クロスボーン・ガンダムX-5   作:バード鳥鳥

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第1章② 棺とX-6

「おい?」

 

返答がない。

 

モニターに新たな機影が映る。

 

ハロプトが珍しく言葉を失った。

 

『……』

 

「なんだよ」

 

数秒後。

 

ようやく声が返る。

 

『不明』

 

「は?」

 

『該当機を識別できない』

 

『だが――』

 

一瞬。

 

ノイズが混じる。

 

『危険』

 

『非常に危険』

 

巨大な熱源は、ゆっくりと残骸宙域へ侵入してきた。

 

闇の中から現れたそれは、まるで宇宙そのものが形を持って近づいてくるかのようだった。

 

灰色の機体。

 

重装甲の胴体。

 

両肩には大型ユニットが増設され、背部には、棺を思わせる巨大なコンテナ。

 

そして頭部には、木星帝国の紋章。

 

リオは思わず息を呑んだ。

 

喉がひどく渇いていることに、この時初めて気付く。

 

「なんだよ……あれ……」

 

モニター越しですら分かる。

 

今まで相手にしてきたバタラとは何もかもが違った。

 

武装の量でも、大きさでもない。

 

そこにいるだけで嫌な汗が滲む。

 

理屈ではなく、本能が警鐘を鳴らしていた。

 

ハロプトが静かに告げる。

 

『機体照合開始』

 

数秒の沈黙。

 

やがて結果が表示される。

 

『照合該当なし』

 

「は?」

 

『本機の記録に一致する機体データは存在しない』

 

珍しくハロプトの声にも迷いが混じっていた。

 

『ただし、機体各部に木星帝国系技術を確認』

 

『形式番号規格も木星軍系統と一致』

 

『木星圏で開発、あるいは改修された機体である可能性が高い』

 

「つまり?」

 

『不明だ』

 

即答だった。

 

「おい」

 

その時。

 

静かな宇宙に声が響いた。

 

敵機の外部スピーカーだった。

 

「聞こえるか、X-5」

 

老人の声。

 

だが弱々しさはない。

 

むしろ逆だった。

 

長い年月を執念だけで生き延びてきたような、底冷えする声だった。

 

「よくもまぁ、今まで隠れていたものだ」

 

ハロプトが沈黙する。

 

ほんのわずか。

 

だが確かに反応が遅れた。

 

『……ガルド・グラス』

 

「知ってるのか?」

 

『本機の機密記録に該当あり』

 

『木星戦役末期の技術士官』

 

『危険人物だ』

 

老人――ガルドは愉快そうに笑った。

 

「返してもらうぞ」

 

「その機体は、木星を救う力となるとあの方は語った」

 

「それは、我々の悲願そのものだ」

 

リオは思わず叫ぶ。

 

「だから何なんだよ、その機体は!」

 

だが答えたのはガルドではなかった。

 

『回答不可』

 

「またそれかよ!」

 

『機密保持権限だ』

 

いつも通りの無機質な返答。

 

だが今は妙に腹が立った。

 

その時だった。

 

ガルド機の背後から、さらにもう一機、黒い機体が滑るように現れる。

 

重い金属音。

 

闇の奥で、一つの光が灯る。

 

赤いアイセンサー。

 

リオの背筋を冷たいものが走った。

 

ゆっくりと。

 

本当にゆっくりと。

 

その機体は姿を現した。

 

「……クロスボーン?」

 

思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。

 

似ている。

 

だが違う。

 

全身から漂う印象そのものが違った。

 

クロスボーン・ガンダムの形をしている。

 

なのに、どこか異様だった。

 

木星の技術で無理やり継ぎ足されたような装甲。

 

不自然な右腕。

 

歪んだシルエット。

 

まるで本来あるべき姿から外れてしまった何か。

 

リオは無意識に唾を飲み込んだ。

 

「おい……ハロプト……」

 

返事がない。

 

「ハロプト?」

 

沈黙。

 

AIにしては長すぎる沈黙だった。

 

やがて声が返る。

 

『機体照合』

 

ノイズ。

 

『該当候補あり』

 

「候補?」

 

『クロスボーン・ガンダム系統』

 

再びノイズが走る。

 

『識別候補――X-6』

 

リオが目を見開く。

 

「X-6?」

 

『本機と同系列機』

 

『ただし記録との差異多数』

 

『識別精度は低い』

 

ガルドが満足そうに頷く。

 

「そうだ。クロスボーン・ガンダムX-6」

 

「木星が辿り着いた答えだ」

 

その瞬間だった。

 

X-6が動く。

 

「え?」

 

見失った。

 

そう思った時には遅かった。

 

視界の端で、赤いツインアイが閃いた。

 

ドガァァァン!!

 

凄まじい衝撃。

 

コクピットが激しく揺れる。

 

リオの身体がシートへ叩きつけられた。

 

警報が一斉に鳴り響く。

 

《右腕損傷》

 

《フレーム損傷》

 

「うわああああっ!?」

 

モニターへ視線を向ける。

 

そして凍りついた。

 

右腕がない。

 

肩口から先を破壊されていた。

 

武器として持っていた蒼白のサーベルごと持っていかれてしまった。

 

「な、何された!?」

 

慌てて周囲を見回す。

 

そこでようやく敵機を発見した。

 

X-6は既に遥か後方にいた。

 

左手にはビーム・ザンバーが展開されている。

 

あの一撃で、右腕を持っていかれたのだ。

 

リオの背筋を冷たい汗が流れた。

 

見えなかった。

 

攻撃も。

 

移動も。

 

何も。

 

「おい……ハロプト……」

 

返事はない。

 

再び沈黙。

 

やがて。

 

『……機動パターン照合中』

 

「は?」

 

『記録データと比較』

 

沈黙。

 

数字だけが更新される。

 

『一致率63%』

 

『……72%』

 

『……82%』

 

リオは苛立ったように叫ぶ。

 

「だから何の!」

 

ハロプトの声には、今まで聞いたことのない困惑が混じっていた。

 

『あり得ない』

 

「何がだ!?」

 

『この機動は……』

 

一瞬。

 

ノイズが走る。

 

『私の記録に存在する』

 

リオが怒鳴る。

 

「だから誰なんだよ!!」

 

数秒の沈黙。

 

そしてハロプトは、低く呟くように答えた。

 

『……海賊軍の記録に存在する機動だ』

 

その瞬間。

 

X-6が再び消えた。

 

いや。

 

消えたように見えただけだ。

 

人間の目が追いつかなかっただけだった。

 

次はハロプトが回避運動を行う。

 

しかし、それでも避けきれない。

 

宇宙に火花が散る。

 

片腕を失ったX-5は残骸群へ叩きつけられ、無数の金属片を撒き散らした。

 

「ぐっ……!!」

 

蹴られたような衝撃がコクピットを揺らす。

 

警報音が鳴り響き、モニターは赤い警告表示で埋め尽くされる。

 

《姿勢制御低下》

 

《各部装甲損傷》

 

《戦闘継続に支障あり》

 

「ま、またなんかされたのか……!?」

 

リオは叫んだ。

 

モニターを見回す。

 

しかし敵影は見当たらない。

 

ついさっきまで正面にいたはずの黒い機体は――既に後方へ回り込んでいた。

 

まるで瞬間移動だった。

 

「……」

 

ハロプトが珍しく沈黙している。

 

『速い』

 

ようやく返ってきた声は短かった。

 

『本機の戦闘記録に類似した機動パターンを確認』

 

「戦闘記録?」

 

『だが一致率が低い』

 

『あり得ない』

 

その時だった。

 

通信の向こうでガルドが笑う。

 

「見たか」

 

愉悦に満ちた声だった。

 

「素晴らしいだろう」

 

黒い機体――X-6がゆっくりと姿勢を戻す。

 

片腕を斬り飛ばした直後だというのに、その動きには一切の乱れがなかった。

 

「我々木星が生み出した新たなクロスボーンだ」

 

「ジュピター・クロスボーンガンダム!!」

 

リオは顔をしかめた。

 

「だから何なんだよ、それ……」

 

「理解できんか」

 

ガルドは笑う。

 

「ならば教えてやろう」

 

黒い機体の装甲が僅かに展開する。

 

赤黒い内部フレームが覗いた。

 

まるで血管のような発光が機体内部を走る。

 

リオは思わず息を呑む。

 

生き物を見ているようだった。

 

「人格保存技術」

 

「そして木星の技術」

 

「それらを融合させた我々の到達点だ」

 

「英雄は死なない」

 

「死してなお戦い続ける」

 

ハロプトの声が鋭くなる。

 

『冒涜だ』

 

リオが一瞬驚く。

 

今まで聞いたことのない声だった。

 

機械的な抑揚の奥に、明確な怒りが混じっている。

 

『人格保存技術はそのためのものではない』

 

『人を未来へ繋ぐための技術だ』

 

『兵器として使うものではない』

 

ガルドは鼻で笑った。

 

「理想論だな」

 

「英雄は戦うために存在する」

 

「ならば永遠に戦わせればいい」

 

その瞬間だった。

 

X-6の赤いアイセンサーが輝く。

 

同時に。

 

リオの頭へ何かが流れ込んできた。

 

悲鳴。

 

怒号。

 

泣き声。

 

断末魔。

 

無数の感情が濁流のように押し寄せる。

 

「ぐぁっ!?」

 

思わず頭を押さえる。

 

『未知の感応反応を確認!』

 

ハロプトが警告を発する。

 

『リオ、意識を保て!』

 

ノイズの奔流。

 

その奥。

 

ひとつだけ。

 

はっきりと聞こえる声があった。

 

「……コロ、シテクレ」

 

リオの身体が凍りつく。

 

「!!」

 

X-6が止まる。

 

ほんの一瞬だけ。

 

まるで機体の中で何かが抵抗したかのように。

 

だが。

 

「黙れ」

 

ガルドの声が響いた。

 

次の瞬間。

 

X-6の全身を電流が走る。

 

ギギギギギッ――!!

 

ノイズは掻き消えた。

 

抵抗する意志ごと押し潰されたかのように。

 

ハロプトが低く呟く。

 

『人格そのものを制御しているのか……』

 

「中に……人がいるのかよ……」

 

リオの声は震えていた。

 

ガルドは嬉しそうに答える。

 

「人ではない」

 

「英雄だ」

 

「木星のために戦い、死んだ者たちの集合体」

 

そして。

 

「その核となっているのが――」

 

X-6がゆっくりと顔を上げる。

 

ノイズ混じりの声が漏れた。

 

「…………ア……アア」

 

ハロプトの演算音が止まる。

 

ほんの一瞬。

 

完全な沈黙。

 

「……」

 

リオが息を呑む。

 

ガルドは歓喜に震えていた。

 

「そうだ。かつて木星帝国を最も恐れさせた者!!」

 

「トビア・アロナクス!!」

 

「そうとも、神の雷計画――木星帝国最大の敗北、その戦闘データが使われている!!」

 

「我々は英雄の力を蘇らせたのだっ!!」

 

リオは言葉を失った。

 

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