「――待たせた。あいつはまだキャラメイク中か?」
ツクヨミログイン後、新参者が送られる大鳥居の元へ全力疾走で辿り着くと、酒寄――もとい『いろ』の姿を見つけ声をかけた。
ツクヨミは初回ログイン以降、ログインの際にどこに転送されるかポイントを選ぶことが出来る(勿論他人のマイルーム等、設定不可の場所はあるが)。俺はいつもマイルームに設定しているが、その影響でここに来るまではそこそこ時間がかかってしまう。まあ予め遅れるかもしれないということは伝えてあったが、あんまりかかるとかぐやが駄々をこねる可能性があったため、とりあえず間に合ったようで良かった。
「……んーと? あ、ああ、影狼か。ごめん、いつもと全然姿違うから一瞬分からなかった」
「いや、謝らなくて良い。確かにメッセージで伝えておくべきだった」
普段の俺の姿は、黒髪に黒狼の耳と尻尾、服は黒の筒袖に黒の袴と、全身黒ずくめとなっている。対して今は、ケモ耳も尻尾も外しベージュの着物にグレーの羽織を纏った姿。顔は全く変わっていないが、それでも分からないのも無理は無い。
「街中ゆっくり歩いて移動するなんて数年ぶりでな。昔と違って、今いつもの恰好でうろつくと、一緒にいるお前らまで面倒な奴に絡まれる可能性がある――っていうのをログイン後に気付いて」
「ああ、それで。影狼有名人だもんね。……てか、中々似合ってるね。おしゃれとか興味無いと思ってたんだけど、自分で選んだの?」
「いや、知り合いから貰った」
「ですよねー」
これは少し前にシグマさんから貰った――というか半ば無理矢理押し付けられたものだ。誰かとこの先街中巡ることもあるかもしれないでしょ?とか言われたが、まさか本当に使う時が来るとは。いつもの恰好以外する気無くて、他に服なんて持ってないから、これが無きゃわざわざ買いに行かなきゃならんとこだった。
「あっ」
「来たか」
空間に光の波紋が走り、その中心を切り裂いてかぐやが飛び出してきた。金髪に兎耳に月の髪飾り、そして朱を基調とした着物にポップなスニーカー、活発なかぐやらしいチョイスと言える。そしてそのまま、水が張った地面に顔面からダイブした。
「ヴェェェ」
「金髪ギャルいかぐや姫……ふふっ」
「もしや彩葉? なら隣はコタロー?」
「ああ。……ん?」
続いて飛び出してきた柴犬が、かぐやの周りを走り回る。こいつは……。
「犬DOGE! 連れて来れるんだね!」
「そうなのか? いろ」
「いや、私も初見。何でもありだなツクヨミ……」
ここへはスマコン――コンタクトレンズ型のデバイスを装着して、個人の情報を識別し意識を転送する仕組みになっている。だから、携帯ゲーム機のペットなんて原理的に持ち込みようがないはずなんだが……まあ、今目の前で起こってることが全てか。
「わー! すごいすごい、これがツクヨミなの!?」
犬DOGEを抱きかかえ道を進むかぐやが、あんぐりと口を開け放ち、目を輝かせながら辺りを見回している。煌びやかに照らされた和風の建築物、様々な恰好をし道を行き交う人々、活気に溢れどこもかしこも笑顔が絶えない光景。そんな視界いっぱいに広がる景色に目を奪われ圧倒され、ひたすらにはしゃぎまくっている。
『父さん、兄ちゃん! ここすっごいね!』
(……ッ……)
そんなかぐやに、かつての俺の姿が重なった。在りし日の記憶、まだツクヨミを楽しんでいた――否、
今までもずっと頭の片隅にはあった。だから、
「うお~、すっげー! おもしろそうなもんが死ぬほどある~!」
「ちょっとかぐや!?」
(……やべ)
記憶の奔流に呑まれかけたところで、走り出したかぐやの興奮した声と、それを慌てて追いかける酒寄の声が、俺の意識を引き戻してくれた。危ない、今はかぐやの付き添いで来てるんだ、余計なものに気を取られてる場合じゃない。
「影狼ー! どうしたのー!」
「何でもない、今行く」
頭を振り、記憶を再び隅へと追いやる。せっかくかぐやが楽しんでるのに、俺がこんな調子では雰囲気ぶち壊しだ。せめて今だけは普通に振る舞わないと。
「ツクヨミ! 超楽しい!」
露店のぬいぐるみを抱きしめ、満面の笑みを浮かべるかぐやを見て、尚更そう心に誓った。
* * *
「あむっ……むぐむぐ……味しなーい!」
あちこち回った現在。俺達は水の上に立つカフェで、寛ぎながらパフェを食べていた。かぐやがあっちこっちに興味をそそられ、その度に子供らしく突発的に走り出すため、逸れないようにするのが中々に大変だった。確かに酒寄一人ではきつかったかもしれない。
まあ食べるとは言っても、味も食感も無いのだが。そのため、パフェに目を躍らせていたかぐやが、一口食べるなり顔を顰めぶーぶー言っている。まあ見た目が豪華な分、梯子を外されたような気分になるのも当然だろう。
「そういうのはまだ無理みたいよ。このままいったらあと20年位かかるんじゃない?」
「今すぐがい~い~」
「私に言われましても。一応現実に本物を届けてくれるサービスはあるけど、リアル並の値段なんだよね……あー、早くどっかの天才科学者が、パパっと開発でもしてくれないかなー」
もしそんな現実が到来したとしたら、この仮想世界では娯楽重視、現実では栄養重視の食事を送ることが主流となるだろう。何せ、現実でわざわざ高い金を払って見た目や味を求めなくとも、
まあ実装されたが最後、飲食業界には大打撃となるだろうが……どうせ遥か先のことだ、世の中は大きく変化しているだろうし、きっとその頃には色々対策だってされていることだろう。データじゃなくやっぱり現実で直接食べたいとか、そういう人間も一定数はいるだろうし。
「――あ、時間だ。そろそろ行こ、二人とも」
「どこ行くの?」
「着けば分かるから」
立ち上がった酒寄は、会話もそこそこにかぐやの手を引いて歩き出した。街中では見失わないよう、途中から俺と酒寄が交互にかぐやと手を繋ぎ、かぐやが走り出す度半ば引きずられる構図が出来上がっていたが、それとは真逆の光景である。見るからに浮足立っているが、まあそれも仕方の無いことだ。
月見ヤチヨ。ツクヨミの管理人にして人気No.1の、歌って踊れる自称8000歳のAIライバー、そして酒寄の推し。
以前調べたが、彼女のミニライブは観賞自体は誰でも出来るものの、その後の握手会用のチケットは抽選かつ滅茶苦茶に倍率が高いようで、そうそう手に入るものではない。酒寄も何度も抽選に応募し、外れても外れても送り続けて、ようやっと当選を勝ち取ったと道中嬉しそうに話していた。
俺が協力出来れば良かったのだが、握手が出来るのはあくまでチケットの所有者本人のみであり、同伴者は所有者と共にヤチヨに近い特別スペースに入ることが出来るのみ。俺が取ったところで意味が無いどころか生殺しになる可能性があったため、これに関しては酒寄の独力で頑張ってもらうしか無かった。グッズと違って譲渡も出来ないし。
「……人多っ」
「それはもう、ヤチヨのライブですから! 当たり前じゃん!」
会場に着くと、そこには既に大勢の観客が詰めかけていた。いやまあ、握手券の倍率からして想定はしていたが、それでもこうして目の当たりにするのとでは大違いだ。
俺の今世の父は『KASSEN』狂いで、兄はそんな『KASSEN』で使用される武器を作る職人として活動していた。そして俺は、基本ずっと父と共に『KASSEN』に潜り、たまに兄の仕事場を訪れるというサイクルだったため、ヤチヨライブには一切参加したことが無い。と言うか今世どころか前世でも経験無いか。そんなことしてる場合じゃなかったし。
「おや、何か見覚えのある顔だと思ったら、影狼じゃないか。珍しい恰好してるねぇ」
「ん? ……って、ノヴァにミナトか。何だ? 姉弟揃って仲良くライブ鑑賞か?」
「誰が。私はこっちの駄龍に無理矢理連行されただけだ」
「人聞きが悪いねぇ。せっかくボクがヤチヨの良さを教えてあげようと、連れてきてあげたというのに。大体勝負に負けたのはそっちだろう、愚弟よ」
酒寄達の後ろを付いて歩いていると、ふと側から声がかけられた。振り返ると、そこには見覚えのある二人が立っていた。
一人は『ノヴァ』。空色の髪に龍の角と翼を生やし、着物に身を包んだ女性。現『SETSUNA』レート8位、『RANSE』レート9位の実力者で、現実ではスマコン関連の研究者らしい。と言っても、デスクワークというよりかはテスターとしてツクヨミに潜っていることが多いらしいが。
もう一人は『戸隠ミナト』。紫色の髪に山羊の角を生やし、着物を着崩した男性。現『SETSUNA』レート9位、『RANSE』レート8位とこちらも実力者で、現実ではプログラマーとしてかなり名の知れた存在なのだそう。
二人は実の姉弟であり、『KASSEN』の実力もほぼ同程度であることから、ボクが私がと日々衝突しては競い合っているらしい。少しでも相手を出し抜こうと、改善点は無いかと勝負を挑まれたことも多々ある。まあこうして二人でライブに来ていることからも分かる通り、全然険悪とかではなく良きライバルとして過ごしているので、特に何も問題は無いのだが。互いへの対抗心で勝手に『KASSEN』のレベルを引き上げてくれてるのは、こっちとしても願ったりだし。
「それにしても、まさか君がヤチヨのライブに来るなんてね。しかも特別スペースとは」
「その恰好といい、大方私と同じように、誰かに連れてこられたといったところか?」
「正解。まあお前と違って、別に勝負の結果とかじゃないけどな。知り合いに付き添いを頼まれて仕方なくだ」
「あの子達がそうなのかい?」
「ああ」
酒寄達を見ると、ちょうど俺がいないことに気付いたらしく、離れたところから手を振り引き返そうとしている。『知り合いと話してるわ』とジェスチャーをしたところ納得したようで、そのまま二人で先へ進んでいった。まあここまで来たら、かぐやも勝手に何処か行くことは無いだろうし、あとは酒寄一人に任せて大丈夫だろう。
「へぇ……あの二人のどっちと付き合ってるんだい?」
「そういう関係って断定して話すんじゃねえよ。どっちとも違うわ。ただの知り合いだ」
「いやいや、おかしいだろう? 君が恋人でも無いのに普通に付き添いまでするなんて」
「色々あったんだよ。片方はツクヨミ初めてでな、好奇心強すぎて一人じゃ手に負えねえし、何するか分かんねえから、制御のために呼ばれた。ただそれだけだ」
「……そっか。あの影狼が、そこまでするようになったんだねぇ」
『キタキタキター! これがないとツクヨミの夜は始まらない! 本日もヤチヨミニライブの開演だあああーーっっ!!』
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」
会場に響き渡る、興奮と熱狂を乗せたMCの声、そして続く観客たちの歓声。ボルテージが渦となって高まっていく中、頭上の巨大モニターにカウントダウンが表示された。そして、「「「「「5、4、3――」」」」」と皆がその数字を唱え、0を告げたと同時。
「ヤオヨロー! 神々のみんな~、今日も最高だったー?」
ライブステージ中央の巨大な鳥居の上にヤチヨが姿を現し、今か今かと待ち続けた会場の空気を爆発させた。
「よーし、今宵も皆を誘っちゃうよ☆ Let's go on a trip!」
(……成る程、これは酒寄も熱中するわけだ)
二度の生で初めての光景に、ひたすらに圧倒されていた。
水で満たされ、ヤチヨの美声が響き渡る世界。その中を分身したヤチヨが舞い、色とりどりの魚群が天を覆い尽くし、会場が眩しく――しかし優しい光で包まれていく。元々幻想的なツクヨミの世界、しかしここは間違いなく、その中でもダントツで人々を魅了する空間となっている。ツクヨミ人気No.1の名は伊達ではない、ということか。
「わぁ……」
「――――」
隣を見ると、ノヴァは目を輝かせ、始まる前は不満を口にしていたミナトも言葉を失っていた。そして曲が終わると同時、再び会場を人々の歓声が包み込んだ。鳴りやまない拍手が降り注ぐステージの中心で、ヤチヨは大きく手を振ってファンに応えている。
「感謝! 感激! 雨アラモード! ううっ、ヤチヨは果報者なのです。あ、ここでお知らせ! ヤチヨカップっていうイベントを開催しま~~す☆ FUSHI、詳細よろしくぅ」
「はーい! 参加資格があるのはツクヨミの全ライバー! 一か月の期間の中だけで最も多く新規ファンを獲得した人が優勝だよ。優勝者にはなんと、ヤチヨとのコラボライブの権利を進呈! 世界一盛り上がるコラボライブステージを一緒に作れるよ!」
ヤチヨの告知に、会場各地からどよめきが起こる。少し遠くにいる酒寄も、何やら声を上げていた。
「へー、コラボライブか。こりゃ驚きだ」
「そんなに珍しいのか?」
「珍しいどころか初めてだよ。単なるコラボ配信なら今までもちょくちょくやってたけどね。君の
「あれをコラボって言って良いかは微妙だけどな。ある意味名は売れてたが、あの時は俺まだ配信者じゃなかったし」
「それもそうか。……ん?」
そんな中、この空間に似つかわしくないド派手な爆音が響き渡る。反射的に振り返ると、そこには牛車ならぬ虎が屋形を引く虎車が出現しており、橋の上を爆走しだした。そう、
その犯人の名を察したファン達が、観客席から口々にその名を叫んだ。いや、誰かと思ったらあいつらかよ。何してんの?
「避ける気無し、か」
「しかも減速もしないと」
(あ、やべ)
こんなところで絡むのも面倒だと道を空けようとしたところで、傍の二人から不穏な気配が発せられた。そしてそれを裏付けるかのように、口角が吊り上がり――獰猛に牙を剥いた。
「「随分舐められたもんだ」」
一人は戦斧を、もう一人は大太刀を召喚、正面切って立ち向かう。止める暇など無く、俺に出来たのは額を抑えることだけだった。
車を引く虎が咆哮を上げ威嚇するが、生憎その
(って、まあ流石にそんなことにはならんか)
見事なまでに破壊された虎車。しかし次の瞬間内部から爆裂し花吹雪が舞い、その中から三人が飛び出し華麗に着地を決めた。まるで、元々こうする予定だったと言わんばかりに。
俺達『KASSEN』の最上位クラスのプレーヤーは、その界隈の人間は勿論、『KASSEN』にあまり興味の無い一般ユーザーにすらも、良くも悪くも名が知られていることがあるという。ましてやノヴァに関しては見た目からしてかなり目立つ、そんな奴に突っ込んでおいて、そういう事態を想定した動きを
「よう子兎ども! お前らの帝様が来たぜ!」
悲鳴にも似た歓声が、ライブ会場を今までとは別種の熱狂に包み込んだ。ツクヨミで抜群の人気を誇るプロゲーマーユニットにして、アイドルとしての人気も博す三人組、ブラックオニキス(通称黒鬼)。そのリーダーの帝アキラが不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らすと、会場のモニターがジャックされ、様々な映像が流れだした。ユニットのロゴから始まり、スポンサー企業、数々のeスポーツ大会の優勝記録、メンバーの紹介、ライブ映像と続いていく。BGMは声の感じからして、恐らく奴らのオリジナル曲なのだろう。
「また、祭りが始まるな」
「俺って今日も作画良すぎ♡ でしょ♡」
「俺達に優勝してほしいよな? 底なしの夢を見せてやるぜ!」
フードの下から雷が口を開き、地雷系モチーフの少年の乃依がファンサを繰り出し、最後に帝が決めポーズでファンの心を撃ち抜いた。破裂音と共に紙吹雪が舞う演出付きである。
「というわけで、俺達優勝するから。ヤチヨちゃん、コラボよろしくね」
「そういう運命なら、勿論ヤチヨは従うよー」
再び歓声が爆発する中で、帝とヤチヨはそんなやり取りを交わしていた。ただでさえこういった企画は、誰になるか最初から大体決まっているのが相場。そこに更にこんなものをぶちこまれれば、観客達の想いがどうなるかなど想像に容易い。ヤチヨカップの優勝者は、間違いなく奴らだと――
「ヤぁぁぁぁぁチぃぃぃぃぃヨぉぉぉぉぉー!!!」
そんな空気を切り裂くように、聞き覚えのある声が会場に響き渡った。やりやがったなあいつ。
「かぐやがヤチヨカップ優勝する! そんで絶対コラボライブする! いろh……むぐっ」
「あんたは、いつも勝手に!」
酒寄が慌ててかぐやの口を塞いでいるが、残念ながらもう遅い。面白い奴がいると、観客達も黒鬼も、誰も彼もがかぐやに視線を注いでいた。
「ハハッ、やってんねぇあの子」
戦闘モードが解除されていないせいか、ノヴァの奴も、そして隣のミナトもクククと愉しそうに笑いを溢している。いつもの軽口叩く雰囲気はどこへやら。
「ほいでわ、ライブは一旦ここでクローズ♪ 皆とちょこっとお話させてね。さらば~い」
終演を告げると、ヤチヨは再び分身し特別スペースの観客達に向かって話しかけに行った。酒寄お待ちかね、チケットを入手した人間達に与えられた、ヤチヨとの対面での雑談&握手の夢の時間である。当然俺は握手云々は関係無いし、雑談も酒寄達に混じれば出来なくはないが、今は特にヤチヨに用は無いため、酒寄達のことは放って
「それにしても、随分な仕打ちだったじゃねえか。【ティアマト】に【紫電】よ」
「それはこちらの台詞だ帝。しかも演出の一部にまで利用しおって」
「君らはこの後、『KASSEN』でボコボコに――」
「はいはい、そこまで」
黒鬼に噛みつき始めた
「すまんな黒鬼、騒がしくしちまって。止めるのが間に合わなかった」
「……んん? あ、ああ、誰かと思ったら影狼か。すまん、いつもと全然姿違うから一瞬分からなかったわ」
言葉といい表情といい、あいつと全く同じ反応してやがる。『KASSEN』の動きといい、やっぱり帝は……。
「さっきのやつなら構わねえよ。半分分かってて突っ込んだところあるしな。……にしても影狼。お前ライブとか顔出すのな」
「たまたまだ。知り合いの付き添いで来ててな」
「ふーん?」
「……お前まで何だよそのニヤケ面は。こいつらにも言ったが、別に何も特別な関係じゃねえからな」
「それはそれで良いことなんじゃねえの? ……んじゃ、俺達はもう行くわ。この後用事があるんでな。また『KASSEN』で会おうぜ、【プロフェッサー】」
片手を挙げながら、新たに召喚した虎車に乗り込み去っていく黒鬼達。その背中を見送りつつ、少々不満げにしていた二人も、一つ息を吐くと元通りの落ち着いた顔になっていた。
「それじゃあ、私も帰るとするよ」
「ボクはヤチヨと話してくる。じゃあね、影狼」
「ああ、またな」
「うん。……あ、そうだ」
去りかけたノヴァ。しかし、くるりと振り返り。
「『何するか分からない』って意味が良く分かったよ。確かに、あれは一人で相手するのは大変だ。でも――さっきの雰囲気だと黒鬼一強だったけど、もしかしたら中々面白いことになるかもしれないね。期待してるよ? 保護者さん」
そう言い残し、今度こそ近くで待機していたヤチヨの元へと向かって行った。まあ、この流れなら多分そういうことになるよなぁ……。
「やっほー」
これから訪れる展開に額を抑えていると、ヤチヨがふよふよと宙を浮かんで俺の前へと降り立った。周りの大人の姿のヤチヨとは違い、身長百三十センチくらいのちびヤチヨである。気分なのか知らないが、こいつはたまにこの姿になる時がある。
「ヤチヨか。何か用か?」
「おや、特別な用でも無い限り、挨拶もしちゃいけないのかい? ヤッチョは悲しいです、よよよ……」
「泣き真似がわざとらしいわ。……悪かったよ」
「え」
ため息をつきつつ謝罪すると、ヤチヨは目を丸くし瞬かせた。そして数秒後、顔面を綻ばせた。
「……何だよ」
「いえいえ~。
「……」
あの頃――ヤチヨが言っているのは、ヤチヨと本格的に関わるようになった三年半前のことだろう。正直あの頃については、詳しいことはそこまで覚えていない。記憶にあるのは、抱えきれない悲しみと絶望から必死に目を逸らすために、ひたすら戦いに身を投じ、心を削り続けていたことだけ。他人どころか、自分すらもまともに見れていなかった。ヤチヨの言う通り、端から見ても今と比べて尚遥かに酷い状態であったのは確かだ。
「何か、良い出会いでもあったのかな? 例えば――
「……まさかお前、俺達が街巡ってんの、ずっと覗いてやがったのか?」
「さあね~♪」
「このクソ管理者が……」
「あー、またお口悪くなってるよー」
とぼけた様子につい悪態が漏れる。ヤチヨがステージに姿を現した時、俺とかぐやは既に離れた場所にいた。さっきのノヴァの言葉から推測したのかと一瞬思ったが、それにしてはやけに確信めいた口調だった。だから試しに問いかけてみたが、この感じだとやはり今日の行動は全て見られていたらしい。
ヤチヨはこのツクヨミの管理者のため、単に内部情報を扱うだけでなく、ツクヨミ内のあらゆる場所を覗き見ることが出来る。まあプライバシーの関係で、チートの疑い等余程のことが無い限り個人を注視し続けることは無いらしいが、俺相手には今まで何回かやってるんだよなこいつ。多分俺が把握してるのも、実際は氷山の一角に過ぎないのだろう。
「で、どうなの? あの子は」
「良いかどうか以前に、とにかく手がかかって仕方がねえよ。……ま、決して悪い奴じゃないし、元々手がかかる奴がいたところに一人増えただけだから、別に良いんだけどさ」
「……そっか。ふぁ~あ、ヤッチョはそろそろ寝るよ。影狼もまたね」
「ああ、またな」
「あ、そうそう。今度また『KASSEN』しようね。前回ボコボコにしてくれた借り絶対返すから」
「急に真顔になるな、怖ぇよ」
「ふふっ。それじゃ」
空へ向かって飛んでいくヤチヨを見送り、俺もログアウトし現実へと戻る。あいつAIだからって、戦闘狂共の思考まで取り込み始めてないか? 戦いの最中にうっかり笑いでもしたら、酒寄泣くぞ。
「……君には期待してるよ、影狼」
体が花びらと化し、意識が途切れる刹那。そんな声が聞こえた気がした。
補足:ノヴァは黒鬼達と話してる際、ヤチヨとの雑談&握手のことが頭からすっぽ抜けてましたが、ヤチヨは影狼がしばいて落ち着かせてくれるのを分かってたので、近くで待機してました。影狼は戦闘狂共の統率者兼制御役として扱われてるとこあるので。