この生に、意味があるのなら   作:生姜醤油

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前回の途中の、配信周りの文章、改めて見返したら流れに違和感があったので一部修正を加えました。


ハッピーエンド、ねぇ

「……とりあえず事情は分かった。どうして良いか分かんなくなって、連絡してきたってことか」

「うん……ていうか、落ち着くの早くない?」

「もう今更じゃないか? 元々正体不明の存在だぞ。勝手に肉体の成長スピード、ある程度決めつけてたこっちが悪いのもある」

「それはそうなんだけど、いくら何でもここに来て急にでかくなり過ぎじゃない? 私の胴体に乗る程度のサイズだったんだけど」

「まあ、今時は何もかものスピードが早いんですわ~」

「何だその何処ぞのインタビューみたいな口調は。てかお前、言葉はどうやって覚えた? 寝る前あーうーとしか言ってなかったろ」

「んとねー、これ! さっき見てたの!」

 少女が示したのは、机の上のタブレットだった。画面をいじり、ネットニュース、映画、ライブ映像、アニメ、果ては酒寄の個人的な動画であろうものまで、次々と切り替え見せてくる。つまり、これらから言語を学んだということか。

 

(いや、どんな習得速度だよ)

 正直ゾッとした。普通の人間の赤ん坊が、そんな流暢に話せるようになるまで一体どれくらいの時間がかかると思ってる。それをたったの数時間で?

 ……うん、考えるのはもう止めよう。それもまた決めつけだ。何から何までこちらの常識なんて通用しないと思った方が良い。

 

 

「それで、あなたはだれ?」

「景浦琥太郎。この三日間、こいつと一緒にお前の面倒を見てたもんだ。景浦でも琥太郎でも好きに呼べ」

「じゃあコタロー! よろしくね!」

「んで、こっちが――」

「知ってる。彩葉でしょ?」

「いや何で知ってんの。さっき流しちゃったけど」

「メールの宛先が皆同じ名前だったから、それで」

「ああ、成る程……この際勝手に色々見たのはもうツッコまないでおくわ」

 少々げんなりした顔で酒寄が呟く。まあ深夜に起きてこんなんなってたら、いちいち細かいことなんて気にしちゃいられないだろう。気持ちは分かる。

 

「それで、あんたは一体――」

 ぐう~~~~

「「……」」

 ぐう~~~~

「いやお前もかい」

「……うっさい。疲れてて食べる気しなかったの」

 酒寄が少女に問いかけようとしたその時、目の前から特大の腹の音が部屋中に鳴り響いた。そしてそれに誘われるかのように、酒寄の方からも同じような音が聞こえてきた。恥ずかしそうに顔を逸らしているが、今まで何度も空腹な様子を見てきてるのに、今更ではなかろうか。

 

「たすけて~~?」

 そんな状況の中、少女は俺と酒寄を交互に見て、瞳を潤ませ媚びたように小首を傾げてみせた。実に舐めた態度だが、それもネットから学習してしまったんだろうか。5chとかまで見てたら手に負えなくなるぞ。

 

「……何か俺まで腹減ってきちまった。適当に持ってくるわ。酒寄はどうする?」

「賄い食べれてないのがそのまま残ってるから、それだけで良いや」

「分かった。ちょっと待ってろ小娘」

 部屋に戻り、作り置きは無いので冷凍庫を漁る。相手は小さい子供だし、オムライス辺りで良いか。俺は……これにしよう。

 

 

「「いただきます」」

 手を合わせ、俺は唐揚げを、酒寄はタコライスを口に運ぶ。一方少女は、目の前のオムライスに手を付けず、俺達をじーっと見つめていた。ああそうか、そういうのは学習してないのか。

 

「これはスプーンって言ってな。こう持って、こう掬って食べるんだ」

「んー、こう?」

「そう。……どうだ、美味いか?」

「ん~っ、すごい! 何これ!?」

 オムライスを口に入れた途端、目が輝き出し一心不乱に掻き込んでいった。ただの冷凍食品なんだが、まあここまで喜んでるなら問題は――って、色々飛び散ってやがる。

 

「おいおい、もうちょっと落ち着いて食え。行儀悪いぞ」

「? ふぉうぎ?」

「そう。あんまり汚さずに食うとか、口に物が入ってる時は喋らないとか。あと今回は良いけど、食べる前にいただきますって挨拶をするとかな。まあ追々覚えていけば良い」

「……ふふっ」

「どうかしたか」

「いや、なーんでも」

 ベタベタになった少女の口の周りを拭いてやっていると、酒寄が笑みを溢していた。何かここ数日意味深な視線だったり笑顔だったりを向けてくるんだよな……一体何を考えているのやら。

 

「話戻るけどさ。あんた一体どこから来たの?」

「んー……んっ」

 問われた少女は、口をもぐもぐとさせながら少し考え、やがて一点を指し示した。指の先にあったのは――窓から見える満月。月から来たってことか?

 まあそのくらいぶっ飛んだ存在の方が、ゲーミング電柱も急成長もある意味納得出来るけども。もしかしたら、今晩ここまでデカくなったのも、今日が満月だというのが関係しているのかもしれない。

 

「で? 宇宙人は何しに来たの? 侵略?」

「うーん、何かあんまりよく覚えていないんだけど~。とにかく、毎日超つまんなくて~。楽しいところに逃げた~いって、思った気がする」

「アバウト過ぎて何も分からん」

「てか逃げんな。逃げるのは簡単だけど、そのあと再スタートって大変だよ? 覚悟あんの?」

「覚悟~? やりたくなかったらやんない。やりたかったらやる!」

 話がいまいち通じない自称宇宙人を前に、酒寄が遠い目をする。日々体に鞭打って、勉強にバイトにと色々頑張っている酒寄にとって、これほど相性の悪い存在も中々いるまい。

 

「あと日々がつまんないとか当たり前」

「え! やだー! 彩葉ほんとにそれでいいのー?」

「良いとか悪いとかじゃない。そういうものなの」

「えー。コタローだってやだよねぇ?」

「……さあな。考えたことも無い」

「コタロー?」

 つまんない――つまんないか。そんなことを考えられる日々を過ごせていたら、どれほど良かっただろう。

 前世ではそんなことを考える余裕は無かった。そして今世は()()()()()()()()()()()()()()()()。楽しかった記憶はある、けれどそれ以外は――

 

「……ちなみにだけど、これに心当たりは?」

「なにこれ?」

「竹取物語。月からやって来た姫が竹の中から出てきて、翁が拾って育てて、結婚迫られたりとか色々あって……まあ、ごちゃごちゃありますって感じのお話。あんたが出てきたのは竹じゃなくて電柱だったけどね」

「ふーん、けっこんかぁ……」

 タブレットに古びた雰囲気の絵本を表示しながら説明する酒寄に対し、当の聞き手は心ここにあらず、視線は酒寄のタコライスに向けられていた。飽きるの早ぇよ。あと涎を垂らすな。

 

「あたっ」

「他人の物を勝手に取ろうとするな。欲しいならちゃんと一言言って、本人から許可が出てからだ。……食い足りないならこれ食え。こっちのは食っちゃ駄目だ」

 そろ~っとタコライスに伸びていく手をはたき、代わりの物を差し出すと、早速パクついて「これも美味しー!」と笑顔を浮かべていた。俺の分は後で追加で温めるとしよう。

 

「んでー、何だっけ? つまり、彩葉はこのお爺さんなわけ?」

「八十年後の未来でも見えちゃってるのかなぁ~、違うよッ!」

「ぬはは~」

(そこはせめてお婆さんだろ)

「景浦、何か言った?」

「何も言ってないぞ?」

 これでもかと殺気が込められた視線が飛んできたため、素知らぬ顔をしてやり過ごす。

 おかしいな。頭の中で思っただけなのに、的確に察知してきおった。俺の思考は全然読めないって『KASSEN』で良く言われてるのに、こんなのが読まれるとは、表情にでも出てたか?

 

「で、お話はどうなるの?」

「えーっと、お迎えが来てー、翁たちが引き渡すまいと戦うも空しく、姫は羽衣を着せられて、地球のことは忘れる。で、帰る」

「おー」

「……」

「……?」

「?」

「で、続きは?」

「ない。終わり。めでたしめでたし」

「へ?」

 間の抜けた声を漏らした少女がタブレットをフリックするが、続きは出て来ず最終ページに戻される。翁とか帝とかのアフターストーリーはあったはずだが、姫に関してはそこで終いのはずだ。あんまり覚えてないけど。

 

「月に帰って終わり!? 何それ、何がめでたいの!? 超バッドエンド! かぐや姫絶対不幸じゃん! しかも何かいい話風になってるのが余計許せないよ!」

「これはそういうお話なの」

「バッドエンドやぁーだぁー! ハッピーなのがいーいー!」

 床でジタバタし始めた少女を放置し、酒寄は皿を片付け始める。話はこれで終い、ということか。

 まあ言われてみれば確かに、特大のバッドエンドではある。登場人物で幸せになったの誰一人いなかった気がするし。とは言え、ここまで感情移入するような奴は前世でも今世でも見たことが無いが。

 

「どうしようもないじゃん。暴れたって、何したって、決まってることが変わるわけじゃないし。受け入れて覚悟するしか、ない」

「……そうだな。全能の存在ならともかく、俺達は所詮ちっぽけな人間に過ぎん。一人一人に出来ることなんて限られてるし、その中でどうにかやっていくしか無いんだよ」

「…………」

 俺達の言葉に、少女は黙り込みじっと見つめてくる。一体何を考えているのだろうか。そこから少し経ち、そろそろ部屋戻って追加でからあげ温めようかと考え始めた頃、突然少女は笑みを浮かべ「よし、決めた!」と立ち上がった。

 

 

「自分でハッピーエンドにする! そんでハッピーエンドまで彩葉とコタローも連れてく、一緒に!」

「ハッピーエンドいらない、フツーのエンドで結構です」

「うそうそうそ! なわけないでしょ?」

 びしっとポーズを決め高らかに掲げた宣言に対し、即行で出端をへし折った酒寄に少女が縋りつく。ハッピーエンド、ねぇ。

 

「ほら、コタロー! 彩葉説得して!」

「景浦、こんな奴のことなんて聞かなくて良いから」

「……俺は別に良いと思うぞ。迷惑かけない範囲で、本当に出来るんならな」

「ちょっ」

「よっしゃ! ほら、コタローもこう言って――」

「ただし、連れてくとしても酒寄だけだ。俺は補助はしても同行は出来ん」

「え……いやいや、何言ってるの。コタローも一緒に――」

「生憎俺は、そういうのにとことん縁が無い。ハッピーエンドどころかノーマルエンドにだって辿り着けやしねーよ。そんな奴に構ってる余裕があったら、少しでも自分が前に進む方法を探すんだな」

 俺だって、幸せな人生を夢見たことが無いわけじゃない。ただ、そんな夢はとうの昔に枯れ果てた。きっと俺は、そういうのに出会えない星の下で生きている。

 

 

 

 だって、そうだろう。もし俺に、ハッピーエンドに辿り着く資格なんてものがあるのなら――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてことに、なるはずが無いのだから。

 

 

 

「とりあえずそろそろ寝ろ。忘れてるかもしんないが、今ド深夜だからな? 本来飯を食う時間でも、こうして駄弁ってる時間でもない」

「……それはそう。景浦、また朝ね」

「ああ。おやすみ」

 固まった少女を放置し、酒寄の部屋を後にする。そして適当に腹を満たし、再びベッドに身を投げ出した。

 明日は――いや、良く考えたらもう今日か。元々学校をサボって引き続き赤ん坊の面倒を見るつもりだったが、あの分なら部屋に一人で置いていっても問題無いだろう。そんなことを考えながら、段々と意識は落ちていった。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

「……時間か。ふあぁ……」

 窓から差し込む日の光と、けたたましい目覚ましの音で目を覚ます。隣の様子はどうなっているかと、欠伸を噛み殺しながらドアを開けると、ちょうど酒寄が出かけるところで――

 

「えー! やだやだやだー! 一緒いて!」

「無理。学校休めない。家から出ないで。ご飯はそこね。パンケーキ」

 軽く言い争いが繰り広げられていた。こんな早くから元気だなこいつら。

 

「朝っぱらから騒がしいなお前ら……どうした? てかまたデカくなってんな」

「あー、おはよ景浦。この子が置いてくなって泣きついてきて――」

「くそまじぃ……」

「ん? ……うわ、くそマズパンケーキもどきじゃん」

「揃って失礼だなあんたら」

「事実だろうが。いつまでこんなん作ってんだよホントに……」

 百面相している少女に何事かと部屋を覗くと、実に見覚えのある料理(?)が皿の上に積み重なっていた。『粉と水のパンケーキ』、酒寄本人は腹が膨れて良いとか言っているが、栄養もクソも無い上に味もまともな調味料無しじゃ微妙なんてものではない。この感じだと――うん、試しに一枚貰ったが、やっぱり何も付けてない。この少女にとっては、あのオムライスと唐揚げが食の基準になってるだろうし、こんなん食えたものではないだろう。

 てか何で俺呼んでくれなかったんだよ。こいつの食事くらい用意するって。昨日の夜みたく電話で起こしてくれれば良かったのに、変に遠慮でもしたのか?

 

「じゃあ、行ってきます」

「待って、やだやだ! おかしいよ。宇宙人だよ? こんな不審者部屋に置いて出かける、普通?」

「自覚あったのかよ」

「コタロー! コタローは一緒にいてくれるよね!?」

「いや、俺も学校行くけど……」

「何で!?」

 そりゃ出席日数が――って言っても、こいつには多分通じないか。

 ただでさえ俺は、レート1位を維持するべく、時折学校をサボってレート上げを行っている。配信ではテンポや挑戦者の希望の関係で、対戦形式がバラけることが多く、夜や休日の配信だけでは時間が足りなくなるからだ。先週も休んだばっかだし、必要も無いのに頭からいきなり休むのは避けたい。

 

「そんなに学校って大事なわけ?」

「命より大事!」

(……それは言い過ぎだと思うけどな)

 学校なんてのは所詮、社会に出るまでの準備段階に過ぎない。知識を学び、常識を学び、〇〇出身という称号を得て、将来の生活をより豊かにするためのツールでしかないのだ。まあ前世の俺みたく、それを得ても尚場合によってはロクな末路も迎えられないパターンもあるが、ともかく本来命がどうとかそんなのが絡む存在ではない。

 だが、少女の両目を真っ直ぐに見据える様子からも、いつもの身を削ってまで完璧女子高生を演じ続ける様子からも、その言葉は酒寄の心の中心に据えられた揺るがぬ信念なのだろう。たかが隣人に過ぎない俺が何を言ったところで、きっと何も変わらない。だから、閉口する以外に取れる選択肢は無かった。

 

「とにかく行ってくる。あんたも早く月へ帰って。私にも景浦にも、それぞれ自分の生活っていうのがあるの。いつまでも面倒見れない」

「……でも、帰り方わかんないし。なんかここおもしろそーだし」

「エンジョイする気満々かお前」

「良いから、早く思い出して。それで帰って。分かった?」

 人差し指を突き出しながらそう口にした様子に、少女が怯んだ隙を逃さず、酒寄は階段を駆け下りていった。俺もそろそろ準備しないとな。

 

「……コタローにとっても、そんなに大事なものなの?」

「あそこまでじゃないが……まあ別の理由で、ある程度ちゃんと最後まで通わなきゃいけないものではある。なるべく早くは帰ってくる、悪いがそれまで大人しくしててくれ。飯は……ちょっと待ってろ」

 一旦部屋に戻り、冷凍食品ありったけと麦茶やジュースを何本か袋に詰め、酒寄の部屋の冷蔵庫&冷凍庫に詰め込んでいく。途中途中で、レンジの使い方や温め時間等を説明し、「んじゃ行ってくるわ」と家を後にした。

 

 

(最後までぶーたれてたけど、本当に大丈夫かなあいつ……)

 酒寄の部屋から回収し、適当にソースをぶっかけたくそマズパンケーキもどきを齧りながら、そんなことを思いつつ駅への道を歩く。とんでもなく顔を歪ませていたあの少女に、これ以上こいつを消費させる気にはなれなかったが、かと言って仮にも酒寄が貴重な時間を割いて作ったものなので、捨てるのも何か申し訳なくなり、仕方なくこうして俺が消費することにした。コンビニ飯のはずが、まさか朝食がこれになるとは……。

 

 せめて勝手に外に出てトラブルになるとかはやめてくれよ――と願いつつ改札を通る。この考えがフラグになることを、この時の俺はまだ知らない。

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