木星残党機の砲撃が、X-6へ降り注ぐ。
ビーム。
実弾。
すべての砲火が、頭を失った黒い機体へ集中した。
リオが目を見開く。
「なっ――」
胸部ハッチの中、動かないヒトガタ。
それでも、一瞬。
リオに、言葉が響いた。
「……タス……け……」
次の瞬間。
閃光がすべてを飲み込んだ。
轟音。
爆発。
連続する砲撃が黒い機体を引き裂いていく。
装甲も、ヒトガタも。
何もかもが光の中へ消えていく。
リオは呆然と見ていた。
声が出ない。
何も言えない。
砲撃が止まる。
爆炎の中から残った機体の一部が弾け飛ぶ。
黒いクロスボーン・ガンダムX-6は、完全に爆散した。
戦場に静寂が落ちる。
その時だった。
「……はっ」
荒い息遣い。
通信越しにも伝わる呼吸。
ガルドだった。
半壊したサルコファゴ。
片腕を失い、機体各所から火花を散らしている。
しばらく息を整えるように沈黙する。
そして、小さく笑った。
「……見事だよ、X-5」
「この劣勢を、よく生き抜いた」
リオが睨み返す。
「お前……」
コクピットの中で、ガルドはくつくつと笑う。
「認めよう、君のクロスボーン・ガンダムこそが、より正しき機体だったのだ」
その言葉に、リオは怒りを持って叫んだ。
「正しい、だと……? 正しいも何もあるもんか!!」
「あんな、仲間殺しのようなことをしたお前が、正しさなんてわかるものか!!」
その怒りに対しても、ガルドはくっくっくと、聞こえていないように笑う。
「だが、我々は死なない」
「木星がある限り、我々の意思は続く」
ガルドは続ける。
「人は死ぬ、機体も壊れる、だが理想は残る」
「それが我々なのだ」
リオは、独り言のような語りを遮るように叫んだ。
「寝ぼけたこと言うな!! そんな、意味の分からないことを!!」
その時。
ハロプトが警告を発する。
『高エネルギー反応』
『残存木星機全機』
『出力急上昇』
リオが凍る。
「まさか――」
ガルドが叫んだ。
「ジーク・ジュピター!!」
他の木星機も続く。
「ジーク・ジュピター!!」
「ジーク・ジュピター!!」
狂信的な声が戦場へ響く。
連邦兵が息を呑む。
「おい……」
「まさかあいつら……」
そして。
木星機が一斉に光った。
リオが目を見開く。
「うそだろ――」
爆発。
爆発。
爆発。
次々と木星機が消えていく。
証拠も痕跡も残さない。
ただ思想だけを残して。
最後に、ガルドが残る。
「君のクロスボーン・ガンダムが、我々木星の手に落ちなかったのは実に惜しい」
「しかし、しかし!!」
「それでも、その機体が英雄となることを期待しているぞ!!」
「何故ならば、それこそがガンダムの力なのだからな!!」
サルコファゴが残った片腕を高々と掲げる。
コクピットの中で。
ガルドもまた同じように腕を伸ばしていた。
機体と人間。
まるで区別がつかない。
狂信者は目を見開き、
歓喜に震えながら叫んだ。
「木星よ!!我らが主よ!!あなた様の未来に祝福おぉぉ!!」
瞬間、ガルドは自爆装置を躊躇なく作動させた。
閃光。
そして。
サルコファゴも消えた。
――残ったのは漂う残骸だけだった。
―――――――――――――
誰も喋らない。
連邦兵も。
フェーレンでさえ沈黙している。
リオはただ呼吸だけをしていた。
「……なんなんだよ」
震える声。
「なんなんだよ、あいつら……」
ハロプトが静かに答える。
『木星帝国残党』
『思想集団』
『あるいは亡霊』
『呼び方は自由だ』
リオは唇を噛む。
X-6も、ガルドも、木星残党も消えた。
だが、ガルドたちは最後まで迷わなかった。
最後まで笑っていた。
それが、たまらなく気味が悪かった。
その時、白いF91から通信が入る。
「……ジャンク屋」
フェーレンだった。
「助かった、感謝する」
リオは乾いた笑いを漏らす。
「……俺は、何も出来なかったですよ」
「そうでもないだろう、お前さんはよくやれた」
短く笑う声。
そして。
白いF91がX-5を見る。
傷だらけの機体。
継ぎ接ぎの装甲。
ゲルググの右腕。
それでも、その姿は確かにクロスボーン・ガンダムだった。
「いいパイロットっぷりだったよ、お前さん」
リオが顔をしかめる。
「やめてくださいよ」
「俺は、ただのジャンク屋だ」
『それでも』
ハロプトが言った。
リオが振り向く。
『お前はクロスボーン・ガンダムのパイロットとして、よくやった』
静かな宇宙で。
その言葉だけが、不思議なほど重く響いた。
――――――――――――
静まり返った宙域。
漂うのは残骸と爆発の残光だけだった。
連邦軍部隊が周囲警戒を開始する。
ヘビーガン隊が散開。
ジェムズガンは2機のみ残っており、残骸確認を行う。
戦闘は終わった、少なくとも今は。
X-5は《アイアン・ラビット》付近へ到着した。
リオは、まだ先ほどの光景を引きずっていた。
最後に聞いた声が離れない。
その時、メイがX-5へ通信を入れてきた。
「リオ、終わったの? 戻ってきたってことは、終わったんだよね?」
通信画面のメイは、今にも泣きそうな顔をしていた。
そこへ、ザックが通信画面に割り込んでくる。
「もう危なくねえよな? 助けたかったけどよ、邪魔出来ねえと思ってよ」
「怖くて戦闘宙域行けなかっただけじゃろ」
ザックの横で、ガンズ爺が呆れた声を出す。
「ば、バカ言えガンズ爺! 俺はむしろ邪魔になると思い戦略的に後ろにいたんだ!」
ザックが慌てて言い返す。
さっきまで聞いていた悲鳴とは違う。
いつもの仲間達の声だった。
それだけで、少し泣きそうになった。
その時だった。
《アイアン・ラビット》付近のジェムズガンが、少し離れた白いF91へ共通回線で通信を入れる。
「隊長、こいつら、どうします?」
リオがビクッとなる。
「うっ」
連邦と一緒に戦っていたから忘れてた。
そういえば絶賛疑われ中だった。
その通信が聞こえていたメイが叫ぶ。
「逮捕!?」
ザックも青ざめる。
「は、話し合えばどうにかなると信じさせて……」
ガンズ爺が遠い目をする。
「うぅむ、X-5を渡せと言われかねんな」
「そんな、せっかく手に入れたガンダムが!」
とザック。
リオが絶望する。
「そ、そんなぁぁぁ……」
だが。
フェーレンはあっさり答えた。
「放っておく」
「正規のジャンク屋ってことにしておけ」
ジェムズガンのパイロットが困った声を出す。
「いやでも隊長」
「仮に違っても」
「面倒だから無視、ってのは、俺が犠牲にさせちまった部下には悪いかな……?」
沈黙。
ジェムズガン側が呆れた。
「……アイツらも文句言いませんよ、隊長の専売特許ですからね、それ」
フェーレンは苦笑する。
「悪いな」
ヘビーガン隊からも苦笑が漏れる。
「絶対後で怒られるやつっすよ」
一方。
それを聞いていた《アイアン・ラビット》側。
完全に呆然。
メイがぽかんとしていた。
「……なんか怖い人って思ってたけど、割と適当な人?」
ザックが、腰を抜かしそうな声を出す。
「た、助かった? セーフだよな、これ?」
ガンズ爺が遠い目をする。
「エースパイロットも融通が利いてくれるもんじゃ」
リオは安堵する。
「よ、よかったぁ……」
すると、白いF91がX-5へ通信を入れる。
「ジャンク屋」
リオが顔を上げる。
「……な、なんですか」
少し疲れた声だった。
フェーレンは短く答える。
「その機体、あまり大っぴらにするなよ」
リオが固まる。
「……は?」
「木星残党だけじゃない」
「連邦にも面倒なのがいる」
「クロスボーン・ガンダムの名前は、割と悪名高いんだぜ」
ハロプトが答えた。
『正しい判断だ』
リオは頭を抱えた。
「うわぁ……拾うの早まったかな……」
即座にメイが叫ぶ。
「今さら!?」
ザックも苦笑する。
「まあ、厄はある気配はするけどガンダムだしよ、いいじゃねえの」
ガンズ爺は腕を組んだ。
「儂もそう思う」
少しだけ、重かった空気が和らぐ。
そして、白いF91はゆっくり後退する。
連邦部隊もそれに続く。
去り際。
フェーレンが最後に言った。
「ジャンク屋」
「?」
「次に会う時までには、せめてまともな右腕を付けとけ」
リオは反射的にX-5を見る。
ゲルググの右腕。
継ぎ接ぎだらけの装甲。
リオは乾いた笑いを漏らした。
「……善処します」
通信越しに、フェーレンが小さく笑った。
白いF91は加速する。
やがて連邦部隊と共に宙域の彼方へ消えていった。
残されたのは、傷だらけのX-5。
そしてジャンク屋たち。
リオはシートに深々と身を任せた。
「……疲れた」
ハロプトが静かに答えた。
『同感だ』
メイが吹き出す。
「AIも疲れるんだ」
『学習した』
ハロプトは淡々と返した。
デブリが流れる宇宙を見ながら、リオは苦笑した。
―――――――――――――
連邦軍部隊は宙域を離脱していく。
最後尾を飛ぶ白いF91。
フェーレンはふと昔の戦闘記録を思い出していた。
“青い閃光”。
そして海賊のガンダム。
歴史の中の英雄達。
後方では、《アイアン・ラビット》が移動を始めようとしている。
あの継ぎ接ぎだらけのクロスボーン・ガンダムも、今ごろ格納庫へ収容されているころだろう。
フェーレンは思わず苦笑した。
「……似ても似つかんな」
伝説の海賊達と。
あの慌ただしいジャンク屋達は。
「クロスボーン・ガンダム、か。まったく……」
白いF91は加速し、宙域を離れていった。
――――――
《アイアン・ラビット》格納庫。
整備班が悲鳴を上げていた。
「なんだこの損傷!!」
「チェーンハンマーどこいった!?」
「鉄球だけなくなってる!!」
「ちきしょう、オンボロすぎたか!?」
格納庫は半ばお祭り騒ぎだった。
X-5は再びボロボロ。
装甲は焼け焦げ。
各部フレームも歪んでいる。
なのに、なぜか誰も暗い顔はしていなかった。
生きて帰ってきたからだ。
その機体の下。
リオは床へ突っ伏していた。
「だりぃ……」
完全に燃え尽きている。
うつ伏せ。
ぴくりとも動かない。
メイが近づいて笑う。
「おつかれ海賊さん」
「海賊じゃない……」
「クロスボーン・ガンダム乗ってるじゃん」
「乗ってるだけだよ……」
ザックが缶ジュースを投げる。
リオがキャッチする気力もなく顔面へ直撃した。
「ぶふっ!?」
「ほらよエース様」
「誰がだよぉ……」
ガンズ爺はX-5を見上げていた。
その目は少しだけ遠い。
「まったく」
「木星を打倒したクロスボーン・ガンダムを直すことになろうとは、これも縁かのぉ……」
整備員たちも機体を見上げる。
ボロボロで壊れかけ。
それでもそれは、確かにガンダムだった。
その時、ハロプトの声が響く。
『リオ』
「……なんだよ」
『チェーンハンマー戦術』
『有効性を確認』
リオが薄く笑う。
「へへっ」
「やっぱり、ガンダムにはハンマーだろ?」
思案するハロプト。
そして。
『……限定条件下では否定できない』
数秒、静寂が訪れた。
瞬間。
格納庫が爆笑に包まれた。
メイが笑う。
「認めてくれた!!」
ザックも笑う。
「ハンマーを!!」
リオは床に突っ伏したまま笑った。
疲労で体は限界だった。
でも。
少しだけ楽しかった。
宇宙はまだ不穏だった。
木星の亡霊は消えていない。
クロスボーン・ガンダムを巡る戦いも終わっていない。
きっとまた面倒事に巻き込まれる。
それでも、今だけは。
ジャンク屋たちは、生きて笑っていた。