次の瞬間。
X-6の姿が掻き消える。
否。
視界が追いつかなかった。
『来るぞ、リオ』
リオは反射的に操縦桿を握る。
だが。
「わ、わからない、わかるもんか、こんなの!!」
悲鳴のような声だった。
モニターに映るのは残像だけ。
どこにいる。
どこから来る。
何を狙っている。
何一つ分からない。
「どうにも、なるもんか……!!」
『問題ない』
ハロプトは即答した。
『私が補助する』
「それでもだ!」
リオは怒鳴った
「俺はただのジャンク屋なんだ!!」
「エースパイロットじゃない!!」
その時、モニターの端に新たな光点が6つ現れた。
木星の識別信号ではない。
『別勢力のMS反応。連邦系だ』
直後、通信が割り込んだ。
「こちら地球連邦軍哨戒部隊!」
小型MS6機。
旧式のジェムズガン改修機。
哨戒任務中だったのだろう。
「所属を名乗れ!」
「そちらの状況を――」
通信は最後まで続かなかった。
X-6の赤いアイセンサーがゆっくりとそちらを向く。
赤い光が闇の中で怪しく輝いた。
リオの背筋が冷たくなる。
「まずい……」
遠方でガルドの怒声が響いた。
「ええい、待て!」
「X-6!!」
「命令だ!」
「そちらは優先目標ではないだろうが!!」
だが。
X-6は従わない。
まるで獲物を見つけた獣のように。
あるいは。
抑え込まれていた何かが解き放たれたように。
次の瞬間。
その獣は、加速した。
ドォォンッ!!
爆発光。即座に接近したX-6がビーム・ザンバーで切り裂く。
ジェムズガン1機が一瞬で火球になる。
「うわあああああ!!」
残る5機が慌てて散開する。
だがX-6は止まらない。
残像だけを残しながら連邦軍部隊へ襲いかかる。
『追うぞ、リオ』
『連邦軍機は持たない』
『このままでは全滅する』
X-5のスラスターが噴射しかける。
だが。
リオが操縦桿を引き戻した。
「……だ、めだ」
『なぜだ』
「無茶だ!」
そしてX-5はX-6たちと逆方向へ進み始める。
『戦場と逆方向だ』
『反転しろ』
リオは叫ぶ。
「この状態で、戦うのは無理だ……!」
「相手は見えない!」
「近づいた瞬間、終わりだ!!」
『だが連邦軍が――』
「助けられるわけ、ないん、だ……!!」
コクピットが静まり返る。
遠方では爆発光が瞬いていた。
ビームが飛び交う。
悲鳴混じりの通信が聞こえる。
それでも。
リオは歯を食いしばった。
「お前だって分かってるだろ、今行っても……」
「勝てない」
ハロプトは沈黙した。
だが演算音だけが続いている。
諦めきれていないのが分かった。
「アイアン・ラビットに向かう」
こんな時なのに、リオは一瞬だけ言葉に詰まった。
「俺たちの、ジャンク屋の母艦だ」
『戦力は期待できるのか』
「戦力っていうには難しいけど、補給も修理もできる」
「今の俺達にはそこしかない」
ハロプトがなおも反論する。
『X-6を放置する危険性は極めて高い』
『優先順位は撃破だ』
「わかってる、けど!!」
『可能性はゼロではない』
「……ゼロじゃない、だけだ……!!」
『逃げ腰は非推奨。ならば、私が操作――』
「うるせぇ!!」
リオの怒声がコクピットに響いた。
「……お前のほうがわかってるんじゃないのかよ。今のこの機体じゃ、戦いきれない……!!」
ハロプトが黙る。
リオは荒い息を吐きながら続けた。
「助けたいさ」
遠方で爆発が起きる。
ジェムズガンの一機が被弾した。
「俺だって助けたい」
握り締めた拳が震える。
「でも今の俺じゃ、止められない」
モニターの向こうで。
X-6が獲物を追い続けている。
まるで終わることを知らない悪夢のように。
「今は……逃げさせてくれ」
長い沈黙が流れる。
ハロプトは何も言わない。
ただ演算音だけが続いていた。
やがて。
『……戦術判断を修正』
静かな声だった。
『再演算完了』
『現在戦力ではX-6への対抗は困難』
『撤退プランを承認する』
「……悪い」
遠方ではまだ爆発光が瞬いている。
助けを求める通信も聞こえる。
それらを振り切るように。
X-5はスラスターを噴射した。
残骸宙域を離脱する。
その後方で。
赤いアイセンサーが一瞬だけこちらを見た。
X-6。
そして。
ノイズの奥から、かすかな声が漏れる。
「……たす……け……」
リオは聞こえないふりをした。
振り返れば助けに行きたくなる。
だが今の自分では何もできない。
だから前を見る。
生き残るために。
いつか止めるために。
――――――――
X-5は残骸宙域を全速力で離脱していた。
右腕を失い、推進剤も尽きかけている。
ジェネレーター出力不安定。
まともな状態ではない。
それでも、後ろから迫る何かから逃げるように加速を続ける。
X-6は連邦軍へ向かい、ガルド機だけがX-5を追っていた。
通信回線には、なおもガルドの狂った声が響いていた。
「逃げられると思うなァ!!」
リオが顔をしかめる。
「うるせぇ!!」
ガルドは哄笑した。
「クロスボーン・ガンダムは我々のものだ!」
「木星人こそが宇宙を支配する!!」
「そのための礎とするのだ!」
「クロスボーン・ガンダムは!!」
通信越しでも分かるほど老人は興奮していた。
「我々の救いの神は!!」
「我々のすべてを壊した悪魔は!!」
「再び木星に跪くのだァ!!」
リオは半泣きで叫び返す。
「知らねぇって言ってるだろ!!」
「勝手に、やってろよ!!そんなの!!」
操縦桿を握る手が汗で滑る。
心臓は限界まで鳴っていた。
逃げる。とにかく逃げる。
今はそれしかない。
ガルドの声が遠ざかっていく。
どうやら距離は離せたようだった。
その時だった。
ハロプトが警告を発する。
《推進剤残量低下》
《残量5%》
リオが嫌な予感を覚える。
「え?」
《残量3%》
《残量1%》
次の瞬間。
ブシュゥゥゥッ――
背部スラスターが沈黙した。
X-5は推力を失い、慣性のまま宇宙空間を漂い始める。
静寂。
リオは数秒固まった。
そして。
「……切れた、か」
『当然だ』
『本機は十数年放置されていた機体だ』
「……確かに、そりゃ、そうか」
X-5は宇宙空間をぷかぷかと漂う。
さっきまで命懸けの戦闘をしていたとは思えない光景だった。
リオは頭を抱える。
「終わった……」
『まだ終わってはいない』
「いや、だいぶまずいって」
リオは深呼吸した。
そして言う。
「アイアン・ラビットの通信先は俺が教える」
「救難信号送ってくれ」
『了解した』
ハロプトが通信処理を開始する。
古い救難信号が宇宙へ放たれた。
宛先はリオたちの母艦――アイアン・ラビット。