた。

 

「お疲れ。多分明日の朝までは寝てくれるだろ」

「そうだといいなぁ……夜泣きはちょっと勘弁。もう限界」

「おう、ゆっくり休め。俺の部屋で世話出来れば良いんだが、ちょっと機械とか多くて危ないんでな。悪いがこっちで世話ってことにしてくれ」

「分かった、任せて。……ありがとね、景浦」

「ん?」

「私一人だったらもっと慌てて、もっと抱え込んでたかもしれない。景浦がいてくれて良かった……」

「それはお互い様だ。結局俺自身は大したこと出来てないしな。……あ、そうだ。その子、性別どっち?」

「あー……女の子みたい……」

「了解。とりあえず、明日の朝また顔出すわ」

「うん……分かった……よろしくね…………」

 

 酒寄の声が段々小さくなっていき、やがて寝息を立て始めた。ここまで帰ってきた段階で既にヘロヘロだったし、その後にあんな嵐のようなことが起これば、まあこうもなる。

 

「……とはいえ」

 床に直接寝るのはよろしくない。疲れをしっかり取るためにも、せめてちゃんとした状態で寝てもらいたい。

 ということで、一旦俺の部屋に戻り、予備の布団を引っ張り出し酒寄の部屋に運び込む。そして、酒寄をそっと抱きかかえ、敷いた布団の上に横たわらせ髪を解き、念のため赤ん坊共々タオルケットをかけてやる。本当は制服なんかじゃなくパジャマを着てもらいたいが、着替えさせなんてしたら一発でお縄になるので、そこは仕方ない。

 

 

「おっと、忘れてた」

 抜かれているエアコンのプラグを差し込み、適温に調整する。酒寄は普段電気代がどうのと言って使おうとしないが、赤ん坊がいるこの状況で尚も使わないわけにはいかない。ただ、勝手に使うことに変わりはないため、机の上に一万円札と、エアコンの件及び部屋の鍵は郵便受けに入れたという旨のメモを残す。

 

 

「……おやすみ」

 電気を消し、部屋を出て鍵を閉める。確か酒寄は明日六時に起きるとか言ってた気がする。あんまり時間は無い、か。

 

(さて……)

 再度部屋に戻り、ツクヨミにログイン。この時間だ、恐らくまだ元気に『SETSUNA』でもやっていることだろう。

 

「『お疲れ様です。少し話がしたいんですが、今大丈夫ですか?』っと」

 メッセージを送ると、数分もしない内に返信が来た。そこには、問題無いということと、集合場所は俺と向こうのマイルームどちらにするかということが書かれていた。申し出はあくまで俺からということで、こちらから向かうという返事を送信。そして、和風の街並みの中をしばし駆け抜けた。

 

 

 

「久しぶり。よく来たね」

「ご無沙汰してます、シグマさん」

「相変わらず固いなぁ。ほら、上がって」

 促され部屋の中に入ると、武家屋敷のような光景が目に飛び込んできた。大分前に来たっきりだが……何か前よりも更に凝ってるような気がする。この人そういうのかなりこだわるからな。

 

「それで、今日は一体どうしたんだい?」

 そう言って、俺の前に座る男は微笑んだ。

 

 彼の名は『天斬(あまぎり)シグマ』。俺の兄弟子にして、十年近くの知り合い。こんな柔和な雰囲気を醸しながらも、現『SETSUNA』レート2位、『RANSE』レート3位と、このツクヨミにおいて、最も最強()に近いとされている者達の一人だ。

 

 アバターは銀髪を一つ結びにした髪型に、頭には猫耳、そして俺と同じく上下忍び装束で装飾は無しのシンプルな姿。ゴリゴリのプロゲーマーであり、ツクヨミ内の大会も何度も優勝を果たしている。

 

「実はですね」

「うんうん」

「赤ん坊の育て方について、色々アドバイスが欲しくて」

「……………………………………うん?」

 猫耳のアバターだけに、表情がまるで宇宙猫のようになりフリーズしている。いや言ってる場合か。完全に聞き方間違えた。

 

「えっ、ちょっ……えっ。まさか、いつの間に春が――」

「来てません。そもそも俺関係でもありません。……隣人が急遽赤ん坊を預かることになりまして、悪戦苦闘してるんですよ。俺もそういうのは疎いし、詳しい話を聞けるような人はいないかと思って。ネットなんかよりも、実体験を直接聞くのが一番ですから。で、良い感じの人いませんか?」

 流石にゲーミング電柱周りのことは伏せた。この人なら話しても信じてはくれるだろうが、当の俺達ですら全然分かっていないことを無理に話しても混乱させるだけだ。これで十分だろう。

 

「ああ、そういうことね……ビックリした。んー、誰かいたかな…………あ」

「いました?」

「一年位前だったかな。『叢雲(むらくも)』が、この前赤ちゃん生まれたんだーって凄い嬉しそうにしててね。それからしばらく子煩悩なエピソード聞いてた覚えがある。ちょっと呼んでみるよ」

「お願いします」

 

 『叢雲』。シグマさんのリア友にして、同じくプロゲーマー。現『SETSUNA』レート10位、その他『SENGOKU』『RANSE』等でもかなりの好成績を残している男。

 俺達の1位や2位に比べると、10位は一歩劣るように見えてしまうが、『KASSEN』界隈では10位以上は最早人間ではない扱いをされるので、そのラインを超えていることからして、最高クラスの猛者の一人と言って差し支えない。俺も何度も戦ったことはあるが……そうか、あの人が。

 

「おっけ、連絡着いたよ。ちょうど近くにいるらしくて、すぐに来ると思う」

「分かりました」

 それから僅か一分後。扉がガラッと開き、法被を羽織った記憶通りの大柄な男が入ってくる。そして、俺達と目が合うなりニカっと笑った。

 

「来たぞ、シグマ! そして、聞いたぞ影狼! まさかお前が赤ちゃんの相手をする日が来るとはな!」

「俺が一番驚いてるよ……。人生何があるか分からんもんだ」

「全くだな。……それで、何が聞きたい?」

「とりあえず寝かし付けは何とかなるっぽいから、それ以外。ミルクの飲ませ方とか、着替えとか、あとオススメのベビーグッズとか色々。片っ端から教えてくれると助かる」

「成る程。相分かった、じゃあまずは――」

 それからこと細かに情報を聞き出し、礼を言ったのちログアウトし急いで駅前へと向かった。とうに日付は変わっており、閉店時間までそんなに余裕は無いが、買う物は決まってるし、まあ大丈夫だろう。

 

(夜は何を作るか……赤ん坊の世話で色々大変になるだろうし、より疲労回復を重視したものにでもしようか)

 頭の中で献立を考えつつ、闇夜を駆けていく。前世でも今世でも初めての赤ん坊の世話、しかも相手はゲーミング電柱出身。この先色々大変なことになりそうな予感がひしひしと感じられるが――

 

「……ま、なるようになれ、だな」

 こうなってしまった以上、やるべきことをやる以外に道は無い。酒寄の負担を少しでも減らすために、色々頑張るとしよう。

 




というわけで、ランカー二人、早くも登場です。3位~9位も後々出てくる予定です。タグの「オリキャラ多め」はこれのせいですね。

尚、2位~10位は皆戦闘狂なだけでお互い仲良しなので、特に険悪なことになったりはしませんし、色々擦り切れてる影狼のことを気にかけてる人も多いので、主人公勢にも基本好意的に接してきます。安心してお読み下さい。
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