「おい?」
返答がない。
モニターに新たな機影が映る。
ハロプトが珍しく言葉を失った。
『……』
「なんだよ」
数秒後。
ようやく声が返る。
『不明』
「は?」
『該当機を識別できない』
『だが――』
一瞬。
ノイズが混じる。
『危険』
『非常に危険』
巨大な熱源は、ゆっくりと残骸宙域へ侵入してきた。
闇の中から現れたそれは、まるで宇宙そのものが形を持って近づいてくるかのようだった。
灰色の機体。
重装甲の胴体。
両肩には大型ユニットが増設され、背部には、棺を思わせる巨大なコンテナ。
そして頭部には、木星帝国の紋章。
リオは思わず息を呑んだ。
喉がひどく渇いていることに、この時初めて気付く。
「なんだよ……あれ……」
モニター越しですら分かる。
今まで相手にしてきたバタラとは何もかもが違った。
武装の量でも、大きさでもない。
そこにいるだけで嫌な汗が滲む。
理屈ではなく、本能が警鐘を鳴らしていた。
ハロプトが静かに告げる。
『機体照合開始』
数秒の沈黙。
やがて結果が表示される。
『照合該当なし』
「は?」
『本機の記録に一致する機体データは存在しない』
珍しくハロプトの声にも迷いが混じっていた。
『ただし、機体各部に木星帝国系技術を確認』
『形式番号規格も木星軍系統と一致』
『木星圏で開発、あるいは改修された機体である可能性が高い』
「つまり?」
『不明だ』
即答だった。
「おい」
その時。
静かな宇宙に声が響いた。
敵機の外部スピーカーだった。
「聞こえるか、X-5」
老人の声。
だが弱々しさはない。
むしろ逆だった。
長い年月を執念だけで生き延びてきたような、底冷えする声だった。
「よくもまぁ、今まで隠れていたものだ」
ハロプトが沈黙する。
ほんのわずか。
だが確かに反応が遅れた。
『……ガルド・グラス』
「知ってるのか?」
『本機の機密記録に該当あり』
『木星戦役末期の技術士官』
『危険人物だ』
老人――ガルドは愉快そうに笑った。
「返してもらうぞ」
「その機体は、木星を救う力となるとあの方は語った」
「それは、我々の悲願そのものだ」
リオは思わず叫ぶ。
「だから何なんだよ、その機体は!」
だが答えたのはガルドではなかった。
『回答不可』
「またそれかよ!」
『機密保持権限だ』
いつも通りの無機質な返答。
だが今は妙に腹が立った。
その時だった。
ガルド機の背後から、さらにもう一機、黒い機体が滑るように現れる。
重い金属音。
闇の奥で、一つの光が灯る。
赤いアイセンサー。
リオの背筋を冷たいものが走った。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
その機体は姿を現した。
「……クロスボーン?」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
似ている。
だが違う。
全身から漂う印象そのものが違った。
クロスボーン・ガンダムの形をしている。
なのに、どこか異様だった。
木星の技術で無理やり継ぎ足されたような装甲。
不自然な右腕。
歪んだシルエット。
まるで本来あるべき姿から外れてしまった何か。
リオは無意識に唾を飲み込んだ。
「おい……ハロプト……」
返事がない。
「ハロプト?」
沈黙。
AIにしては長すぎる沈黙だった。
やがて声が返る。
『機体照合』
ノイズ。
『該当候補あり』
「候補?」
『クロスボーン・ガンダム系統』
再びノイズが走る。
『識別候補――X-6』
リオが目を見開く。
「X-6?」
『本機と同系列機』
『ただし記録との差異多数』
『識別精度は低い』
ガルドが満足そうに頷く。
「そうだ。クロスボーン・ガンダムX-6」
「木星が辿り着いた答えだ」
その瞬間だった。
X-6が動く。
「え?」
見失った。
そう思った時には遅かった。
視界の端で、赤いツインアイが閃いた。
ドガァァァン!!
凄まじい衝撃。
コクピットが激しく揺れる。
リオの身体がシートへ叩きつけられた。
警報が一斉に鳴り響く。
《右腕損傷》
《フレーム損傷》
「うわああああっ!?」
モニターへ視線を向ける。
そして凍りついた。
右腕がない。
肩口から先を破壊されていた。
武器として持っていた蒼白のサーベルごと持っていかれてしまった。
「な、何された!?」
慌てて周囲を見回す。
そこでようやく敵機を発見した。
X-6は既に遥か後方にいた。
左手にはビーム・ザンバーが展開されている。
あの一撃で、右腕を持っていかれたのだ。
リオの背筋を冷たい汗が流れた。
見えなかった。
攻撃も。
移動も。
何も。
「おい……ハロプト……」
返事はない。
再び沈黙。
やがて。
『……機動パターン照合中』
「は?」
『記録データと比較』
沈黙。
数字だけが更新される。
『一致率63%』
『……72%』
『……82%』
リオは苛立ったように叫ぶ。
「だから何の!」
ハロプトの声には、今まで聞いたことのない困惑が混じっていた。
『あり得ない』
「何がだ!?」
『この機動は……』
一瞬。
ノイズが走る。
『私の記録に存在する』
リオが怒鳴る。
「だから誰なんだよ!!」
数秒の沈黙。
そしてハロプトは、低く呟くように答えた。
『……海賊軍の記録に存在する機動だ』
その瞬間。
X-6が再び消えた。
いや。
消えたように見えただけだ。
人間の目が追いつかなかっただけだった。
次はハロプトが回避運動を行う。
しかし、それでも避けきれない。
宇宙に火花が散る。
片腕を失ったX-5は残骸群へ叩きつけられ、無数の金属片を撒き散らした。
「ぐっ……!!」
蹴られたような衝撃がコクピットを揺らす。
警報音が鳴り響き、モニターは赤い警告表示で埋め尽くされる。
《姿勢制御低下》
《各部装甲損傷》
《戦闘継続に支障あり》
「ま、またなんかされたのか……!?」
リオは叫んだ。
モニターを見回す。
しかし敵影は見当たらない。
ついさっきまで正面にいたはずの黒い機体は――既に後方へ回り込んでいた。
まるで瞬間移動だった。
「……」
ハロプトが珍しく沈黙している。
『速い』
ようやく返ってきた声は短かった。
『本機の戦闘記録に類似した機動パターンを確認』
「戦闘記録?」
『だが一致率が低い』
『あり得ない』
その時だった。
通信の向こうでガルドが笑う。
「見たか」
愉悦に満ちた声だった。
「素晴らしいだろう」
黒い機体――X-6がゆっくりと姿勢を戻す。
片腕を斬り飛ばした直後だというのに、その動きには一切の乱れがなかった。
「我々木星が生み出した新たなクロスボーンだ」
「ジュピター・クロスボーンガンダム!!」
リオは顔をしかめた。
「だから何なんだよ、それ……」
「理解できんか」
ガルドは笑う。
「ならば教えてやろう」
黒い機体の装甲が僅かに展開する。
赤黒い内部フレームが覗いた。
まるで血管のような発光が機体内部を走る。
リオは思わず息を呑む。
生き物を見ているようだった。
「人格保存技術」
「そして木星の技術」
「それらを融合させた我々の到達点だ」
「英雄は死なない」
「死してなお戦い続ける」
ハロプトの声が鋭くなる。
『冒涜だ』
リオが一瞬驚く。
今まで聞いたことのない声だった。
機械的な抑揚の奥に、明確な怒りが混じっている。
『人格保存技術はそのためのものではない』
『人を未来へ繋ぐための技術だ』
『兵器として使うものではない』
ガルドは鼻で笑った。
「理想論だな」
「英雄は戦うために存在する」
「ならば永遠に戦わせればいい」
その瞬間だった。
X-6の赤いアイセンサーが輝く。
同時に。
リオの頭へ何かが流れ込んできた。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
断末魔。
無数の感情が濁流のように押し寄せる。
「ぐぁっ!?」
思わず頭を押さえる。
『未知の感応反応を確認!』
ハロプトが警告を発する。
『リオ、意識を保て!』
ノイズの奔流。
その奥。
ひとつだけ。
はっきりと聞こえる声があった。
「……コロ、シテクレ」
リオの身体が凍りつく。
「!!」
X-6が止まる。
ほんの一瞬だけ。
まるで機体の中で何かが抵抗したかのように。
だが。
「黙れ」
ガルドの声が響いた。
次の瞬間。
X-6の全身を電流が走る。
ギギギギギッ――!!
ノイズは掻き消えた。
抵抗する意志ごと押し潰されたかのように。
ハロプトが低く呟く。
『人格そのものを制御しているのか……』
「中に……人がいるのかよ……」
リオの声は震えていた。
ガルドは嬉しそうに答える。
「人ではない」
「英雄だ」
「木星のために戦い、死んだ者たちの集合体」
そして。
「その核となっているのが――」
X-6がゆっくりと顔を上げる。
ノイズ混じりの声が漏れた。
「…………ア……アア」
ハロプトの演算音が止まる。
ほんの一瞬。
完全な沈黙。
「……」
リオが息を呑む。
ガルドは歓喜に震えていた。
「そうだ。かつて木星帝国を最も恐れさせた者!!」
「トビア・アロナクス!!」
「そうとも、神の雷計画――木星帝国最大の敗北、その戦闘データが使われている!!」
「我々は英雄の力を蘇らせたのだっ!!」
リオは言葉を失った。