数秒後。
ノイズ混じりの応答が返る。
「……こちらアイアン・ラビット」
「ってリオか!?」
リオの顔がぱっと明るくなる。
「ザック! 連絡つながったのか!」
通信相手――細身の中年男、ザックが目を剥いた。
「ん?それMSか!?」
リオが慌てて叫ぶ。
「説明すると長い、救助来てほしい」
ザックは数秒黙った。
そして盛大なため息を吐く。
「……また厄介事拾ったなテメェ」
「不可抗力だけど、ね」
「あとで聞いてやるよ」
「回収艇回すから座標送れ!」
通信が切れる。
リオはシートにぐったりともたれかかった。
「……生きた……」
『まだ安心する段階ではない』
「お前ちょっとは空気読めよ……」
だがその時。
リオはふと思い出した。
「……あ」
『どうした』
顔が青くなる。
「俺の作業用プチモビ」
『?』
「置いてきた」
沈黙。
「……あの戦闘宙域に」
数秒。
ハロプトの応答が止まる。
『…………』
リオは頭を抱えた。
「わかってる」
「そういう時じゃないってわかってるけどさ……」
「全部置いて行っちゃった、なあ」
積んでいた工具。
回収したジャンク。
食料。
私物。
小型作業艇。
全部置いてきた。
リオは項垂れる。
ハロプトが静かに言う。
『命と比較すれば安い』
「安くはない」
『市場価格的には――』
「追い打ちかけるなってバカ」
リオは静かにモニターの外の宇宙を眺める。
「……俺、普通にジャンク屋やってただけなんだけどなぁ……」
誰に向けたわけでもない愚痴は、静かな宇宙へ消えていった。
――――――――――――――――――
一時間後――。
暗い宙域に、一隻の大型艦が姿を現した。
臼ぼけた赤色と灰色を基調にした艦体。
古臭いシルエット。
だが近づくほど、その艦が継ぎ接ぎだらけであることが分かる。
色の違う装甲。
露骨な溶接跡。
型式の違う推進ブロック。
まともな整備士が見れば頭を抱えそうな代物だった。
それでも艦首には誇らしげに艦名が刻まれている。
――《アイアン・ラビット》。
リオはようやく肩の力を抜いた。
「帰ってきた……」
通信回線が開く。
「聞こえるか馬鹿野郎」
細身の中年男。
アイアン・ラビットのリーダーである彼が声をかける。
「無事だったか」
「なんとか、ね……」
「なんとかで済む顔してねぇぞ」
後ろから別の声が飛び込んでくる。
「リオー! 死んでない!?」
小柄な少女が画面へ割り込んだ。
メイ。
アイアン・ラビットで整備や雑用を担当している少女だ。
さらに奥からしわがれた老人の声。
「今度は何拾ってきおったんじゃ」
ガンズ爺。
アイアン・ラビットの古参整備士である。
リオは少しだけ笑った。
「みんな……」
「ひどい顔で笑うもんじゃねえよ、全く」
格納庫ハッチが開く。
牽引ワイヤーが射出され、X-5へ接続された。
傷だらけの機体はゆっくりと艦内へ引き込まれていく。
そして――
着艦。
重い振動が格納庫へ響いた。
その瞬間だった。
さっきまで騒がしかった格納庫が静まり返る。
全員の視線が機体へ向いていた。
黒いドクロ。
異形のシルエット。
そして失われた右腕。
長い年月を宇宙で眠っていた亡霊のような姿。
ガンズ爺がぽつりと呟く。
「……ガンダムか」
「しかもただのガンダムじゃないのぉ」
誰に向けた言葉でもなかった。
老人はゆっくり機体を見上げる。
「見たことのない構造じゃな。連邦の機体でもなさそうじゃ」
リオがコクピットを開く。
「俺もよく分かってない」
「よく分かってないで持ち帰るな」
ザックが呆れた。
その時だった。
格納庫に機械音声が響く。
『機体状態の診断を要求する』
メイが飛び上がる。
「しゃべったぁぁぁ!?」
ザックも一歩後退した。
「なんでMSがしゃべる!?」
「だ、だから不可抗力なんだって!」
メイが目を輝かせた。
「AI!?」
「軍用!?」
「高く売れる!?」
「最後やめろって」
リオは疲れながらもメイを抑える。
格納庫が少しだけ騒がしくなる。
だがザックが手を上げた。
「待て」
空気が変わる。
「まず状況説明だ」
リオの表情から笑みが消える。
短く答えた。
「木星軍残党だ」
静寂。
メイの顔が固まる。
ザックの目つきが変わる。
ガンズ爺も黙った。
リオは続ける。
「それと」
「ガンダムもいた、黒いガンダム」
ハロプトが補足する。
『識別名はX-6』
『ジュピター・クロスボーンガンダム』
格納庫がさらに静まり返る。
ザックが眉をひそめた。
「ジュピター……?」
「木星製ってことか?」
『推定』
ハロプトが答える。
ガンズ爺だけが黙ったままだった。
老人はX-5とハロプトを交互に見つめる。
そして小さく呟く。
「……ふう、嫌な名前を聞いちまったのぉ」
リオが振り向く。
「……ガンズ爺?」
ガンズ爺は首を振った。
「何でもない」
だがその表情だけは険しい。
「ただ一つだけ言える」
老人はゆっくりと言った。
「お前さん、とんでもない厄介事を拾ってきたぞ」
格納庫の空気が、わずかに重くなる。
工具の音も止まり、誰も喋らなかった。
「なんとなく、察してたよ」
リオは力なく笑う。
「それより」
ガンズ爺を指差す。
「さっきの話だよ」
「なんじゃ」
「木星製って聞いた時」
「なんか知ってる感じだったと思うんだけど」
格納庫が静まり返る。
ザックも腕を組んだ。
「俺も気になってた」
メイも頷く。
「明らかに反応してたよね」
ガンズ爺はしばらく黙っていた。
深い皺だらけの顔。
その目だけが、妙に遠くを見ている。
やがて老人は静かに言った。
「……まあ、そりゃ渋い顔にもなる。わしは木星生まれじゃからな」
沈黙。
リオが瞬きを止める。
「…………は?」
ザックが目を剥いた。
「ジジイ!? 初耳だぞ!?」
メイも叫ぶ。
「えええええ!?」
ガンズ爺は頭を掻いた。
「別に隠しとったわけじゃない」
「聞かれんかっただけじゃ」
「聞く機会ないって……」
リオが肩を落とす。
老人は気にせず続けた。
「若い頃、木星船団公社で働いとった」
「技術屋じゃ」
ハロプトが反応する。
『木星船団公社……』
『木星帝国成立以前から存在した組織か』
「うむ」
ガンズ爺はゆっくり頷いた。
「じゃが木星帝国が表に出てくる少し前に地球圏へ来た」
「それからはずっとこっちじゃ」
ザックが眉をひそめる。
「それとX-6に何の関係があるんだよ」
老人は少しだけ考え込んだ。
「関係があるかは分からん」
「ただ、昔聞いたことがある」
「木星の一部技術者が、何か妙な計画を進めとるとな」
リオが首を傾げる。
「妙な計画?」
「詳しくは知らん」
「ただ噂だけは流れておった」
「その後、海賊軍について研究を進めとるらしい、という噂を耳にした」
「ま、そんなとこじゃ」
メイが目を丸くする。
「そんな昔から?」
「貪欲な連中が多いからのぉ」
老人は苦笑した。
「負けた理由を知りたがる」
「自分達を負かした相手を知りたがる」
「そういう連中は昔からおった」
リオが腕を組む。
「じゃあX-6ってのは」
「その延長線上ってことか?」
「分からん」
ガンズ爺は首を振った。
「じゃが嫌な予感はする」
「それは間違いないじゃろう」
格納庫に沈黙が落ちる。
リオは少し考え込み、
そしてふと口を開いた。
「なぁ」
「なんじゃ」
「なんでそこまでクロスボーン・ガンダムに執着するんだ?」
「ガンダムだけどさ、それでも古いMSだろ?」
その瞬間。
『違う』
ハロプトがリオに発言した。
リオが思わず後ずさる。
「なんだよ」
『木星にとってはただのMSじゃない』
ハロプトが続ける。
『クロスボーン・ガンダムは、木星にとって敗北の象徴だ』
『木星は恐れている』
『自分達を打倒した存在を』
『だから忘れられない』
『だから、力にしたい』
『そう推測する』
リオの脳裏に、あの黒い機体が蘇る。
X-6。
そして。
「……たす……け……」
あの声。
あの苦しそうな叫び。
リオは思わず身震いした。
「……なんか」
小さく呟く。
「とんでもないもん拾っちまったな、俺」
ハロプトが即答した。
『今さら気付いたのか』
「うるせぇ!」
格納庫に、少しだけ笑いが戻った。