「よしっ!」
「いやよしじゃねえんだけど」
終業式が終わり帰宅後。かぐやの様子を見るために隣室を訪れると、酒寄が壁に夏休みの予定表を貼り付けていたのだが……何だこれは、俺の目がおかしくなったのか?
四十四日中、休みが四日? それ以外の日はもれなく朝から夜遅くまで勉強とバイトがびっしり? てかこれバイト何連勤してんの? おいこら、何キョトンとした顔してやがる。
「な、なにこれ~……」
「今回ばかりはかぐやに同意するわ。お前自分をロボットか何かだと思ってる? マジで体ぶっ壊すぞ」
「そんなこと言われたって、一日も無駄に出来ないの。かぐや、邪魔禁止ね」
「やだー! かぐやと遊んで~?」
「ルールその三、私の邪魔しない。見えるようここにも貼ったでしょ? ……って、あれ!? ちょ、私のキーボード! 勝手に出さないでよ」
部屋の隅に置かれたキーボードに気付いた酒寄が声を上げる。今まで見たこと無いが、あんなのこの部屋にあったのか。そういえば前、昔ピアノやってたとか聞いたような気がするし、その関係かね。
「あ、その感じ。彩葉もしや弾けるね? いやー、配信のジングル作るために使わせてもらったんだけど、全然上手くいかなくてさ」
「配信? まさか、本気でライバーになる気?」
「もっちろん! ヤチヨも言ってたでしょ? ヤチヨカップで優勝するには、まずライバーにならないと。見て、もう配信も始めたんだ~。どう?」
自信満々にPC画面を開いて見せるかぐや。酒寄と共に画面を覗くと、かぐやの音声と共に手作りのイラストが不気味に手を振る、十五秒ほどの動画が流れていた。
「……景浦」
「ああ……言わんでも分かる」
こーれは酷い。ツッコミどころが多すぎて何からツッコんだら良いのかまるで分からん。
絵の下手さも、中身の無さも、バックで流れる不協和音も、何から何まで『良くこれで世に出せたな』の一言である。極めつけは最後インカメになって顔バレしている点。コメントでも言及されているが、初手から放送事故ってマジかこいつ。クオリティの割にやけに再生数多いなと思ったら……。
「それで彩葉、弾けるんでしょ? いっちょお願いしますよ、先生!」
「誰が先生だ。ていうか、何で私がそんなこと」
「お願~い☆」
「……そもそもまずコードってのがあって――」
(ん?)
ウインクをかますかぐやに諦めたのか、大人しく鍵盤に指を伸ばす酒寄。しかし、指を置くと同時に目を見開いて固まってしまった。どう弾くか悩んでいる様子じゃない、これは……何かを思い出してるんだろうか。さっきのリアクションからしても、昔の思い出が色々詰まったものなのかもしれない。
「――ふぅ」
やがて再起動した酒寄が、目を閉じ小さく息を吐き、鍵盤を弾き軽くメロディを奏でた。
「わぁ……」
「こんな感じ、だけど」
「凄い! もっとやって! 何なら一曲丸々!」
「いや、そんな急に言われても――ちょ、その目をやめんか。あーもう……」
期待の圧に負け、しょうがないなと再び鍵盤の上に指を躍らせる酒寄。どうやら昔作った曲をやってくれるそう(本人は黒歴史と言っているが)。次から次へと奏でられる音が、四畳半の部屋に響き渡っていく。
「♪~♪~誰も~止められ~はしない、歌わずにはいら~れない」
そこにかぐやが歌を乗せ始めた。恐らく即座にリズムを掴んで、即興で歌詞を紡いでいるのだろう。淀みなく流れるメロディに、綺麗で美しい歌声が組み合わさり、心地の良い空間が出来上がっていく。
(これは――)
その中で俺は、何より酒寄の横顔に目を奪われていた。弾き始めは明らかに強張っていたのに、曲が進むにつれほぐれていき、顔つきは真剣に、口元には少しずつ笑みが浮かんでいく。先程の自虐は何処へやら、心の底から演奏を楽しんでいるその表情に、ひたすら見入ってしまい――
「やっばー、これ彩葉が作ったの? 凄すぎ!」
「ふぅ……ん? 景浦、どうしたの?」
「……え? あ、ああ……いや」
いつの間にか一曲終わっていることにも気付かず、指摘され慌てて酒寄から目を逸らした。首を傾げている様子に、どう言い訳したものかと考えを巡らせていると、興奮でぴょんぴょんと跳び回っているかぐやが、これまた突飛なことを言い出した。
「彩葉、プロデューサーになって!」
「は? プロデューサー? 何で?」
「一緒にやろ? ヤチヨカップ優勝目指そ? 彩葉の曲を私が歌えば大バズ確定じゃん! このボロアパートから伝説が始まる!」
「ボロアパート言うな。無理です。作曲なんて時間な――」
そこまで言って、酒寄は一瞬悩む様子を見せた。年単位のブランクがあるはずなのに、楽譜も無しにあんな演奏をいきなりこなしてしまうところから、かつては相当やり込んでいたのだろう。
となると、そこまで時間をかけずとも、世に発信出来るレベルの曲をいくつも作れてしまったりするのかもしれない。まあ俺は音楽やったこと無いから、詳しいことは分からないが。そして、そんな隙をかぐやが見逃すはずは無い。
「お願い、彩葉。このまま終わりたくない……ハッピーエンドにしたい……な?」
「ぬぐ……」
涙を浮かべ両手を握りしめながら全力のおねだりを決めるかぐやに、どんどん顔が歪んでいく酒寄。既に大分堕ちてるようにも見えるが、もう一押し入れておくか。
「酒寄、俺からも頼めないか?」
「ちょっ、アンタまで何を――」
「時間が無いっていうなら協力する。勉強でも家事でもな。そこで浮いた時間を使って、息抜きがてらやってくれれば、ルール三にも抵触しなくなる。別にお前の負担を増やしたくはないし、それでもキツいって言うなら諦めるが、そうじゃないなら考えてみてほしい」
「いや、それアンタの負担が結構増えるんじゃ……」
「そこまででもない。ライバー活動に熱中してくれれば、その分注視する必要も減って、俺も配信に集中出来るしな」
これ自体は本当である。出来る限り見ておくとは言っても、俺自身の配信中は、どうしてもある程度目が外れてしまう。まあツクヨミもあるし、常に見てなくても大丈夫だろうとは思っているが、それでも心配事なんて減らすに越したことは無い。
「何より、俺自身お前にやってほしいと思ってる。どうだ?」
「彩葉……」
「……ちょっとだけだからね」
「やったー!」
「ありがとう。まあ、無理はしない範囲で頼む」
となれば、早急にかぐやの配信環境をどうにかしなければ。せっかく酒寄も協力してくれるというのに、他がダメダメでは目も当てられなくなる。
(とはいえ、これでようやっと一歩前進、か)
さっきの演奏の時の顔――あれは思わぬ突破口になるかもしれない。
今まで酒寄は、俺や綾紬達が何をやっても、そこまで変わることは無かった。単に笑っていた時は普通にある。でも、あんな表情をしていたことはただの一度も無い。
演奏前後の様子といい、きっとあのキーボードは、酒寄の心の扉を開ける鍵の一つだったのだろう。そしてそれは、かぐやの行動の結果こうして表に現れ、あの笑顔を引き出すに至った。あくまで偶然、だが確かに酒寄を少しだけ変えたのだ。
俺達では駄目だった。でも、この何をしでかすか分からない奔放娘なら、酒寄をどうにか出来るかもしれない。まだまだ不明瞭ではあるが、かぐやのライバー生活の先に、本当に酒寄のハッピーエンドがあるのかもしれない。
ならば、一先ずやるべきことは決まっている。かぐやを出来る限り支援して、ヤチヨカップを頑張ってもらうとしようか。例え優勝出来なくとも、それまでの過程がきっと酒寄を変えてくれると信じよう。
前世で俺は、毎日毎日苦境の中にいた。泣いても誰も慰めてくれなくて、辛くても誰も手なんて差し伸べてくれなくて、何をしても報われることなんてなくて。そうして身を削り、心を擦り減らし、幸せなんて無縁のまま死んでいった。
別に、何処かの誰かがそんな状況に陥っていたとしても、俺は何もする気は無い。そんな人間は世の中にごまんといる、それをいちいち助けようなんて精神は持ち合わせちゃいない。
だけど、その中で視界に入ってしまった奴まで見捨てる気も無い。だからこれまで酒寄のことは気にかけてきたし、それでも現状を解決出来ないのなら、解決出来るまで手を考えるのみ。
まあこれまでは正直手詰まりだったが、今はかぐやがいる。手を伸ばし続ければ、ハッピーエンドに至れる可能性が目の前にある。だったら、俺に出来る範囲で力を尽くそう。毎日頑張り続けているこの少女は、ハッピーエンドを迎えられて良いはずなのだから――
(……あれ)
胸の奥で何かが渦巻いた気がした。具体的に何なのかは良く分からない。だが、ふと顔を出した
頑張ってる奴は報われるべき、その想いに変わりは無い。なら、
考えても考えても、答えが出ることは無かった。
* * *
「ふっふーん。おっ買いっ物~♪」
隣でかぐやが、繋いだ手を揺らしながら笑顔を浮かべている。現在俺とかぐやは、二人で駅前のショッピングモールに来ていた。目的は、かぐやの配信用の小道具を物色することである。
最初は通販で百均の物を買い漁ろうとしていたが、保管スペースが限られていることから、いざ届いてみてから「やっぱ何かちがーう」となっても困るため、一先ず実物を見て何となくイメージが出来たものから買おうという結論になった。まあ酒寄の部屋にも俺の部屋にも入りきらなくなったとしても、そこらのトランクルームでも借りてぶち込んでおけば良いっちゃ良いが、いざ必要となった時にわざわざ取りに行くのも面倒だしな。物が少ないに越したことは無いし。
ちなみに酒寄は、勉強したいとのことで置いてきた。まあ大した用じゃ無いし、ツクヨミを経験した以上、ショッピングモール如きであそこまではしゃぐことも無いだろうから、保護者は俺一人でも問題あるまい。……にしても。
(周りの視線がウッゼぇ……)
俺の横を歩く色白金髪美少女に、道行く誰もが振り返っている。元々髪は亜麻色だったが、どうやら髪も肌も自由に色を変えられるようで、ツクヨミで金髪になってから気に入ったらしく、ずっと金髪のままになっている。ログアウトして目開いたらそんな姿になってたもんだから一瞬ビビったが、まあ今までを考えると何が出来てもおかしくはあるまい。
そんな滅茶苦茶人目を惹くルックスのかぐやと、迷子防止のために手を繋いでいるため、必然的に視線が俺にも突き刺さる。おいそこの男共、「何であんな可愛い子とあんな冴えない奴が……」とか言ってんの聞こえてるからな。
「そう言えばコタロー。彩葉に聞いたんだけど、コタローって何か凄い配信者なんでしょ? コラボしてよー」
「残念だが今は無理だ」
「えぇー、何でー?」
「俺は『KASSEN』っつー対戦ゲーム専門なんだよ。雑談配信も全然したこと無ぇ。裏方ならともかく、今表立って絡んでも出来ることが無い」
「むー……じゃあ、かぐやもその『KASSEN』っていうのやる! それ教えてくれるとこを配信するとかならいけるでしょ?」
「待て待て、いきなりそっちの道に行くんじゃない」
とんでもないことを言い出したかぐやを急いで制止する。それだけは絶対に選ばせてはならない。やったが最後色々と台無しになる。
「『KASSEN』の配信ってのはな、それ単体だと余程腕が飛びぬけてないとあんまり注目されないんだ。いくらお前が学習能力が高いからって、流石に短期間でトップクラスにまで強くなれるほど甘くないし、いきなり始めても中々登録者は伸びん。だが、ある程度人気を獲得した上で参戦すれば、多少下手でも『僕/私が推してるあの子が頑張ってる!』って感じで大目に見てもらえるんだ」
「へー、そんなもんなんだ」
「ああ。今やるよりも、後でやった方が効果は高い。時間は限られてるわけだし、まずはお前のやりたいことを存分にやって、行けるとこまで行ってみろ。『KASSEN』本格的にやるならその後だ。その時はコラボしてやる」
「やった! 約束だよ?」
とりあえず納得してくれたようで一安心。今かぐやに言ったことの他に、初っ端から異性と絡むよりも同性のみにして男共を釣った方が良いとか色々あるが、何より『新人が影狼とコラボする』ということ自体かなりの問題が発生する。十分人気が高まった後ならその悪影響も薄まるため、その頃なら構わないだろう。
「あれ、景浦?」
「かぐやちゃんも一緒じゃん。やっほ~」
その声に振り向くと、そこには綾紬と諌山がいた。さっきの終業式ぶりである。ちなみに二人には、既にかぐやの髪色の件は伝えてあるので、特に驚いた様子は無い。
「あ! パンケーキの時の人達!」
「そうそう。私のことは真実って呼んでね。こっちは芦花」
「真実に芦花ね、分かった! よろしくね!」
「「よろしく~」」
「二人も買い物か?」
「そんな感じ。彩葉はどうしたの?」
「あー、勉強したいっつってたから置いてきた」
「そっか。……ねえ、せっかくだし少しお茶しない?」
「構わんぞ。俺も話したいことあったしな」
「おっけー。そんじゃ、れっちごー」
そんなこんなで、ショッピングモールの一角のカフェにやって来た。諌山曰くここはケーキが美味しいそうで、運ばれてきたチーズケーキやモンブランを口にし、かぐやは目を輝かせていた。
尚パンケーキの時は、一口で丸ごと食うとかいう中々なことをしていたらしいが、食事は味わうものというのを教えた結果、ちゃんとフォークで切って食べてくれている。やはり教えれば素直に学習してくれるものである。
「へえー、本当にライバーなるんだ」
ヤチヨライブでの勝利宣言――あの時の様子は、既に切り抜きとして拡散されかなり注目を集めていた。勿論現実の姿とアバターとしての姿は違うが、あの時名前まで出していたこと、そしてそれを制止していた酒寄のアバター『いろ』の姿を二人も知っていることから、あれがかぐやだということを察しており、学校でもその話題が出ていた。まあ、それを話していた頃に初配信やってたとはあの時は誰も知らなかったが。
「うん! 彩葉がプロデューサーしてくれることになったの!」
「プロデューサー?」
「酒寄が曲作って、かぐやが歌うっていう方針になった。昔色々作ってたらしくてな、それを良い感じにアレンジするだけならそこまで時間もかからんってことで」
「そうなんだ。彩葉の曲か、楽しみだな~」
「それで、さっきの話したいことっていうのはそれ関連でな。二人にも力を貸してほしいんだ」
この二人はツクヨミでもそれなりに人気の高い、美容系インフルエンサー『ROKA』とグルメ系インフルエンサー『まみまみ』。俺なんかとは違い、分野的に助言出来ることは多いはずだ。同性だから、名前出しても問題にならんし。
「いきなりコラボしてくれなんてことは言わん。ただ、こいつは今右も左も分からん状態だ。だから、せめて道を示してやってほしい。……頼む」
「ちょちょ、景浦君。頭なんて下げなくて良いって」
「そのくらい言われずともしますって。ほら、顔上げて」
「……そうか。恩に着る」
単に気にかけるのと、ライバーとして手を貸すのはワケが違う。直接出演せずとも名前が出て繋がりを知られてしまえば、かぐやの行動によっては二人にも多少影響が出てしまう可能性もあるのが、このネット社会というもの。
それでも十中八九協力はしてくれるだろうとは思っていたが、万が一断られていたら色々と厳しくなっていた。だから、確実に協力を得るためにも、友人とはいえちゃんと誠意を示すべきだと思っていたのだが……この反応だと、もう少し気楽に頼った方が良かったかもな。
「あ、そだ。それならさ、かぐやちゃんと個別に連絡取れるようにしてほしいな。毎回彩葉か景浦君通すっていうのは手間かかっちゃうでしょ?」
「それもそうか。じゃあ、こいつ用のスマホ用意するから、それでやり取りしてくれ。連絡先は教えるから」
「「おっけー」」
その後、しばらく雑談をしたのちカフェを後にした。これで無事スタートダッシュは切れるだろう。とりあえずちょくちょく手伝いながら見守るとして、後々どうするかも今から考えておこう。
「……」
「ねぇ景浦。かぐやちゃんのライバー関係で、何かあったの?」
「どうした急に」
早速小道具選びに付き合ってくれるというので、二人も一緒に百均に移動後。楽しそうに品物を見ているかぐやと諌山を見守っていると、綾紬がそう話しかけてきた。
「いやさ、まさか頭まで下げてくるなんて思わなかったから。何か余程重要なことでもあったのかなと」
「あー……まあ、酒寄に関してちょっとな」
「教えて、お願い」
「近い近い。急に押しが強くなったな」
酒寄の名前を出した途端、ずいっと顔を近づけ真剣な目で見つめてきた。そんな圧かけてこなくたって言うっつーの。
「さっき、プロデューサーの話あったろ? きっかけはかぐやの初配信だったんだが、クオリティがまあ酷くてな。ジングル上手く作れないからって、酒寄に演奏してみてほしいって流れになったんだ」
「ああ、そういうことだったのね」
「そんで、試しに一曲弾いてもらったんだが……酒寄がな、凄く楽しそうにしてたんだ。何を思ってたのか、弾き始めは明らかに強張ってたのに、どんどん演奏に入り込んでいってさ。ヤチヨのライブ楽しみにしてるとかそういう類のとは違って、今まで見たこと無い顔だった」
生憎ライブ中はノヴァ達といたので、酒寄がどんな顔してたか直接は見ていないが、かぐや曰く楽しいとかよりも感動の方向性だったらしい。曲が終わった時は泣いてすらいたそうな。であれば、やはりあの顔はあの演奏がきっかけとなって引き出されたものと考えて良いはずだ。
「それ見て、賭けてみても良いかなって思ったんだ」
「賭ける?」
「俺もお前らも、色々酒寄のことは気にかけてきたが、あいつは根本的には何も変わらなかった。さっきだって、勉強とバイトで埋め尽くされた予定表貼ってやがったしな」
「その話、後で詳しく聞かせてね」
「了解。……で、そんな酒寄の扉の一つを、かぐやはあっさりこじ開けた。それで思ったんだよ、もしかしたら、かぐやのライバー生活を通して、酒寄ももっと変わっていけるんじゃないかって」
俺達は今まで、過度に踏み込まずに酒寄を支える方向で動いてきた。踏み込み過ぎて距離を取られるよりかは、一定の距離間で見守る方がまだ良いと思ってたから。
でも、それだけじゃ大きな成果は得られなかった。後ろから支えるだけじゃない、結局誰かが前から引っ張っても行かなきゃいけなかった。そして、それを自然に出来るのは、きっとあの何もかんも引っ掻き回す破天荒娘だけなんだろう。
「あいつ初めて話した時さ、自分でハッピーエンドにする、そんで酒寄や俺も一緒に連れてく、なんて言ってたんだ。正直最初は話半分に聞いてた。でも――もしかすると、あいつなら本当に酒寄をそこに連れてってくれるかもしれない。だから、まずはその第一歩として、ヤチヨカップを頑張ってもらいたい。真剣になってんのはそれが理由だな」
「成る程ね。分かった、精一杯協力するよ。……ただ、ちょっと聞いて良い?」
「何だ?」
「景浦はさ、彩葉のこと本当はどう思ってるの?」
「どうって……」
「前にさ、ほっとけなくて気にかけてるって言ってたじゃん。それ自体は本当なんだろうけど……これまで彩葉にしてくれてたこととか、今彩葉のこと話してた時の顔つきとかさ、どうもそれだけじゃないって気がするんだよね。絶対話したくないなら良いんだけど、そうじゃないなら教えてほしいの」
「…………」
ああ、まただ。さっき感じた何かが、再び胸の中を渦巻いてる。
あれから色々考えて分かったのは、以前にも似たようなことがあった気がするということ。そして感覚的に、恐らく
ただ、その具体的なタイミングも、そもそもの正体も、やはりいくら頭を捻っても分からなかった。何というか輪郭がぼやけてて、きっかけさえあればはっきり見えてきそうな、そんな感じはするんだが……。
「すまん、正直俺にも良く分からないんだ。お前の言う通り、何か別のものがあるっていうのは何となく分かる。ただ、それが何なのかまではちょっと」
「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「別に構わん。気にするな」
「ありがと。……ねぇ、景浦」
「ん?」
「景浦から見てさ、かぐやちゃんってどのくらい勝ち目あると思う?」
「流石に今の段階じゃ何とも言えんな。だが、無いことは無いと思う」
ヤチヨカップの勝利条件――それは、一か月の間に新規のファンを最も多く獲得すること。これだけ見れば、既に有名なライバーほど不利になり、逆に新人であればあるほど有利になる。トップクラスの人気を誇ってるなら言わずもがな、ある程度活動してる奴なら既にライバーとしての方向性が定まっており、その分色々なことに挑戦しづらく新たなファン層を獲得することが難しいからだ。
とは言え、今まで大したファン数も獲得出来なかったような人間が、いきなり多くの支持を得ることなんて現実的に考えて無理筋だし、有名だと不利になると言っても黒鬼はその上で暫定一位になっているようで、新人が優勝するなんて普通は不可能。――しかし、かぐやは唯一の例外となりうる。
「あいつは好奇心旺盛だから、きっと心の赴くままにあっちこっちに手を出す。普通なら全部中途半端に終わるところだが、あいつは学習能力がクソ高い。何もかもハイレベルに仕上げられるかもしれんし、そうなりゃ必然的に注目も人気も集まる。それに、追い風だって吹いてるしな」
あの黒鬼一強の空気の中で堂々と宣言かますっていうのは、そうそう出来ることではない。調べた限りでは、一部ではあまり良くない声もあったが、おおむね『あいつ面白いな』という評価が下されていた。そこにあの、ある意味インパクトのある初配信である。
「あいつは今良くも悪くも注目されてる。この状況を利用出来れば、一気に駆け上がることだって不可能じゃない。その上で尚滅茶苦茶厳しいのは変わらんけども」
「……そうだね。でも、出来れば優勝してほしいな」
「確かに、それに越したことはないな」
「芦花ー! 景浦くーん! ちょっと来てー!」
「分かったー! ……そんじゃ、行こっか」
「ああ」
こうして、かぐやのライバー生活が本格的に幕を開けたのだった。
「じゃあチャンネル名、『かぐや・いろP』に変えちゃうねー」
「いや、何でよ。私作曲以外やらないし、活動するのかぐや一人でしょ。変に目立ちたくないから変えないで」
「でも、今のうちに彩葉もいるってアピールしとかないと、いざ優勝した時ヤチヨと一緒にライブ出来なくなっちゃうよー? かぐや一人で良いのー?」
「なっ……! ぐっ、ぬ……むぅ…………」
「むふふー♪」
……どう見ても色々やらせる気満々だなありゃ。多少は巻き込んでほしいけど、やりすぎないよう良く見ておいた方が良いかもしれん。
彩葉、予定表のこと告げ口されるの巻。
補足として、芦花真実と琥太郎の互いへの印象ですが、芦花真実が琥太郎のことを普通に友人と思っているのに対し、琥太郎は芦花真実を一応口では友人と言っているものの、どっちかと言うと協力者のように見ています。
これは元々精神状態がアレなことにより、あまりまともに誰かと仲良く出来なくなってしまっているのが一つ、もう一つは前世も今世もロクに友人を作れる状況では無かったことから、今までそういう付き合いをしたことが皆無なことが原因です。定義として知ってはいるし、それに当てはめたら多分友人に該当するんだろうけど……?というちょっと曖昧な状態であり、字面的にも分かりやすい『協力者』に認識が偏っています。
なので、途中芦花真実と話してた時も、芦花真実は『友達からお願いされたから聞いちゃうよー』という態勢だったのに、琥太郎は『対等な協力者として、どうか聞いてくれないか』という固い雰囲気で挑んでたので、結果的にから回ってしまったという感じでした。
まあいずれは段々軟化していくことでしょう、多分。